メイン

2014年04月05日

変わること、変わらないこと

この1ヶ月の間に、ボブ・ディランとローリング・ストーンズのコンサートに行ってしまった。ストーンズは、なんと、二度も行ってしまった。別に音楽に能書きなんていらない、と思うかもしれないけど、ボクは、いろいろなことを、考えさせられてしまった。
まず、ストーンズ。ミック・ジャガーって、「この人、ふだん、何食ってるんだ?」ってうなるほど、エネルギッシュなステージだった。70歳ですよ、この人。にもかかわらず、2時間半(2曲だけキース・リチャーズにヴォーカルを任せた以外は)、ステージの端から端までを、ずっと走り回っていた。で、絶対に、息が切れたなんていうそぶりを見せない。エンターテイナーとしては完璧。すごい。ミック・ジャガーを生で見たせいで、ホント、次の日から、ボクは駅の階段を2段飛びするようになったもんね(あはは)。
キースも、素晴らしかった。ボクが行った二回目は、布袋寅泰が飛び入りで参加したのだが、その布袋のテクニックあふれる演奏に対して、キースはジャラーンと、一つのコードを鳴らすだけで、ステージを自分の方へ「持っていって」しまった(ボクと一緒にいったT・Y君の評)。年期が違うというか、何なんだろうね、こういうのって。やっぱり世界を相手に生きてきた「人生の重み」みたいなのがモノをいうっていうのか、「技術」が「経験」にかなうわけないだろ、ってところを見せつけていた。
さて、一方のディランだが、彼のステージはストーンズと真逆。ストーンズは、「♪Its only rock ’roll, but I like it♪」を、ずーっと、ずーっとやり続けている、つまり「変わらない」ことが真骨頂なわけだけど、ディランの場合は、まったく逆に、一回たりとも、同じステージはみせるものかというポリシーを、意固地なまでに守り通している。最後のアンコールの「風に吹かれて」なんて、これまで何百回と演奏しているのに、おそらく一回も同じではないのではないか。これも、プロとして、完璧。不断に「変わる」こと、つまり常に何からも「自由」であることが、ディランの存在意義なのであって、だから、歌もヘタクソ、ピアノの腕なんか素人同然なんだけども、でも「オレは、絶対、何からも拘束されるもんか、そう、過去の自分(の栄光)からも拘束されるもんか」というメッセージが、ひしひしと伝わってきた。だから、ディランのステージは、(エンターテイメントとしての)音楽性なんかどうでもよくって、人間性そのものが前面に押し出されていたのであった。
で、ボクには、ずっと気になることがあった。ディランの魅力は、いうまでもなく、その歌詞、つまり詩にある。ところが、今の彼のボソボソと唄う唄い方では、会場にいた日本人の9割は、その意味を理解できるわけがない。では、いったい彼は、なんで日本でこれだけ多くのコンサートを開くのだろうか。ディランは、「この目の前にいる日本人は、オレの詩なんかわかる分けない」と思っているに違いないのである。でも、日本でコンサートを開く、その彼のインセンティヴは何なのだろうかと、ボクは考えていたのである。
その答えを、今回、ちょっとだけ、かいま見ることができたような気がした。それは、ディランが一曲目に選んだ曲にヒントがあった。それは、Things have changedという曲で、そのサビの部分は、次のフレーズが繰り返される。

I used to care, but things have changed.

そう、昔だったら、ディランは、自分の詩のメッセージが聴く者に届いているかについて、I used to careだったのだろう。でも、自分は変わった、もうdoes not careになった。なぜか。それは、やっぱり、自分のメッセージが届こうが届くまいが、自分は自分の好きなようにやらせてもらうよ、ということなのだと思う。ここには、生きざまとして、まぎれもなくendlessly free soulがあるのである。

2014年03月30日

朴大統領の反応について

最近行われた日米韓の首脳会談の記者会見の席で、安倍首相が韓国語で話しかけたのに朴大統領がそっけなかった、ということが話題になっている。で、このことについて「いや実はそっけなかったのは、テレビに映っているときだけで、会談の時は握手もしたし、笑顔だった」ことが明らかにされている。そして、このことから、もっぱらメディアでは「だから、朴大統領の反応は国内向けのものであった。日本に対し妥協したことを見せると政治的コストが大きいからそうしたのだろう」というような解釈が引かれている。
ボクは、こうした分析は、間違っている、というか、一歩足りない、と思う。
まず、朴大統領の行動が単純に韓国国内での政治的コストを考えた上での行動であったのなら、(カメラの入った)会見の時であろうと、(カメラの入らない)会談の時であろうと、ずっとそっけない態度を貫く必要があったはずである。(上記の報道がまさにそうであるが)、朴大統領が外向きの顔と内向きの顔とを使い分けていたという情報がもれてしまえば、韓国国内の対日強硬派は「なんだ、やっぱり朴大統領は妥協したのか」と反発するにちがいないからである。ボクには、そうした対日強硬派が、テレビの画面に映っている時だけ建前的にそっけない対応をしていてくれればよい、などと考えているようには思えない。
さて、ということは、どういうことか。ここには、二つの可能性しかない。第一の可能性は、朴大統領が、会見時の厳しい顔と会談時の穏やかな顔とを使い分けるという情報が外にもれるとは、よもや思っていなかった、という可能性である。もしそうした情報統制がうまくいく(と信じていた)のであれば、表向きにそっけない顔をすることで、彼女は政治的コストを免れる(と信じていた)ことになろう。しかし、実際は、この二つの顔の使い分け自体がニュースになってしまったわけであるから、この情報統制はみごとに失敗した、といわなければならない。ということは、この第一の可能性を論理的につきつめると、朴大統領はそのような情報統制ができるという錯覚に陥った、つまり彼女が判断ミスをした、ということでなければならないことになる。ま、そういうこともありうるかもしれないけれども、ボクには朴大統領(および彼女のまわりにいるスタッフ)が、それほどナイーブだったとは思えない。
第二の可能性は、第一の可能性とはまったく逆に、二つの顔を使い分けるということ自体がニュースになることをあらかじめ十分承知の上で朴大統領はそのような対応をした、という可能性である。こちらのシナリオが正しいとすれば、朴大統領は、たとえ二つの顔の使い分けがばれて国内的に反感を買うようなことがあっても、それを甘受する用意があったということになる。国家と国家の外交においては、このような表の顔と裏の顔を使い分けることはよくあることである。だから、彼女は、むしろあからさまにその使い分けをみせることによってあるシグナルを送っていたと考えることができる。そして、ここが最も重要な点であるが、その送ろうとした相手は、けっして(上記のメディア解釈が示唆するように)韓国国内の対日強硬派だったのではなく、日本だったと考えるべきなのである。
そのシグナルの意味するところが何なのかは、この首脳会談に至る水面下の交渉が不断に行われているわけであるから、このひとつの事例だけからでは正確には判断しようがない。ただ、それが「私だって対日関係を改善したいのよ。(だけれども、国内の強硬派が簡単にそうはさせてくれないのよ。)」という、いってみれば自国の内情の率直な告白であった可能性は十分にあると、ボクには思えるのである。

2014年03月12日

You can’t be serious….

甘利明経済再生担当相は11日の閣議後会見で、今年の春闘での賃上げについて、「政府は、復興特別法人税の減税を前倒しして、原資を渡している。利益があがっているのに何もしないのであれば、経済の好循環に非協力ということで、経済産業省から何らかの対応がある」と述べた。(産経新聞 3月11日(火)11時43分配信)

Reaction 1: Is this a threat?
Reaction 2: Can government issue a threat of this kind to private business in Japan? Wow, if I were a foreign CEO or investor, I would pack up and get out immediately. I can’t imagine what good that kind of threat would do to Japan’s economy.
Reaction 3: When did Japan’s Liberal Democratic Party become a bunch of socialists?
Reaction 4: I thought that Abe Shinzo and his government were all conservative. Have I been misled on this for all this time? Or, does the word “conservative” have a perversely different meaning in Japan?
Reaction 3: Am I “協力的” to Japan’s economic turnover? Well, lets see… I cooked at home today, instead of going out for dinner at a restaurant. Sorry, Mr. Amari, it seems that I did not contribute to 経済の好循環 as much as I could have. Well, come to think of it, I even bought half-priced chicken on sale and tried to save some money for myself, instead of contributing to 経済の好循環. Oh, shit, do I get punished for that? Oh, no, what kind of punishment should I expect?
Reaction 4: I thought that Abe had a group of rather talented economic advisors working for his government. Where are they now? Were they all asleep when this statement was made? Did they quit working because they were tired of being ignored ? Or were they simply tired of being not understood?
Reaction 5: And, where are all the supposedly-able METI bureaucrats? Were they also all asleep when this statement was made? They can’t let their good reputation go down the drain. Or can they?
Reaction 6: This must be a sign of the government of Abe getting so frustrated with stalemates on various policy fronts. Abe has so far failed constitutional revision, which he said that he would promote vigorously. He also seems to be failing in constitutional reinterpretation on collective self-defense. Of all the promises he had made, the most notable accomplishment was a visit to Yasukuni, but that got himself lots of trouble with the United States. So, it seems that Abe is desperate in believing that he cannot afford to fail in Abenomics and economic recovery. Oh, yes, this kind of rather extraordinary statement must be the product of fatigue and stress on the part of Abe. Take care Mr. Abe!
Reaction 7: And, why isn’t Japan’s news media commenting on how perverse and abnormal this statement is? Oh, I get it. They must also be afraid of getting punished by METI for saying something counterproductive to 経済の好循環.

2014年03月03日

ウクライナ危機について思ったこと

クリミア半島をロシア軍が支配下に置いたとの報。この国際危機については、いまのところどこからも取材を受けていないが、いくつか思った点を備忘録としてまとめておきたい。
1)ロシアがあれだけ迅速に大量の軍隊を派遣し、ほとんど一夜にして実効支配を確立したということは、おそらく半島を奪還するシナリオを思い描き、これまでに何度も図上シミュレーションや実際の演習を行ってきたとしか思えない。ウクライナが親欧化するということは、おそらくロシアにとって「想定内」だったのであろう。これに比べて、NATOやアメリカ側が同じくらい真剣にこの可能性を検討してきたとは、とうてい思えない。
2)それはなぜかといえば、結局のところ、ロシアにとってのクリミア半島の意味の方が、ヨーロッパやアメリカにとってのクリミア半島の意味よりもはるかに大きいものだからである。つまり、この事件は、国際政治なるものが法でもイデオロギーでもなく、いかにpower(力)とinterest (利害)によって動いているかを示す古典的な事例、つまり国際関係理論でいうところのリアリズムの考え方に合致する事例なのである。
3)ロシアの動きはウクライナの主権を侵害しているという欧米の批判は、主権というものがあたかも純粋に法的に成立するかのような、理想主義的な側面をもっている。しかし、S・Krasnerが名著Sovereigntyの中で明らかしたとおり、歴史的にみても、抽象的概念である主権なるものが問題なく成立していた時代などというものはない。弱小国の主権はつねに大国の思惑次第でいかようにも侵害されてきたのである。だから、(第2のポイントにもどるが)国際政治を現実主義という冷徹な視座を抜きにして考えることは誤りである。
4)しかし、そもそも主権とは何なのか。われわれは、主権なるものを自明のものとして考えてよいのか。もし(報道されている通り)クリミア半島においてロシア人が多数派を占めるのならば、クリミア半島の「民意」が、ウクライナの親欧化に反対していることには、住民自治や民主主義の原則からして十分正当性があるといわなければならない。問題は、前にも何度も指摘していることであるが(たとえばこのブログでは「民意について」でそれを論じているが)、住民自治や民主主義の原則自体は、自治を決定する住民はだれか、民主主義のもとで権利(主権)をもっている人はだれか、について何も語ってくれない、という点にある。住民自治の原則のもとでの住民の定義、民主主義の原則のもとでの主権者の定義は、いってみればそれらの原則に先行して決定されていなければならない。残念ながら、そうした定義が、誰もが文句をつける余地のないなんらかの原則によって根拠づけされることはありえない。今回のウクライナ危機も、そのような主権概念の曖昧さに、その本質が由来しているのである。

2014年02月08日

都知事選備忘録

先日、都知事選についてあるところから取材をうけた。その時のQ&Aのポイントを、自分の備忘録としてまとめておきたい。
Q:報道各社の調査によると舛添氏がリードし、細川氏が追う展開。舛添氏が高い支持を得る理由は?
My A:自民、公明の支持層を固めているということ、そして有力候補者の中では、手堅い行政手腕が期待されるということではないか。基本的には、舛添vs細川の構図は、支持基盤がはっきりしている人の支持vs無党派からの支持という構図であろう。その無党派を掘り起こす「風」が吹いていない、というのが接戦になっていない原因ではないか。
Q:細川氏は根強い人気の小泉氏とタッグを組んで「脱原発」を訴えているが、原発が最大の焦点になっておらず苦戦を強いられている。反原発に頼ったキャンペーンは、厳しいのか?細川劣勢の原因は?
My A:脱原発というキャンペーンが、必然的にむずかしいということではないと思う。「郵政民営化」一点張りで選挙ができるのなら、脱原発一点張りでも選挙ができたはず。しかし、脱原発に頼ったキャンペーンに対しては、当然「そればかりではない」という批判や反論がくることが予想された。それらをかわすだけのレトリックを細川陣営が用意していなかった。もちろん、脱原発候補として一本化できなかったことからして、すでに大きなツマヅキだった。有権者には、細川にせよ、小泉にせよ、「一度ピークを過ぎた人」というイメージがある。(その点、舛添は、厚労大臣はやったけども、首相にはなっていないので、まだかけてみるべき「可能性」がかろうじて残っている点で有利な面もある。)どちらも、政治家をずっとやっていたならともかく、一度引退を表明した。それゆえ「思いつき」で選挙に出てこられたんではたまらない、と感じている有権者が多いはず。だからこそ、公約をすぐ用意できなかったり、選挙対策チームが分裂したり、といったことは、細川陣営にとってはあってはならないことだった。「思いつき」ではなく、「用意周到」「戦略を練った上で」出馬したんだ、というイメージをとことんつくりあげていかなければならないのに、それに失敗した。まわりにいる人たち(参謀)が、才能がなさすぎ。
Q:都知事選全般についてのコメントは?
My A:都知事選挙が政党同志の闘いになっていないことが、とても悲しむべきことである。政党からでている候補者であるからこそ、もしその人が公約に反したり、あるいはスキャンダルを起こしたりすれば、その人の出身政党に対し、有権者は「次の選挙」で罰を下すことができる。ところが、無所属の個人商店の候補者だと、当選して現職時代に不祥事をおこしたりしても、それを罰する機会を有権者はもたない。より一般化していえば、個人の政治家はその場限りで出たり入ったりするが、時間(複数の選挙)を超えて存在するのは政党なのであり、民主主義のもとでは政党こそが、アカウンタビリティーを担保するものである。だから、政党の顔がみえない首長選挙というのは、日本の民主主義にとって不幸である。

2014年01月31日

オバマさんの5度目の一般教書演説について

遅ればせながら、オバマ大統領のstate of union addressを聴いた。なぜこれを日本語で「一般教書演説」と訳すのか分からないが、合衆国(union)の現状(state)を議会に報告するというのが、この演説である。日本のような議院内閣制と異なり、三権分立が確立しているアメリカでは行政府の長(すなわち大統領)が立法府(すなわち議会)に足を踏み入れることはほとんどない。議会の側が大統領を招いて、この演説をしに来てもらうのである。だから、日本の総理大臣が演説するときのように、議場で議員がヤジを飛ばすなどということは起こらない。それは非礼にあたるからである。因みに議会は大統領だけでなく閣僚や統合参謀たち(制服組)も招待するし、またもうひとつの三権のトップである連邦最高裁判所の判事たちも、その場に招いている。そのような席で、招いた側が失態を演じる分けにはいかないのである。
さて、今回の演説について、ボクが感じたいくつかの印象をメモにまとめておきたい。まず、今回は、圧倒的に国内問題ばかりが語られた演説だった。対外関係についてはイランとの外交交渉の進捗を報告したぐらいで、日本のこと、中国のこと、アジア太平洋のことは、話題にも上らなかった。ま、これはいつものことではあるが、しかし、今回はいつも以上に外交については語らないという抑制が効いているような気がした。外交についてしゃべり出すと、スノーデン事件によって露呈したアメリカの諜報活動について弁解しなければならなくなるという要因も、どこかで働いていたのではないか。もしそうだとすると、スノーデン事件はアメリカの対外政策を内向きにするという(日本にとってみれば)あまり好ましくないボディブロー効果をもっているということになるのかもしれない。
より全般的にいえば、今回の演説は、ほとんどインパクトを残さない、どちらかというと広く浅く表面をさらうだけの演説、という感じがした。大きな懸案だった医療保険改革をなんとかやりとげたものの、それが廃案に追い込まれる不安を抱えていて、ディフェンシブになっている印象だった。今年の目玉はおそらく移民政策だろうということだが、この分野に関する部分でもリーダーシップが感じられる演説ではまったくなかった。
今回の演説は、オバマ大統領にとって二期の二回目の演説で、あと二回この演説をする機会が与えられているのにもかかわらず、前評判では、インパクトのある演説をできるのは今回が最後だろうといわれていた。来年と再来年の演説はすでに2016年の大統領選挙の流れにかき消されてしまうだろうから、というわけである。しかし、今回の演説は、すでにその流れの中に巻き込まれていたのではないか、というのがボクの解釈である。現在、民主党と共和党の間では、女性に優しい民主党、そうでない共和党という(民主党側からの)レッテル張りをめぐって、激しい(というか口汚い)論戦が起こっている。ヒラリー・クリントンを次期大統領候補にしてもり立てようとする民主党側に対して、共和党側は「大統領職にあったとき、若いインターンをだまくらかして性行為までした男の妻」としてヒラリーをおとしめようとしているのである。で、今回のオバマ大統領のスピーチは、女性の地位向上についてのメッセージがここかしこに力強く感じられるものだった。だから、オバマ大統領は、今回は自らの政権が直面する政策課題を具体的に述べることよりも、これから二年後における自らの党の命運にプライオリティをおいていたのではないかと思えるのである。もちろん民主党への支持が高まることが、これから2年間の議会運営をやりやすくするというメリットも、そこには当然あるわけではあるが。

2014年01月26日

別にNHKの会長がなんといおうと...

以下の文章は、かなり前に頼まれて、早稲田のジャーナリズムスクールに寄稿したもの(http://www.waseda-j.jp/aboutus/jopinion/08-2)であるが、この際再録するに値するかもな、と思いました。

「ジャーナリズムと政治、ジャーナリズムという政治」
 リベラリズムやマルキシズムなど、すべての「イズム」がそうであるように、ジャーナリズムとは、ひとつの主義主張である。ひとつの政治思想、あるいは政治運動といってもよい。
 日本では、このことがよく理解されてないのはないか。逆に、日本では、ジャーナリズムは政治的に中立でなければならない、と考えている人が多いように思う。その考えは、間違っている。
 たとえば、民主化が成功したばかりのある国で、初めて選挙が行われたとしよう。ところが、有効投票を確定する選挙管理人が選挙結果を発表するプロセスを、旧政権の残党が暴力や賄賂を使って妨害しようとしたとする。このとき、ジャーナリズムは、その事実をありのままに報道しなければならない。そのような報道が、政治的に中立ではない結果を生むことになるのは、目に見えている。もしかすると、報道がその国の政治の将来を大きく変えてしまうことになるかもしれない。だが、このような状況においてジャーナリズムに期待される役割は、断じて、民主化勢力と旧政権勢力とのあいだで「中立」の立場を貫くことではない。
 ジャーナリズムという主義ないし思想がその中核に抱く価値は、政治的中立性ではなく、独立性、つまりどのような圧力からも独立して存在するということでなければならない。どのような圧力からも独立しているという条件が整わなければ、事実を事実として取材するということも、真実を真実として伝えることもできない。上記の例では、選挙妨害を報道すること自体に対し暴力や賄賂を使った妨害が起こる可能性があるが、ジャーナリズムには、そのような圧力から独立し、文字通り命をかけて報道を続けるという覚悟とコミットメントが要求されるのである。
 ジャーナリズムは、それ自体が主義主張なので、民主主義からも独立していなければならない。このことも、日本では、よく理解されていないのではないかと思う。たしかに、ジャーナリズムは、有権者の意見を吸い上げたり、政治家や政党の公約を伝えたりというように、民主主義が機能することを補完する役割を担うこともある。しかし、ジャーナリズムと民主主義が、いつも同じ方向を向いているとは限らない。場合によっては、ジャーナリズムには、民主主義の圧力からも独立して、民主主義に起因するさまざまな問題を告発することが求められる。もちろん、多数派の意志が「民主主義的」にジャーナリズムの活動を制限しようとする場合には、ジャーナリズムはそのような動きに対し敢然として、立ち向かわなければならない。
 いうまでもないと思うが、新聞社やテレビ局で雇用されていることが、ある人をジャーナリストにするのではない。ジャーナリストとは、ジャーナリズムという主義主張、あるいは政治思想ないし政治運動にコミットしている者を指す。たとえ○○新聞の記者であっても、その人は○○新聞からも独立していなければ、ジャーナリズムを貫くことはできないのである。


で、ですね、今日ボクのいいたいことは、だからジャーナリストの風上にもおけないような人がNHKの会長になってけしからん、ということではないんですね。だって、NHKで働いている個々の人たちにジャーナリズム魂があるなら、会長が誰であれ、関係ないはず、でしょ。そう、会長が何かいったからってそれで自らの魂を売り渡すようじゃ、彼らはそもそもジャーナリストじゃないんだから。

2013年12月03日

午前4時半のショートストーリー

ボクは、いつもそうするように、小走りで廊下を進んでいった。
まわりには、着飾ったひとたち。
ベージュのドレスをきた背の高い女性が、髪につけた白い生花をいじりながら、黒のタキシードの男性にむかって微笑んでいた。彼らを右手にみながら、通りこしたところで、階段から駆け上がってきた長友佑都とばったり出くわした。
相変わらず、元気そうだった。サテン地の青銀色のぴったりとしたスーツを着ていた。
彼は、ちょっとはにかんだように、目線を直接あわせることなく、ボクに向かって「今夜のパーティー、一人だけ、友人をつれてきていいことになっているんだが、こないか」と誘ってくれた。「待ち合わせは、中央駅の駅前にあるペイフォーン(公衆電話)でいいかな。ピックアップするよ。」
ボクは、嬉しさで舞い上がった。これって、他の日本代表にも会えるチャンスか、という思いが頭をよぎり、「ああ、是非、是非」と答えた。
しかし、その一方で、「なんでボクなんだろう」とも思った。
「だれか、他の人を誘ったのに、最後にドタキャンにでもあったのかな。だから彼、あんなに慌てていたのかな・・・」
ボクは、着替えなきゃ、とおもって、急いで自分の部屋に取って返した。すると、ルームメートは、まだ寝たままだった。ボクが、すごいパーティーに誘われたことも知らず、彼は身動きひとつせず、ベッドで横たわっていた。

パーティー会場につくと、長友はすぐさま、誰かを探しはじめた。
そして、遠くにその人物をみつけて、ボクをそちらに連れて行った。
「ほら」
ボクは、その人物をみて、それがイェール時代、寮で一緒だったミコ君だ、ということに気づき、「えええっ」と、思わず声を上げてしまった。
「なんで、長友と知り合いなのか」という疑問が浮かんだが、それを確かめる前に、「久しぶりだなあ、いま何やっているの?」という言葉がついて出た。そうか、長友は、ボクをミコ君と何十年ぶりに引き合わせるために、このパーティーに誘ってくれたんだ、と思った。
ミコ君は、スイス人。イェールでは、経済学者になるため、一所懸命勉強していた。ところが彼は「いまは、ビジネスの世界にいるんだよ」と言った。そりゃそうだな、経済学者がこんなパーティーに来るはずもない。そうか、いまヨーロッパに住んでて、それで仕事の関係で、イタリアにいる長友と知り合いになったのかな、などと、いろいろと連想が、ボクの頭の中でまわり始めた・・・

・・・と、その瞬間、ボクを見つめているもうひとつの視線を感じた。
ボクの息子が、ムックリと両手をつき上半身だけ起き上がって、自分のベッドからボクの方を見ていた。時計を見ると、朝の4時半だった。ありゃ。
ボクは、起き上がって、彼をあやし始めた。
いつものように、ボブ・マーリーの歌を小さくかけながら・・・

2013年09月19日

「子守唄としてのボブ・マーリー」仮説

ボクらの息子(現在3ヶ月)は、ボブ・マーリーが大好きである。
(…….と、ボクは思っている。)
ボブ・マーリーの唄をバックに流しながら抱いていると、寝てくれる確率が高い。(……と、ボクには思えてならない。)
ご存知の通り、ボブ・マーリーには、政治色の濃い曲も多い。しかし、ボクのもっているベストアルバム「レジェンド」の1曲目は恋愛ソング、Is This Love、から始まる。そして、ウチの息子は、この曲でダメでも、2曲目のNo Woman No Cryがかかっている間には、たいてい眠りに落ちる。Is This Loveが3分51秒、No Woman No Cryが7分ほどだから、ボブ・マーリーには、たった10分で、ボクらの赤ちゃんを眠りへと導いてくれる効果があることになる。

I wanna love you, and treat you right
I wanna love you, every day and every night
We'll be together, with a roof right over our heads
….. Is this love, is this love, is this love, is this love that I am feeling?

Is This Loveはもちろん男女の唄だけど、この詩は(息子を抱いているボクには)そのまま親が子へ伝えるメッセージとして響いて、ジーンとくる。
で、2曲目のNo Woman No Cryが始まると、プフっと口元が緩んでしまう。
詩をよく読むと、これは、No, Woman, Don’t Cryと、ある女性に向かって「泣くなよ」と慰めている曲なんだけども、最初のNo Woman No Cryがずっと続くところだけを聴いていると、「女がまわりにいなければ、泣かないですむ」という意味の失恋の唄、あたかも男がもうひとりの男を慰めているかのような唄にも聞こえてくる。で、父親であるボクが、まだこれからおそらく沢山恋愛を経験するだろうわが息子にむかって、「女なんてさあ、ホント、面倒だからさ、あんまり、かかわるんじゃないぞ」とでも、言い聞かせているように思えてくるのである。プフっ。
さて、ボブ・マーリーに子守唄効果があるなどというと、「そんなこと、あるもんか」という反論が聞こえてきそうである。現に、ボクのかみさんは、「なに聴かせたって、静かになるんじゃない?」と疑っている。
しかし、ボクには、どうしてもあのレゲイのリズムに、何らかの秘密があるのではないかと思えてならない。レゲイのリズムには、ほかのどの音楽にもくらべて、自然に腰や膝などをつかって身体全体が動くようになる効果がある気がする。ただ単に(クラシックのゆったりとした音楽のように)ゆらゆらと揺れているのでもなく、(ロックのビートのように)早いだけでもなく、なんというのか「行って戻ってくる」ような動きがそこに刻まれている。
などということを考えていたら、ボクの娘が、こんな傑作ビデオがあると教えてくれた。

http://www.youtube.com/watch?v=TVKy7PjDutM

これみちゃったら、ボブ・マーリーの子守唄効果を否定することは、もう一発で絶対できなくなると思うね。

2013年09月11日

マンションベランダでの禁煙をめぐる討議

管理組合理事長ソクラテス:では議題に入りましょうか。当マンションでは共有部分でタバコを吸ってはならないことになっていることは、みなさんご承知だと思います。しかし、最近、他の階のベランダから流れてくるタバコの煙で迷惑をこうむっているという苦情を、私ども管理組合で何件か受け取っております。ですので、理事長としまして、この件について、どう対処するべきかみなさまのご意見をうかがえれば、と存じます。
アリストテレス理事:タバコを吸うことは、百害あって一利なしで、そもそもその人ご自身の徳に反することであります。タバコを吸うことで、住人のみなさまに、すなわちこのマンション社会全体に迷惑をかけているわけですので、今後は自制して頂くように求めていくべきでしょう。
ミル理事:小生には、徳とか社会とかよりも、タバコを吸いたい人たちの権利がタバコを吸いたくないという人たちの権利、あるいはタバコの匂いをかぎたくないという人たちの権利を犯しているかがどうかが、最も重要だと考えます。で、この場合は、前者が後者を侵害しているので、禁煙というルールが正当化されるのである。こう考えればよろしいのではないでしょうか。
ノージック理事:ジョン君、いつもながらだが、君の意見はどうも中途半端で、半分までは同意できるが、あとの半分は賛成しかねる。だいたいベランダがマンションの「共有部分」という定義がおかしいんですよ。ベランダは各部屋についていて、それはそこに住んでいる人が占有している部分ではないか。だから、そこで何をしようと、他人からとやかくいわれる筋合いはない、と考えるべきです。他の階のタバコの匂いが権利を侵害するというのなら、外の排気ガスや隣の焼き肉屋から流れてくる匂いだって、同じことになる。一日中タバコの匂いがするわけではあるまいし、気にする方が窓を閉めればよい、それだけのことだと思いますよ。
ロック理事:私は、どうも皆さんとは違う角度から、この問題を考えてみたいと思うんですが、よろしいでしょうか・・・。私自身は喫煙しないんですが、ここの住人の中には愛煙家の方もおられて、このマンションを購入する時、ベランダで喫煙してはならないというルールがないことを確かめた上で、購入を決断したという人もおられると思うわけですね。そういう方々からすれば、原初のルールに入っていなかった条件をあとから入れるというのは、それこそ契約違反ではないか、とお感じになるでしょうね。私は、その感覚は正しいと思います。そのような契約違反は許されないのではないでしょうか。
ハバーマス理事:はあ?まったくナンセンスですな。そんなことをいったら、技術の進歩や社会の変化、そうしたことにともなう価値観の変容が、いつまでたってもルールに反映されない、ということになってしまいます。いま、このように管理組合の理事会で熟慮をつくして議論していればこそ、原初の時点での契約に反していても新たにルールを付け加えることは正当化される、と考えるべきです。
ヒューム理事:ま、ロック理事のお考えの浅はかさは、本当に救いようがないですな。そんな原初契約などというものを金科玉条のように守って成り立っているマンションがどこにあると思いますか。もし原初契約などというものがあるとする、ならですよ、当然のことながら、そこには、時代遅れになったルールはおのずと変わっていくべきものだという合意も含まれていたと考えるべきでしょう。だから、当初の契約に「ベランダでタバコを吸ってはならない」という規則がなかったにせよ、否、たとえ「ベランダでタバコを吸ってもよい」という規則があったにせよ、それはいまの時点でのルールの根拠にはまったくならんのですよ。

2013年09月04日

シリア情勢についての雑考

アメリカのオバマ大統領が、シリアに軍事介入すべきかどうかで逡巡している。ここに至って、連邦議会から事前承認を得ることを決定したからである。アサド政権の化学兵器使用を機に、すぐさま介入すべきだと主張していた(つまり議会には事後承認を求めればよいと考えていた)ケリー国務長官らは、はしごを外された格好である。
オバマ氏が議会の承認を求めることについては、いくつかの理由が挙げられている。最も直接的には、イギリスのキャメロン首相がアメリカと連携した軍事介入についての議会の承認を求めたが失敗したことがある。この経緯から、オバマ氏が孤立感を深め、すくなくとも米国としてはまとまって行動したいと考えるようになったのだそうである。また、オバマ氏には、かつて大量殺戮化学兵器の存在を理由にイラクに介入して失敗したブッシュ前大統領の轍を踏みたくないという思いが強いらしい。さらに、オバマ氏がG20サミットに出発するので、その間、議会にこの問題を熟考させるという形で、時間稼ぎをした、ということもいわれている。
ボクは、シリア情勢とアメリカの対応を、ここまで見守ってきたが、自分の考えを整理するためにも、いくつかの点をここに書き留めておきたいと思う。
1)周知のように、アメリカでは、ベトナム戦争以後、国家が戦争をする決定権を誰がもっているかについて、憲法上および政治的な議論がずっと行われてきた。それは、アメリカの建国当時から続いている、行政府と立法府との間の「均衡と抑制」をどのようにして維持するのが正しいのかという国家の統治構造に関する論争のひとつの表れである。最近、日本では集団的自衛権についての議論が盛んであるが、その議論を進める上でもこうした統治構造の側面からどのような考慮が必要であるかを考えていくことは重要だと思う。
2)シリアに対して軍事介入すべきだとする論者は、化学兵器を使用してはならない、あるいは市民が大量に虐殺されることは許されないという国際規範があると主張する。しかし、一般市民が内戦で殺戮されることはこれまで世界のさまざまな地域で起こってきたし、また「化学兵器」のみが特別扱いされる理由もそれほど明確でない。おそらく、介入論者であろうとなかろうと、またシリアであろうとどこだろうと、殺されたり拷問にあったり餓死させられたりというように、罪のない人々の基本的人権が踏みにじられることに対しては、誰もがけしからんと思い、なんとかその状況が改善されるべきだと考えると思う。しかし、もしそのような思いが、アメリカというある特定の国家に(あるいはそれに協力しようとするフランスに)、軍事介入をする大義名分を与えることを許すとすれば、それは、この世界は主権国家の集合として成り立っているという、もう一つ別の国際規範をふみにじってもよいといっていることを意味する。ここには、人権という国際規範と主権という国際規範との競合ないし対立がある。あるいは、こういいかえてもよい、(アメリカというひとつの)国家が、人権という国際規範を守るために行動しようとしているところに、根本的な矛盾ないし逆説があるのだ、と。
3)介入論者は、今回の件では、「化学兵器の使用は一線を超える、それを超えたら報復を覚悟しろ」と言い続けてきたアメリカの信用がかかっている、と主張する。「もしここで言葉どおりに実行しなかったら、イランや北朝鮮がそれをどう評価するかを考えなければならない」と。いうまでもないと思うが、これは、人ごとではない。今回の件については、イランや北朝鮮のみならず、中国もじっと見つめている。つまり、それは「日米安保条約の適用範囲である」と繰り返してきたアメリカの言明の信用性にも、当然かかわっているのである。

2013年08月27日

理由と原因、あるいは記憶の科学について

知っている人は知っているが——というのは、ボクは一時期ツイッターをしていて、このことについてつぶやいたことがあるからなのであるが——、ボクが去年読んで最も感銘を受けた本の一つは、Thomas Scanlon のWhat We Owe to Each Other (Harvard University Press,1998)という本である。ボクがこの本およびその著者をどのように知ったかというと、ボクの愛読しているある別の本に、その一節が引用されていたからである。その一節とは、火山の噴火をめぐる以下のような問答であった。

I might ask, “Why is the volcano going to erupt?” But what I would be understood to be asking for is an explanation, a reason why the eruption is going to occur, and this would not … take the form of giving the volcano’s reason for erupting….” (p. 18)

ボクらは、「火山はなぜ噴火するの?」という質問と「あの人はなぜ怒っているの?」という質問とを、同じように考えることはできない。人が怒ることについては、その人自身に由来する理由reasonがいろいろあると考えられる。「あの人が怒るのも、無理ないよな」と感じる時、ボクらはその怒りを文字通りreasonableと考えているわけである。一方、火山が噴火する「理由」が、火山自体に由来することはありえない。もちろん、火山が噴火することには、たとえばマグマの動きといった「原因」causeはある。いや、というより、火山が噴火することに何らかの「理由」があるとすれば、それは、火山が噴火する原因でしかありえないのである。
しかし、人間の態度や行動についての説明においては、「理由」と「原因」とは必ずしも一対一の対応をしない。そして、この「理由」と「原因」の混同が、いろいろなところで起こっている気がする。
たとえば、最近の脳科学は、「怒る」といったような人の感情(あるいは、喜び、痛み、愛情、美しいものに魅かれる、などなど)を、脳の中の化学的な反応と関係付けようとしている。しかし、そうしたリサーチで明らかにできるのは、「原因」であって「理由」ではない。人が人を好きになったり、人が絵画をみて感動したりすることには、脳の中で○○が分泌されているからではなく、あくまでその人自身に由来する「理由」がある。○○の分泌が解明されたところで、なぜ櫻井君でなく大野君を好きになるのかという「理由」、つまりなぜ櫻井君ではなく大野君を思い浮べると○○が分泌されるのかという「理由」が解明されるわけではない。
このようなことを考えていたら、先日次のような記事を目にした。《大脳で記憶が定着する際には、脳神経細胞同士の接続部分「シナプス」の微細な構造が「ガンマアミノ酪酸(GABA)」と呼ばれる伝達物質の働きによって縮小、整理されることが分かった。東京大大学院医学系研究科の院生葉山達也さんや野口潤助教らがラットの実験で発見し、25日付の米科学誌ネイチャー・ ニューロサイエンス電子版に発表した》(時事通信8月26日付け)。理系音痴のボクにはまったくわからないが、超一流の雑誌に掲載されるくらいだから、この研究成果はきっと素晴らしい発見であるにちがいない。
しかし、この記事には「記憶定着、詳細な仕組み解明」という見出しがついている。これはいくらなんでも、大げさだろうと思う。記憶が定着する「原因」がわかったところで、記憶が定着する「理由」を解明したことにはならない。ボクら人間は、ある特定のことを覚えておこう、あるいは特定のことを覚えていられる、さらにはある特定のことを覚えておかねばならない「理由」をもっている。こうした理由は、われわれ人間に固有に由来する。そのようなものを実験室のラットはもっていない(多分)。それに、そもそも「記憶」などという概念自体、人間が作り出したものなのであるから、記憶の定着する「詳細な仕組み」が、人間以外を観察することから「解明」されるとは、ボクにはまったく思えないのである。

2013年06月24日

兎と亀の政治学的会話:維新の会の内紛について

兎:ほんとに喧嘩したと思うか?
亀:石原さんと橋下さんのことだよね? いやー、なかなか面白い、味わい深い質問だな、それは。
兎:どの新聞みても、週刊誌の見出しみても、「三行半」とか、「終わったね」という石原さんの発言を引用して、二人のあいだに亀裂が入ったことを確信する書き方になっている。
亀:そうだね。ということは、もし二人の間に本当は亀裂があったわけでなく、「亀裂があったことを演出する」というのが、誰かの作戦だったんだとすると、その作戦は見事に成功し、ほとんどの人がだまされている、ってことになるね。
兎:誰かの作戦って、そんなことして得する人がいるのかな。
亀:順番に論理だって考えていこうよ。都議選で、維新の会が勝てないことは、みんなわかっていたわけだよね。しかし、参院選までに橋下さんに代わる党の顔を立てることが無理ということも、おそらくみんな意見が一致していた。
兎:ということは、都議選で負けても、橋下さんに責任を取らせない状況をつくることが、維新の会にとって必要であった、ということになるね。
亀:もし、都議選が終わった時点で敗戦が確定し、いったい誰が責任をとるべきか、という議論になったら、当然、橋下さんにその批判の矛先が向く。やっぱり、あの慰安婦問題発言がいけなかったんだと。
兎:選挙結果によっては、橋下さんが批判に抗しきれなかったかもしれない。
亀:だから、選挙結果がまだ未確定の内に、橋下さんに責任をとらせるような一芝居が必要だった。
兎:石原さんが橋下さんを本当に「見捨てた」かのような発言をしたのは、真剣に演じないとその芝居が演出だということがばれちゃうから、ということだね。
亀:で、選挙直前になって二人が手打ちをする。というか、手打ちをしたフリをする。みている観客には、それによって「危機が回避された」と思い込ませる。
兎:そうか。「危機」を乗り越えた後だと、いくら選挙結果が芳しくなかったとはいえ、もう一回、橋下さんの責任を問う声を挙げることはむずかしくなるね。
亀:そう。選挙前に亀裂があったと思わせて、選挙後に訪れるかもしれなかった本当の亀裂を回避した、ってわけだ。
兎:君は、そんなことをいっているけど、証拠でもあるのかい?
亀:あるわけないさ。こういう分析は、想像力に頼らざるを得ないんだよ。
兎:石原さんや橋下さんに、インタヴューしたって、真実をいうわけないよね。
亀:最近、政治家の発言とか、政治家に対するインタヴューを、「オーラルヒストリー」とかたいそうに称して、政治学分析のデータとして使うのが流行らしいんだが、そういう研究って、ボクにはナンセンスとしか思えないな。
兎:しかし、本当に二人のあいだに、亀裂はなかった、と君は思うかね。
亀:いやいや。もし、このような想像のストーリーが正しいとすると、だね、実は、二人が喧嘩したかどうかなんてことは、どうでもいいことなんだよ。もし二人が一流の政治家だったら、二人とも、このストーリーのメリットを理解しているはずだからね。

2013年05月14日

ヒューム『人間本性論』の誤訳について

今日は、ある論文のひとつの註を書くために、丸一日を費やしてしまった。
すでにその論文の締め切りをとうに過ぎていることからすると、たったひとつの註を仕上げるために丸一日もの貴重な時間を割いていいのか、と思われるか知れない。いや、まさにその通りで、本来であれば、そんな時間を割くべきでないのである。しかし、ここが研究職につくものの悲しい性(さが)で、どうしても妥協をしたくない一線というのがあって、そのために色々と資料をあたり、間違ったことを書かないように、時間を惜しみながらも、完璧をめざしてしまうのである。
では、今回一つの註を書くのに、なぜそれほどまでに時間がかかったのか。その理由は、ヒュームの『人間本性論』の新訳が法政大学出版局から出たのであるが、ボクがたまたま興味をもった箇所が、どう考えても誤訳ではないかと思えてしょうがなかったからである。もちろん、誤訳だとすれば、誤訳と言い切るだけの根拠を用意しなければならない。そして自分なりの正しい訳を用意しなければならない。それで時間がかかってしまったのである。
その当該の部分は、人間社会における道徳(美徳と悪徳)の根拠が理性ではなくむしろ感性にあるとヒュームが主張しているところ(Book III, Part III, Section I)にある。原文は、こうである。
“In general, all sentiments of blame and praise are variable, according to our situation of nearness or remoteness, with regard to the person blamed or praised, and according to the present disposition of our mind. But these variations we regard not in our general decision, but still apply the terms expressive of our liking or dislike, in the same manner, as if we remained in one point of view.”
この部分、伊勢俊彦氏、石川徹氏、中釜浩一氏による新訳では、次のようになっている。
「一般に、非難や称賛を受けている人物に対する近さや隔たりといったわれわれの位置に応じて、またわれわれの精神の現時点での状態に応じて、非難や称賛のあらゆる心情は変化する。しかし、こうした変化をわれわれは一般的な判定では顧慮せず、われわれの好悪を表わす語を、依然として、われわれが一つの観点に留まっている場合と同じ仕方で適用する。」
たとえば、この中のliking or dislikeを、ボクであれば「好悪」などと訳すことはありえない。この部分でヒュームが強調しているのは感性なのであるから、「好き嫌い」と訳す方がよほど文意に沿っている。「好悪」では、そもそも日本語としてしっくりこないばかりか、(好き嫌いという言葉が表すような)人々の主観的感情の表れであることがまったく伝わらない。
しかし、さらに致命的な誤訳だと思うのは、後段の部分の “as if”が見逃されている点である。ヒュームの主張したかったことは、「あたかも一つの観点に留まっているかのように」ということであり、それはすなわち「本当はひとつの観点に留まってはいないのに」という主張なのである。ところが、上記の訳では、この「あたかも」が訳されていないので、ヒュームが「一つの観点に留まっている」と信じているかのように理解されてしまう。しかし、これでは文意がまったく逆である。
そのようなわけで、ボクはこの部分を自分で訳し直さねばならなかった。ボクの訳は、以下の通りである。
「一般に、非難や称賛などあらゆる心情は、非難や称賛を受けている人物に対する近さや隔たりといったわれわれの位置に応じて、またわれわれの精神の現時点での状態に応じて、ばらつくものである。しかし、われわれは、自分たちが持ち合わせている何らかの一般的な判断のもとで、そうしたばらつきを認知しているわけではない。われわれは、あくまで好き嫌いを表現する言葉をそれらにあてはめて、そうすることであたかも一つの観点に留まっているかのような仕方で、認知しているのである。」

2013年05月03日

民主主義は改憲の根拠たりうるか?

今年の憲法記念日は、21世紀の日本にとっての、ひとつの重要な節目となるかもしれない。このところ、憲法をめぐる議論や論争は著しく活発化している。そのような政治状況であればこそ、われわれは原点に立ち戻り、日本のような民主主義国家にとって、憲法なる文書を起草し、それを政治の中心に据えることにどういう意義があるのかという根源的な問題を考える必要がある。
実は、憲法とは、多数決を意思決定の基本とする民主主義と対立する制度である。民主主義とは、独裁者や専制君主など一握りの権力者が大多数の国民の意思を踏みにじって政治的決定を下すのを排除することを理想とする。これに対して、国民の基本的権利や統治のあり方を定める憲法は、通常、一般の法律とちがい(議会を制する)多数派といえども簡単には変更できない文書として制定される。憲法を起草し、いくつかの重要な政治的決定をあらかじめそれに委ねることには、少数派を多数派の暴挙から守るという意味がある。
憲法が民主主義と逆を向いた制度である以上、憲法を改正する大義として単純に民主主義の理念を掲げることはできない。最近自民党や維新の会などは、現行の96条にある「国会議員の三分の二」という発議要件について、「国民の多数が憲法を変えるべきだと言っているのに、わずか3分の1の議員が反対すれば発議すらできないというのはおかしい」(安倍首相)と批判しているが、この批判は的外れである。多数派に属する人々が自らの意思にしたがって変更できる文書であるならば、国家がそれを憲法として起草する意味はない。そのような文書に、多数派の暴挙を抑えるという、憲法が本来になうべき役割を期待することはできない。そもそも、96条を改正の手順を定めた手続的な(つまり本質的でない)条項だと理解することが誤りである。96条自体、違憲立法審査権や最高法規性を定めた条項などとともに、憲法の意義そのものを表している本質的な条項なのである。
ところで、憲法は、多数派の意思をそのまま反映させないための仕掛け、というだけではなく、もうひとつ別の意味でも反民主主義的な制度である。それは、一度制定された憲法は頻繁に改正されないので、憲法とは現在の多数派のみならず、将来の多数派をも拘束する文書だ、という点においてである。
このことに関して、200年以上も前のアメリカでは、ジェファソンとマディソンとのあいだで(私信のやりとりを通じた)有名な論争があった。ジェファソンは、現在の人々(の決定)が将来の人々を拘束することがあってはならないと考え、(ある算出根拠にもとづいて)憲法は20年ごとに改正されなければならないと主張した。つまり、民主主義の原則を世代を超えて適用し、そこに憲法を改正する正当性を見出そうとしたのである。これに対して、マディソンは、そのような定期的な改正は、憲法を国民のあいだに定着させることを妨げ、不安定な政治状況につけこむ勢力を助長し、ひいては将来の人々にとって不利益をもたらすことになると反論した。
憲法を起草したり改正したりするには、屋台骨となる理念が必要である。「時代に合わなくなった」憲法を変えるのは当たり前ではないかと、いま声高に主張している人々は、憲法の根拠をあくまで民主主義にもとめたジェファソンの立場に一見重ね合わせられる。しかし、ジェファソンの意を正しく汲むならば、憲法改正を定期的に行うことが憲法自体に明記されなければならない。なぜなら、民主主義が続く限り、現在の(改憲を主張している人々を含む)世代だけが特権化され、将来の世代を拘束できる理由はないからである。しかし、もしそのような条項を実際加えるとなると、今度はマディソンが危惧した政治の混乱が現実味を帯びると判断する人もおそらく多くなるのではないだろうか。このようにして、アメリカの二人の偉大な「建国の父」のあいだでのこの論争は、今日でもその重要性を失っていない。われわれも、いま、ひとりひとりの良心と能力の限りを尽くして、憲法改正を正当化する根拠が何なのかを、改めて考えなくてはならないのである。

2013年05月02日

韓国で思ったこといろいろ

Asan Institute of Policy Studiesは、まだできてまもないシンクタンクである。にもかかわらず、それはいま世界の注目を集めている。光栄なことに、その年次イベントであるAsan Plenumに、はじめて参加させて頂いた。
まず驚くのは、充実したホスピタリティ。何十人ものスタッフを抱え、その全員が流暢な英語をしゃべる。印刷物、自らの組織を紹介するビデオ、会議の進行、ランチや夕食会の手配など、本当によく準備されている(もちろん、全部英語)。多くのビデオカメラが、各セッションでの討議を録画している。ヘリテージ、ブルッキングズ、ランド、カーネギーなどの重要な財団/シンクタンクはもとより、Financial Times、BBC、Wall Street Journalなど世界を代表するメディアからの代表が参加している。またアメリカ元国務次官補であるキャンベル氏、元国務副長官のスタインバーグ氏、中国の実力者であるYang Yi氏など、押さえておくべき人材をことごとく押さえて、人的ネットワークを広げ深めている。
ハッキリいわせてもらうが、いま、このような会議を日本で開催することは、不可能であろう。日本のどこの組織も、このような大がかりな会議をひらく財力をもっていないし、そもそも英語をこれだけ流暢に話す常勤スタッフを十分に抱えている財団や研究所はない。韓国の方が、人的ネットワークづくりという意味では、はるかに先進国である。
このような催しものにおける日本の国家としてのプレゼンスは、情けないほどに低い。キャンベル氏やスタインバーグ氏に匹敵するような、外務省OBも現役政治家もだれも来てない(呼ばれても来ないのか、そもそも声さえかからないのかは知らない)。そのため、セッションでは、中国の、あるいはアメリカの、自らの国益に根ざした発言がなされるが、それに対抗する日本の国益を背負った声はほんとうにかぼそいものであった。日本のジャーナリストのプレゼンスもまったく目立たない。多分ひとりもいなかったのではないか。いたとしても彼らは沈黙したままである。海外のジャーナリストとのネットワーク作りがこうした場で行われているとも思えない。いったい、彼らはどこで何をやっているのか。
韓国では学術が高く評価されているが、このことも日本との大きな相違点である。この研究所の理事長も所長も博士号を持っているし、またスタッフほとんどがアメリカなどの大学院で学んできたものたちである(だから、彼らは英語に苦労しないのである)。それにひきかえ、日本の外交官やシンクタンクのスタッフ中にPh.D.保有者の占める割合は、きわめて低い。
自分が博士号を持っているからいうわけではないが、博士論文を仕上げるというのは、とてつもなく困難な作業である。その過程では、いかにすれば考え方や関心の異なる他人に自分のアイディアをきいてもらえるようになるかについてのトレーニングを積む。自分のオリジナルな思考を発展させ、それをエビデンスに基づいて擁護し、しかも人々に納得いくかたちでプレゼンしなければならない。その過程を経ることで、物事を体系的に捉える視点と効果的に発信する技能を学んでいく。
日本の外交にもっとも欠けているのは、まさにそうした視点や技能である。これもハッキリいわせてもらうが、ボクがこれまで出会った日本の外交官およびそのOBたちは、自分の経験を滔々と(時に自慢げに)語ることは大好きだが、国際関係や政策決定のごく基本的な学術書さえ読んだことがないとしか思えないような人たちばかりである。彼らは、他国との日々の交渉の現場から外交の要諦を学べると思い込んでいるのではないか。そのような思い込みが、こうした(Asan Plenumのような)会議を、軽視することにつながっているのであろう。
しかし、現場主義なるものは、「実践知」を生むことはあっても、体系的で、理論的で、さまざまな場面に応用可能な「専門知」を導くことはない。帰納的手法が、演繹的手法によって補完されなければならないということは、社会科学の方法論の授業をとったものなら当たり前のこととして知っているが、それさえ知らないということになると、発想からしてすでに「科学的」ではないのである。いま日本の国益にとって必要なのは、広く深い国際関係の文脈の中に日本の置かれた戦略的立場を客観的に位置づけすることができる能力であり、そのような視点から外国に対して日本のメッセージを発信していくことにほかならないのである。

2013年04月13日

あらためて、三権分立について

昨夜、BSフジ・プライムニュースに出演させて頂いた。ただ、反町キャスターがお休みで番組全体のリズムがいつもと違ったということ、そして特に後半ゲストの園田博之さん(維新の会)の話し方がゆったりとしていたことがあって、結構ボクが自説を展開することになってしまった。ボクとしては重要なことをいったつもりであるが、舌足らずだったことを反省し、以下にメモに書き留める。
まず、衆議院の一票の格差についての最高裁判決の中に、以下の一文がある。
「1人別枠方式が・・・選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な要因となっていたことは明らかである。」
この見解が、現在民主党などが自公政権の提案である「0増5減」では不十分と批判する際のひとつの根拠となっていることは、周知の事実であろう。
しかし、この最高裁の見解は、間違っている。
政治学的に、というか、因果関係を特定する科学的言明として、間違っている。
たとえば、(わかりやすくいうと)もし小選挙区の定数が300ではなく1000だったら、1人別枠方式を採用していたとしても、その効果を消し去るように較差の生じない配分をすることは十分可能となる。もちろん、逆に、たとえば小選挙区の合計が47議席だったら、すべての都道府県は自動的に割り振られる1議席しかもらえないことになり、較差は拡大する。
このごく単純なシミュレーションからも明らかな通り、1人別枠方式は、けっして較差を生じさせる「主要な要因」ではない。それは、小選挙区の定数を現行の300とする与件のもとでは、そのひとつの要因であるにすぎない。
前にもこのブログで述べた通り、司法は、一票の較差に不平等が生じていることについて、憲法違反の警鐘をならす役割を担っている。しかし、どのような選挙制度を採用するかということは、立法府の裁量に委ねられるべきであり、それについて裁判所が口を挟むことは三権分立の原則からして慎まなければならない。
ところが、この最高裁判決は、小選挙区制を採用し、そこに300という定数を設けることについてはいっさい批判めいたことを言わず、つまりそれは制度としてオーケーだと認めておきながら、他方、1人別枠方式はオーケーではない、といっている。これは、明らかに司法府がみずからの権限を超えて、どのような制度が望ましいか、あるいは望ましくないかという立法機能を(不当に)担おうとしているといわねばならない。
ところで、番組ではうまくいえなかったもうひとつの点がある。それは、現行の制度(公職選挙法)のもとでは、一票の較差訴訟は、各地域の選挙管理委員会を相手どって起こされることになっている、という点である。考えてみれば、これもおかしな話である。
選挙管理委員会は、行政府(総務省)のもとにある組織であり、選挙制度をつくる組織ではない。判決では、「国会の怠慢」が批判されているのであるが、その怠慢の当事者ではない組織が、訴訟の相手となっているのである。いってみれば、選挙管理委員会は、自分の瑕疵ではないのに、責任だけとらされている、という変な構図がここにあるのである。
しかし、だからといって、民主主義のもとで主権者たる国民が選んだ「国会」を、訴訟の当事者とすることも、当然できないであろう。この問題をどう解決するのがいいのかというと、あまりいい知恵が浮かばないが、選挙管理委員会を一票の較差訴訟の当事者とすることはしょうがないとしても、それは行政府からは独立した機関として、区割り審議など一部の立法機能を委譲したものとして組織化する以外ないのではないか、というのがボクのいまのところの見解である。それを(いまの会計検査院のように)憲法そのもので規定するか、それとも国会のもとに置くかは、憲法改正の争点として取り上げられるべき、重要なテーマであると思う。
なお、番組では、憲法改正について、とくにその96条改正をすることについても、自説を述べさせて頂いた。これについては、また日をあらためて書くことにしよう。

2013年03月31日

一票の格差問題について

昨年12月の衆院選における一票の価値の格差が、法の下の平等を定めた憲法に違反しているという高裁レベルの判決が相次いでいる。そしていま与野党の間では、3月28日に勧告された新しい区割り案に基づき「0増5減」をこの国会で実現するかどうかでもめている。
ボクは、この一連の問題について結構いっぱいいいたいことがある。おそらく政治学者を名乗る者だったら、ボクと同じに、いいたいことを山ほど持っていると思う。だから、もしかすると、そんなこと、もうわかりきっているよとか、みんないっているよ、とかいう批判が飛んできそうだけれども、ちょっとだけいわせて下さい。
第一に、一票の価値の平等がどれほど重要かということが、もしかすると日本ではあまり実感されてないんじゃないかと、ボクはずーっと気になっている。都会に住んでいる人と地方に住んでいる人とのあいだの格差ではピンとこないかもしれないが、メガネをかけている人の一票はかけてない人の一票の価値の5分の3です、とか、男性の一票は女性の一票の半分です、ということにでもなったら、これは大変なことだと、だれもが当事者意識を持てるはずである。しかるに、いま問題となっているのは、まさにそれらと同じに、特定の「クラス」を設けて、その人たちをそれ以外の人たちに対して差別しているという、とんでもない暴挙なのである。裁判所が国会の怠慢を糾弾するのは、当たり前である。
第二に、その国会であるが、ボクはつねづね、なぜ衆議院議長が一票の格差の是正でちゃんとリーダーシップを発揮しないのか、まったく理解できない。批判されるべきは、そして実際今回の判決で批判されているのは、「政府」(行政府)ではなく「国会」である。三権分立の原理からいえば、与野党の選挙改革の議論をまとめられなかったのは首相の責任ではなく、国会そのものの責任と捉えなければならないのであり、歴代の衆院議長こそ怠慢の批判を最も負うべき立場にいるとボクは思う。今度の区割り勧告を出した「選挙区画定審議会」も、総務省(すなわち行政府)のもとに置かれた審議会であるから、それに対しては野党が(いや、与党も)ケチをつけることができるという構図になっている。いま必要なのは、国会が自らの権威を委譲する形で第三者機関を設けて、区割り審議、さらには抜本的な制度改革の審議をお願いするということ、つまり出てきた勧告にケチをつけることができないような組織を制度化するということ、それしかないと思う。
第三に、返す刀で、ボクは前回の判決で最高裁判所が、現行のいわゆる「一人別枠方式」を批判したというのも、三権分立の原理から外れていたと思う。もし一人別枠方式がまずいという主張ができるのであれば、たとえば中選挙区制のもとで5人区と3人区を設けることだってまずいという主張もできるかもしれないし、東京をひとつの地域ブロックとしてみなすこともよくない、という主張だってできてしまうかもしれない。そのような制度の中味についての議論は、それこそ、国会の裁量権に委ねられるべきものである。裁判所が、一人別枠方式の結果としてでてきた不平等に対して警鐘をならすことは当然のことであるが、その不平等の原因を制度的に特定することは、間違っているし、してはならないことだったと思う。国会は、この部分についての最高裁判決はむしろ無視すべきであり、その意味においては、いちはやく違憲状態を脱するよう「0増5減」を実現すべきだと思う。

2013年02月23日

兎と亀の政治学的会話:安倍・オバマ会談

兎:いやー、早かったね。
亀:早かったって、日程が駆け足だってことかい?それとも、会談が短かったってこと?
兎:いやいや、ホワイトハウスが、二人の会見の模様をホームページにアップするのが、だよ。こういうホームページの作り方やPRでは、日本の官邸はまったく太刀打ちできてないな、アメリカに。それに、アップされていたのは、二人の肉声の入った、生のビデオ付きだった(http://www.whitehouse.gov/photos-and-video/video/2013/02/22/president-obamas-bilateral-meeting-prime-minister-abe-japan)
亀:見たよ、そのビデオ。今日、早稲田のちょいわるオヤジさんが、コンパスに出演するというので、一緒に見ていたんだ。
兎:内容、結構面白かったね。
亀:実に、いろいろな面で、面白かった。まず、あのランチ前という時間に、ああしたカジュアルで、記者たちがあまりしつこく質問できないようなブリーフィングの場を選んだこと。
兎:オバマさんにされた最初の質問は、日本に関係のない国内政治についてだったよね。
亀:あれは、NBCのサヴァナ・ガスリーの声だったようだが、オバマさんはああいう場では、アメリカの記者は遠慮せず国内問題について質問するということを織り込み済みでいたわけだ。だから、ああいう場にセットしたというのは、長い間二人がそろって質問を受けたくなかった、ということだろうな。
兎:ところで、最初にしゃべったオバマさんはTPPのことは一言もいわず、ごくあいまいな「経済」のこと、という言い方しかしなかったね。経済については、「これから」、つまり「この後ランチの場で話すことになっている」といって、TPPについて質問が来させないように仕組んでいた。
亀:そうそう。それで日米同盟の強化と北朝鮮が前面に押し出されていた。しかし、今回の訪米の目玉が、あくまでTPPだってことは、アメリカ側政府内の日本デスクでは常識だった。
兎:でも、安倍さんにしてみれば、TPPで「聖域あり」を認めさせたのは、成果だったといえるのではないかね。
亀:そうかもしれない。しかし、あの共同声明の英語版と日本語版を読み比べたかい?やっぱり若干ニュアンスがちがうように思えるよ。あのunilaterallyという言葉がどこにかかるかなんだが、法律家とか、読む人が読めば、どちらにも顔の立つ文書になってるんじゃないかな。
兎:それより重要なのは、共同声明を出したあとで、二人が共同記者会見をしないですむスケジュールを組んだことの方だね。
亀:共同声明はギリギリのワーディングだったので、日米両国とも、この共同声明の解釈について、あらためていろいろ質問されることを避けたかったのだろうね。
兎:ところで、このブリーフィングでは、二人の発言に中国という言葉が一回も登場しなかった。
亀:その通り。日本人の記者が質問するまでは、ね。しかし、それに答えるときも、安倍さんは、言葉を選んで、けっして中国を刺激しないような言い方をしていた。尖閣だけに言及するのではなく、尖閣と南シナ海とをならべて言及することで、尖閣問題だけが特別に重要な問題であるというメッセージを出さないように、意図されていたことは明白だった。
兎:安倍さんにしてみれば、今回の訪問を通じて、オバマさんにじきじきに、安保条約の適用範囲であることをいって欲しかったのではないか、という説も成り立つよね。
亀:もしそうだとすると、安倍さんは、明らかにそう説得するのに失敗した、ということになるね。しかし、どうかな。クリントン国務長官、そしてパネッタ国防長官がそろってすでにその主旨の発言を明確にし、中国もよくそれをわかっているので、オバマさんがあらためて言及することは、むしろ必要以上に中国を刺激することになる。
兎:安倍さん自身が、そういう判断に傾いた、ということ?
亀:そう見ることもできるよね。
兎:しかし、いずれにしても、この会見で中国のことがまったく言及されなかったというメッセージが、いま中国に送られたわけだね。
亀:そう。そして、このメッセージの送り方が、日米のあいだで、きわめてよく練られたもの、絶対にこの会見を通じて中国を刺激することがあってはならないんだという意図に基づいて行われたことも、明確だった。その意味では、日米の協調のレベルの高さを見せつけるものになっていたと思うから、中国にとっては、かえって不気味に思えたんじゃないかな。

2013年02月17日

リアリストの独り言

今日の日米関係を考える上での大前提は、日本とアメリカは、これまで保たれてきた東アジアの安定から多大な恩恵を受けてきたこと、そして今後もそのような安定が維持されることにおいて利害を共有している、という認識である。この意味で、日米両国はこの地域の秩序について「現状維持」を好むプレイヤーである。これに対して、今の秩序が変わった方がよいと考える「挑戦国」プレイヤーとして、中国が台頭しているという根本的な構図がある。

ちなみに、北朝鮮もこれまでずっと現状維持プレイヤーであり、それはその最大の目的が(公的に掲げられている南北統一ではなく)自国の体制維持におかれているからである。核実験を繰り返すようになった北朝鮮はいまや挑戦国になったのではないかという解釈も成り立たつが、体制存続が未だに北朝鮮にとってもっとも重要な目標であることに、基本的に変わりはない。

韓国が、すくなくとも日本との関係において、現状維持ではなく現状を変える方向に舵を切ったこと、そしてその理由が韓国における民主主義の成熟であることは、浅羽祐樹氏や木村幹氏らがいう通りである(『徹底検証韓国論の通説・俗説』)。

リアリズムは、理想主義と真っ向から対立し、基本的に保守的バイアスを持つことはいうまでもない。しかし、それは保守主義と同義であるわけでも、けっしてない。だから、リアリズムは、たとえば日本が核武装をすべきでないと頭ごなしに主張する理想主義を排する一方で、北方領土の4島一括返還の可能性について正しく判断することができなければならない。

「理想主義的リアリスト」なるものは、定義矛盾であるから、そもそも存在しない。むずかしいのは、保守主義とリアリズムとのバランスを取ること、保守主義的価値を標榜しながらリアリストであり続けることの方である。

リアリズムは、尖閣というひとつの小さな島をめぐり、日本と中国が戦争を起こすことは馬鹿げていると考える。一方、いまここで中国の挑発的な行動にきちんと対峙しておかないと、いずれは沖縄や奄美に対しても中国は領土的支配を目指すのではないかと想定するのも、リアリズムである。問題は、この二つの(正しい)論点を結んでくれるような壮大なリアリズムの構想が、いまの日本に欠落しているという点にある。

2013年01月28日

人間は同じという見方、人間は違うという見方

「自然は人びとを、心身の諸能力において平等につくったのであり、その程度は、ある人が他の人よりも肉体においてあきらかにつよいとか、精神の動きがはやいということが、ときどきみられるにしても、すべてをいっしょにして考えれば、人と人との違いは、ある人がそのちがいにもとづいて、他人がかれと同様には主張してはならないような便益を、主張できるほど顕著なものではない、というほどなのである。」(ホッブス[1651]『レヴァイアサン』第13章(水田洋訳)岩波文庫, 207ページ)

“When we consider how nearly equal all men are in their bodily force, and even in their mental powers and faculties, till cultivated by education, we must necessarily allow, that nothing but their own consent could, at first, associate them together, and subject them to any authority.” (David Hume [1748], “Of the Original Contract”)

「さまざまの人の生得の才能の差異というものは、われわれが気づいているよりも、実ははるかに小さいものであって、さまざまな職業にたずさわる人々が青年に達すると、天分にひじょうな差異があっていかんも他をひきはなしているように思われるけれども、多くのばあい、それは分業の原因というよりもむしろその結果なのである。もっとも異質的な人物のあいだの差異、たとえば哲学者と街頭のありふれた荷運人とのあいだの差異にしても、それは生得のものから生じているというよりも、むしろ習癖・習慣および教育から生じるように思われる。かれらがこの世に生まれでてきたとき、つまりその生存の最初の六年ないし八年のあいだというものは、かれらはおそらくはひじょうによく似ていたであろうし、またかれらの両親もあそび仲間も、なに一つとして顕著な差異をみとめなかったであろう。...取引し、交易し、そして交換するという性癖がなかったならば、あらゆる人はそのほしいと思うあらゆる生活必需品および便益品を自分自身で調達しなければならなかったはずである。」(アダム・スミス[1776]『諸国民の富』第1編第2章(大内兵衛・松川七郎訳)岩波文庫, 121ページ)

「およそ人間の理性が誤りうるものであり、人間がその理性を自由に行使しうるものである限り、相異なった意見が生ずるのは当然であろう。人間の理性とその自愛心との間につながりがある限り、その意見と感情とは互いに影響し合う。...人間の才能が多種多様なものであるところから財産権が生じるのであるが、それと同様、人間の才能が多様であることにこそまた人間の利害関係が同一たりえない基本的な原因がある。そして、こうした人間の多様な才能を保護することこそ、何よりも政府の目的なのである。」(マディソン[1787]『フェデラリスト』第10篇(斎藤眞訳)岩波文庫, 54-55ページ)

2013年01月22日

オバマさんの就任演説

オバマさんの二期目の大統領就任演説をビデオで見た。伝え聞くところによると、オバマさんは、「二期目」をつとめた過去の大統領の演説をよく調べ上げて、最後の最後まで、自分で原稿に手を入れたのだそうだ。演説のすぐあとPBSで行われていた歴史学者たちの鼎談のなかでは、ある方(確かエール大学の教授)が、オバマさんの演説は、F・ルーズベルトの二期目の演説のスタイルに似ていた、と発言していた。ま、そうかもしれない(ボクはその演説を聞いたことがないので、なんともいえない)。
しかし、ボクは、この演説はオバマさんならでは、という気がした。そして、20分という短いものだったけど、とても素晴らしい演説だと思った。
今回のオバマさんの演説は、ジェファソンが起草したアメリカ独立宣言の一節、We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happinessを引用するところから始まる。この建国時の誓いは、残念ながら、二百数十年たった今も、まだ実現されていない。だからそれを実現していこうではないか。いろいろな違いを乗り越えて、いろいろな政策を通して、みんなでそれを実現していこうではないか。それが、今回の演説の大きなメッセージだった。
さて、いつもながら(というと失礼だが)、日本のメディアはことごとく、この演説の意義というか、重要な部分を伝え損なっていた。いくつかの新聞は、演説の内容を無理矢理に日本との関係に引き寄せて、オバマさんが「同盟国との関係を強化していく」と語った部分を強調していた。しかし、この部分はこの演説にとってまったくもって枝葉末節な部分でしかない。そんなところを取り上げてレポートするのは、ま、はっきりいって、ジャーナリズムとしてセンスがないとしか、いいようがない。
あるいは、さっき見ていたテレビなどでは、オバマさんはこの演説で、国家としての「団結」や「連携」を訴えかけようとした、とさかんに説明していた。それは確かにそうなんだが、しかし、団結や連携を訴えたとだけきくと、オバマさんの演説が「穏健なものだったのか」という印象を与えてしまう。もしそのような印象が伝わるとすると、とんでもない誤解である。というのは、実は、今回のオバマさの演説は、かなりラディカルな内容を含むものだったからである。
演説の中で、観衆の反応がもっとも盛り上がったところ、そしてこここそが今回の演説のキモだと思われるところは、(独立宣言の言葉にもかかわらず)女性や黒人そしてゲイの人々に平等な権利が与えられていないことを訴えた部分である。このくだりでは、オバマさんは具体的な固有名詞を列挙し、聴く人たちの感情を鼓舞していた。1つ目は Seneca Falls。これは、1848年というきわめて早い時期に、女性の権利についての会議が開かれた場所として知られている。そして Selma, Alabama。1965年の 公民権運動の記念碑的な場所である。そして、今回とくに歓声があがったのが、ニューヨークのゲー・バー、The Stonewall 。1969年ここに警察が踏み込み乱闘になったことが、ゲイの権利の運動に火をつけるきっかけとなった場所である。こうして、オバマさんは、これらマイノリティの人々の権利を十全に実現していくことこそ、自分に与えられた二期目の大統領としての仕事だ、と力強く宣言したのである。そこには、団結や連携ではなく、そういう権利の前に立ちはだかる偏見や悪しき伝統と対決するという姿勢がみなぎっていた。
もう一カ所、オバマさんが固有名詞を列挙したくだりがあった。その中に出てきたNewtownという名前。そう、あのコネチカット州ニュータウン、26人もの小学生が銃の乱射によって、犠牲になってしまった場所である。こうした子供たちのLife, Liberty, and Pursuit of Happinessが与えられない限りは、われわれの旅は終わらない、とオバマさんは説いた。ここでも、彼は静かに(しかしラディカルに)銃規制に反対する人たちに対して、戦いを挑んでいく姿勢を明確にしたのである。

2012年12月16日

兎と亀の政治学的会話(解散・衆院選③):この選挙をどう考えるか

兎:2005年の郵政民営化、2009年の政権交代とくらべると、今回は焦点が定まらない選挙になりそうだね。
亀:その意味では、今回の選挙はごく普通の選挙って感じがするな。だいたい1つの争点や政権の枠組みそのものが、選挙のすべてを特徴づけちゃうっていう方が、めずらしいことなんだから。
兎:ただ、今回、多くの有権者は「民主党だけには勝たせたくない」、あるいは「民主党には絶対にお灸を据えてやるんだ」みたいに見えるよね。それは、前回と同じに、政権の枠組みについての選択が、他をしのぐ圧倒的なアジェンダになった、とみなせるんじゃないか。
亀:うーん、やっぱり、ビミョウにちがうんじゃないかな。たしかに今回の選挙は、民主党のこの3年半の業績を評価する選挙ではある。とすると、有権者は、いってみれば、過去を振り返るretrospective投票をしているわけで、その上にそれはネガティヴな方向性をもった行動だよね。しかし、前回の2009年の選挙では、多くの有権者は「政権交代」を積極的に選んだ。将来志向のprospective投票だったんだよ。そこが違うような気がする。
兎:じゃあ、君は、今回自民党が勝っても、それは有権者の積極的な支持ではなく、他に選択肢がない中の消極的な支持を表しているだけだ、といいたいのかね?
亀:もちろんそんな断定は、簡単にできるわけないさ。ただね、前回と比べて投票率が伸び悩むなんてことがあったりすると、そういう解釈の説得力が増すんじゃないかな。
兎:今回の選挙について、2000年代を通じて確立しつつあった二大政党制の一角が崩れ、第三極が割って入るという意味では、日本の政治のひとつの転換点である、という見方をする人もいるけど、そういう解釈についてはどう思うかね。
亀:むずかしいところだ。第三極、とりわけ維新の会の方が、いかに近畿地方というひとつの地域を超えて、全国まんべんなく議席を獲得できるかどうか、にかかっているんじゃないかな。
兎:小選挙区制のもとでも第三政党がある地域に限定して残るということは、十分論理的に起こることだよね。
亀:そうそう。大事なポイントだが、それについては、早稲田のちょいわるオヤジさんが、たしかカナダのケベック州を題材にして、『制度』という本の中で解説している。
兎:しかし、だよ、もし維新の会が40とか50とかの議席を取ったとするよね。すると、たとえそれが一部の地域に偏った勢力分布であったとしても、維新の会としては、やっぱり自分たちは「第三極」づくりに成功した、と訴えるのではないかな。
亀:そうだろうね。そういう意味でも、やっぱりつくづく、今回の選挙は、前2回と異なる、ふつうの選挙になると思うね。
兎:うん?どういうことだい?
亀:つまり、だね、ボクのいいたいのは、今回の選挙は、選挙が終わって結果が判明したあとも、その結果をどう解釈するかということについて、論争の余地が大きく残る、そういう選挙なんじゃないか、ということ。2005年も2009年も、選挙で誰が勝ったのか、どの党が有権者からマンデートを得たのか、ということは、ま、疑いようがなくはっきりしてたよね。しかし、今回は、たとえば自民党がたとえ圧勝したとしても、さっきいったように、いやそれが自民党に対する積極的な支持を反映していたわけじゃないんだ、というような異なる解釈が成立してしまうのではないかな。
兎:なるほど。同様に、選挙の結果、維新が40−50議席とったとしても、それがどういう意義をもった事態なのかは、自明ではない、ということだね。
亀:そう。自公民で過半数とったら消費増税が信任されたという人もでてくるだろう。自民党が勝ったらTPPや反原発は支持されていないという解釈を取るひとも出てくる。逆に民主党が70ぐらいに議席を減らしても、いややっぱり二大政党制は維持されたじゃないか、という人もでてくる。しかし、これらひとつひとつの解釈と、それぞれ反対の立場の解釈も成り立つ。
兎:どのような結果になろうとも、各勢力はおのずと自分に都合のよい解釈ができる、そんな選挙じゃないか、ということだね。
亀:そういう意味では、今回の選挙は、後味の悪い選挙、結局なんだったのこの選挙という感じの選挙になるんじゃないかな。

2012年12月04日

兎と亀の政治学的会話(解散・衆院選②):争点、争点って、うるさすぎ

兎:今回の選挙についてのメディア報道をみていると、争点、争点って、うるさいよね・・・。
亀:ああ、君もそう思うかい? まったく同意見。
兎:大学時代に、政治過程論とか政治行動論っていう授業をとったけど、有権者がどのように投票先を決めるかっていう話は、もっと複雑だよね。
亀:いや、ホント。有権者が何らかの政策を争点にして投票するなんていうのは、ひとつの考え方、ワンオブゼムの理論にすぎない。それなのに、「争点は何か」みたいな特集をすること自体、あんたたち、選挙ってものを、あるいは有権者の投票行動っていうものを、わかってんのか、っていいたくなる。
兎:争点以外にも、候補者のイメージとか、業績評価とか、あるいは政党支持とか、有権者の投票を決定する要因については、いろいろ考えられるわけだよね。
亀:それに加えて、どの争点で「投票するのか」という「である論」レベルの話と、どの争点で「投票すべきか」という「ベキ論」とが混同されて、報道されている。こういう報道を平気でするメディアの人たち、勉強不足もいいところじゃないかね。
兎:今日の夜のNHKの番組では、どこかの部のデスクとかいう偉そうな人が、外交が今回の選挙の争点になるかのような話をしていた。
亀:へええ。それは、その人の個人的な見解というか、個人的な願望ってことなら許されるが、何を根拠にそんなことが言えるのかな。そういう報道ぶりをみると、どこの局のどの人が政治学の基本的知識をもっていて、どの人はテキトーにしゃべっているかって、一目瞭然にわかっちゃうな。
兎:だいたい争点投票っていうのは、ものすごく高いハードルを有権者に設定しているわけだよね。
亀:そう。有権者は、まず政策そのものについての知識をある程度もっている、ということが前提になる。それから、それぞれの政党がその政策争点についてどのような立場をとっているかという情報をもっていることも、必要となる。これは、今回の選挙のように10何党もが乱立している状況では、とっても難しい要件だな。そして、自分自身がその政策についてどう考えるかという自己認識も、もちろんなければならない。
兎:争点投票というのは、その3つの要素を組み合わせて投票先を決めるというメカニズムだよね。それは、たとえばこっちの候補者の方がハンサムだとか、あの党は信頼できる、という候補者イメージや政党支持で投票を決めるというメカニズムよりも、はるかに高度で洗練された行動が要求されているわけだ。
亀:いつも早稲田のちょいわるオヤジさんがいっていることだが、民主主義のもとで有権者ができることというのは、一票を投じるという、非常に限られたことでしかない。で、その虎の子の一票にはいろいろなことが託されている。
兎:政策争点を見極めるということもあれば、政権枠組みを選ぶということもある。
亀:あるいは、世襲議員はいやだなと思う人のように、一票を投じることで日本の民主主義の質を向上させたいと考えている人もいる。
兎:あるいは、憲法改正の是非を問いたいと思っている有権者は、日本の政治体制そのものの変革をこの一票に託しているといえるかもしれない
亀:そうそう、つまり、有権者は、それぞれいろいろな思いで、一票を投じるわけだ。
兎:だから、そのようなとっても貴重な、さまざまな可能性をもった投票という行為を、あたかも、すべての有権者がなんらかの争点について投票している、あるいは投票しなければならない、かのような前提で捉えること自体、壮大な誤解に基づいているとしかいえないね。
亀:そう、そして、いまの報道のあり方は、まさにそのような壮大な誤解にもとづいて、次から次へと番組が制作されているって感じがする。

2012年11月25日

政党、あるいはネコ科ヒョウ属の話

ライオンは、ネコ科ヒョウ属に属する。
実は、トラも、ネコ科ヒョウ属に属する。
なんだよ、おかしいじゃんか、ライオンとかトラの方が、ヒョウよりもよっぽどメジャーな動物じゃないのか、と思うかもしれない。
ライオンは「百獣の王」なんだから、ネコ科ライオン属とすればいいではないか。トラも、絶滅しそうで貴重な存在なのだから、ネコ科トラ属としておくべきではないか。そう思うかもしれない。
だいたい、ライオンとヒョウを、一緒にしていいのか、ライオンはライオン、トラはトラで、それぞれユニークな存在なのではないのか。そんな声も聴こえてきそうである。
しかし、やはりそうではないのである。
なぜそもそもわれわれは、「属」とか「科」とか「亜目」とかいったカテゴリーを作るのか。それは、小異ではなく大同を確認しようとするためである。つまり、(ヒョウ属の)ライオンやトラやヒョウと、ネコ科ネコ属の(ふつうの)ネコとを区別するため、あるいはネコ全般とイヌやクマとの違いを際立たせるために、そういう作業をするのである。
だから、ネコ科の中に、トラとライオンというそれぞれ別々の呼称のついたカテゴリーを設けてしまうと、カテゴリーを設ける意味そのものがなくなる。トラとライオンの違いを強調したいのであれば、「トラ」あるいは「ライオン」という名前そのもので呼べばいいのだけの話である。別に、ヒョウ属の中に入れられているからといって、トラやライオンのユニーク性がそこなわれるわけではない。
さて、話し変わって、なぜ民主主義には「政党」なるものが必要なのか。それは、政党という組織がないと、十人十色、千差万別である有権者の意見が、いつまでたっても集約されないからである。政党とは、まさに「属」とか「科」といったカテゴリーである。
つまり、それは、小異ではなく大同を確認するためのものにほかならない。自分はいったいどの人と意見が近いのか、逆にいえば自分の意見はどの人とは種類が異なるのか、そのことを確認する作業を積み重ねなければ、多数派が形成され政治的決定をできるようにはならないのである。
だから、個々の政治家が、こともあろうに、選挙の前に(自分の選挙事情か何かは知らないけれども)属していた政党を抜けて、新しい政党を作るというのは、おかしな話である。現有勢力が一人とかごく少数の状態が長らく続いている政党も、民主主義という政治体制のもとで民意を集約することの大切さをないがしろにしている、とボクは思う。少数意見を代表することは、もちろん大事である。しかし、同調するものを多数集められない以上、そうした意見は自分の個人名でくみあげるべきであろう。
いうまでもないが、少数意見も、詳しくみれば、その中にまたいろいろな意見もある。まさにヒョウ属の中にもいろいろなユニークな存在がいるのとおなじである。しかし、だからといって、ヒョウ科ライオン属を新たに設け、その下にさらなる細目を設けるなどということをしていては、カテゴリーを作ることの意味、そもそも政党という組織のもつ意味を損ねるだけなのである。

2012年11月23日

兎と亀の政治学的会話(解散・衆院選①):橋下さんの誤算

兎:第三極の動きが、慌ただしいね。一度合流を約束した減税日本をソデにしたり、みんなの党とは、くっつくんだか、離れるんだか・・・。
亀:不透明だよね、プロセスとして。
兎:政治家同志の駆け引きだけが先行し、有権者が置き去りにされている。橋下さんや石原さんの重要なメッセージは、既成政党の打破っていうことのはずなのに、こういう動きは、彼らも有権者に対するアカウンタビリティーをないがしろにしている、っていう印象を与える。
亀:いや、そもそも政党は、ある程度継続的に存在しているからこそ、民主主義にとって非常に重要なアカウンタビリティを担保できる。選挙前に急仕立てに作った政党に、それを期待することは、どだい無理な話だよ。
兎:でも、なぜ、こうなっちゃったのかな。
亀:橋下さんにはいくつかの誤算があって、状況の展開をすでに彼が制御できなくなってしまっている、って感じがするね。
兎:アウトオブコントロール状態?
亀:そう。第一の誤算は、石原さんの国政復帰。まさか石原さんが突然都知事を辞めて、第三極づくりに加わってくるとは思ってもいなかった。援軍は期待してただろうけど、まさか選挙の前に自分から乗り込んでくるとは、思ってなかったんじゃないかな。
兎:だいたい、なんで石原さんは、都知事を辞めたのかな。
亀:いろいろ憶測はできるよね。これは、知り合いの早稲田のちょいわるオヤジさんが複数のソースからきいた噂だそうだが、石原さんは自分の息子が総裁になれなかったことで、自民党に対し相当頭にきたらしい。そもそも彼が都知事4選に出馬するときに、それを請いた自民党との間で密約があった、という噂さえある。
兎:へえー。しかし、その噂が本当だとすると、突然都知事職をほっぽり出したことも、また国政へ復帰して自民党に対抗する第三極を作ろうと動き出したことも、どちらもうまく理解できるね。
亀:橋下さんは、もともと今回の選挙では、維新の会の「地固め」をすればよい程度に思っていた。今回自分が立候補しないのも、今回じゃなくその次の選挙が本当の大勝負だとふんでいたので、そのときに切れるカードをとって置くという意味でも、じわじわと攻めようとしていたわけだ。
兎:ところが、石原さんが動いたことで、そのじわじわ戦略を放棄せざるをえないところに、追い込まれちゃったわけだ。
亀:で、第二の誤算は、解散のタイミングだな。
兎:こんなに早く解散になるとは、思っていなかった、っていうわけだね。
亀:そう。おそらく、石原さんの動きを見て、野田さんの頭の中には、橋下さんの当初の計画に狂いが生じたっていうことが見えたんだと思う。別に、このことだけが彼の決断を生んだわけではないが、橋下—石原の連携がまだ整ってなく、そこにつけこむ余地があるとの読みが、野田さんの側の計算にあったこともまちがいないと思う。
兎:しかし、だね、第三極として力をもつためには、やっぱり橋下—石原の連携というのは不可欠じゃないのかな。だって、なんといったって、大阪と東京という二つの巨大自治体の首長同士が組んでいるんだから、これ以上の連携はありえないよ。
亀:さあ、そこだな。問題は連携の仕方だよ。橋下さんも石原さんも、既成政党の支配に風穴をあけようと、本来は地方の自治体の長としての彼らの実績を売り込みたいわけだ。だから、ありうる連携としては、地方政党がゆるやかに連携するという形の方が効果的だったような気がする。
兎:なるほど。ところが、いま行われていることは、むしろ「極」をつくるということにこだわっちゃって、非常に中央集権的なもうひとつの政党を作るかのように動いているように見えるね。
亀:ところが、日本維新の会の、国政政党としての実績はゼロ。
兎:いいのかね、橋下さんは、このままで。
亀:どうだろうかね。みんなの党と組みたいというのは、地方政党ゆるやか連携路線ではなく、国政路線まっしぐらのようにもみえるが、実はみんなの党と組むことで石原さんの個人的な影響力を薄めようという狙いもあるような気がする。いずれにしても、彼の当初の計画通りにことが進んでいないことが、この第三極をめぐる動きをばたばたしたものに見せているってことは、間違いないと思うな。

2012年11月16日

解散について

衆議院の解散について、ちょっと考えを整理する必要があるので、まとめてみる。
1) いつもいうことだが、社会科学には、予測するという行為自体が予測されるべき現象に影響を与えるという、一種の自己言及性がついてまわる。だから、みんなが「野田さんが、いま解散するわけない」と予測すると、野田さんの側に「そうか、いまやれば、みんな不意をつかれることになるのか」という計算が生まれることになり、実際には(予測に反して)解散が起こりうる。今回の解散には、そういう要素があったと思う。
2) この前ある番組の中で申し上げたが、議院内閣制のもとでなぜ首相が解散権をもっているのかというと、それは基本的には、野党に対してにらみをきかせるというよりも、与党議員の中で政権に入っていないいわゆるバックベンチャーに対して「われわれ政権のやることを支持しないのなら、いつでもオレは君たちを路頭に迷わすことができるんだからな」という脅しをかけるためである。この脅しによって、立法府と執行府との間のconfidenceが成立する。だから(すべての抑止という現象に当てはまることだが)重要なのは首相が解散権をもっていること、もっといえばそれを行使しないということなのであり、逆にいうと、実際に解散をしたということは、首相の側が(脅しに失敗し)敗北したことを物語る。その意味では、今回の解散を、やはり野田さんが追いつめられたがゆえに起こった解散と見るのは、正しいと思う。
3) しかし、合理的アクターは、追いつめられたら追いつめられたなりに、その制約の中で最善を尽くそうとする。ボクのみたところ、党首討論で解散を宣言するという「奇襲」は、その意味ではなかなかよく考えられた戦略だったと思う。おそらく、臨時国会をいつ開くかを決めた頃から、このシナリオは野田さんの頭の中に可能性のひとつとしてずっとインプットされていたのであろう。この奇襲により、自民党側はいくつもの点で政治的ダメージを負うことになった。歳費カットや定数削減という政治家自らが身をきるというイニシアティヴが民主党主導で行われているという演出に加担してしまったこと。特例公債や定数是正の法案がわずか2日で通り、審議を遅らせていた責任が野党の側にあったという印象を残してしまったこと。そして、なにより、選挙後においても民自公の協力の枠組みが残っているかのような駆け引きにのってしまったこと、などである。もっとも、今回の野田さんの奇襲によって稼ぐことができた政治的得点が、それほど長続きするとは思えないが...
4) あの党首討論での光景は、いろいろなことを明らかにしたと思う。たとえば、あれだけ安倍さんが驚いたということは、これは話し合い解散ではなく、自民党はやはり不意をつかれたのだ、と理解すべきであろう。ということは、当然、橋下さんも石原さんも不意をつかれた、ということになる。もし、この時期に解散が起こっていなかったら、石原さんと橋下さんとの間の第3極をめぐる交渉の行方は、ちがったものになっていたかもしれない。少なくとも今日までの状況をみていると、時間がないということは、石原さんに対して橋下さんの方のバーゲニングパワーを高くしているように思える。
5) もうすこし、大局的なことを3点ほど。ひとつは、第三極(それがまとまるとしての話だが)が今度の選挙で勝てば勝つほど、選挙後の自民と民主との連立の可能性が高まるという、変な相関があると思う。第三極は、既存政党を打破しようとしているのだから、選挙後、どちらの陣営とも連携することは考えにくい。もっといえば、民主党が大敗すればするほど、自民にとっては、民主党を連立相手として選びやすくなるという皮肉な構図があるような気がする。第二は、それがゆえに、自民と民主とのあいだでは、本当の二大政党制のもとでの選挙戦のような(たとえばこの前のオバマとロムニーとのあいだで繰り広げられたような)、極端な誹謗中傷合戦の泥仕合にはならないだろうと思う。選挙後の連立、さらには政界再編をも意識して、どこか遠慮してお互いを批判しあうような選挙戦が繰り広げられるのではないか。第三に、しかしもしそうだとすると、それは日本の政治にとっては好ましくない。この際、自民党は2009年の政権交代以降の民主党政権の失政を、そして民主党は2009年にいたるまでの自民党政権から引き継がれたさまざまな政治的ツケをそうざらいすること、つまりどちらも徹底的に相手を批判し合うことの中からしか、日本の政治の再生はない、と考えるからである。

2012年11月11日

オバマさんの涙

再選されたアメリカ大統領オバマさんのスピーチが話題になっている。
選挙の結果が明らかになった夜、興奮する大勢の支持者の前でした、オフィシャルな勝利宣言スピーチではない。
実は、あの勝利宣スピーチは、たいして感動を呼ぶものとはいえなかった。スピーチがうまい政治家であるオバマさんにしてみれば、かなりランクの下の方に属する、はっきりいって凡庸なスピーチだった。
話題になっているのは、選挙が終わった次の日に、自らの選挙活動を支えてくれた少人数のスタッフたちを前にして、彼らに感謝の気持ちを表すためにしたほんの5分程度の短いスピーチである。
なぜ、そのスピーチが話題になっているかというと、そこでオバマさんが、感極まって、涙を流しているからである。

http://www.youtube.com/watch?v=pBK2rfZt32g&feature=related

オバマさんは、もっぱら「クール」な政治家と言われる。あまり喜怒哀楽を表に出さない。それがゆえに、彼に対しては、「本当に熱情をもって政治をしているのか」という批判がなされることさえある。
オバマさんがクールであるのは、彼が自分自身で「『怒れる黒人』であってはならないと心に決めているから」(Mark Shields)である。彼のクールさは、彼にとっては政治家としての装いでもあり、同時にまた彼の政治信条そのものでもある。
だから、オバマさんが人前で涙をみせるというのは、珍しい。
だから、話題になっているのである。
なぜ、オバマさんは、それほどまでに、感極まったのか。
オバマさんは、もともとシカゴで、コミュニティビルダーとして、政治を志すようになった。その若き日の自分の姿が、今回の選挙で彼を支えてくれた若いスタッフたちと重なり合い、自分がやってきた活動が回り回って、いま何百というその後継者たちに引き継がれていっていることに感動したのである。
「君たちは、何をやったとしても、間違いなく成功する」と、彼は語った。
そして、自分の抱いた志が幾重にも広がっていくさまを、彼は「ripples of hope」と表現したのである。
オバマさんは、単に手紙やメールを書くのではなく、数百人のスタッフひとりひとりと、握手と抱擁をし、感謝したそうである。きっと、そのひとりひとりが、いずれまた数百人の後継者を生んでいくことを、そうまさに希望が幾重もの波紋として広がっていくことを、確信していたにちがいない。
このスピーチは、彼が自分のパーソナルな面をみせた珍しい演説の一つとして、きっと長く記憶に留められていくと思う。

PS:ripples of hopeという表現については、Amy Davidson の小文も参照。http://www.newyorker.com/online/blogs/closeread/2012/11/obamas-tears-and-ripples-of-hope.html?mbid=social_retweet

2012年09月17日

政治リーダーシップ論

先日のコンパスでは、民主党と自民党の党首選と、求められる日本の政治のリーダーシップについて取り上げた。その時に、ボクの頭をよぎったいろいろなことを、ちょっと整理しておきたい。
まず、ボクは、政治学の研究として、とくに日本の政治学者(「を自称する人たち」も含めて)が書いたものの中で、学術的に読むに耐えうるリーダーシップ論に出会ったことがない。たいていは、属人的な「お話」にとどまって、せいぜい「類型化」をしているぐらい。しかし、類型化は、descriptive exerciseであってtheoretical exerciseではない。ボクらが翻訳したウォルツの本の中に(←そう、なんとウォルツ!)、イギリスとアメリカのリーダーを比較した論考が含まれており、もちろんとっても時代遅れだが、それでもちまたに溢れるリーダー論よりはこっちの方がよっぽど面白い。
第二に、リーダーを語るからには、そのリーダーの個人的属性について語るべきなのであり、たとえば理念とか政策とかを持ち出すのはおかしい。理念や政策は、そのリーダーが属している政党や団体の属性である。だから、「リーダーを選ぶ基準として理念や政策を大事にする」というのは、(独裁者を好むのであれば別だが)ボクは理解できない。
第三に、これは誰かがこの前のDNCでいっていた言葉の受け売りだが、優れたリーダーというのは、その人でなければできない、という能力をもっていることがもっとも重要な基準になるのではないか、と思う。集められる限りの情報を集めさえすれば、その中から自ずと答えが出てくるような意思決定に、リーダーは要らない。集められる情報をすべて集めるという体制を整えることは、もちろん重要だが、それは「その人でなければできない」ことではない。その人でなければできない決断というのは、集められる情報をすべて集めた上でも答えが自ずと出ないときに、はじめて必要となる。そのような場合でも、自分はこっちの方が正しいという判断が何らかの根拠によってでき、しかもそれをまわりの人に納得させることができる能力、それが本当のリーダーに必要とされる資質だと思う。
第四に、日本では、政治のリーダーを選ぶさいに、プライベートなことがあまり開示されていない。しかし、リーダーを選ぶというのは、繰り返すが、個人的な属性を選ぶことなのであるから、いったいその人がどういう人に愛されているのか、どういう家庭を築いているのか、といったことも重要な判断基準になると思う。ミッシェルオバマが "I have seen firsthand that being president doesn't change who you are – it reveals who you are"と、愛情こめていったとき、ああオバマさんはやっぱりブレない人なんだなあということが説得力をもって伝わってくる。政治家のプライベートなこと、とくに首相になるかもしれないような人たちのそのような部分を、日本では、二流週刊誌でなく、主流のメディアもどんどん取り上げるべきだと思う。

2012年08月24日

町の適切な規模について

久々にカナダのバンクーバーを訪れて、あらためてこの町の素晴らしさを実感している。海あり山ありという自然のランドスケープの見事さはいうまでもない。それ以上に、そのランドスケープにぴたりとはまっている人々の風景が美しい。
たとえば、公園では、犬を散歩させている小学生とか中学生ぐらいの子供をよく見かける。おそらく、それが彼らに与えられたchore(家族の中での仕事)なのであろう。
カフェでは、ipodをききながら、大学生(と思われる若い人)たちが、分厚い教科書を読んだり、パソコンをたたいている。これからの自分の人生に、まっすぐ向き合っている感じがする。
バイシクリングをするカップル。ちゃんとヘルメットをかぶり、右折や左折のジェスチャーをして、交通規制を守っている。
そして、ベンチでゆっくりとおしゃべりしているリタイア仲間たち。ギリシャ系、あるいはポーランドなどの東欧系の顔をみることが多い。
なぜボクがこうした風景を美しいと思うのかというと、それぞれの人々の姿がバンクーバーという町を構成するピース(部分)のような、一種の調和があるかのようだからである。うまくいえないが、それぞれまったく異なった行動をとっているのに、彼らの行動のひとつひとつが、全体の中で位置づけされ、秩序づけられているという感じがする。バンクーバーには、いうまでもなく、いろいろな人種・民族背景をもった人が住んでおり、貧富の差もかなりはげしい。そうした多様性にかかわらず、バンク―バーという風景に、みんなしっくりなじんでいる、というように見えるのである。
いつもいうのだが、ボクは、町には適切な規模があると思っている。ボクの中では、その基準というのははっきりしていて、それは、人が一日行動していると思いがけなく知り合いに遭遇することが、午前と午後に一回ずつぐらい起こる、という程度の規模である。バンクーバーでは、実際そのぐらいの頻度で、かつての知り合いとか、娘の高校時代の同級生とかに遭遇する。
こうした遭遇が「人とつながっている」という安心感を与える。もちろん、防犯や青少年の非行抑止といった点においても、遭遇の可能性があるだけで、かなり効果がちがうと思う。そして、そのような遭遇によって、住んでいる町が自分たちのコミュニティーであることを実感できるようになると思う。自分が不特定多数の一人なのではなく、誰かから特定されるという期待が、町へのコミットメントを高め、自分たちの町だから、きれいにしていこうとか、自分たちの町だから子供たちがちゃんと育てられる環境にしていこう、とかいった気運が醸成される。
これは、日本でむかしからある「ご近所」という感覚と、似ているけれども、ちがうと思う。ご近所では、毎日顔を合わせることが当たり前のように期待される。しかし、重要なのは、思いがけなく遭遇する、ということにある。「思いがけない」という距離感が、必ずしも「ご近所」にはないプライベートな空間を担保しているからである。
いいかえれば、町は、広くなりすぎてもよくないし、狭くなりすぎてもよくない。それには、適切な規模がある、と思うのである。

2012年08月10日

原因の結果に対する時間的先行性、あるいは、なでしこJの惜敗について

常識では、「原因」は「結果」よりも時間的に先行しなければならない、ということになっている。実は、このことは、ボクが大学で学部生や院生に対して研究指導するとき、口を酸っぱくして注意を喚起する方法論の問題のひとつでもある。たとえば、「経済成長が民主化を促す」という因果命題が正しいためには、経済成長が民主化よりも時間的に先行して起こっていなければならない。もし民主化よりも経済成長の方が後に起こったのだとすると、われわれは因果関係を逆転して、民主化が経済成長を促進したのだろう、と考え直すべきである。
しかし、本当にそうなのだろうか。
アリストテレスやヒュームは、この問題と格闘した(らしい)。彼らのような人類を代表する知的巨人たちの思索に、ボクがここで付け加えることは、おそらく何も残っていない(はずである)。
しかし、「おい、キミ、結果の方が原因よりも先に起こることは、本当にないのか、え、絶対にそういい切れるのか、え、どうなんだ」と、グイグイと誰かに詰め寄られたら、(誰かって、誰だかわからないが)、「いや、ちょっと・・・」と、ボクは口ごもってしまうかもしれない。
なぜかというと、ですね、うーん、なでしこJは惜しくも負けちゃったんですね、オリンピックの決勝で。で、ボクには、この最後に負けちゃったという事実が、それよりも時間的に先行しているもうひとつの事実の、(結果ではなく)原因のように思えてならない、のであります。
ご存知のように、なでしこJは、予選を通過する際、スェーデンと引き分けて、グループを2位で通過した。この時、1位で通過するよりも2位で通過する方が、対戦相手とか競技場間の移動の関係で戦略的に有利かもしれないということがいわれていた。この「2位通過」という事実が、結果として(実際には起こらなかったが)「金メダル獲得」というもう一つの事実を生み出す可能性は、たしかにあった。実際、「2位通過」が、準々決勝の対戦相手ブラジルよりもフィジカルコンディションの面でなでしこJに優位をもたらしたという因果関係は、十分に成り立つ。そもそも「2位通過」がなければなでしこJは決勝まで進めなかったかもしれないと推論することも、可能である。こうした推論は、常識的な原因と結果に関する時間的先行性の考えに基づいている。
しかし、ボクには、それとは逆転した推論も可能のように思えてならない。つまり、「2位通過」という事実が、むしろ、なでしこが優勝しなかったという事実の結果にあたるのではないか、という解釈である。
これは、ふだんから考える時間という概念から解放されなければ出てこない解釈なので、うまく表現することがむずかしいが、次のようなことである。たとえば、(こういう言い方をすると正確性を欠くことになるのは目に見えているけれども)、なでしこJがぶっちぎりで強いチームだったら、予選「2位通過」などということは、そもそもありえなかったはずである。ところが、現在のところ、世界の女子サッカーに、圧倒的に強いひとつのチームはない。フランス、アメリカ、カナダ、ブラジルなど、どのチームにも今回優勝するチャンスがあった、という方が正しい。このことは、なでしこJが今回優勝を逃したという事実は、たまたまそうだった、ということにすぎないということを意味している。つまり、それは確かに実際に起こった事実であるが、(十分にありえた可能性としては)起こらなかったかもしれない事実なのである。そして、いったん、この事実をそのようなものとして、つまり優勝できたかもできなかったかもしれないという、両義的なものとして捉えると、さかのぼって、それがなでしこJが「2位通過」したことの原因として位置づけられるように、ボクには思えてくる。「2位通過」が「優勝しなかった」ことの原因でないことは明らかであるが、その逆は解釈としてありえるのではないか、というように、である。
こういうことをぐじゃぐじゃというと、「キミのいっているのは、単なる歴史の(時間の)後知恵のことだよ」というツッコミを受けそうである。たしかに、それだけのことなのかもしれない。しかし、歴史の後知恵というのは、原因(t-1)としての事実と結果としての事実(t)よりも、さらに後の時点(t+1)に立つことを前提にしてはじめて成り立つ見方である。ボクはそうした時間の流れ自体から解放されたときに、もしかしたら違う(因果関係の)解釈が生まれるかもしれない、ということをいいたいのである。

2012年07月15日

院の指導について

IPSA(世界政治学会)で、自分よりも少し若い年代の多くの研究者たちと食事をする機会に恵まれて、自分がスタンフォードで受けた教育のことを思い返していた。今、自分が院生を指導する立場になって、たとえば論文を早く公刊しろというような実践的なアドバイスを強調すべきか、それとも研究者としての理想をあくまで追い求めろと強調すべきか、いろいろ悩む。しかし、まあ、自分のやれることは、自分自身にとってよかったと思えることを基本にしていく以外ない。
この前、ある身近な院生に、ボクのアメリカでの経験をしゃべったら、とても興味深くきいてくれた。それで、その一部をこのブログで紹介することにしたいと思う。
いま振り返って、ボクにもっとも影響を与えてくれたのは、まちがいなくGeoffrey Garrett先生である。ボクの最初のメジャーなパブリケーションになった論文の第一稿(それは最終稿とは似ても似つかなかった)をみて、彼はたしか「kernel」 (of good paper)という言葉を使って、それを進めるよう仕向けてくれた。しかし、ギャレット先生は同時に、その原稿が真っ赤になるくらい、細かな添削もしてくれた。そう、文章の順番をこことここを入れ替えろとか、一字一句、この単語よりこっちの単語の方がよりいいだろう、というレベルまで。ボクにとっては、この経験がとてつもなく大きかった。自分自身を一人前の研究者にしてくれたのは、このときの彼の指導だと、今でも思っている。ボクは、この経験をそのまま踏襲して、日本でも、自分がアドバイザーをつとめる院生の論文には、このように細かな添削をすることにしている。
その論文をジャーナルに投稿する直前のことであるが、ボクとギャレット先生がJudith Goldstein先生の部屋でだべっていると、そこにDouglas Rivers先生が入ってきた(当時ゴールドスタイン先生の部屋は一種の溜まり場だった)。で、ギャレット先生が、マサルはこれから論文を投稿しようとするんだよとRivers先生にいう。たまたまボクがそのときもっていた論文のコピーを見せると、Rivers先生は最初のページだけを一瞬みて「よく書けているが、このイントロはもう一度書き直した方がいい。なぜなら、ここには論文のファインディングの要約がないから」とだけいって、出て行った。もちろん、ボクはそのアドバイスに従って、書き直すことにした。ボクは、これがプロの目というものなんだなあ、と恐れ入ってしまった。
まったく違う感じのアドバイスだが、ボクはStephen Krasner先生にもとてもお世話になった。ボクは、彼のオフィスアワーをつかって、自分が考えついた論文のアイディアを何度ももっていった。すると、話が2分か3分かもしないうちに、彼は「それは多分無理だね」というダメだしをする。データが集まらないだろうとか、インパクトが少ないとか、もうだれそれがやっているとか、理由はいろいろ異なるのだが、ボクの前にまさに「壁」のように立ちはだかって、次から次へとボクの構想を退けるのである。この厳しい指導も、ボクにとってはとてもためになった。そして、この経験も、いまボクは日本で踏襲している。つまり、院生たちにとって「乗り越えなければならない壁」となって、見込みのないプロジェクトにははっきりとダメだしをする、という役割である。

2012年05月13日

政治家のサブスタンスとジェスチャー

(ビル)クリントンは、当時現職であったブッシュ大統領を破って当選し、42代のアメリカ大統領となった。クリントンは、選挙戦で必ずしも最初から有利だったのではない。しかし、彼の勝利を決定的にしたと言われているひとつの場面がある。それは、第2回目の討論会で、観客から質問を受け付けたときの、二人の反応の違いである。
その場面は、いまyoutubeでみることができる。4分あまりのクリップなので、関心があったら見て頂きたい。英語がわからなくても、二人のボディランゲージを見るだけで、ボクが言おうととしていることは、伝わると思う。

http://www.youtube.com/watch?v=7ffbFvKlWqE

質問者は、「財政赤字は、あなたがた二人の生活に、どのように影響したのですか」と尋ねた。もし、財政赤字が個人的な影響を及ぼしていないなら、あなた方がどのような政策を掲げたところで、この問題を解決できるとは信じられないではないか、というわけである
この質問に対し、ブッシュはまず一般論ではぐらかそうとするが、司会者が「いや、質問は、あなた個人が、この問題でどのような影響を受けたのか、についてです」とツッコミを入れる。しかし、それでもうまく答えられず、結局ブッシュはいらいらしてしまい、「質問の意味がわからない」という態度をとってしまう。
続いて、答えに立ったクリントンは、何をしたか。
映像を見て分かるとおり、クリントンはゆっくりと質問者の方に近づいていく。そして、ブッシュよりも、はるかにその質問者との距離を縮めておいて、その質問者に個人的に語りかけるように、答え始める。いかに財政赤字という問題が、自分に個人的に影響を及ぼしたのかを、である。この瞬間、クリントンは、このテレビでの映像を通して、多くの(それまでどちらに投票しようか迷っていた)国民の心をつかんだのだ、といわれている。
政治家は、いかに中味の素晴らしい政策を掲げたとしても、国民からの信頼がなければ、その素晴らしい政策を受け入れてもらうことができない。このブッシュ=クリントンの討論会の一場面は、それをきわめて見事に物語っている。
ひるがえって、日本の話。(ツイッターにも書いたが)今朝のNHKの日曜討論では、「一体改革」について、素晴らしい議論が展開されていた。サブスタンスは、そういう意味で、非常によかった。しかし、民主党の責任者である藤井裕久氏が、野党の質問や意見に対して(カメラアングルのせいかもしれないが)いつも「そっぽ」向いているようにみえた。このような態度をあからさまにみせてしまうことが、いかに国民の支持を勝ち取るうえでマイナスか、この人はまったく気づいていないようであった。
政治家にとっては、サブスタンスとともにジェスチャーも重要である。日本の政治が悪く言われる大きな原因のひとつは、このことに敏感な政治家が少ないからだと思うのである。

2012年04月30日

政治家とプライベート情報

ブログでも、(最近始めた)ツイッターでも紹介した、ボクのお気に入りのShields and BrooksというPBSの番組の中で、政治家と有権者との関係について、ブルックスさんが興味深い分析をしていた(http://www.pbs.org/newshour/bb/politics/jan-june12/shieldsbrooks_04-20.html)。
ご存知かと思うが、共和党の大統領候補ミット・ロムニーは、しばしば、有権者と「connect」していない、と批判されている。メッセージが伝わってこないとか、何を考えているかまったくわからない、という意味である。その理由として、彼がものすごい大金持ちであるということ、あるいは彼がよく意見を変える人(flip-flopper)であることがよく指摘される。しかし、ブルックスさんは、その最大の原因は、彼が自分の生い立ちについて、家族について、語らないからではないか、といっている。彼の父親は、メキシコからの移民であり、また彼はモルモン教の信者である。こうした部分を語ることが、もしかすると共和党という保守政党の候補としては、マイナスに働く可能性はもちろんある。しかし、これらの、いってみればプライベートな部分について語らないがゆえに、彼はいつまでたっても有権者とconnectできないのではないか、とブルックスさんは分析するのである。
ひるがえって、自分のことを考えてみる。ボクがそもそもブログを始めたのは、ゼミ生たちに、自分のプライベートな部分を少し(もちろん全部ではない)見せることによって、文字通り彼らとconnectすることができるのではないか、自分が授業で伝えたいメッセージとか自分の考え方のようなものが通じやすくなるのではないか、という動機からであった。
そして、最近になってボクがツイッターをはじめたのも基本的には同じであり、すこしずつではあるが新聞やテレビに出させて頂くようになったので、読者や視聴者の人にボクという人について若干情報量を増やすことで、connectionがうまくいくのではないか、と思ったからである。
もういちどひるがえって、日本の政治家たちのことを考える。橋下さんがいま人気があるのは、彼が自分の人間性(たとえばけんかっ早いところとか)をちらりとみせているからではないだろうか。かつて小泉さんが絶大な人気を誇ったのも、「なんとか」の一つ覚えのように、郵政民営化、郵政民営化と繰り返して、この人本当に「なんとか」かもしれない、あるいはこの人やっぱり変人だわと、有権者に思わせるような演出に成功したからではないだろうか。そして、いま首相である野田さんが一時期支持率を高くできたのも、自分をどじょうにみたて、ルックスにある種のコンプレックスをもっていることをちらりと垣間見せたからだったのではないか。垣間見せた内容が重要なのではない。(なんでもいいから)垣間見せることによって、有権者がその人を知った気になり、安心する、という効果が重要なのである。
ここには、プライベートな情報を信憑性をもって公開すると、公開した側が大きなアドバンテージを握れるという(どこかで聴いたことのあるような)法則が働いているように思える。しかし、話はそう単純ではないかもしれない。というのは、政治家が、本当に自分のプライベートな部分を見せている、とはどうしても思えないからである(というか、人間はだれでも、本当に自分のプライベートな部分を公開するわけがない)。つまり、有能な政治家は、こうした演出を演出として、演じきっているのであり、ある意味で、有権者はそのような演じきる能力を評価しているのかもしれないのである。

2012年04月28日

小沢判決と検察審査会制度について

小沢判決とそれについての報道やコメントから、いろいろなことを考えさせられた。まず身近なところからいくと、今日付け(だと思う)の朝日新聞に、「小沢氏無罪、司法改革にも影響 議論進む可能性」という見出しの記事があり、それは次のような書き出しで始まっていた。

小沢一郎・民主党元代表を無罪とした26日の東京地裁判決は、検察審査会という「民意」によって強制的に起訴される仕組みや、検察改革で進む取り調べの録音・録画(可視化)のあり方をめぐる議論に影響を与えそうだ(後略)

この後段部分はさておき、前段部分は、検察審査会をめぐる大きな誤解を象徴していると思った。検察審査会は、たしかに制度全体としては「公訴権の実行に関し民意を反映させてその適正を図るため」(検察審査会法第1条)のものである。しかし、各事件について設けられる個々の審査会は、それぞれ審査員11人で構成されるだけであり(同第13条)、その11人というごく少数の人たちが「民意」を代表しているなどと考えることはできない。小沢氏は、民意ではなく、あくまで(検察審査会もその一部である)司法制度によって起訴されたのだ、と考えなくてはならない。
検察審査会に批判的な人たちが快く思っていないのは、民意の影響ではなく、一般の人々、すなわち素人の集団が司法過程の中で重要な一コマを担っているという点である。ボクは、こちらの方の問題は、十分に議論してしかるべき問題だと思う。民主主義は政治の決定を素人に託すシステムである。しかし、それゆえに、民主主義はしばしば少数派や個人の権利を踏みにじる決定をする。多数派の暴挙に対する最後の防御として司法の救済を位置づけるとすると、司法過程を特別な能力と知識をもった専門家に任せるべきだ、という意見は十分に説得力をもつ。
ボク自身は、前にも違う(裁判員制度の導入についての)文脈において述べた通り、一般の人々が司法のプロセスで役割を果たすことを基本的によいことであると思っている(http://kohno-seminar.net/blog/2009/05/citizenship.html)。しかし、そこに問題もないわけではない。たとえば、陪審員制度を採用しているアメリカにおいて、同制度についてよくなされる批判のひとつは、プロの裁判官が、一般の人々が判決を下すための制度上の「案内役」に徹っする一方で、自分自身、判決を下すことについてまわる重い責任を負わない制度に変質してしまっているのではないか、ということである。似たような問題は、一般の人々が参画するすべての司法制度についても生じる可能性があると思う。
もしも、日本でいまのような検察審査会制度がなかったならば、プロである検察は、いってみれば、つねに背水の陣で、すべての事件に取り組まなければならない。しかし、いまの制度のもとでは、自分たちが起訴できなかったとしても、次なる手段として素人の検察審査会による起訴の可能性が制度的に担保されている。そのことを勘案して彼らの仕事ぶりに悪影響が出る、ということはないのだろうか。もしも、検察審査会制度があるがゆえに、プロが戦略的に振るまい、難しい案件を徹底究明せずに素人に任せがちになるという傾向が生まれるとすると、それはまったく望ましいことではない。
制度の構築は、しばしば「予期せざる帰結(unintended consequences)」を生む。それでも、そうした帰結を予期しようとする努力は、不断に続けていかなくてはならない。

2012年04月25日

小沢さんの影響力

26日に判決が予想される小沢さんについて、コメントして下さいといわれたので、考えをまとめてみます。
まず大前提として、小沢さんという人は非常にスタンダードなというか、わかりやすい行動をする政治家だと、ボクは基本的には思っています。彼は自分のおかれている境遇、自分に与えられている試練、すなわち自分に与えられているすべての素材を、ポジティブなものであれ、ネガティブなものであれ、すべて将棋の持ち駒のように、あるいは碁石の配置のようにとらえて、その時々で最適な戦略を取るということを、いつでもつねにしている人です。
さて、目下のところ(というか、このところずっと)小沢さんが直面している戦略上の選択肢は、究極的には単純な二者択一で、すなわちそれは既存の民主党をのっとるという形で復権をはかるか、それとも民主党を離れて新党をつくり、バーゲニングパワーを握るような形で復権をはかるか、のどちらかです。もし他の条件が同じであれば、その二つの戦略に二分の一ずつの確率でヘッジすることになりますが、どうもいまはそうは行かないのではないでしょうか。というのは、まず後者の新党構想の可能性を考えると、この実現性を高めるシナリオは、ひとつには、国民新党を離党した亀井さんと連携し、さらには橋下さんや石原さんを巻き込んで流動的な政局を作り出していこうとするというものですが、これはいまのところまったくうまくいっていません。より現実的なもうひとつの可能性は、自民党と民主党がそれぞれ割れ、大きな政界再編が起こることです。これは、たとえば、いまの民主党の(野田首相の)非常にしたたかな「のらりくらり」路線に自民党がしびれを切らし、その一部が消費増税に賛成にまわり、自民党の中で反増税や反TPP勢力が民主党の中の同じような勢力と連携していこうということになったときに起こるシナリオです。こうなれば、小沢さんにもう一度チャンスがめぐってくることになります。
これに対して、もう一方の、民主党の中に残り復権をはかるという戦略は、いろいろな意味で行き詰まってしまう戦略にしか思えません。第一に、そのようなシナリオは、現政権に対する支持率が下がり、民主党内でふたたび「小沢待望論」のようなものが盛り上がってくることを意味しますが、なかなかそれは起こるとは考えられない。おそらく、小沢さん自身もそのように気づいており、そして小沢さんが気づいているということを、民主党の他の人たちも感じとっている、と思います。
そして、非常に重要なポイントですが、小沢さんはよく数を握っているといわれますが、その多くの小沢チルドレンたちは選挙基盤がきわめて脆弱な人たちです。もし、彼らが次の選挙における再選の確率を上げることができるとすれば、それは民主党に残ることではなく、民主党に見切りをつけて、選挙直前に民主党を飛び出し、反民主の無所属で次の選挙を戦うことだと思われます。こうした人たちの動きを、小沢さんが食い止めることはむずかしく、それゆえ、小沢さんの二つの戦略のうちの一方は、そもそも現実となる可能性が低いのです。
ということはどういうことか。小沢さんには戦略が二つあるようで、実は一つしかない。いってみれば、彼は、自民党を巻き込んだ政界再編に賭けるしかないように思えます。それは基本的に他力本願であり、その意味で彼の政治的影響力、彼が政局を左右する力は、現在においてはそれほど大きくないと考えるのが、正しいのではないか、と思います。

2012年04月15日

原発再稼働について

(BSフジ新番組「コンパス」のパイロット収録に際して用意したメモを、多少修正補筆し、ここに再録します。)

野田政権が、原発再稼働をめぐる意思決定の最後のステップに「政治判断」を位置づけたことは、少なくとも二つの意味で問題であった。第一に、民主党政権は、「3・11」後に、すべての原発を停止させるという選択肢があったにもかかわらず、そうしなかったのであるから、同政権は、実は、すでに一つの大きな政治判断をすませていた、つまり「安全であれば稼働させる」という大きな政治判断を終えていた、と捉えなければならない。「最後の段階での政治判断」をアピールすることで、あたかもこの原初の段階での政治判断がなかったかのように振る舞っていることは、おかしい。第二に、したがって、残されていたのは「安全かどうか」という判断であるが、そのような判断ができるのは、専門家であり、政治家であるわけがない。でたらめさん、じゃなかった、班目さんを退場させることもせず、保安院や原子力委員会の組織構造を刷新することもなく、原子力規制庁もつくれてないのであるから、野田政権のここまでの取り組みをポジティブに評価することは、到底できない。
さて、一般論では、国家の政策を決めるべきは、憲法で定められているように国権の最高機関すなわち「国会」か、あるいは民主主義の理念にのっとり直接的な「国民投票」か、のどちらかでしかない。よく責任をもてるのは「政府」しかないとか、「国」が最終的に決めるべきだ、という声を聞くが、ボクにはこれらの主張の意味するところがわからない。もし、政府を「行政府」のみと捉えているのだとすれば、それは民主主義的というよりはエリート主義的である。議院内閣制のもとでの政府とは国会の多数派を意味することを忘れてはならない。また、原発再稼働論議の文脈においてしばしば言及される「国」なるものが、何を指すのかは、曖昧である。仮に将来また原発事故が起こったとき「国」が責任をもつとしても、その補償は、結局は「国民」からの税金と財産でまかなわれることになる。ゆえに、「国が責任をもつ」、というのは、つきつめると、国民自分たちが責任をもつ、ということに等しい。
では、国会が決めるべきか、国民投票で決めるべきか。ボクは、原発の存廃については後者によるべきだと思っている。この選択は、民主主義における意思決定として間接民主制と直接民主制のうち、どういう場合にどちらが選ばれるべきか、その根拠はなにか、という問題である。
もちろん、現代においてすべての意思決定を国民全体の直接投票できめるということは明らかに非効率的であるが、効率性という基準は、間接民主制をセカンドベストとして選ぶ「消極的な」理由にすぎない。そうではなく、意思決定の手続きとして直接よりも間接が選ばれるより積極的な理由があるとすれば、それは後者は「意見の集約」をできるという点をおいてほかにない。そう、このことを高らかにまた理路整然とうたったのは、ボクが尊敬して止まないJ・マディソンによるFederalist Papers第10篇である。100人の人が集まってそこからひとりの代表を選ぶというのは、その100人のまったく異なる意見を取り込んで意思決定をするためではなく、その100個の異なる意見の最大公約数をみつけていくプロセスである。そして、そのような作業が、個別利益にもとづく対立を打ち消し合う、という積極的な意味をもつのである。
しかし、(マディソンが喝破していたように)このような意見集約は、異なる政策争点や異なる利害をいわば「取引」し合うことによってようやっと成立するものである。ボクは、原発の存廃は、他の争点や利害とリンクさせて決めるべき問題ではない、と考える。なぜなら、それは、人間の想像力を超えた影響を次世代に及ぼすかもしれないという意味で、モラルの問題、つまりわれわれ一人一人が自分の胸に手をあてて決するべき問題、だからである。
最後に、日本では国民投票をする法的手続きがない、という意見をきくが、この意見も、ボクには理解できない。国権の最高機関である国会が、原発存廃について「国民投票する」という特別法をひとつ制定するだけの話であると考える。

2012年04月06日

桜問答

山下公園には、美しいしだれ桜がある。桜の木の寿命がどのくらいなのか、ボクには見当もつかないが、いまが旬というか、ちょうど大人になったばかりというか、本当に美しい姿かたちをしている。ウチの犬と連れ立って散歩をすると、いつも沢山の人が写真をとっている。場所は、ちょうどニューグランドの本館の前あたり。かのマッカーサーも、この桜を見ていたのかもしれない。桜は、それとなく、人を歴史へといざなう。
しだれ桜は、和菓子に喩えると、サクラ餅ではなく、道明寺だと思う。こういって、ピンと来る人は、関東の人である。関東では、サクラ餅とは、クレープのような生地で餡を巻いたものをさす。一方の道明寺は、モチモチした生地によって、餡がすっぽりとその中に覆われている。紛らわしいことに、関西では、後者をサクラ餅とよび、前者を長命寺餅と呼ぶのだそうである。この違いを知らないで関東の人と関西の人が会話を続けると、「こんにゃく問答」ならぬ、「サクラ餅問答」になって、結構おもしろい。まったくもって「いとをかし」である。
なんでしだれ桜がサクラ餅ではなく道明寺なのかというと、別に根拠があるわけではなく、ただそんな感じがする、というだけのことである。ボクには、サクラ餅には、あっけらかんとした若さというか、明るさがあるように思える。つまり、それはソメイヨシノなのである。それにくらべて、道明寺には、どことなく、しっとりとした色気というか、奥ゆかしさがある。それがしだれ桜を思い起こさせる。
ところで、白洲正子さんの書いた『西行』(新潮文庫)の中に(←ちなみに、この本は、ボクが最近読んだ本のなかで、もう圧倒的に、もっとも感動した本、ホント、こんな素晴らしい本があっちゃっていいのか、という本である)、西行と在原業平の桜についての歌の違いについての、名文としかいえない一節がある。

西行の歌
 春風の 花を散らすと見る夢は さめても胸の さわぐなりけり
業平の歌
 世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし

そして、白洲さんは、こう書く。「これは古今集にある業平の歌で、桜の花を謳歌した王朝時代に、もしこの世の中に桜というものがなかったならば、春の心はどんなにかのどかであっただろうに、と嘆息したのである。むろん桜を愛するあまりの逆説であるが、西行がこの歌を知らなかった筈はなく、同じようにはらはらする気持ちを、「夢中落花」の歌で表現したのではなかったか。そこには長調と短調の違いがあるだけで、根本的な発想には大変よく似たものがあると思う」(87頁)。
さて、どちらが長調で、どちらが短調か。ここにも、何の根拠があるわけでない。しかし、それがちゃんと伝わるところが、「いとをかし」である。

2012年04月03日

ビル・クリントンの失敗論

出張帰りの飛行機の中で、ビル・クリントンについてのドキュメンタリーを見た。生後6ヶ月にして、父親を交通事故で亡くしたこと。高校時代、家庭内で母に対して義父が暴力をふるうという問題を抱えていたが、そんな問題を他人の前では完璧に押し殺し、学業からスポーツから学級委員にいたるまで賞を総なめにして卒業したこと。エール大学のロースクールでヒラリーに会った頃から、すでに政治家を目指し、授業などどうでもよく、人脈をつくることに長けていたこと。驚異的な体力にまかせて、ライバルよりも何倍も有権者と実際に握手をし対話をすることによって、政治家としての名が知られるようになっていったこと、などが印象に残った。
クリントンを全国的に有名にしたのは、1988年の民主党大会での、マイケル・デュカカス候補へのノミネーションスピーチであった。そのとき、彼はあまりに長くしゃべったので、会場でさんざんな評判であった。その場面も映像で紹介されていたが、疑い深いボクなんかは、それもしたたかな計算の上だったのではないか、という気がした。
しかし、どうやら、そうではないらしい。というのは、彼は、そのスピーチの失敗を取り戻すべく、すぐに次の一手にうってでたからである。その策とは、なんと、人気バラエティー番組Tonight Showに出演すること。当時のホスト、ジョニー・カーソンは、それまで決して政治家を自分の番組に出演させたことがなかった。しかし、政治家としてでなく、サックス奏者として出演させてくれというクリントン側のリクエストを、カーソンは結局受け入れた。クリントンが登場し席につくと、カーソンは机の下から砂時計を取り出し、「一体、今日はどのくらいしゃべるんだ?」と訊く。会場が爆笑に包まれる。こうして、この夜、クリントンは、見事に失敗を成功へと変えてしまった。ジョークの通じる若い政治家として、サックスを吹く新しいタイプの政治家として、彼の名前は全国に知れ渡ることになったのである。
クリントンは、「2度目のチャンスは、2度しか与えられないのではなく、それは失敗の数だけ与えられる」という信念を、まさに自分の人生として体現してきたような人である。これに対しては、とんでもない、という保守派からの反対が当然あるであろう。何度も失敗を重ねている人に、いつまでも甘い顔をするのはよくない、と。しかし、クリントンの凄さは、自分の失敗を失敗と、ちゃんと正しく認識する能力にある。
それを、彼はどこで学んだか。まだ若い1期目のアーカンソー州知事であったとき、彼は州の政治をなにもかも変えようとして、失敗し、人気が急落する。再選を目指そうとするも、いとも簡単に落選。しかし、それからしばらくして、知事として返り咲いたときには、クリントンは、誰もが批判しようもない教育問題の改革に特化して取り組み、大成功をおさめる。何がすべての問題に通じる根源的な問題なのかを見極め、それを軸にして戦略を立て直したことによって、彼は優れた州知事としての地位と名声を築き、大統領選挙へとでていく政治的素地を固めたのである。
失敗から何かを学ぶためには、そして失敗を成功へと転化させるためには、まず自分の失敗を失敗として認めることが、必要である。人々は、失敗から学ぼうとする謙虚な者を受け入れ、応援したいと思うものである。すくなくとも、2度目の失敗ぐらいまでは。
政権交代後の民主党の人気が急落したのも、またかつて政権党であった自民党の支持率が回復しないのも、どちらも、失敗を失敗と認め、自らの失敗から学ぼうという姿勢が伝わってこないからなのである。

2012年03月29日

レイチェル・メドウの戦争論をめぐる雑感

レイチェル・メドウは、アメリカではいわずとしれたリベラル派の論客で、いまではMSNBCで自分の名のついた番組をもつほどに、その実力が認められている。その彼女が新しく書いたDriftという本について、この前Meet the Pressで、本人が登壇して、紹介しているのを見た。ボクはこの本を読んでいないので、その内容がどのくらい事実関係として正確な記述となっているかは判断できないが、番組中に彼女が口頭で述べた中心テーマは、とても興味を引くものであった。
そのテーマとは、いつからかアメリカは戦争をすることに慣れてしまったのではないか、ということである。その一つの原因は、最近アメリカの戦争が、ごく一部の軍人たち(総人口の約10パーセントほど)だけが関わることによって遂行されているからだ、という。逆にいうと、国自体は最近ずっと(時には、同時に複数の)戦争を遂行しているのにもかかわらず、大多数のアメリカ人は、戦争を自分自身の問題として考えなくなっている、というのである。
この見解を聞いて、いろいろなことを考えされた。第一は、いまアメリカで起こっている現象は、歴史的というに値するかという問題。一般の国民をはじめて全面的に国家の戦争へと巻き込んだのは、ナポレオンだったといわれる。それ以前、戦争とは戦うことを職業とする人たちだけの間で行われるものであった。メドウの観察が正しいとすると、アメリカは、戦争の形態が近代以前のそれへと逆戻りする兆候を示している、ということになるのだろうか。
第二は、民主主義と戦争の関係という(政治学上の)大問題。民主主義という政治体制が平和志向的であるかもしれないのは、(かつてカントがいったように)民主主義においては一般の人々が、国家として戦争するかどうか、すなわち自分が戦争にいくかどうか、を決める権利をもっているから、と考えられる。しかし、現代のアメリカのように、つねに戦争にたずさわる人とまったく戦争にたずさわならい人とのあいだに明確な役割分担が確立してしまうとすれば、この民主主義的平和論はその重要な根拠を失うことになるのではないか。
第三は、つねに戦争にたずさわる人とまったく戦争にたずさわらない人とが分断されることの、規範的含意について。直感的には(おそらくメドウもそうであるが)われわれは、このような分断は「よくない」ものと捉えるのではなかろうか。自分の命をかけて国を守っている人がいる傍ら、そのような人の努力が支える安全保障にただ乗りするだけの人がいるという現実は、あまり座り心地のよいものではない。しかし、もしそうだとすると、なぜ、今の世の中には、たとえばジュネーブ条約のような、国家間の戦争においても「文民の保護」が尊重されなければならない、などという真っ向から対立するかのような規範が存在するのか。戦争において軍人は殺してよいが文民は殺してはならないという規範は、命をかけて戦っている人よりもただ乗りしている人の方が人間の価値として重い、という含意をもつことにはならないのか。

2012年03月23日

岩田規久男『経済学的思考のすすめ』について

知っている人は知っているが、最近ボクは「経済学的思考」がいかにダメか、ということをいろいろなところで主張している。実は、この「経済学的思考」という言葉は、世間ではポジティブに使われており、経済学的思考の「センス」についての本だとか、経済学(的)思考を身につけると「頭がよくなる」などとうたっている本が、よく売れている(らしい)。しかし、このたび、岩田規久男さんの『経済学的思考のすすめ』(筑摩書房)という本を一読して、体系だった学問であるがゆえに、経済学が勘違いしたり、見過ごしている問題があるということは、やっぱり何度強調してもしすぎることはない、と思った。
ちなみに、この岩田さんの本は、辛坊なにがしという素人の書いた経済についてのいい加減な本を批判し、本当の経済学の考え方がどういうものかを、分かりやすく解説するという構図になっている。ボク自身も、政治学や国際関係論をまともに勉強したこともない人たちが、政治評論家とか外交評論家などと自称して、テレビや雑誌などで無根拠な見解を堂々と述べているのを見ると、面白くないと感じることが多い。この意味では、ボク自身、学問を志す身として、岩田さんの心意気には、多いに賛同するところである。
しかし、ボクが納得がいかないと思うのは、岩田さんが傾倒してやまない経済学そのもの、あるいは彼の経済学への過剰な思い入れが生み出している思考の歪み、とでもいうべきものである。まっとうな経済学を真摯に極めようとしている岩田さんが書いているからこそ、ボクには、この本が経済学の限界を見事にいろいろと露呈しているように見える。
第一に、経済学の思考法は演繹であると、岩田さんは繰り返し述べているが、これはミスリーディングである。学問は、方法論的手法や立場によって(他の学問から区別されて)定義されるわけではない。岩田さんは時に「経済学的演繹」という言葉を用い、演繹することがあたかも経済学の専売特許であるかのように書いているが、政治学でも社会学でも、演繹という方法は用いられる。経済学者たちの中には、「経済学帝国主義」により、他の社会科学の分野のことをあまりご存知ない方が多いが、残念ながら、岩田さんもそのひとりなのかもしれない。
第二に、この本では、演繹のみが強調され、帰納の重要性が軽視されている。それでよいかのように誤解しているところが、経済学の大きな限界である。経済学も、帰納なしでは成立しえない。岩田さん自身、リーマンショックという現実に起こった金融危機が新たな知見を導いたことを「経験から学ぶ市場のルール」という項(p.139)で、認めている。仮定から出発し、演繹して命題を導き、命題を検証する。命題がうまく検証されなかったら、仮定に修正を加えて、初めからやり直す。これは、岩田さん自身が思い描いている経済学であるが、この最後の、検証をふまえて仮定を修正するというステップは、帰納そのものである。
第三に、岩田さんは、経済学は「すべて他の条件が同じなら」という思考実験のメリットを強調するが、「すべて他の条件が同じなら」という方法にはデメリットもあると考えられ、その両方をバランスよく捉える必要がある。もしかすると、経済は「すべて他の条件が同じなら」という設定をすることにデメリットが少ない分野であるかもしれないが、他のすべての分野の現象がそうであるとはかぎらない。だとすると、経済学的思考は、案外とその有用性は限られ、経済現象の分析には有用であるが他の分野へと簡単に応用できるものではない(とりたてて「すすめ」るべき思考ではない)可能性もある。
第四に、岩田さんは、経済学を自然科学と同列にならべて論じているが、これは誤りである。自然現象においては、理論モデルによって導かれた予測が、現実に影響を与えることはない。しかし、社会現象では、予測が予測されるべき現実に影響を与えるという回路が開かれている。
最後に、岩田さんは、経済学では、価値の問題に触れるべきでないと考えているが、もしそうであるならば、経済学はやはりダメな学問であるといわざるをえない。すべての価値は、社会的に構築されたものである。「効用最大化」という大前提にせよ、近代以降に生み出された価値観ないし世界観のひとつの現れにすぎず、そのように人間が行動しているかどうかはまったくの仮定の話にすぎない。それゆえ、検証によってこの「仮定」から導かれた「命題」が間違っていたと判明したとき、経済学には(経済学が岩田さんのめざすようなものであればあるほど)、それを変える用意がなければならない。だから、経済学が価値の問題にふれないでよいと安住することは、自己矛盾に陥ることに等しいのである。

2012年03月22日

偶然と運命とのあいだ

この前、お気に入りのModern Familyというコメディをみていたら、母親が子供たちにFacebookで「友達申請」をしているにもかかわらず、子供たちの方が自分たちのプライバシー(誰といつどこへいったというようなこと)がわかってしまうのが嫌なので、なんとかはぐらかそうとするシーンがおもしろおかしく描かれていた。SNS時代においては、どのような人と人との関係性も、「友達」であるか否か、クリックひとつで定義される。実の親子すら、「友達」として定義しなおすことが可能となる。
もちろん、本当の人と人との関係は、そのようにデジタル化されているわけではなく、無関係の「0」から関係のある「1」のあいだをアナログ的につねに揺れ動いている。うまく行っていたと思っていた恋人関係や友人関係が、ちょっとしたきっかけでうまくいかなくなったとき、われわれはそれを0.5とか0.75といった「踊り場」にいったん置いて、様子を見ようとする。そのような踊り場におかれた状態は、場合によっては、長期化することもある。いや、というか、生身の人としてのわれわれの人間関係は、すべて、つねに、どこかしらの踊り場に置かれている、と考える方が正しいのである。
この広い世界において、人と人とが出会うのは、基本的には、偶然である。冷徹に理性だけに基づいて考えれば、このことは、他人同士だけでなく、親子とか兄弟姉妹についても同じくあてはまる。自分の子供も、無数の精子の中のひとつがたまたま卵子と結合して出来た存在であることにかわりはない。その意味では、親子であることの根拠も、究極的には、万にひとつ、億にひとつの偶然によって支配されている、というほかない。
しかし、その一方で、われわれは、偶然を「運命」や「縁」として理解しようとする。そのように理解しようとするのは、理性とともに、感性が人間に備わっているからである。偶然でしかない親と子との関係は、無償の愛が注がれることによって、絆で結ばれたものとなる。偶然でしかない夫婦や友人の関係も、相互のいとしみや思いやりの情、敬愛の念をもってして、かけがえのない間柄となる。偶然でしかない出会いを、偶然としてのみ理解する限りにおいては、意味ある「人生」も「個性」も成立しない。さまざまな偶然を運命として読み返すことによってはじめて、その人の人生がどういうものであるのか、つまり、そもそもその人がどういう人であるのかを、語ることができるようになるのである。
SNSで母親からの「友達申請」をはぐらかそうとしていた子供たちは、親に対する愛情が薄いというのではけっしてない。彼らは、本当の親子関係とはどういうものかを、直感的にちゃんと理解していたのであり、むしろそうだからこそ、申請をはぐらかそうとしたのだ、と考えるべきである。そして、このシーンがコメディとして成立すること自体、偶然と運命とのあいだにある大きなギャップをうめることが意味ある人生を送ることなのだということを、(SNS時代においても)われわれが直感的に理解している証しなのである。

2012年02月21日

最近気になっているそっくりさん(のしりとりもどき)

次元大介(ルパン三世の相棒) — 田中孝彦(早稲田大学教授)

貞廣彰(早稲田大学教授) — 上岡龍太郎(元漫才師)

オール阪神(漫才師)— 枝野幸男(経済産業大臣)

野田佳彦(首相) — 魁皇(元大関)

朝青龍(元横綱) — ゼミ2期生佐藤君

ゼミ7期生吉村君 — 田中大貴(フジテレビアナウンサー)

ゼミ1期生木村君(フジテレビ政治記者)— 平成ノブシコブシ吉村崇(お笑いタレント)

6代目春風亭柳朝(落語家) — 中田宏(前横浜市長)

寺田学(首相補佐官) — スワレス(リヴァプールFC)

ルーニー(マンチェスターU) — ニュート・ギングリッヂ(アメリカの政治家)

アサド(シリア大統領) — カダシアンズ(Star Trekに出てくる悪者)

アサド(シリア大統領) — ヒットラー(旧ナチス総統)

2012年02月14日

兎と亀の政治学的会話:橋下さんの正念場について

兎:維新の会の政治塾が、すごい人気だね。
亀:君も応募したのか?
兎:まさか(笑)。しかし、知事の座をかなぐりすてて市長選に勝ち、塾を立ち上げ、それで今度は船中八策を発表する。なんか、勢いがあるね。
亀:うーん、どうかな。むかし誰かが、革命とは革命的であり続けることであると定義していたが、「勢いがある」というよりは「走り出して止まんなくなっちゃった」という感じだな。
兎:止まんなくなっちゃうって、喧嘩っ早い人に多い行動だよね。
亀:そう。よくいわれるように、あの人は喧嘩の仕方をよく知っている。その意味では、卓越した政治家なんだよ。政治というのは、勝ち負けを決める世界だからね。
兎:でも、橋下さん自身は、よく既存の政党とか政治家とかを敵にして、自分がアウトサイダーであることを強調するよね。
亀:いやいや、彼こそ、古典的な意味での政治家だよ。で、そこんところは、民主党に多い、なんとか政経塾出身の政治家たちとまったく逆なんだな。彼らは、政治じゃなくて、政策を語りましょうと、よくいうよね。政治は泥臭くて悪いもの、政策はスマートで意味のあるもの、という線引きをして。しかしね、今の民主党のていたらくは、政策の行き詰まりじゃなくて、政治の行き詰まりが原因なんだよ。いかにいい政策を構想したところで、それを実行する政治の力が備わってなければ、ただの紙切れに終わっちゃうんだから。
兎:橋下さんが人気あるのは、彼のヴィジョンとかアイディアじゃなくて、いっちゃえば、腕っぷしの強さってことかい?
亀:間違いないね。だって、今度の八策なんて、憲法を改正しなきゃできない首相公選制とか入っていて、政策パッケージとしては点のつけようがない代物だよ。ただ、自分は「こんなに大胆な提案ができるんだ」という政治的メッセージを送っている。
兎:でも、それはそれで、意味のあることだよね。実行力がある政治家には、やはり多くの支持者がついていくんじゃないかな。
亀:さあ、そこだな、微妙なのは。たしかに、腕っぷしの強さにあこがれる人は多いと思うが、そういうのを嫌だという人も、世の中には多いよ。
兎:なるほど。結構そういう反応って、生理的っていうか、本能的だから、どうしようもないね。
亀:それにね、このところ、彼が正念場にたっているなあと思えることが目立っている。たとえばね、この政治塾だが、たしかに表面上は、彼の人気はすごいな、と思わせる面もあるけども、考えようによっては、「そんなに素人ばっかりで政党って立ち上げられるのか」という不安を多くの有権者の意識の片隅にかき立てていると思う。
兎:そういえば、一般の人からの公募を呼びかけなければならないってことは、裏返せば、まわりに優秀な人材がそれほど集まっていないってことを暴露しちゃっているようなもんだね。
亀:それにあの首相公選制ね、あれもちょっと危ういと思う。
兎:首相公選制は、「ひとりのリーダーを選ぶ」制度だね。
亀:その通り。ところが、議院内閣制というのは、基本的には「政党を選ぶ」という制度なんだよ。
兎:そんな中、彼は、国民は政党じゃなく首相という一人の個人を選ぶ方がいいに決まっている、と主張しているわけだ。
亀:しかしね、その主張には、もしかしたら橋下さんが気づいていない、いくつかのメッセージが埋め込まれてしまっている。たとえば、「オレは、いまの政党なんか信用するもんか」というメッセージ。ま、これはいいかもしれない。それに同調する人も多いだろうからね。しかし、その一歩先、ほんの一歩先には「オレは、結局、組織というものが信用できないんだ」というメッセージも垣間見えちゃってる気がするんだな。
兎:そういえば、彼、弁護士出身だったね。弁護士って、基本的には、自分ひとりだけで意思決定ができる職業だね。
亀:こうした印象は、いまのところは、多くの人にとってはまだ脳裏の無意識の中にあって顕在化しているわけではない。ただ、彼の行動をこれからさらに観察していく中で、それらがしだいに具体的に意味をもつようになってくることは、十分考えられると思うよ。

2012年01月05日

2011年はどういう年だったか

みなさま、新年おめでとうございます。

年末や年始に「どんな一年だったか」ということを考える人が多かったと思う。
テレビでもラジオでもそのような放送をしていたし、雑誌でもそのような特集をしていた。
「どんな一年だったか」ときかれて、それを一言で表現することなど、なかなかできない。震災もあったし、ボクの場合は結婚もしたし、いろいろな記憶と感情が混ざり合ってしまって、ううっ、と考えてしまう。
しかし、ちょっと専門的な観点からすると、過ぎ去った去年という一年は、とても特徴ある年だったように思う。それは、エネルギーはあるんだけど、それが組織化されなかった年、とでもいうのだろうか。
たとえば、エジプトなど、中東の民主化。世界史的にみると、これは間違いなく、去年起こった事件の中で、圧倒的に最も重大な事件だった。そして、そこには、莫大なエネルギーが垣間みられた。次から次への国境を超え、そのエネルギーが旧体制を追い込んでいった。リビアのカダフィも殺されたし、シリアのアサドが追われるのも、もう時間の問題だろうと思う。しかし、エネルギーはあるんだけど、それが結晶化していかない。いったいどういう新しい体制ができるのか、どういうリーダーがでてきてどのように仕切るのか。組織化の行方が不透明であり、いまでもそうした状態が続いている。
あるいは、ニューヨークのウォールストリート占拠を皮切りに、世界にまで拡大した反体制、反市場主義の運動。結局、警察などによって占拠は排除されたが、最後まで、だれがリーダーとなり、何を目指しているのかが、わからなかった。ただ、エネルギーだけが充満し、組織化されずに終わった。これは、いま、アメリカの共和党の中にある、ティーパーティ運動についても言える。反体制、反ワシントン、反オバマで、ものすごいエネルギーがたまっているのに、それをまとめる組織としては、何もない。
そして、日本における、震災からの復旧や復興にむけた取り組み。多くの善意があり(もちろん多くの悪意もあるが)、たくさんのボランティアが動き、莫大な予算が投入され、文字通り、国家をあげたエネルギーが、そこにつぎ込まれている。しかし、ここにも、命令系統や意思疎通がはっきりしないという問題、いってみれば組織化の未熟さの問題がある。
われわれは、携帯電話やsocial networkなどによって、人々を動員することが前よりも安価にできることになった。その反面、組織をつくるという能力を失ってしまったのかもしれない。これは、結構卑近な問題である。どのようにして、ゼミをまとめるか。そしてゼミOB会を、みんなが楽しく意義あるものと思ってもらえるようにしていくか。

2011年11月23日

(続)談志師匠のマクラのように語る

ええー、まったく、最近は能書きが多い店ばっかりですね、ホント。いちいち、説明にきやがるんだ、これはドコトカでとれたナントカです、とか、このお肉はあちらのソースと合わせて召し上がって下さい、とか。あのさぁ、レストランってのは、緊張するために行くところじゃないんだ。うまけりゃ、それでいいってもんじゃないんだ。ゆったりと、雰囲気を楽しむって場合もあるってこと、分かんないのかね。
ま、本当に一流のシェフ、特にオーナーシェフは分かってる、うん、分かっている、と思いますけどねぇ。でも、これが個々のサーバーのレベルまでおりてくると、転倒しちゃうんだな。そう、自分の店でもないくせに、態度が「これから説明してあげるから」とか、「ほら、うまいでしょ、ウチ」みたいな、自分たちが自己満足に浸るためにあるかのような構図になっちゃう。
いや、この前もね、ウチのかみさんの誕生日だったんで、あるレストランに予約して、行ったんですよ。ところが、メニューみても、なにひとつわかんないわけ。これは、うん、笑っちゃったね。
ちなみにその日のメニューは、<山形牛サーロインのスピエディーノ><フォアグラのパスティッチョと無花果のコンポスタ><鮮魚のヴァポーレ><ストロッツァプレッティ ボルチーニとアンチョビ><バッカラとサフランのマンテカート 雛豆のプレア><鮪とパプリカのクッキアイオ><トルテッリ 山鶉のリピエーロ クレマ ディ トピナンプール><鹿のロースト サルサ リクリツィア><栗のムース コーヒーのグラニテ>。
どうみても、このメニュー、普通の客を「田舎もん」扱いするためのものとしか思えない、でしょ。この中に説明きかないで分かるもの、ひとつでもある?えっ?ボルチ―ニとアンチョビは分かりますって?ばか、オレだってそのぐらいは、分かるってばさ。
あのぉ、たとえば、スピエディーノってのは、ですね、イタリア語で、串刺しって意味なんだそうです。じゃ、<山形牛サーロインの串刺し>って書きゃいいじゃんかって、オレなんか思う。そう書いてあるほうが、よっぽど、気取ってなくて、お洒落なんじゃ、ないんですかねえ。
いやね、実はお洒落っていうのは、だね、ちょっとでも「気取る」とか「気負う」とか、そういうところがみえたら、おしまいなんですよ。だから、逆にいうとね、お洒落な客は、きっと、このスピエディーノって言葉が分からなかったら、サーバーにきいちゃうと思うよ。これって、どういう意味なんですかって。で、その時に、そのサーバーの方が、気負うことなく「いやあ、串刺しのことなんですよ」って、さらりといってのけられるか。これが、一流のレストランかどうかを分けるポイントになるんじゃないか、とオレは思うね。

談志師匠のご冥福をお祈りいたします。

2011年10月20日

(続)なぜ経済学者の論争は不毛か:消費税アップの是非について

消費税を上げることが景気に及ぼす影響について、一部の経済学者は、それほど大きくない、と言い張っている。他方で、いやいや、このような不景気の時に消費税を上げるのは、経済学を知らない人たちのすることだ、という意見も根強くある。
いったいどちらの立場が正しいのか。
ボクは、最近、経済学という学問がつくづくわからないのであるが、すくなくとも社会科学の根本的な作法に従うとすると、こういう問題は反証可能なデータでもって決着をつける、というのが筋ではないかと思う。ここで重要なのは「反証可能」であるということであり、それは、自分の主張を支持するデータ分析をきちんと公開し、そこに誤りがあったと判明した時には、素直にというか謙虚にというか、「ごめんなさい、ワタシ間違ってました」という可能性を自ら開いておく学術的態度を意味している。そのような素直さないし謙虚さがそなわってないなら、学問は「科学」としての地位を失う。
ところが、消費税アップの効果について最近議論している日本の経済学者たちが、自分たちの主張の根拠となっているデータを示すことは稀である。疑い深いボクなどは、この人たちは根拠となるデータをもっているのか、とさえ勘ぐりたくなる。彼らは、自分たちの主張の「理論的」正しさばかりを、声高に、あるいはさりげなく、訴える。しかし、「理論」は「データ」によって反証されるべきものではないのか。そもそもそのような反証可能性を担保することこそが、経済学を科学たらしめるのではないのか。データの裏付けもないところで、どうやって経済学は、カルト宗教などの「疑似科学」と一線を画すことができるのか。
実は、消費税を上げることがどのような効果をもたらすかを、データでもって裏付けることは、かなりむずかしい。たとえば、増税が一般の人々の消費の動向に与える影響を調べるのだとすると、必要となるデータは、一般消費者の心理や行動に関するものでなければならない。そのようなデータは、単に集計的な経済統計を眺めているだけでは、手に入らない。大掛かりな調査データ、すなわち(国全体の消費者を代表すると思われる)数千人のサンプルに対してことこまかにサーヴェイをして、得るしかない。
しかも、こうしたサーヴェイの仕方それ自体には、むずかしい工夫が要求される。サーヴェイをした経験のある者ならだれでも知っているが、質問に対する回答は、その質問がどのようなワーディングでなされているかに、大きく依存する。ただ単に「もし明日消費税の税率があがったら、あなたは今日よりも消費を手控えると思いますか」と聞いたら、おそらく圧倒的多くの人は「イエス」と答える。しかし「今後日本では消費税が段階的にあがっていくことが予想されていますが、もしそうなったら、あなたは現在よりも消費を手控えると思いますか」と聞いたら、「イエス」と答える人の割合はかなり減るのではないかと思う。いったいどういう聞き方をするのが、もっとも正しいのか、これはそう簡単には決められない。
いずれにせよ、人々の心理や行動に関する洞察や、サーヴェイという手法そのものについての知識がなければ、消費税率をアップすることがどのような効果をもたらすかを、データによって裏付けることはできない。そして、ボクには、こうした洞察や知識は、オーソドックスな経済学の守備範囲を大きく逸脱しているとしか、思えないのである。

2011年08月23日

兎と亀の政治学的会話:前原の出馬は何を物語るか

兎:いよいよ前原が代表選に立候補したね。
亀:そうみたいだね。
兎:もったいぶらせやがって。どうせ最初っから、出たかったくせにさ。
亀:そりゃそうだよ。政治家の行動を突き動かしているインセンティヴは、一に再選、二に昇進だからね。誰だって首相に昇りつめたいとおもっているわけさ。
兎:野田が可哀想だ。
亀:あはは、そんなことはない。野田の場合は、前原が出馬宣言してしまってからでは、名乗りをあげられない。だから、自分が先手を打つしかなかった。それで前原が諦めてくれることを願うしか、勝ち目がなかったんだな。うまくいかなかったが、まあ彼にとっては早い段階で動くことが、合理的だった。
兎:前原には、野田が立候補したことで。焦りはなかったのかね。
亀:全然なかったと思うよ。だって、考えてもごらんよ。前原にとっては「待つ」戦略が最適だった。「前原は出ないのか」という待望論がザワザワと背景にある限りは、野田を含め「どの候補もいまいちだなあ」という気分が広がる。そういう気分にさせればさせるほど、前原が最後に出てきて「いいとこどり」する効果が倍増するわけだ。それに前原には、短期決戦を好む理由がある。献金問題やらなにやらで、いろいろな質問攻めにあうのはたまらない。だから、だーっと、最初の勢いのあるうちに、代表選を迎えたいんだよ。
兎:そうかあ。「白紙」とか「熟考中」とか、いろいろいってたけど、ただただ時間のたつのを待ってたんだね。
亀:ストーンズでも口ずさんでたんじゃないか、「Time is on my side, yes it is」ってね(笑)。
兎:でもさ、仮に前原が今回代表になったとしても、首相を長くは続けられないよね。あと2年のうちには、総選挙がある。このままじゃ間違いなく、民主党は負けるよね。
亀:そう。だから、前原が出馬するっていうことは、結構意味深いことだと思うよ。
兎:どういう意味だい?
亀:前原にしてみれば、本当は短命に終わる政権なんて、望むところではないはずだよね。まだ若いし結構自信家だから、自分だってやろうと思えば小泉さんぐらい長くできると思っている。とすれば、だね、ここは一回パスして、次の機会をうかがう、っていう戦略だって、彼の頭をかすめたと思う。
兎:一種の長期戦略だね。
亀:そう。でもね、彼は長期戦略をとらず、今回短期戦略をとろうと決心したわけだ。
兎:それは何を意味するんだい?
亀:それは、だね、前原自身が、次の選挙で民主党が勝つことはありえない、という判断をした、ということを意味するんだよ。おそらくは、大負けをするだろうと。そして、立ち直るまでに相当時間がかかるだろうと。いや、立ち直れるかどうかも、わからないと。彼は自分の党の将来に見切りをつけたというわけさ。
兎:そうか。冷静というか、結構、冷酷だね
亀:いやいや、合理的なだけさ。しかしね、わかんないのはさ、前原を担いでいるあの若い連中たちだよ。あの人たち、リーダーが立候補を決めたということが実は党の将来に見切りをつけたことを意味するということをわかって、彼を担ごうとしているとは、どうみても思えないんだな。

2011年08月15日

なぜ経済学者の論争は不毛か

昨日NHK「日曜討論」を見ていたら、早稲田の同僚の若田部さんと、まえに一緒に仕事をしたことのある慶応の土居さんがそろって出演し、震災後の復興とこれからの日本経済の立て直しについて、野田財務大臣を囲んで話をしていた。政治家たちによる討論の時とちがい、学者がゲストとして出演しているときの「日曜討論」はどこか淡々と進むことが多いのであるが、昨日はそういう退屈さを察してか、司会の解説委員の方が一所懸命、若田部さんと土居さんとの対立点を強調しようとしていた。ま、早稲田対慶応という構図もわかりやすいし、それも一興だな、と思ってみていたのだが、そのうちこの二人の経済学者による論争はやっぱりなにかずれている、というか、なにか大事な点を見逃している、という感想を強くもった。
ごくごく単純にいうと、土居さんは消費税を上げる必要性を主張し、若田部さんはいまは消費税をあげる時ではないという主張をしていた。しかし、土居さんも若田部さんも、どちらも日本経済がデフレを脱却することがもっとも肝心であるという点では意見が一致していた。では、デフレ脱却という目標で一致しているにもかかわらず、なぜ二人の意見は対立するのか。土居さんはいつどのくらい消費税率をアップするかを明確にすることこそが、人々のインフレ期待を高めるので、デフレ脱却に効果的であると考える。一方の若田部さんは、いま震災から復興しようとしているさなかに増税を予告することは、消費マインドを下げ経済を停滞させるだけである、という考えである。
一見したところ、この意見の相違は、経済学における理論上の対立に基づいているようにもみえるが、実はまったくそうではない。土居さんは、急務の課題である震災からの復興と、今後の日本経済の成長とを切り離して論じることはできないとする立場にたって、デフレ脱却を模索する。一方の若田部さんは、震災からの復興はそれとしてとらえ、日本の抱えるより大きな財政や社会保障の立て直しの問題とは切り離して考えるべきだと反論する。とすると、二人の間の対立は、経済学の内部では解消されえない考え方の違いに根ざしていることになる。なぜなら、二人の間の対立点は、「短期」の問題と「長期」の問題とを切り離して考えるべきかどうか、ということについての意見の違いに由来しているからである。
もし切り離して考えるべきだ、というのであれば、若田部理論が正しい。切り離せないのなら、土居理論が正しい。つまり、それぞれの理論は、それぞれの前提にもとづけば、どちらも正しい。しかし、そもそも「短期」と「長期」とを切り離して考えるべきか否かという、その前提そのものについては、二人の経済学理論はどちらも、知的に有益な示唆や情報を何も提供してくれていないのである。
「短期」とは何か。それはすぐれて哲学の問題であるとでもいわなければならない。あるいは、人間や国家社会にとって「短期」と「長期」とは連続しているのか、断続しているのか。そのような問いかけは、心理学者にゆだねられるべき問題、あるいは歴史学者が(結論のあてなく)延々と議論する問題であろう。そして、目下の日本が抱える課題として、「短期」に集中するのか、「長期」まで考えた経済の構築をはかるのか。それは、まったくもって政治の選択の問題であって、すくなくとも経済学の理論から解答がえられるような問題ではないのである。

2011年08月04日

天災と神の天罰について

院生の金君からすすめられてJudith ShklarのThe Faces of Injusticeを読んだ。この本は現代哲学では古典の部類に入るらしいが、残念ながら訳本はない。しかし、大震災に見舞われたこの日本で、できるだけ多くの人に読んでもらいたい、素晴らしい本である。
この本は、When is a disaster a misfortune and when is it an injustice?という問いかけから始まる。災害は、どういう時に「不運」で、どういう場合に「不正義」となるのか。われわれは、全くの天災だったらそれを「不運」と位置づける。一方、「どこかで正義でないこと、正しくないことが行われて、それが起こった」と感じれば、われわれはその不正義を追及したいと思う。しかし、シクラー先生は、この二つを分けることは容易ではない、という。実は、この本は、最初から最後まで、不運としての天災と不正義としての天災との境界がいかに微妙で曖昧か、というメッセージを、繰り返しいろいろな角度からさまざまな実例を通して、われわれに伝えようとするものである。
たとえば、今回日本でおこったことについて、地震と津波は「天災」だが、原発事故は「人災」だった、というような線引きが行われることがある。原発事故が単なる不運として片付けられないことは明白だが、では地震や津波で多くの人々が亡くなったことにまったく「不正義」はなかったといえるのか。どこかで誰かが、防波堤の高さと強度を過信させ、人々の警戒を怠たらせるという不正義を働かなかったか。どこかで誰かが、高いところへ避難するための逃げ道を整備するのを怠るという不正義を働かなかったか。考えだせば、可能性としてはきりがない。
さて、この本の第二章は、The modern age has many birthdaysという興味深い一文から始まる。そして、近代という時代の始まりとしては、いろいろな契機が考えられるが、その一つとしてリスボン大地震がある、という。1755年に起こったこの地震では、1万人以上が死んだといわれている。では、なぜこの地震が起こった日を近代の幕が開けた日と考えられるのか。シクラー先生は、以下のように説明する。この地震までは、天災が起こるとヨーロッパでは、それが神さまの仕業であるという議論がまかり通っていた。天災に見舞われた人々が「なぜ私たちだけが不運に見舞われなければならないのか」と問い、それに対して教会や宗教家たちは「神の意志である」というような解釈をしてきた。しかし、リスボン大地震の後では、被害の規模があまりに大きかったため、そのような解釈はもはやすんなりと受け入れられなかった。ヴォルテールは、神にしてはあまりに残酷な仕打ちではないかと教会や宗教者たちを挑発し、ルソーは大規模な被害が出たのは、神の仕業ではなく富めるものあるいは権力を握っているものたちが原因ではなかったかと糾弾した。そして、カントは、当時の科学的知識を総動員して地震の原因を探ろうとし、神の行為を詮索するのは止めようと諭した。ただ、いずれにしても、リスボン大地震は、神と人間の関係についての議論の仕方を大きく変えてしまった。すなわち、この地震を最後にして、知識人たちが公的の場での論争において、「なぜ神は罪もない多くの人々を殺すのか」という問いを議論することはなくなった。こうして、啓蒙近代が訪れた、というわけである。
実は、昨日、東日本大震災は日本人に下った「天罰」であると発言し、一度それを撤回しながらも新しい著書でその言葉を再度用いた政治家の方と、テレビ番組でご一緒させて頂いた。残念ながら、きっかけをうまくつかめず、上記のシクラー先生の本については、番組中も番組が終わってからも、その方に伝えることができなかった。

2011年07月14日

日本の政治学者は誰と似ているか

他人のそら似という言葉がある。うーん、似ているということは、本当はまったく無関係ではなく、たどっていくと祖先が一緒でDNAを共有している、というようなこともあるんじゃないか、と思わないわけではない。一方、前にも書いたが、ちがう人たちとの間に共通点を見つけようとする習性というのは、情報量を節約しようという、人間の本能に基づいているのではないかという気もする。
さて、以下は、ずーっと前から気になっていた、ボクの同業者たちの中で「あの先生、○○さんに似ているよなあ」という組み合わせです。もちろん、まったくの独断と偏見に基づいてるので、真剣に文句いってきたりしないで下さいね。

まずは、よくテレビでお見かけする東大教授の御厨貴先生。正確には御厨先生は政治学者ではなく歴史家というべきでしょうけど、彼、前にクイズダービーでおみかけした篠沢教授とそっくりだと思いませんか。あの眼鏡とか、下をむいてぶつぶついってそうなところとか。えっ?学者が学者に似ているなんてのは、別に面白くない?
(じゃ、関西学院大学の山田真裕先生が、最近、佐々木毅元東大総長に似てきたねえ、というネタは飛ばすことにします。)
では次は、芸能人に似ている方ということで、東大の藤原帰一先生。そういえば、藤原先生も、最近よくテレビでお見かけしますね。で、藤原先生って、あのSMAPの香取慎吾さんに、似てないでしょうかね。ね、ね、似てるよね。しゃべり方とかも。
次も、芸能人に似ている方で、京都大学の鈴木基史先生。非常に優秀な研究者ですが、この鈴木先生、ボクには、どこかでほんわかとした桑田圭祐さんを思い出させてくれます。桑田さんは、見事復帰されて、本当によかったです。実は、鈴木先生は、もうひとり、ボクらの世代のあこがれのサッカープレイヤーにも似ている、とつねづね思っております。それは、いまの横浜Fマリノスの木村和司監督。日産現役時代のフリーキック、たまらなかったですね。最近はちょっとお太りになりましたが、それでも相変わらずかっこいいです。
さて、サッカー選手に似ているというと、関西学院大学の北山俊哉先生も。最近お会いしていないですが、ボクの中での北山先生のイメージは、髪がチリヂリで長くて、っていう感じなので、あの北沢豪さんみたいだなといつも思っていました。ただ、ボク、あんまりヴェルディは好きではなかった、正直。
次は、ちょっと異色ですが、新潟県立大学の学長になられた猪口孝先生。ボクの大学時代の恩師のだんなさんですが、ごめんなさい、ボクは猪口先生というと、赤塚不二夫が生み出した名キャラのひとつケムンパス(「もーれつア太郎」に出てくる)を思い出してしまいます。やっぱりあのメガネの感じでしょうかね(気に障ったらごめんなさい)。
さて、最後は若いご夫婦のお話。ご主人は、大村啓喬先生。最近滋賀大学に就職されたのですが、彼はなんと、むかし、ボクの授業を青学でとっていたのでありました。で、彼が誰に似ているかというと、特定の人ではないんですね。出てくるイメージは、大学のラグビー選手。あるいは、女子プロレスラーをめざしていっしょうけんめい修行中の人(ごめん)。背が高く、がっしりしているので、どうしてもそんな感じです。さて、この大村さんには、とてもすてきな奥様がいらっしゃるのですが、この方も研究者でして、ボクも何度かお目にかかったことがある。この方は、ボク的には、アン・ハサウェイに似ている。ちょっと誉め過ぎかもしれないけど、うん、ちょっと似ている。

ということで、今回は、どうでもいいような、ほとんど身内受けしかしないようなエントリーでした。

2011年06月12日

山口那津男代表との小さな論争、そして民主主義に対する責任について

先日、あるテレビ番組で山口那津男公明党代表とご一緒させて頂いた。山口さんにお会いするのは、これが二回目である。ボクは、それほどたくさんの政治家を知っているわけではないが、山口さんは本当に立派な政治家であると思う。人と相対するとき、相手の目をしっかりと見すえて、真剣に話しをする。待合室でも、スタッフひとりひとりに対し敬意と礼節をもって接する。伝統ある公党のトップであるのに、偉ぶったところが全然ない。若い頃からちやほやされたためか、自分が世界の中心だと思い込んでいるのか、周りにまったく気配りのない、どこかの政党の誰かさん(←さて、誰でしょう?)とはちがう。
しかも、山口さんは、いつでもどこでも、自分の信じるところに基づいて、きわめて理路整然と主張を展開する。論争相手としては、きわめて手ごわい。国会の党首討論で菅首相をやり込めているところをテレビ中継で見た方も、たくさんいるのではないか。今回ご一緒させていただいた番組でも、ひとつひとつの発言は短いのだがメリハリがあり、きちんとしたメッセージがこもっていた。もちろん政治家であるから、政治的な発言をすることもあった。しかし、そうした発言でさえ、山口さんの場合は、筋が通っている、というか、スキがない、というか、それぞれ相応の根拠をもった発言となっていた。
今回の番組では、その山口さんに、ちょっと論争を挑んでしまった。百戦錬磨の相手に論争を挑むこと自体、無謀であったわけだが、案の定、ボクの方が分が悪かった。リアルタイムで見ていたボクの母などは、「アンタ(←ボクのこと)、ツッコもうとしていたけどカンでたでしょ。ちょっとみっともなかったわよ」と、厳しい評価であった。
では、その論争とは何だったのか。ボクは結構重要なことだと思うので、番組の中でうまく言い尽くせなかったことも含めて、以下に書いてみる。
山口さんは、菅首相の退陣が決まった以上、第二次補正予算は、新しい政権のもとで組まれるべきだと発言した。(ボクもそう思う。)しかし、山口さんは同時に、(菅首相が辞めるとか辞めないとかに関係なく)公債特例法案については、民主党が予算の中身を大幅な見直しをしない限り(参院で)賛成することはできない、と発言した。ボクは、それはおかしいといい、(公明党を含めて)今の野党は、今年度の予算の裏づけとなる特例法については成立させる責任があると思う、と発言した。そのとき、うまくいえなかったが、ボクがいいたかったことは、こういうことである。
民主主義とは、最後は多数決で意思決定をする制度である。多数決で負けた側が、決定がなされた後もずっと反対し続けたのでは、民主主義は成立しえない。どのような議論があったにせよ、いったん左側通行と決めたからには、いくら右側通行をしたいからといっても左側通行に従わなければならない。自分は100キロ出したいけれども、60キロ走行というルールをみんなで決めた以上は、それでも100キロ出して走ったらやっぱりその人はルール違反をしているとみなされるのである。さて、いま、不信任案が否決され、菅内閣は信任された。憲法によって野党に提出が許されている不信任案というのは、議院内閣制のもとでもっとも重要な議案であり、それには大きな責任がともなう。公明党には、不信任案を「提出した」責任もたしかにあるが、それとともに(多数決に破れた以上)国会での議決を「受け入れる」という責任もある。それは、民主主義に対する責任である。自分たちが起こしたアクション(不信任案提出という動議)の結果として菅内閣が「信任」されてしまったのであるから、その内閣がすでに成立させている予算執行を認めない、ということは論理的におかしい。
しかし、ここまでいったからには、返す刀で、民主党に対して厳しいことを言わなければならない。現職の首相が「辞める」という意思表示をすることで、野党の不信任案を否決しようなどという姑息な手段があってよいはずがない。辞めていく首相を「信任」する、とは、どういうことであるのか。国会の議決、憲法に規定されている信任案・不信任案の重みを、何だと思っているのか。民主党は、責任を果たしていないどころではなく、議院内閣制を、そして民主主義を、冒涜したといっても過言でないのである。

2011年06月04日

兎と亀の政治学的会話:SNLで笑える政治家と笑えない政治家

兎:今夜から君の大好きなサタデーナイトライブが日本でも始まるらしいね。
亀:そう聞いた。日本の芸人たちが、というか、日本のメディアが、どこまで政治や政治家を皮肉ることができるか、お手並み拝見というところだな。あまたある、つまらん「お笑い番組」のひとつにならないことを、いちおう、期待はしているけど、ま、ちょっと無理じゃないかね。
兎:SNLといえば、最近は本場のSNLでからかったらたまらなく面白だろうなという政治家の行動に、日本は事欠かないね。
亀:ちょっと前に、セス=マイヤーがまっとうな報道番組(NBC Meet the Press)でインタヴューを受けていたのをみたが——ということは、つまり、SNLの取り上げ方自体がいまアメリカではニュースになっているということだが——、その時彼は、とにかく政治家のつっこみどころ満載の言動こそが、自分たちのメシのタネだから、政治家にはずっとこのままでいてくれ、洗練されないでくれ、と「お願い」していたよ(笑)。
兎:その点からすると、いま一番ネタになるのは、だれだい?
亀:そりゃ、あの前の総務大臣の、ホリぐち、じゃなかった、ホラぐち、いやいや、ハラぐち、だろう。「不信任案を野党が出したといえども賛成します」が、一夜明けると、「野党の不信任案に乗るなんて邪道」になっちゃうんだから(笑)。
兎:たしかに、あの「いけしゃーしゃーぶり」を、怒るんじゃなくて、徹底的にからかうような、テレビ文化の熟成を、日本でもみてみたいもんだ。
亀:しかしだね、からかえないような、したたかな政治家もいるな。
兎:小沢さんかい?
亀:だってさ、このごたごたで政治的な得点を稼いでいるのは、あの人ぐらいじゃないか。
兎:自民党も公明党も、頼りにしていた不信任同調組の親玉である彼に、肩すかしを喰らっちゃった。鳩山は、相変わらず「わき甘」なところを見事に披露しちゃった。で、肝心の菅は、不信任は乗り越えたけど、不安定な党内を抱えたまま。
亀:一方、小沢だけは「自分のおかげで退陣発言を勝ち取った」という功績をあげたことになっている。しかも、それでも菅が実際に退陣しないのは、鳩山のわきの甘さがいけなかったんだ、ということで、ちゃんと非難も回避している。
兎:うまく「除籍」もま逃れているしね。
亀:小沢にしてみれば、政権党である民主党の中に自分を置き、しかもその民主党が混乱することが、一番望ましい状態なんだよ。で、今回は、野党からの不信任を退け、民主党がまがりなりにも政権の座を維持した、しかしそれでも党内は混乱したままである、という、小沢の描いた筋書き通りにことが進んでいる、という感じがする。
兎:なんで、自分の党が混乱している方がいいんだい?
亀:小沢という人は、まえに自民党を割って出たときもまったく同じ状況だったが、政治家になりたての、選挙に弱い人たちを多くまわりに従えて、数の力を誇示するんだよ。で、こうした若い人たちは、このままじゃ、民主党は次の選挙で負けると思っている。つまり、自分たちが「失職」しちゃうって、思っているんだな。で、小沢は、その弱みを最大限、自分の影響力の拡大に利用しているわけさ。菅じゃ勝てないでしょ、党を改革しなきゃだめでしょ、ってね。
兎:でも、小沢自身は、選挙で負けることはありえないよね。
亀:いや、だから、むしろ彼にしてみれば、民主党が負ける方が、もう一度自分にチャンスが回ってくる、ぐらいに考えているのさ。つまり、小沢についていっている若い政治家たちと、小沢自身の政治的利害というのは、本当は真っ向から対立しているんだよ。

2011年04月29日

直感と直感との間

震災復興の財源として消費税を増税すべきであるという意見に対して、「消費税は、一般的・普遍的に課される税であり、それを増税するとなると、震災の被害を受けた地域の人々にも負担がかかることになり、不公平である」という反論がある。
すこし前のNHKの番組「日曜討論」の中で、自民党の石原伸晃幹事長がそのような発言をしていた。
たしかに、この反論は、ひとつの直感としては「そうかもね」と受け入れられるような気がする。
しかし、もし「震災を受けた人々に負担がかかることは不公平である」のなら、論理的には、「震災を受けなかった人々が負担することが公平である」という議論を次に展開しなければならない。すると、つきつめれば、石原さんは、震災の被害をそれほど受けなかった人々、たとえば九州や四国、近畿地方などに限定される特別な増税をすることが好ましい、という議論を支持していたことになる。しかし、おそらく、そのような新税構想も、多くの人々の直感としては、不公平なものと感じられるのではないだろうか。石原さんは、自分がいっていることがそのような含意をもっていたことには、まったく自覚的ではなかったようであるが。
さてはて、これは、いったいどういうことか。要するに、ここには、二つの論理的に整合的な命題があり、それらは一方を受け入れたら他方も受け入れなければならないものであるにもかかわらず、直感としてはどうも、一方は受け入れられたとしても、他方は受け入れられないという状況があるのである。
ここで、ボクは「だから人間の直感なんて、当てにならないよね」などといいたいのではない。
むしろ、まったく逆で、ボクは直感を大事にしなければいけないと主張したいのである。
多様な人間が共存している社会において、どういう状態が「公平」で、どういう状態が「不公平」であるかについて、唯一正しい答えなど、あるわけがないではないか。それゆえ、論理や理性の力だけに頼って完璧な復興計画を立てることも、その財源を議論することも、不可能に決まっている。
しかし、重要なのは、その先である。「直感を大事にする」ということの代償は、実は、人間の直感がときに相矛盾する含意や結論を導いてしまう可能性に対して、謙虚であり自覚的でなければならない、ということである。とりわけ、政策形成に携わる政治家たちは、自らの直感が(論理的につきつめると)どのような矛盾に陥るかを正々堂々と開示して、有権者の判断をあおぐ度量をもってなければならない。だから、(石原さんのように)「東北地方に負担をかけるような増税はさけるべきだ」という主張をしたいのであれば、その主張と「九州や四国、近畿地方などだけに限定された増税をすべきである」というもう一つの主張との間をちゃんと結んでみせて、それでもまだ前者の主張に執着する理由を、ちゃんと説明しなければならないのである。

2011年04月16日

兎と亀の政治学的会話:サンデルの特別講義(4月16日放映)と原発について

兎:見たかい?
亀:うん、見た。ハーバードの学生たちがまったく手ぶらでスタジオに来ていたのに、中国の学生たちがみな机にしがみついてノートとりながら参加してたのが印象的だった。
兎:なんだ、そんなとこ、みてたのか。
亀:だってさ、議論そのものは陳腐な対立構図をなぞるものばかりで、面白くなかったもの。NHK的には前回のシリーズが大成功だったので、もう一発を狙ったんだろうが、実にうすーい二番煎じだった。
兎:そうかな。相変わらず、若い学生たちは、ものおじせず自分の意見を言ってて、よかったと思ったけどな。とくに原発についてとか。
亀:そういえば、きいたかね、NHKについては、東電に批判的なことをいうと解説者が番組から干されるという噂が出ているらしいよ。一回限りしか出演しない学生に対しては、プレッシャーをかけようったって、無理だから、彼らは気兼ねなく発言できるのさ。
兎:おいおい(笑)。さて、その原発についてだが、サンデルの提示していた問題は、「早稲田のちょいわるオヤジ」とかいうブロガーも提示していた選択そのままだったね。原発のリスクを理解した上でそれを容認するか、生活レベルを低くしても依存を下げていくか、という「究極の選択」。
亀:そうだったね。早稲田のちょいわるオヤジさんはよく知っているが、あの人は別に原発を容認しろとも止めろとも、いってるわけではない。ただ、それを、一回、ちゃんと国民投票にかけてきいてみたらどうかっていってるんだ。民主主義なんだから、と。
兎:原発については、誘致先候補となったところで「住民投票」をやることはあるけど、日本人全体に対して、この政策に賛成か反対かをちゃんと判断をあおげ、ということだね。
亀:そう。ただその場合、自分の家の「裏庭」にさえ原発がたてられなければいい、というただ乗り心が働く余地のない選択だということを徹底させなきゃ、意味がない。だから、原発を容認するとなったら、くじ引きで原発の立地先を決めるとか、東京の電力は東京にたてる原発でまかなう、という縛りをあらかじめかけることが必要となってくるだろうな。
兎:サンデルは、この問題自体については、自分の意見をまったく述べなかったね。
亀:そうだったね。しかし、彼の他の部分での議論を聴いていたら、彼は、突き詰めると、原発リスク容認派にならざるを得ないんだろうな、と思った。
兎:なんでだい?
亀:番組の最後のところで、サンデルは、遠く離れた日本で起こった惨事に、世界が共感できる可能性について語っていたよね。
兎:たしか、サンデルは、その時ルソーを引いて次のようにいっていた。ルソーは、実際日本を例にだして、地球の反対側にある国に対してヨーロッパが共感するわけない、と書いていた、と。ところが、サンデルは、ルソーの時代には無理だったかもしれないけれども、今回の震災後の展開は、そうしたグローバルな共感が広がる可能性をみてとれた、とポジティヴにみようとしていた。
亀:つまり、サンデルは、世界の距離を縮めるような、コミュニケーションやテクノロジーを歓迎するわけだよね。具体的には、ユーチューブとかフェースブックとか、あるいはそれらを支えるパソコンとか。そうしたものを通して、コミュニタリアニズムが世界主義的レベルにまで拡大できることになる、と。そうなれば、たしかに、コミュニティ同士のエゴのぶつかりあいという、コミュニタリアニズムの欠点を超越できることになる。しかしだね、そのためには、つまり、そのような世界というものの距離の縮まりを実現するためには、おそらく原発は不可欠な要素とならざるを得ない、としか思えないんだよ。

2011年04月10日

想定外のできごとについて

知っている人は知っているが、成田空港のJALのラウンジのビーフカレーはおいしい。
ただ、考えてみれば、航空会社が空港のラウンジのメニューを充実させる、というのは不可解である。
ビジネスクラスに乗る人たちは、飛行機に乗ってからアルコールを飲み放題で飲めるわけだし、一段格上の食事も食べられるわけである。そういう人たちを相手に、ラウンジでもこれまた飲み放題のワインやビール、おいしい料理を振舞うというのは、コンセプトとしてはredundantであるし、費用対効果上はinefficientである。とくに、経営難におちいっている(と聞いている)JALさんが、ラウンジのメニューを充実させることはおかしいのではないかと、ちょっと心配になってくる。
ま、ビジネスクラスにいつも乗るお客さんには、貪欲というか、うるさ型というか、いつでもどこでも、うまい料理と豊富なアルコールがなければ、すぐさま文句を言い出す人種がそろっている、という可能性はある。もしかすると、JALのビジネスを利用するお客さんは、とくにそういう傾向が強い人たちなのかもしれない。あるいは、機内食を食べる前にどうしてもビーフカレーを腹に入れておかなければ気がすまないと思っている人、ラウンジで日本独特のビーフカレーを食べておかないと海外出張の行程がはじまらないと思っている人ばかりなのかもしれない。
・・・というわけで、先日、久しぶりに、成田からJALのビジネスクラスにのることになった。
ボクは、経営難に陥っている(と聞いている)JALさんが、いまでも、ラウンジでおいしいビーフカレーを出してくれるのだろうかと気がかりで、チェックインをしてくれた女性の方に尋ねてみた。そしたら、「はい、いまでもご用意しております」という答えであった。おお、よかった、今日はひさびさにあのカレーが食べられる、うん、しかし、食べすぎはいかんぞ、あとで機内食も出てくるしな、などと独り言を心の中でつぶやきながら、しばし、気分はルンルンであった。
ところが・・・・・ところが、ですね、ここにひとつ、落とし穴がありました。
ボクのゲートは、第2ターミナルビルの、いわゆるサテライト側でした。
そして、なんと、サテライト側のラウンジには、カレーはない、のです。
そう、カレーがあるのは、本館のみ、なのです。がーん、ショック。
いまさら、シャトルで逆走して、本館側に戻るわけには、いかない。なーんだよう。そんなこと、いってなかったぞー。

ところで、われわれは、こういう状況を「想定外」という言葉で描写するのであります。
想定外とは、事前には、想定するすべもヒントもまったくありえない状況が起こってしまうことを、(後になって)そういうのであります。
原子力発電所が地震や津波で大きな事故を引き起こすかもしれない可能性については、前々から多くの人が懸念をしていたことであるので、それは「想定外」だったのではなく、「想定を怠っていた」だけのことなのであります。

2011年03月30日

日本人にいまできることは何か

[フジテレビCompassサイトにおける「日本人にいまできることは何か」という質問に対するボクの回答を、そのまま転載させていただきます]

近代国家としての日本をはじめて襲った何百年に一度という大規模な震災・津波による被害であるからには、国民的叡智を結集し、先例や経験にとらわれない、大胆、斬新、かつ綿密な地域復興計画と日本経済全体の今後の指針を練る必要がある。
とくに以下の4つを提案したい。

1)復興のための基盤となる広域行政が展開できる態勢を整え
ることが、最大急務の課題である。被災した市町村だけでなく
、県レベルでの合併をも積極的に推進して、道路、港湾、空港
などのインフラ整備をすすめ、産業再建を計画的に実行してい
くべきであると考える。

2)今回、福島の原子力発電所で起こったさまざまな事故が、
これまでの日本の原子力政策に対する信頼を大きく傷づけるも
のであったことは否定できない。電力供給の3分の1を原子力
発電に依存する状況を将来も続けていくべきと考えるか、それ
とも現在行われている節電・計画停電が恒久化する程度にまで
電力供給を下げた状態での国民生活のあり方をあらためて模索
すべきかを、一度国民投票にかけて、信を問うべきであると考
える。

3)長引く余震や流通・交通の不便、またとりわけ原子力発電
所の事故の発生にともない、在留外国人・外国法人が国外へ逃
避していること(あるいは海外からの観光客が激減しているこ
と)は、日本経済の根幹を揺るがしている。政府が正確な情報
開示と情報提供を行うことはいうまでもないが、国際経済活動
から取り残されないよう、日本のもつ貿易、金融、技術上の長
所とメリットを政府が積極的に海外へ発信するための総合的な
「新しい産業政策」を策定すべきである。

4)冒頭に述べたように、今回の危機を乗り切るためには、国
民的叡智の結集を必要とする。復興のための計画および日本経
済の指針を練るため、国会が発議し、各界を代表する100人程
度の「国民会議」を招集して、今年夏頃までに答申を得るよう
にすべきである。

2011年01月30日

マクドナルドの平等と効率性

ボクがよく利用する山下公園前のマクドナルドには、注文のためのレジが複数ある。ボクが見るところ、時間帯によっては、お客さんたちが「一列待ち」をし、空いたレジへと順番に移動する慣行が自然に成立している。ところが、混んでくると各レジの前にそれぞれ列ができるようになり、状況は混沌としてくる。もちろん、「複数列待ち」は、いろいろな意味でフェアーではない。たまたま自分の前の人が大きい注文をし、しかも「領収書下さい」などというしっかり者のお客さんだったりすると、後からきて運良く隣の列に並んだ人の方が自分よりも先に商品を手にする、などということが起こる。また、複数列待ちをしている中、新しいレジが端の方に開かれると、そのレジに近い人だけが排他的にその恩恵を受けることになってしまう。
先日、そのような混沌とした中で不快な思いをしたので、ボクはマクドナルドのお客様センターに電話をして、なぜ会社として一列待ちを全国で徹底しないのか、聞いてみた。すると、1)一列待ちをさせるかどうかは各店舗の判断に委ねられている、2)店舗の中には、一列待ちをさせるほどスペースに余裕がないところもあり、すべてを一律に一列待ちさせることはできない、という趣旨の回答だった。
さて、このマクドナルドの担当者のお話は、ちょっと大げさにいうと、日本における平等の問題、ひいては平等と効率性の問題を考える上で、興味深い題材を提供しているのではないか、と思った。
ボクは、まず上記2)について、一列待ちも複数列待ちも物理的に占めるスペースは同じなのだから、意味の通らない理屈ではないか、と電話口で反論した。すると、その担当者は、ベビーカーなどと一緒に店を訪れるお客さんにとっては、一列待ちをするのが難しい状況もあるのだと弁解した。これは、なかなか練られた理屈となっている。なぜなら、この担当者は、ベビーカーや車いす利用客にも、それ以外の多数の客と同じように、つまり「平等に」、お店を利用していただくために、あえて複数列待ちを許容しているのだという論理を立てているからである。ボクが主張したい一列待ちの平等性原則に対して、少数派への配慮という別の平等性原則を対抗させて、現行の複数列待ちを擁護しようとしているのである。
しかし、よく考えればわかるように、この論理は(その時電話ではいわなかったが)やっぱり破綻している。もし、本当に(つまり、多数派にも少数派にも)平等を追求するのであれば、本来なすべきことは、ベビーカーや車いす利用客が不便を感じないですむだけの一列待ちのスペースを、各店舗に設けるということ以外、ありえない。実際、山下公園前の店は、飲食のためのスペースを少し壊せば、その位のスペースが確保できるほどの余裕が十分ある。それをしないで、多数派に不平等(が生じる可能性)を押し付ける複数列待ちを許容しているのは、なんのことはない、売り上げを延ばしたいという企業の効率性の大原則に従っているだけなのである。
最近日本では、銀行はもとより、JRのみどりの窓口とか、公衆トイレでも、人は整然と一列に並んで順番を待っている光景を目にする。この意味では、マクドナルドの対応(の欠如)は、国際的チェーンとして知られ、しかも大もうけをしている会社のやることとは思えない時代遅れなものである。また、日本社会のさまざまな場面で一列待ちが定着してきているということは、日本人の中には、特に何も指示がなければ、一列待ちをすることが当たり前であると思っている人が増えてきていることを意味する。だから、最低限、マクドナルドには、各店舗において、一列待ちをすることが期待されているのか、それとも複数の列に並ぶことが期待されているのかを明らかにし、混乱を回避するための努力をするという義務があると思う。

2011年01月04日

兎と亀の政治学的会話:新春編

兎:明けましておめでとう。今年もよろしく。
亀:おめでとう。今年はキミの年だね。それにしてもウサギ年というと、「飛躍の年」だとか「跳躍の年」だとか、どこへいっても決まりきった新年のあいさつしか耳にしないのは、つまらんなあ。
兎:悪かったね(笑)。ところで、われわれの前回の対談は、まったく的をはずしてしまったね。民主党の党首選では菅が勝ってしまった。
亀:いや、的外れどころか、大当たりだと思ったけどな。
兎:そうかな。われわれはこう予測した。小沢には、負けたら党を割って出るまでの覚悟がうかがえる。それに匹敵するような迫力が、菅の方には見えない。だから小沢が圧勝するだろう、と。
亀:そう。しかし、あのとき、われわれはこうも予測した。菅が勝つとすれば、それは、小沢と曖昧な仲直りをしないことを明確にする場合だろう、と。今起こっている、いわゆる「小沢切り」は、その予測が正しかったことを証明しているんじゃないかね。
兎:つまり、党首選に際し、菅は、小沢を切ることを本当に約束して、自分への支持を固めたということか。
亀:そうとしか考えられない。小沢の「党を割って出て行ったって、いいんだからな」という脅しに対抗できる唯一の脅しは、「出て行かなくたって、こっちから追い出してやるからな」という脅ししかなかったのさ。まあ、その意味では、すごいガチンコの勝負だったんだな、あの党首選は。
兎:なるほど。それで今、党大会が間近に迫る中で、菅はそのときの約束をほごにしたら、自分を支持してくれた人たちから批判をまねくことになるんで、実行に移しているってわけだ。つまり、「小沢切り」はなにも唐突に始まった話じゃなくて、党首選の政治的駆け引きの中に種がちゃんと蒔かれていた、というわけだね。
亀:菅は、小沢を切らなければ、自分を支持してくれた反小沢グループから見放されるという意味で、追いつめられているというか、選択の余地がないのさ。
兎:しかし、追いつめられているといったら、小沢の方がもっと追いつめられているだろうね。
亀:その通り。いまや「党を割って出て行く」という脅しは、まったく効かないからね。それどころか、党を割って出て行って、強制起訴されたら、彼の政治生命は本当に終わってしまう。
兎:小沢にとって、起死回生の一手は残されていないかね。
亀:ないだろうね。小沢は、仙谷(と馬淵)問題をテコにして、党大会で揺さぶりをかけるだろうが、いま、菅は、内閣改造についてずっと何もいわないでいる。これは、小沢からの批判が出てきたときに仙谷を切ってかわそうと、カードを温存しているからだ。よく考えているよ。
兎:しかし、そうなることは、仙谷だって十分承知しているはずだ。
亀:そうだね。だから、これから万が一の起死回生があるとすれば、小沢が仙谷と連携することじゃないかな。菅にお払い箱にされる者同士として、二人の利害はだんだん一致してくるはずだから。ま、これまでの二人の関係からすると、それはなかなか難しいだろうと思うけどね。

2010年11月28日

じゃんけんゲームの国際関係論

先日、あるラジオ番組(CBC “Ideas” Nov. 22)を聴いていて、次のような話がされていた。ゲーム理論入門のような、きわめて簡単な話なのであるが、このような簡単な話が、案外と、いま日本が直面する国際関係の問題をわかりやすく解説してくれるのではないか、と思った。
いま、かりにあなたが、じゃんけんを何度も繰り返すゲームに参加しているとしよう。そして、このゲームには、(国家と国家との対立関係を想起させるべく)結構大きなお金がかかっているとする。勝ち続ければいいもうけとなるが、負けがこむとかなりな金額を支払わなければならないという状況である。要するに、あなたは真剣にこのゲームに取組まなければならない、と想定するのである。
さて、この場合、あなたにとって、最適な戦略とはなにか。その答えは単純である。それは、グー、チョキ、パーを、3分の1の確率でランダムに出す、という戦略である。なぜか。たとえば、あなたがグーを2分の1、チョキとパーをそれぞれ4分の1ずつ出す戦略をとったとする。しかし、そうすると、あなたにとっては、都合の悪い事態が生じかねない。なぜなら、この場合、もし相手が毎回パーを出す戦略を取るとすると、あなたは4分の1は勝ち、4分の1は引き分けるが、半分は負けることになり、全体としてはあなたが負け越すことが明らかだからである。実際、このゲームにおいては、3分の1ずつグー、チョキ、パーを混ぜ合わせて出す戦略から逸脱すると、あなたはそれよりも優れた相手の戦略によって損をする可能性を受け入れなければならないことになるのである。
いま、グー、チョキ、パーを、攻撃的な行動、協調的な行動、中立的な行動に、置き換えて考えてみる。すると、どういうことが見えてくるか。上のじゃんけんゲームの論理に従えば、国家と国家とが対峙しているとき、最適な戦略は、この三つの行動パターンを混ぜ合わせて使う、ということになる。つまり、あるときは明からさまに軍事的脅威をあおってみせ、あるときは核開発を中断するなどといったジェスチャーをとり、そしてあるときは多国間協議に応じてみる、というように硬・軟・中立を使い分けることは、きわめて合理的な戦略展開だと解釈できるのである
実は、なぜこんなことをブログに書こうとおもったかというと、今日、ある政治討論番組を見ていたら、国際問題の専門家を自称している方が、「北朝鮮の行動は、ときどき説明のつかないことがある」と発言していたからである。たしかに、北朝鮮の行動は、ひとつひとつをみると理解に苦しむような、整合性のとれてない場合もある。しかし、だからといって、北朝鮮の行動が非合理的である、などと考えることはとんでもない誤りである。この単純なじゃんけんゲームの話は、一見整合的でないように行動を組み合わせることが、いかに合理的であるかを、見事に物語っているからである。
ところで、上のじゃんけんゲームの最適戦略には、ひとつの重大な難点がある。それは、この戦略では、たしかに「負け越さない」ということは保障されるが、それは「勝ち越す」ために有効であるとはいえない、ということである。
しかし、ボクには、このこと自体もきわめて示唆的に、ひとつの知見を提供してくれるように思える。つまり、いまわれらが隣国は、(たとえば南北を統一しようなどという)だいそれた目的に基づいて動いているのではなく、いかに自分たちの国家体制を存続させるかと、「負けない」ことに汲々としている、としか思えないのである。

2010年09月01日

兎と亀の政治学的会話

兎:小沢の圧勝だな
亀:まったく。小沢の圧勝だな。
兎:小沢は、代表選にでて負けたことがない。3戦3勝。出ると決意したこと自体、勝てると判断した、ということだ。だから、この代表選でも、負けるはずがない。
亀:いや、その論法は、ちょっと性急だ。厳密にいうと、代表選の勝負はまだついていない。
兎:はあ? キミもいま、小沢の圧勝、っていったじゃないか。
亀:いいかね、圧勝の意味が違うんだよ。代表選では、ボクは、小沢が勝つと予測する。それはなぜかというと、全勝という戦歴が、彼の決意と政治的判断能力に、クレディビレティ(信憑性)を与えるからだ。3勝4敗の管とは大違いだよ。どっちにつこうか、まだ迷っている人にとってみれば、その差は大きい。
兎:たしかに、管の方の戦績は「(代表選に)参加することに意義がある」ということを宣言しちゃっているようなもんだからな。
亀:だから、管が「どっちが勝ってもノーサイド。代表選が終わったら、一致結束してやりましょう」というと、この人、本当にそう思っているんだろうな、とまわりに思わせてしまう。
兎:小沢だって、同じようなことを発言している。
亀:しかし、それを額面通りに受け取る人はいないさ。
兎:勝ったら、管を応援する前原や野田に冷飯を食らわせて、挙党態勢なんかつくらないだろう、ということか?
亀:そうじゃない。勝ったときどうなるか、が重要じゃなくて、万が一、小沢が負けたときのことが鍵なんだよ。小沢の戦績は、まわりに「出たからは、勝つ」といってるようなものだ。それは、いいかえれば「オレは勝つことしか眼中にない」というメッセージを送っているわけだな。
兎:うんうん。
亀:そのメッセージのさらに一歩先を読めば、「もし万が一オレが負けたら、そのとき民主党はどうなるか、オレは知ったもんか」っていってるのと、同じなのさ。
兎:分裂ってことか。
亀:もちろん小沢は「負けたら分裂させてやる」なんて、ひとことも言ってない。しかし、彼の過去の戦績によって、負けたら党を割って出るぞというメッセージが暗黙のうちに、まわりに送られているのさ。
兎:ということは、管が(万が一)代表選に勝っても、分裂するってことか。
亀:そう。そして、そこまで先読みする人は、小沢支持にまわらざるを得なくなる。党が分裂して政権から離れるのは嫌だろうからね。だから、結局のところ、小沢の圧勝ということにならざるをえないのさ。
兎:管は、どうしても勝てないかね。
亀:むずかしいね。
兎:政策論争をしかけて、勝ったとしても?
亀:政治家を選ぶとき、政策なんてものは大した要素にならない。その人がひとつひとつの行動に命をかけているか、政治生命をかけているか。そういう気迫が伝わってくるかどうかの方が、よっぽど重いと思うね。
兎:たしかに、小沢からは「何がなんでも勝ちにいく」という覚悟が伝わってくるが、管を応援している連中からは「小沢と絶縁してでも勝ちにいく」という覚悟は伝わってこないね。
亀:それは、つまりは、政権を手放す、という覚悟だからね。
兎:じゃあ、管にできることは何もないのか?
亀:あるさ。それは、小沢との決別を前提にした、代表戦が終わった後どうするかという戦略の青写真を描くことさ。
兎:政界再編、ということ?
亀:実際にそうなるかどうか、ではなく、いまそういう青写真をもってないと、管の現在の主張にクレディビリティが備わらないんだよ。
兎:ほかには?
亀:あとは、ネガティヴキャンペーンだろうな。曖昧な仲直りなどあり得ない、ということを明確にする、徹底したネガティヴキャンペーンを展開すること。
兎:やるかね?
亀:やらないだろうね。もしそんな気があるんだったら、もっと前からやっているはずだし、昨日の小沢との会見自体すべきじゃなかったはずだからね。

2010年08月11日

リバタリアンはコミュニタリアン?

ボクの政治思想の学問的知識はとってつけたようなものだけれども、それでも政治思想的にものごとを考えることは嫌いではない。で、最近とくに、自分自身の政治思想的立場は、どういうものなのだろうと自問自答することが多いのであるが、その種の自己分析をする上で結構有用ではないかと思われる事件が日本各地で露見している。高齢者が生きているか死んでいるかを行政が確認できていないという、例の問題である。
最初に二つの命題を掲げてみる。
(1)国民の一人ひとりが存在しているかどうかを確認することは、国家の中核的業務のひとつである。
(2)民主主義体制のもとでは、個々の国民は、国家が1)の業務を遂行することを拒絶したり妨害することはできない。
まず(1)について。ボクは、本人の生存確認ができないと不正に年金を受給する不埒者が出てくるという、いま実際に起こっている問題は、法的もしくは技術的に簡単に解決できると考えている。生存確認を年金(やその他すべての公的サービス)受給の前提要件にすればよい、と思うからである。プライバシーの観点から、行政スタッフが家の中まで入って本人の生存を確認することがためらわれているようであるが、プライバシーを尊重することと年金を給付することは別次元の問題である。プライバシーを盾にして本人確認を拒絶するのであれば、行政の側は、まさにその方のプライバシーを尊重して、年金を給付しないという決定を下せばよいだけの話である。おそらく、リバタリアンと呼ばれる政治思想的立場を標榜する人々が選ぶ解決策は、これであろう。
しかし、今日の話のポイントは、実はこの先にあって、このようなリバタリアン的立場自体を許してよいのか、という問題である。つまり、(プライバシーを尊重するがゆえに)結果として、国家が国民の人口を正確に把握できなくなったとしても、それでよいのか、という問題である。
ボクは、そうは思わない。その理由が(2)の命題である。
民主主義という政治体制は、(年齢など一定の要件を満たす)すべての有権者が平等に政治に参加する権利をもつというシステムである。そのような体制のもとでは、原則として、どこに住む有権者の一票も、その「重み」が同じでなければならない。こうした政治参加における平等は、そもそも国家が国民(有権者)の人口の総数とその分布を正確に把握していなければ、成立しえない。ということは、民主主義的政治体制のもとに暮らしたいと思っている限り、その人は、自分のプライバシーを若干犠牲にしても、(民主主義にとって不可欠な)国民一人ひとりの存在を確認する国家の業務に協力する義務を負っていると考えなくてはならない。それゆえ、上記のリバタリアン的立場はありえない、とボクは思うのである。
もちろん、ボクは、リバタリアン的立場を原理的に否定しているわけではない。自分たちのプライバシーを何より最優先にする彼らが集まって、民主主義とは異なる政治体制のもとで暮らすことを選択するのであれば、それはそれで、きわめて論理的に一貫した立場の表明であり行動であると思う。ただし、そうすると、リバタリアンたちは、自分たちだけのそのような立場を共有する人々だけとしか暮らせないことになるかもしれない。すると、結局のところ、リバタリアンたちはコミュニタリアン的政治思想に近づいていくことになるのではないかという、(おそらく学術的にいわせたら)トンチンカンな結論に、ボクは達してしまうのである。

2010年07月23日

花火は嫌いだ

ゼミ生たちは知っているが、ボクは花火が好きではない。
ゼミ生たちは、合宿というと、どでかい袋にはいった花火セットをいくつも買ってくる。夕食と飲み会の間の行事として、花火はその地位を確立しているのである。ボクも以前は付き合っていたが、さすがに最近は、花火というと「あ、そう、終わったら教えて」と、ふて寝を決め込むことにしている。
なぜ花火が楽しいのか、ボクにはわからない。
火をつけて、しゅーしゅーと燃え尽きるのを待つ。それだけのことではないか。
その間(ま)といったら、意味のある会話をするには短すぎる間である。
だから、「あ、これ、きれい」とか、思ってもいないようなお世辞をいわなければならない。ところが、そのうちお世辞をいうのにも飽きてくる。すると、たいてい、花火の先を地面につけて絵を描こうとするやつが出てくる。となりの人にわざと花火を近づけるいたずらを始めるやつも出てくる。で、典型的には、男の子「ホラホラ」、女の子「キャーキャー」、という鬼ごっこが始まる。
しかし、それにもいつか飽きてくる。そして、間を持て余し切れなくなって、ついにみんな押し黙ったように静かになる。そう、結局、みんな黙って、しゅーしゅーと燃え尽きるのを待っているのである。だから、花火は、くらーい行事なのである。
話は、ちと変わるが、先日、我が家の近くで花火大会があった。
ボクは、花火も好きでないが、花火大会ももちろん嫌いである。
まず、あの人の多さといったら、ない。
それに、花火大会では、ほかでは会わなくてすむようなバカップルに、数多く遭遇する。日本に、こんなに多くのアホなカップルが存在したのか、と気が滅入ってくる。
さらに、花火大会では、実に言葉に窮する。
たとえば、打ち上がった花火に、「あ、きれい」と一度でもいったら、大変なことになる。なぜか。もし仮につぎに打ち上がった花火が、それよりもきれいだったら、「あ、いまの方がもっときれいだった」と、すぐさま前言を訂正しなければならない。そして、その次に上がったのがさらにきれいだったら、「いまのが、今までで一番」などと、最上級の形容詞まで動員して、褒めなければならないことになる。ご承知のように、花火大会では、うしろの方になればなるほど、大型の花火が登場する。だから、早い段階で褒めてしまうと、あとになって形容詞の最上級が尽きてしまう。「いや、本当に、本当にいまの一番よかった。」「あ、いや、今のが、やっぱ一番だったかな。」「あれれ、いまのもよかったねえ。いまのが最高だな」などなど。
このようにして、花火大会では、どこでもかしこでも、会話がバカップル会話に退化していくのである。

2010年06月18日

保守主義、あるいは「の」の問題について

知っている人は知っているが、先日、非常に光栄なことに、あるテレビ番組で安倍晋三元首相に直接お話しをうかがう機会があった。安倍さんといえば、自民党の政治家の中でも保守派として知られている。で、たまたま、話しの流れで、日本の保守勢力の再編・再構築ということに触れられたので、ボクは、いつも訊いてみたいなあと思っていた素朴な質問を彼にぶつけてみることにした。「日本の保守主義って、何なのですか」と。そしたら、安倍さんは、短い時間ではあったけども、とても丁寧にお答えくださった。
さて、その質問をしたときには自分でわかっていなかったのであるが、ボクは、あとでそのやりとりの部分をビデオで再生して、「日本の保守主義とは何か」というボクの質問そのものがいかに曖昧であったか、ということに気づいた。いや、というより、安倍さんの丁寧なお答えのおかげで、自分の発した質問のワーディング自体が、「日本の保守主義」なるものについて深く知的に考えることをさまたげるようになっている、ということにおそまきながら気づいたのである。曖昧さは「保守主義」にあるのではない。つきつめると、それは、日本語の「の」の問題なのである。
たとえば、政治学の中でも、ボクの専門は「日本政治」ということになっている。これは、「日本の政治」を縮めた名称であるが、英語ではそれをふつう、Japanese Politicsという。前にカナダの大学で教えていたときも、Japanese Politicsというタイトルの授業をひとこま担当していた。しかし、ボクはいつも、このJapanese Politicsという名称が気になっていた。別に、日本に独特の――そう、外国人研究者の本のタイトルのような――Japanese Way of Politicsがあるわけはない。政治は政治、politicsはどこへいってもpoliticsだろう、と思っているからである。だから、本来、授業の名称は、Japanese Politicsではなく、Politics in Japanでなければならない。Japanese Politicsといった途端に、日本に固有の政治のあり方がある、ということを暗黙の前提として受け入れてしまっている、と気になっていたのである。
さて、ひるがえって、「日本の保守主義」というとき、それはJapanese Conservatismなのか、それともConservatism in Japanなのか。日本語の「の」は、この区別をまったく曖昧にしてしまう。もし、日本「の」保守主義が、日本に固有の政治思想・政治運動を指し示すものであるならば、それは前者だということになる。一方、日本「の」保守主義が、どこの国にもある普遍的な保守主義に通じる政治思想・政治運動だということなら、それは後者だということになる。日本「の」(!)保守主義を論じる際、この二つの区別には意識的でなければならない。この二つの間に、矛盾ないし緊張関係が成立することも、十分考えられるからである。
ボクがおそまきながら、この「の」の問題に気づいたのは、安倍さんの丁寧なお答えが、両方を見事にカバーしておられたからである。すなわち、エドモンド・バークに通じる後者の(普遍的な)保守主義についてと、日本の文化や伝統を重視する前者の(独特な)保守主義についてと、両方をちゃんと短時間で説明してくださったのである。おそらく、安倍さんは、ここでボクのいう「の」の問題を、十分認識しておられたのであろう。
「の」の問題は、やっかいである。それは、実際、いたるところにある。たとえば、リンカーンの有名な「人民の、人民による、人民のための政治」という言葉を最初に聞いて、一番めの「人民の」の意味がよくわからないという人は意外に多いのではないだろうか。「人民の政治」も「人民による政治」も、どちらも所有格を表わしているようだからである。しかし、英語で聞くと、それが、of the people、すなわち人民に対しての政治なのだ、ということをより明確に認識できるようになる。実は、はずかしながら、ボク自身、結構大人になるまで、この意味を良くわかっていなかったのである。

2010年05月10日

叙事詩「政権交代の終わり」

人々が 熱狂した 
あの夏の 政権交代

役者が 替わり 舞台が 回り 
音楽が 流れ 照明が 当てられ 

でも 政権が 交代して
交代が 終わった
パーンと ではなく メソメソと

新しい大道具が 入れられ
新しい小道具も 飾られ
でも それなのに
交代は もう 跡形もなく

新しいセリフが 唱われ
新しい踊りも 披露され
でも それなのに
政権だけは まだ 居残って

今一度 夏が 来る前に
再び 熱狂が 訪れることもなく

パーンと ではなく メソメソと

たしかに 政権の 交代
でも たしかに 交代の 終わり

パーンと ではなく メソメソと

2010年05月07日

民意について

最近「民意」という言葉が大流行りである。沖縄でも、徳之島でも、集会とか署名活動を通して、普天間の代わりとなる新たな米軍基地建設に反対する「民意」が表明されたということが報道されている。鳩山首相も「民意を重く受け止めたい」と、決まり文句のように言っている。
いうまでもなく、民意に沿った政治が行われることが、民主主義の大原則である。
しかし、そもそも民意とは何か。この問いに答えるのは、むずかしい。
実は、この問いに対する満足な答えを、民主主義の原理や理論そのものから導くことはできない。
たとえば、ある町に原子力発電所を誘致する提案がもちあがったとしよう。そして、その町では、住民投票によって、原発誘致の是非を決めることにしたとする。このプロセスは、一見民主主義的で、非の打ち所がないようにも思える。
しかし、ここには、ひとつの前提がある。それは、その住民投票に参加できる権利をもつのが、誘致先である町の住民に限られている、という前提である。この前提そのものには、まったく民主主義的根拠がない。
たしかに、その町から何百キロと離れた大都市に住む人々にも投票する権利を付与せよ、という主張を展開するのは無理かもしれない。しかし、少なくともその町に隣接する市町村の人々には、投票する権利を付与すべきではないのか。彼らも、この誘致の是非の問題に、大きな利害関係をもっていることは十分に想像できる。たとえば、もし原発事故が起こったとしたら、風向きや地形によっては、それらの市町村においても、甚大な被害が出るかもしれない。
このような論理に対しては、「どこかで線を引かなければ、地方自治や参加型民主主義が機能するわけがないではないか」という反論が返ってくる。その通りである。
しかし、そのような線引きは、実践的な配慮に基づくものであって、断じて民主主義的ではない。もし、こうした線引きを民主主義的に行おうとするのであれば、そもそも「住民投票に参加する権利をもつ住民とは誰をさすのか」をめぐる投票を事前に行って決めなければならない。そのような事前の投票に参加する権利をもつ人が誰なのかは、もう一つ前の投票によってしか決められず、その投票はさらにまた一つ前の… (無限に続く)というように永遠に無限後退を余儀なくされることになり、結局、決定不能に陥らざるを得ないのである。
民主主義そのものには、民主主義的根拠がない。この、屁理屈のような、逆説めいた、いかにもこまっしゃくれた結論から、今一度、現下の普天間移設問題を振り返ると、この問題がわれわれに問いかけていることの大きさが見えてこよう。
それは、「民意」という言葉を振りかざしさえすれば正統性が自動的に付与されるような、民主主義内部での解決が可能な問題ではない(ある町長がインタヴューで用いた「絶対的な民意」という言葉におぞましさを感じるのは、ボクだけであろうか)。それは、民主主義という、われわれにとって自明で使い慣れた根拠がないときに、どこに政治の正統性を求めるか、そもそも日本の民主主義そのものを成り立たせる正義をどのように構築していくのか、というきわめて壮大な(そして非常に知的な)作業なのである。

2010年05月05日

カツカレーの話

ボクは、カツカレーが大好きである。
カツが好きである上に、カレーも好きなので、カツカレーは、ボクにとっては一挙両得、一石二鳥のメニューの代表格である。
それにカツカレーは、お得である。たとえばある店でカレーライスが750円、カツライスが750円だったとしても、カツカレーが1500円ということはまずない。800円とか、850円とか、ほんのちょっと割高に設定されているだけである。それで、両方を食べられるのだから、ボクにいわせれば、これを注文しない方がおかしい。
また、カツカレーは、リスク分散のメニューでもある。
たとえば、どこか見知らぬ店に入ったとしよう。このとき、カツライスでもなく、カレーライスでもなく、カツカレーを注文するのは、とても合理的である。カツが不味くても、カレーが美味ければ、救われた気持ちになる。カレーが不味くても、カツが美味しければ、諦めもつく。もちろん、カツもカレーも両方美味しければ、いうことはない。
しかし、カツライスを注文して、カツが不味かったらどうか。あるいは、カレーライスを注文して、カレーが不味かったらどうか。どちらも、救われた気持ちにもならないし、諦めもつかない。不確実性に直面しながら100パーセントのリスクを正面から引き受けようとする注文の仕方は、ボクにはまったく理解できない。
カツカレーを出す店には、二つの系統がある。ひとつは、カツカレーを出すときに、スプーンだけをつけてくる店。もうひとつは、スプーンと割り箸をつけてくる店。前者はカレーの延長にカツカレーを位置づけている店で、後者はカツライスの延長にカツカレーを位置づけている店なのかもしれない。カツカレーに、フォークとナイフがついてくる店というのは、ほとんどない。だから、カツカレーの場合、カツは切らないでそのままかじるか、あるいはスプーンでもって、ごしごし切るしかない。いずれにせよ、割り箸の出番は、あんまりない。
カツカレーがどう盛られているかでとても気になる点は、カツの上にカレーがかかっているかどうかである。もしかかっていないと、当然のことながら、カツの下にあるゴハンにも、カレーはかかっていないことになる。ということは、その部分のゴハンにかけるカレーをどこかから調達してくることが必要となる。食事に計画性が要求され、カレーの無駄遣いは許されないことになる。
だから、ボクは、カツの上にも、あらかじめカレーがかかって出てくる方がうれしい。そういうと、カツの上に最初からカレーがかかっていたら、カツのサクサク感がなくなってしまうではないか、という反論がすぐさま聴こえてくる。たしかにその通りである。しかし、そもそもカレーとカツを一緒に食べたいから、カツカレーを注文したのであって、この反論は的をはずしているように思う。
この前、カツの上にあらかじめカレーがかかってないで出てくるカツカレーの店にはいった。そうしたら、カツにトンカツソースをかけて食べているひとがいた。そうか、こういう人のために、スプーンだけでなく、割り箸が用意されているのかと、そのときはじめて納得したのであった。

2010年04月24日

新党ブームと「政治のイロハ」について

いまの日本国憲法には、政党についての言及がない。
これは、正しいことである。
なぜなら、政党とは、少なくとも民主主義の政治体制のもとでは、本来、政治的な理念を共有する人々が自発的に集まって、いってみれば「下からわき上がって」できてくるべきものだからである。
だから、日本の憲法は、むしろ、集会や結社の自由を保障している。どのような政党を作ろうとも、それは国民におまかせします、妨げるものはありません、といっているのである。逆に、もし憲法が、「こういう政党しか作っちゃいけません」などということを規定していたとすると、それは民主主義ではなく全体主義体制の憲法だということになる。
ここまでは、「政治のイロハ」である。
さて、先日から、いろいろな新党が立ち上がっている。どれを見ても、今度の参議院選や次の衆議院選で過半数を目指そうというような大きな政党ではない。せいぜい、過半数を握る政党がない状況が生まれたら、そこでキャスティングヴォートを握ることを目指している政党にしか思えない。いってみれば、彼らを結びつけているのは、「キャスティングヴォートを握りたい」という目的のようである。しかし、それも、理念といえば理念といえなくもない。あるいは、なかには、自分たちはキャスティングヴォート狙いなどという姑息な目的ではなく、将来の政界再編の起爆剤となりたい、と真剣に考えて新党に参加している人々もいるかもしれない。もしそうなら、それはそれで、非の打ち所のない立派な理念である。
だから、ボクは、こうした新党結成を、「理念がないから」とか、「目先の目的に流されて」とか、「数合わせのためだけに」などと批判するつもりはない。憲法は、集会・結社の自由を保障している。だから、こうした新しい政党も、堂々と、自分たちの主張を訴えていけばよいと思う。
しかし、である。昨日、ニュース番組を見ていたら、今度できたばかりの新党の代表になった方が、インタヴューの中でとんでもない理屈をこねていたのには辟易してしまった。この方は、自分が既成の小政党にすり寄る形で新しい政党を作ったことに対する批判に答えて、そのように変則的に新党を発足させたのは「政党になるための要件として、国会議員の5人が必要だ」からであるといい、それは「政治のイロハ」であり、あたかもその要件について知らないで批判している人たちは、勉強不足だとでもいいたそうな、上から目線的ものの言い方をしていたのである。
この見識は、とんでもない間違いである。議員5人という要件は、政党助成法という特定の法律の中で定義された政党のこと(もっといえばその法律に基づいて助成金をもらうための政党のこと)であって、民主主義国家日本において、政党をつくるのにそのような要件があるわけではない。繰り返すが、政党とは本来、政治的な理念を共有する人々が自発的に集まって「下からわき上がって」できてくるべきものだから、である。
この方、驚くべきことに、むかし政治学の先生であったらしいのであるが、もういちど、本当の「政治のイロハ」を学び直した方がいいのではないか、と思うのである。

2010年02月20日

談志師匠のマクラのように語る

なんかねえ、新しいもの、好きになれないんですよ、この頃。ぜんぜん。ま、歳とってきたっていうのも、あるんですけどね、うん。うち帰ると、古いものばっかり見たり、聴いたりしてんの。ほら、ユーチューブっての、あんだろ? あれでね、うん、ダイマルラケットとか、いとしこいしとか、見る、うん、見ちゃうんだな、これが。この前は、コント55号にはまった。見出すととまんないよ、あれ。まちがいなく傑作ですよ。よくもまあ、このネタでこんだけ引っ張るよねって、涙流して笑いながら、感心して見てるわけ。うん、そう、古いよー、オレ。もう、だって、もっと古いんだって見ちゃうんだから。素浪人花山大吉って、知ってる?え、知らない?オカラの旦那?あの近衛十四郎と品川隆二の掛け合い。関西のノリじゃない江戸前のっていうのかな、ボケとツッコミのひとつの典型だな、あれは。むかしはねえ、ああいう品のいいコメディーがちゃんと成立してたんですよ、日本でも。それがなくなっちゃったねぇ。吉本の影響かなんか、知らないですけどね。
ええとさあ、それからさ、新しいスポーツもねえ、好きになれないんだな、やっぱり。オリンピックオリンピックってさわいでっけど、なんだあの、カーリングっつーの。あれは、スポーツなのかね。あれがスポーツなら、メンコだって、サケ蓋だって、みんなスポーツになるじゃねーか。メンコなんか、いまの若い人はやったことないから分かんないかもしれないけど、結構体力つかうんですよ。サケ蓋だって、ねえ、え?サケ蓋ってなんですか、だって?まあいいよ、別に分かんなきゃ分かんないで。別に全員に分かってもらおうと思って、ブログ書いてるわけじゃないんだから、こっちは。
ええと、まったく、うん、それからそう、フィギアスケート。あれさあ、アナウンサーが叫んでたぞ「会心の演技でした」って。なんだそれ。芸術点とかって、それはアートの世界でしょうがぁ。オリンピックっていうのはスポーツの祭典だったんじゃないの?いつからアートの祭典になっちゃったんだよ。
それから、あのスノボってのも、どーも気に入らないね、うん。なんでさ、あれ、競技中に、うしろででっかい音で音楽流さなきゃいけないわけ?自分たちだけの自由なカルチャー持ってますっていうのが、ガンガン前に押し出されてる感じがする。うん、わざとらしく。ぃやっだねぇー。カルチャーが違うっていうこと主張したいんだったら、オリンピックなどというメインストリームにのらなきゃいいんだよ、最初っから。だからさ、あのナントカいう勘違いした若いやつがでてきちゃうんでしょ。
あのね、これも古いけどさ、ボブディランにね、有名な言葉があるんですよ、A hero is someone who understands the responsibility that comes with his freedom. 別にオリンピックに出ないっていう選択肢だってあったんでしょ?そう、つまり出てくださいって請われても、いいっすって断れたんでしょ?その方が、ずーっと自分を貫くことになったし、ずーっとかっこ良かったと思うけどね、オレは。

2010年02月12日

ある気まずい午後

先日、行きつけの横浜スタジアム前のスターバックスに入ったら、お気に入りの窓側の席が空いてなかった。とっくにお昼過ぎで普段ならガラガラなはずなのに、外が雨模様だったせいかもしれない。仕方なく、ボクは店の一番奥の方の席に陣取ることにして、勉強を始めた。
なぜボクが窓側が好きかというと、明るいからである。はずかしい話だが、最近ボクは目がすっかり悪くなって、太陽の自然光が入ってくる場所でないと、小さい字が読みにくいのである。
というような事情があるもんで、ボクは勉強を続けながらも、窓側の席が空いたらいつでも移動しようと、それとなく様子をうかがっていた。しかし、その日に限って、なかなか空かない。
そうこうしているうちに、ボクのすぐ隣のテーブルに、ひとりのオジイちゃんが座った。お洒落で、あか抜けている。二言三言、若い女性店員さんと、会話さえかわしている。気負いも気後れもなく、若い女性と会話すること自体、この歳の男性にしてはめずらしい。「やるじゃん、オジイちゃん」と、ボクはひそかに感心していた。
店では、その日、古いジャズがずっと流れていた。ほとんどが、ボクも聴いたことのある心地よいメロディーばかりである。そしたら、驚いたことに、オジイちゃん、そのひとつひとつを英語で歌い出すではないか!それも、低音で、ハーモニーをつけるようにして!ほんの小声だから隣にいるボクにしかきこえなかったが、見事にジャズになっている。・・・なんだ、この人。横浜でずっとバンドで演奏してきた人なのかな。カッコいいなあ、と、ボクは思わずその鼻唄に聞きほれてしまった。
さて、しばらくして、窓側の席がようやく空いたことに気づき、ボクは席を移ることにした。ただその時ボクは、隣のオジイちゃんに「あなたの鼻唄が気になるんで、席を変えるんですよ」というメッセージが伝わってしまうのは嫌だな、と思った。にっこり笑って「お上手ですね」とか、「ボクもジャズ大好きなんですよ」とか言ってから移動しようか、とも考えた。でも、むしろそうする方がわざとらしいと受け取られるのではないかと思い返し、結局何も言わないで、荷物をまとめて移った。
窓側の席にうつってからほどなくして、ボクの肩をポンと叩いて、オジイちゃんが通り過ぎていった。「あっちの席に、傘、忘れてますよ。」突然肩を叩かれた上に、席を移ったという後ろめたさがあったせいで、ボクは「あ、はい、ありがとうございます」とどぎまぎしながらいうのが精一杯であった。もちろん、彼は、ボクの方を振り返ることもなく、そのままさっそうと店を出て行ったのであった。

2009年12月16日

それでもボクがいまの日米関係に楽観的な理由

普天間基地問題をめぐる対応をめぐって、鳩山首相が批判されている。オバマ大統領に「トラスト・ミー」といいながらその信頼を裏切り、日米同盟にひびが入ったとか、両国関係はいまや危機的状況にあるとかいった悲観論がメディアにあふれかえっている。しかし、これらはメディア特有の悪しきセンセーショナリズムである。ボクは、(先日出演したテレビ番組の中でもいったことだが)日米関係に、基本的に楽観的である。今日は整理して、その理由を述べたい。
まず第一に、現代における国家と国家との関係は、リーダー間の個人的信頼や感情によって左右されるものではない。外交官出身の専門家(を称するひと)たちは、国際関係における外交の役割を重視したがるが、個々の政治家や官僚の手腕が国家と国家の関係に影響を及ぼしたのは、はるか昔、メッテルニヒの時代である。現代における国家間関係は、構造的な(=非個人的な)要因、すなわち地政学的状況とか経済相互依存、さらには文化・人的交流の程度といったものによって決定付けられているのであって、そうした要因が鳩山政権になったからといって一夜にして変わったわけではけっしてない。
もちろん、国家と国家との関係だから、自分の側の交渉立場を有利にしたいという思惑は日米どちらにもつねに働いている。たとえば、先日ギブズ報道官が、コペンハーゲンでオバマ大統領は鳩山首相に会わないといったとき、彼はそれを「オバマが会談を拒否した」と日本側が解釈してくれれば儲けものという計算のもとに、いったのである。彼の発言を素直に受け取れば、時間がないから、またこの前会ったばかりだから、会う必要はないといっているに過ぎず、その発言のどこにも、日米関係が損なわれたなどと解釈しなければならない要素は見当たらない。にもかかわらず、日本のメディアは、「門前払いを受けた」などと悲観し、騒ぎ立てている。まんまとアメリカ側の交渉術中にはまっているようなものである。
もうひとつ、これもきわめて基本的なことだが、日米の相互に対する関心のレベルには、ギャップというか、非対称性がある。日本では毎日のように「日米」が取りざたされているが、アメリカでは「普天間」が何たるかを知っている人はほとんどいない。アメリカにおいて、日米関係が悪くなったとことさら強調し、(ボクからいわせると)必要以上に日本の悲観主義を煽っているのは、アメリカで「例外的存在」である知日派、とりわけオバマ政権になって居場所をなくした共和党系の知日派である。日米関係の危機をセンセーショナルに語ることが自分たちのメシのタネになるという構図がここにあることは、いうまでもないであろう。
いつも授業でいうことだが、社会科学には、予測するという行為自体が予測の対象そのものに影響を及ぼしてしまう、というやっかいな自己言及性がある。かつて日本に深刻な石油危機が襲ったとき、多くの経済学者は悲観論を唱えたが、あるひとりの評論家だけは楽観論で押し通した。当時の日本は企業も消費者も涙ぐましい努力をして、石油ショックをなんとか乗り切ったわけであるが、このとき正しい予測をしたのがこの評論家であったとはいえない。やはり正しかったのは、悲観論を唱えた学者たちの方だったというべきである。なぜなら、もしすべての専門家がこのとき楽観論を唱えていたら、おそらく誰もが油断して、日本経済はそのまま泥沼に陥っていただろうからである。
石油ショックのときは、本来正しかった悲観的予測が、(予測の対象である)経済に影響をあたえ、結果として、その予測がはずれるという幸運な展開を生んだ。ボクは、今回の日米関係は、ちょうどその反対ではないか、と危惧している。つまり、本来正しくない悲観的予測が、日米関係に影響をあたえ、結果としてその予測が当たってしまうという不幸な展開を生んでしまうのではないか、というように。
だからこそ、いま必要なのは、正しい楽観的予測なのである。

2009年11月21日

密なることとは

日米の間に核の持ち込みや沖縄についての密約があったそうである。自民党政権は長年そんなものはないと否定してきたが、政権交代を成し遂げた民主党の岡田外相がそれを肯定することになったと報じられている。
また、官房機密費なるものについても、最近のニュースのなかで、よく取り上げられている。こちらも、民主党政権になり、その額とタイミングが平野官房長官によって明らかにされていた。ただ、官房機密費は、新しい政権もこれから使っていくのだそうである。平野さんは「(費用の)性格上、使途をオープンにすることは考えていない。私が責任を持って適切に判断していく」と述べ、民主党政権でも使途を非公開とする意向を示した、と伝えられている。
ボクは、個人的には、民主主義という政治体制を選択している限りは、外交や政治については、すべてのことを公開していくべきだと考えている。もしそうでないならば、主権者である国民をさしおいて、「特権的に」情報をもっている人がいてもいいと認めることになる。そのような政治体制は、定義上、エリート主義的もしくは権威主義的であって、民主主義的ではない。ただ、ボクは、別にいますぐに公開しなければならないと思っているわけではない。いつか年月がたったら、すべてを公開する、すべてを淡々と公開するということにしておけば、それでよいと思っている。
こういうことを主張すると、必ずといっていいほど、一部の外交専門家とか政治評論家とかを自称する人たちから、「外交や政治というものには、秘密がつきものだ」という反論が返ってくる。こういう人たちは、自分自身が外交官や官僚出身のエリートだったりするので、たいていしたり顔というか、上から目線で、「外交や政治は専門家にまかせておいた方がベターなんだよ」という言い方をする。ま、こういう人たちはまともに国際関係論とか政治学を勉強したことがないのだろうけど、「秘密」外交を展開した方が国益に適うかどうか、あるいは情報をオープンにし「観衆費用(audience cost)」を高めることで相手に対する信頼性を高めることになるのではないか、といった点については、すでに膨大な理論および実証の学術的蓄積がある。そして、今日までのところは、公平にいって「どちらともいえない」というのが結論である。つまり、必ずしも情報公開をした方がよいともいえない代わりに、秘密を保つことが外交や政治にとっては必要であるなどと単純に考えることはけっしてできないのである。
さて、ボクが今日いいたいことは、実はこの先にある。百歩譲って、外交や政治には秘密が必要だというエリート主義的立場にも一理あるとしよう。それでも、やっぱり、いまニュースで話題になっている日米密約や官房機密費については、すべてさらけだして公開すべきだ、とボクは思う。なぜか。それは、秘密であるということは、単にその内容が秘密であるだけでなく、そのような秘密が存在するという、もう一段高次のメタレベル情報も秘密でなければ、意味がないからである。たとえば、(あんまりいい例ではないが)夫が妻に隠れて浮気をしているとする。この時、夫は「誰といつ、どのように浮気しているか」ということだけを秘密にするのでは意味がない。夫は、そもそも「浮気をしている」などということを妻に予想だにさせないぐらいに、秘密にしておかなければならないのである。たとえ「誰か」を特定できなくても、「誰かと浮気している」と思われた瞬間に、その秘密はバレタと思わなければならない。
だから、「官房機密費」などという名前自体、滑稽な定義矛盾であるというほかない。「機密費」という項目のついた費用が予算に計上されていることが、機密であるわけがないのである。

2009年11月01日

コンファメーションについて


チャーリー・パーカーが残した名曲のひとつにConfirmationというのがある。テンポが速く、音階も広くてJazzの難曲のひとつとされる。コンファメーションというのは、英語で「確認する」とか「確約する」とかいう意味である。ボクはこの曲になんでそのようなタイトルが付いているんだろうと、気になってネットでいろいろ調べたことがあった。しかし、結局答えはみつからなかった。マンハッタン・トランスファーがジョン・ヘンドリックスの付けた歌詞でこの曲を歌っていて、それは「ジャズっていいねえ」ということをこの曲でチャーリー・パーカーが確認したかったんだというような内容になっているが、どうもその解釈は違うような気がする。それよりは、この曲があまりにむずかしいので、「これがちゃんと吹けたら、一人前として認めてやる」というメッセージを、彼が送りたかったのではないか、と、ボクは一応のところ解釈している。
ところが、この前ふと、もしかしてこのConfirmationというタイトルには、もうひとつ別の意味が隠されているのではないか、と思うにいたった。それは、人間の行動についての、深層的というか哲学的というか、そういうレベルの話である。そして、それはボクの研究している政治学とか政治経済学とかと、根本的なところでつながっている、と空想が広がってしまった。
ボクらの業界では(←つまり研究者のあいだでは、という意味)、一般に、人間は自分の満足を高めたり効用を最大化したりする存在だ、と考えられている。たとえば、同じ金額を払うのであれば、質の悪いB社の製品よりは、質のよいA社の製品を手に入れたいと思うであろうし、同じ質の製品であれば、価格の高いB社よりは価格の低いA社を選ぶだろう、というわけである。もちろん、世の中には自分ではいかんともしがたい(たとえば給料とかの)制約がいろいろある。だから、無制限に自分の欲望を満たすような選択をすることはできない(そんなことをしたら法律という制約に引っかかって刑務所に入れられることになる)。ただ、すくなくとも既存の制約の範囲内では、人間は自分にとってもっとも良い(と思える)合理的な選択をしている、と考えられているのである。
しかし、ボクの経験では、どう考えても自分では合理的とは思えないような行動をしているときが多い。おそらくボクだけでなく誰もがそういう経験をしたことがあるのではないかと思うが、たとえば、何度いってもあの店のカレーライスは不味いなと思いながらも、どういうわけかその店にいってカレーライスを注文してしまうとか、あるいは、どう考えてもこういうタイプの異性と付き合ったら傷ついて破局をむかえるだけだとわかっているのに、なんども同じタイプの異性を好きになってしまう、といったように、である。このようなわれわれの行動を、満足や効用の最大化原理によって導かれていると考えることは、なかなか(かなりのこじつけをしない限り)むずかしい。
そこでボクがふと思いついたのは、人間の行動というのは、すべてわれわれのConfirmationへの欲求によって突き動かされているのではないか、ということなのであった。つまり、不味いカレーライスを食べにいくのは、そういう行動をとることで「ああ今日もやっぱり不味かったなあ」と、自分の評価が正しかったことを確認したいからなのではないだろうか。同じタイプの異性と付き合ってしまうのは「ああ今回もやっぱりだめだったなあ」と、自分の見通しが正しかったことを確認したいからなのではないだろうか。そうすると、こうしたネガティブで自己破壊的な行動のみならず、一見合理的だと考えられる行動も、同じ論理で説明できることに気づく。つまり、おいしいカレーライスを食べたいと思い、おいしいカレーライスを出してくれる店にいくのも、「ああここはいつ来てもおいしいなあ」という、自分の(ポジティブな)評価が正しかったことを確認したいからなのではないか、ということなのである。
Confirmation。そのようなことを考えつつあらためてこの曲を聴いていると、うーん、やっぱりオレの発想も捨てたもんじゃない、と自己満足的に自らの才能を再確認している自分がいるのである。

2009年09月27日

夏目雅子さんの番組とプライベートな空間について

ボクが中学生の頃、週末にFM東京で夏目雅子さんがパーソナリティをつとめていた番組があった。彼女が大女優としての道を歩み出す前の、まだ素人っぽさが残るういういしい時代のことである。世の中にこんな美しい人がいていいのか、と誰もが思うほど美しい方だったのに、とっても気さくな感じが伝わり、まさしく「パーソナル」な感じでとりとめのないおしゃべりをし、送られてくる葉書を読み、自分の好みの音楽をかけていた。
ボクは、この番組が大好きだった。夏目さんとボクとの間にラジオを媒介としてひとつの空間がつくられ、ボクのような(女の子と縁のない生活を続けていた)男子中学生にとっては限りない癒しとなっていた。彼女の声を聴いている間は、その癒し空間がボクの部屋をすみからすみまで包みこんだ。いうまでもなく、それはとてもプライベートな体験であった。彼女の番組を聴いていた人は、それぞれに、(公共の電波でありながらも)そうしたプライベートな体験を心地よく感じていたのである。
さて、この前ある方からうかがったところによると、京都の地元の放送局では、いまでもこのようにひとりの人が語り続けるラジオ番組がたくさんあるのだそうである。その方は、東京のラジオ番組は対話形式になっていてホストがいてゲストがいる、あるいはホストとアシスタントがいる設定が多い、という印象を持っておられる。なぜだろう、というので、ボクは単純に「東京に比べて、京都のその放送局は予算がないんじゃないですか」と、その時は答えた。
しかし、ボクにはこの違いがずっと頭に引っかかっていた。
ひとりの人がパーソナリティである番組と違い、対話形式の場合、ラジオ体験はプライベートなものには絶対にならない。なぜなら、そこにはすでに、対話をしている人たちの空間が出来上がってしまっているからである。われわれ一般の視聴者は、その空間の当事者となることはできない。あくまで第三者的な傍観者あるいは傍聴者なのである。それゆえ、そうした形式のもとでは、ボクが夏目さんの番組に対してはぐくんだようなパーソナルなアタッチメントは、生まれようがない。
実は、対話形式の番組においても、ちょっとしたことで、つくられる空間が異なる趣を呈する。これは、ラジオに限らず、解説の声だけがきこえてくるテレビのスポーツ番組などでも最近よく遭遇することであるが、解説者が実況のアナウンサーにいわゆる「タメ口」で対話をしていることがある。「この力士は稽古が足りないんじゃないですかね」という代わりに「この力士は稽古が足りないんじゃないの」とか、「私だったらここで代打を送るところなんですがね」という代わりに「ぼくだったらここで代打だな」とかいった具合である。これは、親近感というか、親しみやすさをかもし出そうとしているのかもしれないが、そうだとしたらとんでもない誤解である。対話形式の番組では、この解説者は視聴者とではなく、対話の相手であるアナウンサーと空間をまず共有しているのである。それはいってみればアナウンサーとのプライベートな空間に過ぎないのであって、それをいくら親しみやすいものとして演出したとしても、視聴者との空間が親しみやすくなるわけではないのである。
夏目さんは、あるときには笑い転げ、あるときには涙ぐみ、自分の感情を惜しみなく番組の中で出していた。しかし、それでもボクが彼女の番組をこよなく愛したのは、それが自分にとってのプライベートな空間を作ってくれていたからである。夏目さんは、彼女が他の誰かと作った自分だけのプライベートな空間を、ボクらに押し付けていたのではなかったのである。

2009年07月29日

ランチタイムのミニサラダ

昼時にレストランに入ると、「今日のスペシャル」とか、「今日のサービスランチ」というのがどこにでもある。そうしたメニューは、安いところでは650円ぐらい、高くても1000円ぐらいが相場で、だいたい「ミニサラダ、ドリンク付き」ということになっている。昔ながらの洋食屋さんだとメインは揚げ物でそれにライスかパン、今風のカフェだとメインはパスタやサンドイッチで、それらのほかにミニサラダと、食後のコーヒーか紅茶がつく、ということになっているのである。
しかし、ボクは、このランチのミニサラダ、あまり好きではない。
まず第一に、ランチに出てくるミニサラダは、本当に文字通りミニチュアの、まったく食べた気がしない程度の量しかでてこない。ボクぐらいの歳になると、サラダというのは、普段からの野菜摂取不足を補うために、モリモリ、ザクザク食べたい。そう、サラダとは、いろいろな種類の野菜が大盛りに盛られていて、それを食べたら「あ、オレ、今日は健康になったかも」という幻想にかられるようなものでなければならない。しかし、である。ランチのミニサラダは、こうしたサラダの概念からは外れている。それはいつもちっぽけな透明のボールにでてくる。しかも、たいていはレタスかサラダ菜だけ。たまに玉ねぎのスライスが1-2枚、あるいはプチトマトがひとつ、あるいは缶詰コーンが8-9個、上にのっかっているときもあるが、それはラッキーな方で、基本的にはランチタイムのミニサラダは数枚の葉っぱでしかない。あのねえ、こういうの、サラダっていわないんだってば。「ミニサラダ、ドリンク付き」なんて宣伝するの、誇大広告だってば。
第二に、ランチタイムのミニサラダには、ドレッシングがあらかじめかかっているのが多い。それも、たいていかけすぎぐらいにかかっている。これがまたボクは気に入らない。その日、ボクはサラダをドレッシングなしで食べたいと思っているかもしれないじゃないですか。じゃぶじゃぶのフレンチじゃなくて、ゆずゴマドレッシングをほんのちょっとたらして食べたいと思っているかもしれないじゃないですか。いや、そんなことないですよ、ちゃんと「ドレッシングは何になさいますか」と訊くレストランだってありますよ、とあなたは反論するかもしれない。うん、たしかに、ところによってはドレッシングに選択肢が与えられる場合もないわけではない。しかしだね、キミ、そもそも、葉っぱしか入っていないサラダごときに、「ドレッシングは何になさいますか」もなにも、ないんじゃないの。ドレッシングを選べるぐらいなら、もっと中味の方を充実させる方がよっぽど先決なんじゃないの。
第三に、ランチタイムのミニサラダは、もうかれこれ数時間も前に作られ冷蔵庫の中にいれておかれたものが出されている、という感じがしてならない。たしかに、ランチ時、お客さんでごった返しているときに、サラダをいちいちつくって出すわけにはいかない。だから、流行っている店であればあるほど、ミニサラダはずっと前に作りおきされていたものである可能性が高い。しかしだね、アンタ、2時間も前に切った野菜、いや葉っぱ、がみずみずしいわけがないでしょうが。だからって、ドレッシングをじゃぶじゃぶぶっかけてごまかそうなんて、見え透いてるってもんでしょうが。
あ、そうそう、名誉のために言っておきますが、ボクがよくいく「高田牧舎」では、「ミニサラダ」というメニューが別にあり、葉っぱだけではないサラダを注文することができます。残念ながら、ドレッシングは選べないけどね。

2009年07月14日

政治寸評

“A politician's words reveal less about what he thinks about his subject than what he thinks about his audience” (George Will)

まず東国原さんと古賀さんとの会談について。「出馬依頼」が目的なら電話ですれば済むこと。にもかかわらず、二人が仰々しくまた公然と会談を設定したということは、その会談をテレビに映されることがどちらにとっても利のあることと判断したからにほかならない。もちろん会談中に、会談の後お互い何をぶらさがりや記者会見で話すかについては、合意ができていたはず。だから、会談について東国原さんがテレビカメラを前にしていったことを、古賀さんはあらかじめ知っていたし了解していたはず。古賀さんは、この爆弾発言が何らかのポジティヴな効果をもたらすと確信していた。さて、ではその効果とはいったい何だったのか。これを考えはじめると、かなり面白い。いま古賀さんは「浅はかだった」と反省しているが・・・。

サミットを終えた後での麻生さんの記者会見。質問しているイタリア人記者が流暢に話す日本語を、麻生さんが褒めていた。そのようなお世辞をあの場でいうことがプロフェッショナルでないし、失礼に当たるということを、麻生さんはわかってないようであった。軽いジョークのつもりだったのかもしれないが、そうだとすれば大失敗。しかし、まてよ、麻生さんは、自分自身の日本語がおかしいということを自覚して、自虐ネタとしていったのかもしれない。もしそうだとすれば、これは結構手の込んだジョークだということになる。いやしかし、記者の方はそうは受け取ってなかったようだから、いずれにしてもこれは失敗だな。さて、その会見の中で、麻生さんは、インドの「大統領」とカナダの「大統領」に言及していた。あー、やってしまった。やっぱりなあ、やれやれ。「外交の麻生」なんて、誰が言ったのか・・・。

橋下さんが、「知事会」で政党支持を打ち出そうとしたことについて。これはおかしい。橋下さんを含め知事のみなさんだって、国政をあずかっていらっしゃる政治家とまったく同じに、ひとりひとり、選挙で選ばれていま公職にある方々である。その選挙で選ばれた時点で、有権者に「自分は○○党を支持する」といっていたのか。そうしていたならともかく、そうでないなら、いまさら政党支持を打ち出すのは自分たち自身の公約に違反しているのではないか。そういう人が、マニフェストの重要性を訴えるなどというのは、論理的に矛盾している。

オバマ大統領が、ガーナを訪問し、奴隷貿易の遺跡を訪れた。どうしても自分の子供たちに、黒人たちが乗り越えてきた歴史の重みを感じて欲しいからと、サーシャとマリアも連れて。冒頭引用したジョージ・ウィルは、「政治家の言葉」といっているが、実は「政治家の一挙一動」も、見ている観客に何かを伝えているのである。

2009年07月12日

同窓会の人生訓

先日、小学校の同窓会が、地元横浜で開かれた。
卒業してから35年がたつのに、同窓生約80名のうちほぼ3分の1が出席した。コアのメンバーは、ボクらの卒業した小学校に、自分の子供たちを通わせている(あるいは通わせていた)OB・OGたちであった。彼らは、普段からPTAだ、運動会だ、バーベキューだ、といったつながりがある(あった)らしい。加えて、ちょうどボクらの多くが、子育てにひと段落した年齢にさしかかったので、今回はとくに大盛況となったようである。
同窓会は、お化け屋敷に似ている。興味津々、中をのぞいてみたいけど、どんなサプライズが出てくるかわからないのでちょっと怖い。まずは、みんな自分のことをちゃんと覚えていてくれるだろうか、という不安がある。「ボクだよ、分かる?」と話しかけて、「ええと、誰だっけ?」と言い返されたらたまったものではない。今回、ボクは会場へ着くなりM山さんから「あ、XX君?」と間違えられてしまった。ちょっとショックであった。
同窓会では、暴かれたくない過去の事実が暴かれて赤面する、ということもよく起こる。たとえ今はどんなに立派な大人となっていたとしても、その立派さをいとも簡単に覆してしまうような、想い出話がひとつやふたつ必ず出てくる。
たとえば、今回幹事の1人であるS君。Mnちゃんに次のようにいわれていた(そうである)。
Mnちゃん「私ね、『2番目』っていわれた」
S君「2番目?」
Mnちゃん「そう。『1番好きなのはO田さん。Mnちゃんは2番目だからね』だって」
同窓会は、また、予想もできない形で、自分の行動や人格を見直すよい機会となる。うん・・・、いや・・・、というか、ですね・・・、今回、ボクは自分がいかにサイテー男であるかを思い知らされ、見事にたたきのめされてしまった、のであります・・・。
ことの発端は、名簿の回覧であった。ボクがこの同窓会に最後に出席したのはもう30年も前のことで、ボクが出席しないでいた間にこの名簿が作られ、住所とか勤め先の変更を更新するため今回もそれが各テーブルをまわっていた。その名簿には、近況をひとことずつ書く欄も付いていた。ところが、どういうわけか、前回まで出席していないにもかかわらず、ボクの近況のところに書き込みがしてある。「H川さんとデート。ハマトラファッションの悪口をいわれたH川さんから嫌われる」とある。??なんだこれ??H川さんとデート?デートなんてした記憶ないぞ・・・。そこで、ボクは、自分の周りにいる人たちに「ボク、H川さんとデートなんてしたことないのになあ、おかしいなあ」と、10数年遅れの「火消し」をしてまわった(つもりであった)。
さて、しばらしくして席替えとなり、ボクはH川さんのそばに座った。そこで、ボクはH川さんに、「デートなんて、したことないよね」と確認を求めた。そしたら、H川さんは、「デートじゃないけど、2人で原宿の辺、行ったわよ」とおっしゃる。ガガーン。2人で?原宿?ホント?
H川さんは素晴らしい女性である。大人の、できた女性である。そのとき彼女はボクに向かって「覚えてないなんて、サイテーね」と言うべきだった。しかし、彼女はその言葉をまるごと飲みこんで、笑顔で一緒にツーショットの写真に収まってくれたのである。うーん、本当に素晴らしい。それに引き換え、なんと自分は・・・。
人間は、知らない間に他人を傷つけながら生きている。
わかっていたつもりではあったが、今回は、この重要な教訓をきわめて劇的な形で思い出させてくれた。そう、同窓会とは、人生の中で大っ恥をかき、自分を省みるための貴重な場を提供しているである。

2009年05月12日

オリジナルはベストか

今日、いつものように、朝、いきつけのコーヒーショップで勉強していたら、昔よく聴いたジョージ・ハリスンの名曲を誰かがアレンジしなおしたのが流れてきた。あ、これ、All Things Must Passだ、そう思った瞬間、ショップのお姉さんと目が合ってしまって、「知ってる、この曲?もとはジョージ・ハリスンの唄だったんだよ」といった。
すると、彼女、「ジョージ・ハリスンって誰ですか?」。
ガーン、ショック・・・。そうか、いまの若いひとは、ジョージ・ハリスンを知らないのかぁ、SMAPのメンバーの名前は全員言えても(←ボクは言えない)、ビートルズの4人が誰かは知らないんだ・・・。
「ええと、ジョージ・ハリスンはねぇ・・・、ビートルズが解散するとすぐ、3枚組みのアルバムを出してね、それがAll Things Must Passっていうアルバムで、さっきのはそのタイトルソングだったんだよ・・・」と、親切に説明しようかと思ったけど、面倒くさくなって、やめた。
相手が同年代だと、「ジョージ・ハリスンって、ほら、パティ・ボイドと結婚して、でも彼女をエリック・クラプトンに寝取られちゃった人」というと、たいていウケるわけだが、そんなこといったって、通じるわけがない。
家に戻って、ジョージの唄が懐かしくなってしまい、いろいろ、you-tubeで探してみた。そうそう、バングラデシュ救済コンサートの中で、いくつか、いまでは考えられないような共演があったっけと思い出し、それを中心に、サーチをかけた。
そしたら、ある、ある、珠玉の名演がちゃんと、見られるのである。
知っている人は知っている通り、このコンサートには、リンゴ・スター、エリック・クラプトン、ボブ・ディランなど、そうそうたるジョージの友人たちが、無報酬で参加している。で、それぞれのもとの持ち歌とは全然ちがうライブテイクが聴けるのである。
まず、Here Comes the Sun。これは、アコースティックギターで、ジョージが弾き語りするもの。これは、掛け値なしに、素晴らしい。「アビーロード」に入っているオリジナルよりも、こっちの方が全然ロマンチックである。
それから、ジョージとディランとレオン・ラッセルによる共演で、Just Like a Woman。ボクは、「偉大なる復活(Before the Flood)」の、ギター一本(プラスハーモニカ)のバージョンも大好きだが、もう何十年ぶりにこの3人の共演バージョンを聴いて、これもいいなあ、とあらためて思った。ボブ・ディランの凄いところは、この唄に限らず、どの唄も、バージョンによって、まったく違う唄になっちゃうというところ。彼の場合、オリジナルよりも、こうしたライブの方が、圧倒的に魅力的である。
ボブ・ディランとジョージは、If Not For Youでも共演している。これは、もともとは、ジョージがディランに送った曲だったと思う。しかし、これに関しては、ボクはジョージの3枚組の中のバージョンの方が好きである。
・・・というわけで、結論をいうと、オリジナルは、必ずしもベストではない。後から作られたリメイクの方が、いい場合もあるし、そっちの方が有名になることもある。
さて、ひとしきり、昔聴いた音楽を何十年ぶりかに聴いたあとで、まさかないだろう、と思ったが、もしや、と思い、オードリー・ヘップバーンが映画「ティファニーで朝食を」の中で唄う「ムーン・リヴァー」をサーチしてみた。そしたら、ジャジャジャーァン、ちゃんとありました。もう、この曲に限っては、誰がなんと言おうと、このオリジナルがベストです、はい。みなさんも、彼女の美しさとイノセントな唄声に、どうか魅せられてください。

2009年05月01日

共和主義とcitizenshipと日本の裁判員制度について

あまりに有名なので引用するのも気が引けるが、アメリカのケネディ大統領の就任演説の一節に、「国が君たちのために何ができるかではなく、君たちが国のために何ができるかを問いなさい」(Ask, not what your county can do for you, ・・・ask what you can do for your country)という言葉がある。日本では、北米社会は自由主義と個人主義に貫かれていると考えがちであるが、それは歴史認識としても現状認識としても大いに間違っている。アメリカが200数十年前に打ち立てたのは、いまでいうところの「共生の思想」に基づく「共和国」(Republic)であった。個人が異なる考えを自由に表明できることは、もちろん重要である。しかし、そのためには「個人が異なる考えを自由に表明できることの重要性」を(個人を超えて)みんなが合意しなければならない。共和主義というのは、個人が個人であるための社会をみんなで築いていこうという、逆説的な思想にほかならないのである。
実際、北米に暮らした経験があればだれでも、向こうの人たちがいかに自分の属する集団やコミュニティーをよくしていこうとする努力を普段から行っているかを感じとることができる。たとえば、家庭の中では小さな子供にも皿洗いやゴミだしの役割を与えて、家族というひとつの社会を支えあうことを早くから学ばせる。学校でも、自分たちの学校をいかに誇りの持てる学校にしていくかということを常に考えさせ、スポーツであれ、美術であれ、演劇であれ、音楽であれ、その年にもっとも貢献した生徒を表彰することをよくやる。そうした表彰の対象として、とくにcitizenship awardという賞を設けている学校も少なくない。citizenというのは市民という意味であるから、そこでは優れた「学校市民」として、だれ彼(彼女)隔てなく友人関係を構築したり、親身にクラスメートの相談にのったり、イベントの企画や片付けを率先してボランティアしたり、というような学生が選ばれるのである。
個人が自分に認められている権利を主張したり行使したりするだけでは、その人はcitizenとは認められない。citizenという概念には、個人が自分の属する集団やコミュニティーの中で義務や責任を果たすことが期待されている。冒頭引用したケネディの演説は、北米に根強いこうした思想的伝統を見事に表現しているのである。
さて、振り返って、日本では一般の人が裁判に関わる裁判員制度が導入されようとしている。これは日本の社会のあり方に各個人がcitizenとして関わることを促進するという点において、歓迎すべき制度だと思う。この制度の導入に反対している人たちは、これまで専門の裁判官たちだけで正しく裁判が行われてきて何の問題もなかったのに、なんでいま導入する必要があるのか、という主張をする。しかし、ボクは、どうしてこれまでの裁判官たちの判決が「正しい」と、そう自信たっぷりにいえるのだろう、と思ってしまう。千差万別の状況下で起きるそれぞれの「罪」に対してもっとも適した「罰」が何であるか、といった問題に、唯一「正しい」答えなど、あるはずがない。裁判員制度は、正しい答えがないながらも、それを一生懸命考え抜こうとする責任を、人任せにするのではなくわれわれひとりひとりが負うべきである、といっているのである。
反対派は、一部の人たちだけが心理的、経済的に負担の重い裁判に巻き込まれるのは不公平だ、ともいう。しかし、この主張も、ボクには納得できない。もし一部の人だけが裁判員に選ばれることが不公平であるとすれば、一部の人だけが犯罪に巻き込まれることも、一部の人だけが交通事故に巻き込まれることも、同じように不公平だといわなければならない。現実に存在するこうした社会の不公平に対しては目をつぶって自らの課題として引き受けようとせず、その一方で自分に振りかかってこようとする不公平に対してだけは声高に不公平だと主張しそれを回避しようとするのは、自分勝手な論理である。
そもそも現代においては、ごく普通の人が、ごく普通に買い物をしたり電車にのったり、ごく普通に人を好きになったり嫌いになったりすることから、犯罪や事故に巻き込まれていく。つまり、われわれは裁判員として選ばれるはるか以前から、他人との関わりに巻き込まれて生活せざるをえないのである。裁判員になることがなければ、「巻き込まれる」ことなく、平穏に暮らすことができるなどと思うのは、まったくの幻想に過ぎない。

2009年04月25日

本屋立ち読み事情

昔、まだ「駆出し」のころ(←なーんていうと、いかにも自分が「真打ち」になったかのような感じがして、気分がよい)、頻繁に本屋へ行って、どういう本が売れているかをチェックしていた。定期的にというか自覚的にそうすることで、人々がいったいどういうことに関心を持っているかを知ろうとしていたのである。ところが近頃、あまりそういうことをしていなかった。ボクの場合、本屋へ行くと、気がついてみたら1時間や2時間、平気でぶらぶらしてしまう。正直言って、最近のボクの生活では、そのようにぶらぶらできる1時間や2時間がない。いや、時間的余裕がないというわけでなく、心に余裕がないのである。ああ、まだあの仕事仕上げてない、ああ、まだあの原稿書き始めてもいない、などと気になって、ぶらぶらしていると罪悪感がこみ上げてくる。うん、しょうがない、「真打ち」は忙しいんだから、という自己正当化をして、本屋から足が遠のいていた。
ところが、今年はサバティカルで、すこしゆとりができたせいか、待ち合わせのときとかちょっと時間が余ったときなどに、本屋をのぞくことにしている。大きい本屋では、まず自分の書いた本が陳列されているかどうかをチェックする。ボクが書いた本がおいてある店は、全体のまあ半分ぐらい。しかし、どうみても、売れ筋のところにはおいてもらってない。もちろん、規模の小さな本屋さんでは、まったくおいてない。別にボクたち研究者は、たくさん売ることを目的で本を書いているわけではないんだから、と負け惜しみを心の中でつぶやいてみるものの、一冊も見当たらないと、やっぱりちょっと寂しい。店員さんに、「あのー、河野勝の書いた○○っていう本、置いてありますか」と、わざと聞いてみたくもなる(←もちろん、まだやってないですよ)。というわけで、なんとも情けない「真打ち」である。
さて、最近本屋での立ち読みを再開して、気づいたことをいくつか。
まず、新書を中心にして、「○○力」というタイトルのついた本がやたらに多い。なんでも「力」をつければ売れると思っている人たちが、どうやら今の出版業界にたくさんいるみたいである。なんで、こんな画一的になるの?ボクみたいにひねくれている者は、そんなタイトルのつけ方をしているだけで、こいつ時流に乗ろうという魂胆がみえみえだな、と敬遠してしまう。しかし、それでも売れるんだから、といわれればなんの反論もできないけど、まあそれにしても業界のイマジネーションの貧困は否めない。
そういえば、ちょっと前までは、「今、なぜ○○か」というタイトルの本が多く出回っていた。だから、いまどきそんなタイトルのついた本を本棚で見つけると、「一周遅れている」という感じがしてしまう。「○○に成功する方法」といったハウツーものはもちろんのこと、「超」や「壁」とかいったキイワードのついた本も、一世を風靡はしたものの、さすがにもう色褪せちゃったなあ、という感じがする。
情報雑誌のセクションをみていて目立つのは、自己矛盾のタイトルの氾濫である。「まだまだある、人の知らない秘境温泉」とか、「あなたにだけこっそり教えます、東京の隠れた名店」とか、「隠れ家として使えるホテル」とか。あのねえ、キミたちねえ、こういうのわざとやっているわけ、笑いをとろうとして、と思ってしまう。本当にウチは秘湯のままでいいです、本当にウチはたくさんの人にきてもらうと困るんです、というお店は、そもそも広告するわけがないし、商業雑誌の取材を許さないんじゃ、ないの?これ、もしわざとじゃなくて、なんの自覚もなしにやっているとしたら、出版業界の「知力」、「論理力」、「表現力」を疑っちゃうよね。

2009年04月11日

メッセージを送るとはどういうことか

最近読んだ論文のなかに、次のような例が書かれていた。あるカップルが問題を抱えていて、夫が妻に対して「僕はこの関係を本当に修復したいと思っているんだが、君が変わらないんだったら離婚してもいいと思う」といったとする。このような状況で関係修復が難しいのは、このメッセージには表面上の意味に加えて、より高次のメッセージが伝えられているからである、と。
どういうことかというと、夫が妻に上のように伝えたということは、妻にしてみれば「夫が離婚を考えている」ことを知っている、ということを意味する。それはさらに、夫は「妻が『オレが離婚を考えていること』を知っている」ことを知っている、ということを意味する。夫は、できるものなら関係を修復したいと真摯に思っていたかもしれない。しかし、上のようなメッセージが伝わると、修復はより難しくなる。離婚の可能性がまったく視野になかったら、妻は関係を修復するよう一段と努力することを考えたかもしれないのに、いまや彼女はその可能性をも考慮にいれて自分の人生を考えなくてはならない。そして夫は、妻がそのような可能性があることを知っちゃった上では、「関係を続けようと頑張ってくれないかも」と疑わざるを得なくなり、そうした疑念をもちつつ自分の人生を考えなくてはならないからである。
この話から導かれる重要な教訓は何かというと、われわれはメッセージを伝えることで、同時に相手からメッセージを受け取っている、という認識である。上の例でいえば、表面上メッセージを発したのは、夫だけである。妻の方は、表面上は夫に対して何もメッセージを返していない。しかし、にもかかわらず、夫が上のメッセージを発することによって、妻の方は「アタシは知っているのよ」というメッセージを伝えているのである。つまり、われわれは、一方的にメッセージを送ったつもりであっても、相手から暗に送り返されているメッセージを前提に、次の行動を選択しなければならない立場に追い込まれていく。メッセージを発するということは、それがどのような重大な結果に自らを導いてしまうかを、十分覚悟して行わなければならない。
以上のことは、男女関係という日常生活の一端から例が引かれていることからもわかるように、すこし落ち着いて考えればだれでも気づくことではないか、と思われる。それゆえ、次のような報道が立て続けになされると、はてどういうことだろうと、ボクは首を傾げてしまうのである。
「政府は8日、北朝鮮のミサイル発射を受け、日本独自の追加制裁策として検討していた北朝鮮への全品目の輸出禁止措置を見送る方針を固めた。制裁措置による拉致や核問題の進展が見込めないことに加え、日本のみが国際社会で突出した行動をとることを避ける考えもあるようだ」。
「政府は10日午前の閣議で、13日に期限切れを迎える北朝鮮に対する日本独自の経済制裁を1年間延長することを決定した」。
「麻生太郎首相は10日午後、首相官邸で記者会見し、安保理協議について『拘束力がある決議が望ましいと考えているが、決議にこだわったため内容が分からないものになるのでは意味がない』と述べ、議長声明でも容認する考えを初めて示した。首相は『声明、決議、いろいろあるが、きちんとした国際社会のメッセージが伝わるのが一番大事だ』と強調した」。
日本として、独自の突出した行動をとりたいのか、とりたくないのか。国連安保理の決議でなくても、本当にきちんとした国際社会のメッセージが伝わるのか。もしそうであるのなら、どうして最初から決議にこだわったのか。そして、もっとも大事なことだが、こうした首尾一貫しないメッセージを送ることで、相手からどういうメッセージが送り返されていて、またそれをどうわれわれは受け止めようとしているのか。

2009年04月08日

「脅し」と「警告」、そしてシェリングの誤訳について

最近、北朝鮮のミサイル発射にともなって、北朝鮮の意図と日本の対応について、さまざまな人がメディアで論評していた。ボクもいつか、このことについて何か考えをまとめたいと思い、そのヒントとなるかもしれないと、自分が監訳したシェリングの『紛争の戦略』を読み返していた。そうしたら、ですね、恥ずかしい話ですが、肝心な部分を誤訳していることに気づいてしまいました。読者のみなさん、そしてシェリング先生、ホントに申し訳ありませんでした。出版社には早速連絡をとりまして、次の再版(があればの話ですが)のときに、もう一度全部チェックしてこうした誤訳を極力なおして行くようにしたいと思います。
で、今回のその肝心な部分とはどこか、というと第5章の註5、シェリングが「脅し」と「警告」を区別しているところである。一般的な用語ではこの二つを合わせて脅しといっているが、シェリングは違うといっている。(正しい訳)≪一般的な用語では、「脅し」とは、ある人が敵対する者に対して、従わないと損害を与える行動をとることを示唆したり、想起させたりすることをさすこともある。しかし、その人がそうした行動をとるインセンティヴをもつことが、明白でなければならない≫。ここで重要なのは最後の一節で、そうした行動をとるインセンティヴがその人にあるかどうかによって、本当の脅しかどうかが決まる、とシェリングは考えている。≪たとえば、家へ侵入してきた者に対して警察を呼ぶと「脅す」ことが、これに当てはまる。一方、その者に対して撃つぞというのは、これに当たらない≫。なぜなら、一般の人が銃を撃って人を殺すインセンティヴを持っているとは思えないからである。ゆえにシェリングはいう、≪こうした後者のケースについては、違う言葉を用いる方がよいかもしれない――私は「脅し」でなく「警告」という言葉を用いることを提案する≫。
さて、北朝鮮のミサイル発射に対して、日本は日本の領域に落ちてきたら「撃ち落とすぞ」という姿勢をとった(①)。それに対して、北朝鮮は「撃ち落としたら戦争行為とみなし、日本に対し宣戦布告する」という姿勢をとった(②)。幸いなことに、そのような展開にはならなかったが、①と②がそれぞれシェリングのいう意味での本当の「脅し」となっていたかどうかを考えることは興味深いし、日本の安全保障にとって重要なことのように思える。なので、いまの時点でのボクの見解をまとめておきたい。
順番に考えていこう。まず①については、侵入者に対して撃つぞといっているのであるから、これは一見シェリングの中にでてくる「警告」の例そのもののようにも思えるが、今回の日本の対応は、ただ撃つぞと言っただけでなく詳細な行動を伴うものであった。すなわち、イージス艦やPAC3を配備し、しかもその配備の状況を大々的にメディアを通して公開することによって、本当に来たら撃ち落とすつもりなんだぞ、ということを(誰よりも北朝鮮に)分らせようとしたのであった。しかし、ここで重要なのは、日本が撃ち落とすという≪行動をとるインセンティヴをもつことが、明白≫かどうか、である。もし、いまかりに②が正しいとして、そのような行動が北朝鮮と戦争状態を導くことが予測されるならば、日本があるいは日本国民がそうした行動をとるインセンティヴをもっているかどうかは、それほど明白ではないのではないか、とボクは思う。すくなくとも北朝鮮には、日本がそのようなインセンティヴをもっていることがうまく伝わっていないような気がする。なぜかというと、今回日本は、日本に入ってきたら撃ち落とすという①の対応についてはきわめて詳細に行動で示したが、②の展開になったらどうするかということについてはメディアをとおして何も国民に知らせなかった(そしてそのことを北朝鮮がちゃんと知っていた)からである。
ということは、すべては②の信憑性にかかってくる。つまり、①が起こったとして北朝鮮に手番がまわったとき、それを戦争行為とみなし日本に宣戦布告するというのが「脅し」であったのか、それとも「警告」だったのか、である。ここについては、ボクのような素人には、どちらかといえる十分な情報があたえられていないので、なんともいえない。テレビでは防衛省のある元幹部が北朝鮮の対応は「単なる脅し」にすぎないと一蹴していた。これはシェリングのいう「警告」という意味で「脅し」という言葉を使っていたのであるが、小心者のボクなどはそこまで単純ではないのではないかと思う。繰り返すが、ここでも重要なのは、北朝鮮が何を言っているかではなくて、そうした行動をとるインセンティヴをもっているかどうか、という判断である。ひとつだけいえるのは、今回のミサイル発射事件は、発射後に撃ちあがってもいない衛星がちゃんと軌道に乗っているだとか、日本の新聞も打ち上げ成功を報じているだとか、すぐにウソだと(おそらく自国民にも)わかるウソをわざとついていることも含めて、北朝鮮のインセンティヴがどこにあるのかを伝えるさまざまな貴重な情報を、われわれに提供したのではないかということである。

2009年03月09日

ゲームはいつ(いかに)成立するのか

不朽の名作「明日に向かって撃て」の中に、最近ずっとボクの頭から離れないひとつのシーンがある。それは、映画のまだ前半部分で、列車強盗グループのボスである(ポール・ニューマン扮する)ブッチ・キャシディが、配下の1人からボスの座をめぐって挑戦を受ける場面である。相手は、頭はよさそうでないが、体格の大きな男である。取っ組み合いになったらかなわないかもしれないと察したブッチは、相棒のサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)に「もし俺が負けそうになったら、アイツを拳銃で撃て」とささやく。その上で、その男に近づいていって、こういうのである。
「それじゃ、まずルールを決めようじゃないか」と。
すると、その相手の男はけげんな顔をして「ルールって、なんのことだ?」と問い返す。
その油断につけこんで、ブッチは男の急所を蹴り上げ、なんなくその挑戦を退ける・・・・。
さて、なんでこのシーンがボクの頭にずっとひっかかっているかというと、これはゲーム理論という考え方の根本的な問題を突いているかのように思えてならないからである。
経済学ではもちろんのこと、最近政治学でもよく応用されるゲーム理論では、人と人(あるいは国家と国家でもよいが)の間の相互作用を、ゲームにたとえる。いうまでもなく、ゲームでは、プレイヤーとプレイヤーが、最低限、お互い何かのゲームをプレイしているのだと認識していることが前提となる。市場での競争もそうであるし、国家間の外交もそうだ、というわけである。つまり、ゲーム理論では、プレイヤー同士が自分たちのプレイしている(あるいはプレイし始めようとしている)ゲームについての認識を共有していることが、ゲームが成立する要件である、とされる。
もしそうだとすると、上のシーンでは、ゲーム理論でいうところのゲームは成立していないことになる。なぜなら、ここでの当事者二人の間には、ゲームの認識について完璧にズレがあるからである。「ルールを決めようじゃないか」といわれた大男の方は、まだゲームが始まっていないと認識していたからこそ、油断して急所に一発喰らったのである。一方、ブッチにしてみれば、ゲームはすでに始まっているという認識でいたわけである。そして、「ルールを決めようじゃないか」といって相手を油断させることも、彼にとってはきわめて有効な戦略だったのである。
しかし、ここでは、やはりゲームは成立していた、と考えなければいけないのではないだろうか。この二人の間のやりとりを見ているわれわれ観客にとってみれば、どうみたって、ここにはブッチが勝者であり大男が敗者であるようなひとつのゲームがプレイされていたとしか思えない。大男の側の認識がどうあれ、ゲームはやはりすでにプレイされていたのであり、彼はそれに気づかなかっただけのことなのである。
ということは、どういうことか。オーソドックスなゲーム理論とはまったく異なり、ゲームが成立するかどうかは、ちっとも当事者たちの認識の問題ではないのである。ゲーム理論では、当然のことのように、ゲームに先立ってプレイヤーが存在すると考えるが、これはまったく逆であって、ゲームがプレイされているからこそ、プレイヤーが見いだされ定義されるのである。ゲームが成立するかどうかは、暗黙のうちにゲームの外部に存在すると想定されている、すべてを見通している全知全能の誰か(われわれ観客であったり、あるいは神であったり、さらにはゲーム理論家本人であったり)が、それを決めているのである。

2009年01月18日

時間について

ボクは、ハイデッガーをまともに読んだこともないし、また現代物理学にはまったく疎い方であるが、今日は時間について、最近思い当たることを好き勝手に語ってみたい。
まずは、昔、吉本隆明さんがどこかに書いていたこと。それは、人間は「時間」という概念よりも「世代」という概念の方を先に手にいれたはずだというようなことであった。
時間という概念は、きわめて抽象的である。それゆえ、たしかにそれは人間の進化の過程のなかでもかなり最近になって生まれた概念だろうな、という気がする。これに比べて、世代というのは、はるかに現実的で具体的な概念である。当然のことながら、生物種としての人間は、子供を生んで親になることや、子供として自分の親が死んでいくことを、身の回りのこととして経験する。世代なるものの違いや移り変わりを実感することが、何段階かの発展をへて、今日われわれのもつ時間の認識を支えているというのは、納得がいく考え方である。
次に紹介したいのは、オバマ大統領の就任が近づいてきた中で、あるニュースアンカーが語っていた言葉。それは、歴史的にみれば確かにオバマ大統領の誕生は重大な事件であることに間違いないし、多くのアメリカ人にとって彼は最初の黒人大統領であるが、しかし若い人たちの中には、オバマ大統領を、白人でも黒人でもなくただ単に物心ついてからの初めての大統領としてのみ記憶する世代が確実にいる、というようなことであった。ここでも、世代という概念は、われわれの想像力のリーチに収まる、実に現実的で具体的なイメージにつながっている。世代ではなく、時間という概念だけで、オバマ大統領誕生の画期性を表現することはできないのではなかろうか。
さて、話しは多少飛ぶが、最近どこかで耳にしたウィリアム・フォークナーの言葉も、ボクの中ではとても印象深く残った。それは、「過去は死んでいないし、まだ過ぎ去ってさえもいない The past is not dead. In fact, it's not even past」というもの。
「過去」というのは、現在から振り返ってはじめて見出される。ゆえに、過去とは、現在を生きるプロセスの一端として経験するものである。これは、もちろん、「未来」なるものについても、まったく同様に当てはまる。未来を見据えるとか、未来を志向するということ自体、きわめて現在主義的な経験にほかならない。
「現在」なるものからわれわれが抜け出ることは、実は容易ではないのである。
最後に、ボクの大好きな憲法学者ルーベンフェルドの一説。われわれは自由を手に入れるため、過去のさまざまなしがらみから解放されたいと願う。「しかし、真実はどうかといえば、みずからを時間から解放しようとするすべての試みは、それがいかに成功していても、成功のために、時間の中に埋没せざるをえないのである。なぜかといえば、そのような試みは持続されなければならない。奴隷からの永遠の解放が、本当に解放であるためには、すくなくともそれを記憶にとどめる必要があり、そして、それは前向きに実行されなければならず、将来にわたってもそのことが方向づけられなければならない。現在を歴史から解き放ちたいという願望は、この意味で、自己否定的である。」
人間は、時間なくして存在できない。時間こそ、人間がつくりだした、もしくは見出した概念であるにもかかわらず・・・。

2009年01月14日

内閣支持率とテレビ視聴率と松沢知事の禁煙化撤回について

麻生内閣に対する支持率が20パーセントに落ち込んだ。
テレビに出てくる政治評論家の中には、知った顔で「内閣支持率が20パーセントに落ち込むと、内閣が倒れる可能性が高い」などという方がおられるが、ボクなどはいったいどういう根拠でそんなことがいえるのだろうと思ってしまう。別に20パーセントという数字できれいに線が引けるわけがないじゃないですか。実際、今回の麻生さん、粘り腰をみせて、結構長い間政権を延命しそうじゃないですか。30パーセントでも15パーセントでもなく20パーセントが政権維持のための内閣支持の限界だ、などと主張する、そんな理論は、もちろん学問としての政治学とはまったく無縁です。
内閣支持率の数字は、いつも内閣に対する不支持の率の数字と対で登場する。当然、今の麻生内閣に対する評価でもそうであるように、支持率が低ければ不支持率が高くなるという逆相関を呈することが多いが、必ずしもいつも支持率と不支持率とが逆に振れるというわけではない。場合によっては、支持でも不支持でもなく、「わからない」とか「どちらでもない」という、態度を保留する人、あるいは中立の人が多くなることだってありうる。
さて、テレビ番組には視聴率というものがあるが、かねがね、ボクはこの視聴率という数字は意味のない数字ではないか、と思っている。それは、視聴率はポジティヴな支持率に対応しているけれども、ネガティヴな不支持率をまったく捉えられないからである。たとえば、ですね、ボクはある民放局の夜のニュース番組が大嫌いで、絶対に見ないことにしている。キャスターが傍若無人で、その人がしゃべっているとむかむかしてくるし、しかもそのとなりに座っている女子アナがプロとは思えない、まったくつまらない相槌しか打たないからである。もちろん、視聴者の中には、むしろこのキャスターの傍若無人さをいいと思う人もいるだろうし、可愛いお天気担当のアナウンサーに魅かれて見る、という人もいる。だから、実際、この番組は、そこそこの視聴率をとっている。しかし、その視聴率の数字からは、見てない人の多くが、単なる態度保留・中立派なのか、それともボクのような、この番組だけは絶対に見るもんか、と考えている積極的拒否グループなのかは、知る由もないのである。
・・・などということを考えていたら、今日、神奈川県知事の松沢さんが、業界団体の反対にあって、推し進めようとしていたレストランや居酒屋など公共の場の全面禁煙化の方針を引っ込めることが報じられた。面白かったのは、松沢さんが実際に居酒屋に行って、タバコを吸っている客たちに、「もし禁煙になったら、となりの県の居酒屋まで、遠出するか」と質問していたことであった。しかしだね、松沢さん、世の中には、居酒屋やレストランが(あるいはパチンコ店だって)タバコ臭いから、そういう場所に行かないようにしている、という人もたくさんいるんじゃないんですか?そういう人たちの意見というのは、(現にいまタバコ臭い)居酒屋に来ている人に聞いてみたって、捉えられませんよね?居酒屋に行って、そこの客に聞き取り調査することって、(パフォーマンスとしては面白いけど)はっきりいって無意味ですよね?
いうまでもないが、昔たくさんあった「喫茶店」では、タバコの煙でいつももうもうとしていた。もし喫茶店の客だけに聞き取り調査をしていたら、タバコの吸えない「スターバックス」が成功するなどという予測はありえなかっただろうね。

2008年11月18日

叙事詩「彼」

自ら漫画本を手にすることを公言したり遊説の第一声を挙げる場所としてわざわざ秋葉原を選んだりすることであたかも自分が新しい感覚の持ち主であることを印象付けられるのではないかなどととんだ勘違いをしているかにみえるその彼に最初は面白がって付き合ってみたもののそのうち「前場」を「まえば」と言い「有無」を「ゆうむ」「詳細」を「ようさい」「踏襲」を「ふしゅう」などと小学生でも間違えないような漢字の読み間違えを連発ししかもその失態を苦し紛れに「ああ単なる勘違いハイ」とかわそうとするばつの悪い姿を見せ付けられるとその彼を選んだ支持者たちですらいくらなんでも本当に大丈夫なのかと心配になってくるのも無理のないことであろうけれどもわれわれ一般人から見るとどうみても何かのコンプレックスからくるとしか思えないそのあからさまな虚栄心が自らの教養の低さを棚にあげて記者に対して「知らないで質問なんか(するな)」などと威張ってみせたりするところあるいは答えに窮すると公式のインタヴューであっても唐突に不機嫌を装い第一人称をさす代名詞にわざと「オレ」といって下品を装ってみせる自分の下品に気がつかないところさらにはスーパーを視察と称して訪れてはみたもののカップラーメンの値段ひとつろくに知らずに見え透いたパフォーマンスのちぐはぐさをいとも簡単に露呈してしまうところそしてそのような日常的感覚の欠如がなにより育ちの悪さの産物であるにもかかわらずどこかでそれを自分の血統の良さの証明であるかのように誤解しているようなところなどなどこれらはすべて見事なまでに滑稽でありアメリカのサラペイリンがそうであったように宴会や余興の席で多くのパロディのネタを提供してくれて純粋に楽しめないこともないのであるがしかし今回の経済危機の打開策として「定額給付金」を緊急に決定した際にはその条件として「公平性」が入っていたにもかかわらずいつのまにかそれが抜け落ち「迅速性」と「利便性」ばかりを前面に押し出すようになりしかも政策の根拠の変化について質問されても片意地張って知らんぷりを貫き通そうとする姿をみると滑稽も度を越して醜さに転じ多少こちらにも意地悪心が働いて「あなたはロールズを読んだことがありますか」とか「あなたは社会契約説をどう理解しているんですか」などという彼にしてみればおそらく答えることのできないむずかしい問いを投げかけてからかってみたくもなってくるのであるがただそれにしてもだからといって彼が政治家として不適格であるとか最低だなどというつもりはもちろん毛頭なくむしろ彼こそは現代の政治学が描く政治家の真髄をきわめて典型的に表している人物であり実際いかに政治家という職種の人々の行動が選挙で勝つことと役職に居座ることというふたつの動機のみによってつき動かされているかという命題をこれほどまで教科書通りに描いてくれる人は彼をおいてほかにいないのであって大学において政治学を教える者としては使い勝手のよいまことに格好の題材を提供してくれている彼のそのきわめて単純でわかりやすい行動原理にただただ心から感謝するばかりである。

2008年11月03日

内部情報はあてにならない、あるいは、S氏から夕食をご馳走になるという話

夏の終わりのある日、ボクは、学会のあったボストンからバンクーバーへ帰る飛行機の乗り継ぎでモントリオール空港にいた。ラウンジでメールをチェックしたら、アメリカ人の友人のSさんから「電話で話したい」という連絡が入っていた。はて何のことだろうと思って、バンクーバーの滞在先の電話番号を教えた。
Sさんは、日本語もできる知日派の若手研究者。実はオバマ候補のキャンペーンで働いており、オバマ候補へのブリーフィングのために日本の最新の政治情勢について報告書を急いで書かなければならない、ということだった。当時日本は、福田前首相辞任のニュースで混乱していて、オバマ陣営では日本に関する情勢分析を必要としていた。彼女は、それでボクに意見を聴きたいということだった。
バンクーバーについてから、ボクはSさんと長々と電話でしゃべった。その中ではっきりと言ったのは「これで総選挙の時期が来年以降にずれこむことになるだろう」という予測だった。ボクは「麻生さんが首相になりそうだが、彼はすぐ解散にうって出ても負ける可能性が高いと思っている。そうすると、彼の政権は三日天下で終わってしまう。政治学の常識から考えて、自らの任期を縮めるような選択をするわけはない」といったのである。彼女も、ボクのこの分析に同意してくれ、そのように報告書を書くといってくれた。
さて、それから1-2週間すると、日本では解散総選挙が近いという報道で一色になった。ボクの同僚のT先生などは、新聞記者さんたちと仲がよく、その内部情報に基づいて総選挙は「○月X日だそうです」ときっぱりといっていた。Sさんに、年内解散はないと言っちゃったボクは、あせり始めた。しばらくして、彼女から「どうやらわれわれの予測は間違っちゃったみたいね」とメールが入ってきた。あーあ、やばい。これでSさんの、ひいてはオバマ陣営からの信頼を失っちゃったな、と滅入った。
ところが、ところが、(エヘン)、ちょいと、みなさん、やっぱりボクの予測、正しかったじゃないですか。麻生さん、いま、まったく解散しそうにないですよね。経済危機を口実にして、総選挙のタイミングを遅らせ、自分の在任期間を少しでも長くしようとしている。最近では、消費税アップのことまで持ち出して、与党のなかでも総選挙をやりにくい状況を着々と作り出すアジェンダセッティングもしている。ボクは、まえに『論座』の対談で、政治を分析する上では、現場主義に基づいて収集された内部情報というのは当てにならない、もっと理論的に考えることが重要だ、ということを言ったのだけれども、今回の話はまったくそのことを裏付ける形となった。11月に選挙がなさそうだということになり、Sさんは、ボクの分析に基づいた報告書のおかげで、仲間からの信用を勝ち取ることができた、と感謝してくれた。よかった、よかった。
ボクは、Sさんがオバマ陣営で働いていることを公表していいものかどうか迷っていたが、きのうNHKの番組をみていたら、日本の在ワシントン大使館がオバマ候補側の知日派として考えている人々の中にちゃんと彼女の写真が入って紹介されていた。そのことをメールで知らせると、早速返事がきた。彼女は、日本の駐米公使と総選挙のタイミングで賭けをして勝ち、夕食をおごってもらったそうである。
「あなた(ボク)にいわれたことに従って、自分の主張を曲げないでずっといたの。今度は、私があなたに夕食をおごらなくちゃね。」
エヘン。

2008年09月29日

ザ・ディベート

仙台出張を日帰りにして、一生懸命早く家に帰り、オバマとマッケインのディベートを見た。いやー、便利な世の中になったもんだ。きっとどこかにあるだろうと思って探したら、ちゃんとBBCのサイトに、最初から最後まで約1時間半をそっくり映してくれるのが早くもアップされていた。それを夜の1時ぐらいまでかけてみた。ディベートの会場は、ミシシッピ州のある大学。かつて黒人だと、通うことのできなかった大学である。
さて、ボクの印象では、マッケインが勝ったんじゃないかと思った。マッケインはオバマの方を見ないで、司会者ばかり見てしゃべっていた。自分を格上にみせる演出を意識的にしているのではないかと思った。またマッケインは「オバマ上院議員はどうも理解されてないようだが・・・」というフレーズを繰り返していた。それも、ボディーブローのように、有権者に響いていくのではないか、と思った。
ところが、今日Podcastで、ディベートを分析しているいろいろな番組を見ていたら、どうも若干の差でオバマが勝ったという評価がアメリカでは一般的らしいことがわかった。ABCのGeorge Stephanopoulos(クリントン政権の時の報道官)は、項目ごとに細かく採点票をつけていて、たとえばボクが有利だと思ったマッケインの目線を、むしろ「カメラや一般有権者に向かってしゃべっていない印象を与えた」とネガティヴに評価していた。また、どこの放送局の分析だったか忘れたが、オバマが「切り返せるところを切り返さないで自重した」ことを重視していた人もいた。たとえば、マッケインがオバマに対し「あなたは富裕層をどう定義するのか」と聞いた場面。これは、マッケインがオバマの定義のあいまいさをつくつもりで発した言葉であった。これに対して、オバマは「いくつも家をもち、何台も車をもつあなたのような人だ」と、マッケインのイメージをそのまま使って反論できたのに、それをしなかった、というのである。また、たとえばマッケインがオバマに対し「あなたは外交の経験がないようだ」と批判した場面。これに対してオバマは「じゃあ、あなたの選んだ副大統領候補はどうなんだ」と言い返せたのに、それをしなかった、と。なるほどなあ、と思った。
こうした専門家による分析報道をみていて、考えさせられた。政治というのは駆引きであって、政治を観察している人たちはそれが駆引きであるということを知っていながら見ているのである。もっとも、駆引きであることはわかっても、正確にどういう駆引きが起こっているかはわからないときもある。上の場合、オバマは「反論しなかった」という戦略をとった。一見それはオバマにとってマイナス材料のようにもみえるが、もし「反論できるのにしなかった」ということが誰もが知っているような共有知識として確立していたのならば、それはオバマにとってプラス材料に転じる。「オバマっていう人は、汚い口論をしない人なんだ、ということは、彼が論争的になるときはきっと大事な問題だからにちがいない・・・」というようなポジティヴな評価につながっていくからである。
要するに、有権者をなめてはいけない、ということなのである。マッケインが「あなたには経験も知識もないようだが・・・」というとき、そこには「じゃあ、あんたの副大領候補は何なのよ」と切り返している数千万人の有権者がいるのである。そして有権者たちは、それぞれの政治家が、そうした(有権者の)無言の反応に気付くか、気付かないかを冷静にみきわめようとしている。すくなくともオバマはそれに気付いているからこそ、自重戦略を選んだのである。
別に、ひるがえって日本の政治がどうこう、というつもりはない。ただ、今回の自民党総裁選は、その意味では面白い分析材料を提供してくれる。どう考えても、有権者の多くは、この総裁選は最初から出来レースで、真剣勝負だったとは思っていない。ということは、自民党は「有権者が出来レースであることを知っている」ことを知りながら、総裁選をするという戦略をとったことになるが、それはなぜなのであろうか。それとも、まさか「有権者が出来レースであることを知らない」とでも思ったのか。まさか。

2008年09月27日

最近印象深かった言葉から

まずはイチロー。王監督の引退についてのコメント。
「偉大な記録を作った人は、たくさんいます。が、偉大な人間は、そうはいません。」

続いて、北京パラリンピックで2つの金メダルを獲得する活躍をした陸上の伊藤智也選手。インタヴューのマイクを向けられて、「この優勝は、人生で5番目に嬉しいです」と答えていた。「?」「子供が4人いるものですから。」

次は、ご存知、Sarah Palin。外交が弱点といわれている。その外交について、CBSの女性アンカーKatie Couricとの独占インタヴューが、非常に面白かった。「あなたは最近、(自分が知事である)アラスカがロシアと近接していることが、あなたの外交経験だとおっしゃっていますが、それはどういう意味ですか。・・・どうしてそのことが、あなたの外交上の信用を上げることになるのか私に説明してください。you've cited Alaska's proximity to Russia as part of your foreign policy experience. what did you mean by that? ・・・explain to me why that enhances your foreign-policy credentials」との質問に対し、「それは、ウチの、ウチのお隣さんが、外国だからよ・・・プーチンさんがアメリカ合衆国上空に来るとき、どこに行くと思う?アラスカなのよ。because our, our next-door neighbors are foreign countries・・・as Putin・・・ comes into the air space of the United States of America, where do they go? it's Alaska」この人、語れば語るほど、ホント、笑わせてくれる。みなさんも、英語の練習に是非You Tubeなどで見てください。

さて、次は日本の政治家小池百合子氏。自民党総裁選に負けたのに、カメラの前で笑顔を振りまき、いろいろコメントしていた。その中の一言。「政策論争をしているうちに、みんながすり寄ってきて、4人の男性に抱きつかれ、セクハラ状態だった。」この人、本当のセクハラがどういうものか、知らないのでしょうね。本当のセクハラを受けたことのある人が、その後どのように陰鬱な人生を送らなければならないか、来る日も来る日も思い悩み、眠れない日々が続き・・・、などということについて、きっとこの人は想像力がまったく及ばないのだろうと思った。いや、きっとそれほどまでに想像力に乏しい人だから、自分がセクハラを受けたのかどうかも、ほんとうにわからないのかもしれない。あのね、断言しますから、小池さん、あなたはあの4人の男性(麻生さん、石原さん、石破さん、与謝野さん)からセクハラなんて受けてませんから。どうぞ安心しておやすみになってください。

最後は例のJason Mrazの唄の一節。I’ve been spending way too long checking my tongue in the mirror and bending over backwards just to try to see it clearer. But my breath fogged up the glass. And so I drew a new face and laughed. 自意識過剰な自分に気付き、一端はそれを笑い飛ばす。しかし、過剰な自意識は、またそういう自分をすぐさま取り込むもの。この人、まだ若いのに、そういうところ、うまく摑んでいると思った。

2008年09月02日

「ホントかよ」と思ってしまうような、本当にヒドイ話

このブログでは、あんまり悪口を書かないようにしようと思っているのだが、今回はどうしても我慢ができないので、書くことにした。
先日、知人を介して、若いカナダ人を紹介された。このAD氏、日本の文部科学省から奨学金をもらい、日本のある大学院で勉強したことがある、という。ところが、その奨学金の期間は2年だったのにもかかわらず、1年で帰ってきてしまったそうである。いろいろ話をきいてみたら、この奨学金の運用というか運営というか、信じられないくらいヒドイ。
まず、AD氏によると、この奨学金を受けるためには「奨学生に選ばれたことがわかってから2週間のうちに、どこかの大学から受け入れの通知をもらわなければならない」というルールがあるのだそうである。え、たったの2週間?何度聞き返しても、そうだという答えが返ってくる。
しかも、である、受け入れ通知をもらえなければ、奨学金は取り消される、という。日本の「まとも」な大学で「まとも」に入学審査をしている学部や研究科において、2週間で外国人に入学許可を出すところはまずない、と思う。しかも、AD氏によれば、奨学生に選ばれたという知らせをもらうまでは、けっして事前に日本の大学関係者に連絡をとってはいけない、と念をおされたのだそうだ。もしそんなことが本当にあったとすれば、学問の自由が侵害されているのではないかとさえ、思える。
いずれにせよ、この奨学金制度は、「来る者は拒まず」と門戸を開いている日本の一部の大学の一部の学部・研究科にしか、奨学生を行かせないようにしている制度だと思われても仕方がない。学問の自由はともかく、すくなくともこの制度の運用には、研究の内容に応じてベストなマッチングをみつけてあげようなどという学術的配慮は微塵もない。いや、より一般的にいって、日本を訪れようという外国人に対する、尊重の念というか、基本的な礼節も欠落しているように思える。
さらに驚いたのは、実際に日本に着いてからの奨学生たちの実態である。この奨学金を受け取るために、AD氏は月に一度、大学の事務所に顔を出す必要があったという。しかし、それをのぞいては、AD氏には何の義務もなかった。大学に行こうが行くまいが、授業をとろうがとるまいが、研究を進めようがサボろうが、誰も感知しないのだそうである。たしかに、審査をしていったん奨学金を出すと決めたからには、奨学生の側の自主性を尊重するという方針も、理解できないわけではない。しかし、韓国や中国など、日本の近隣から来ている奨学生の中には、母国にそのまま住み続け、月に一度だけ来日して、奨学金を受け取る手続きをすませ、「貯金」することだけに専念していた者が少なからずいた、という。すでに、この奨学金制度については、そういうことをしても誰も何もいわないという暗黙の評判が出来上がっているので、とんでもない慣行がずっと続いているらしい。
AD氏は、この奨学金制度の運用に嫌気がさし、2年の期間をまっとうせず、カナダに帰ってきてしまったのである。ボクは、この話を聴いて、怒るというよりも、とても悲しくなった。この経験を通して、さもなければ日本に関心のあった1人の才能ある外国の若者が結局日本を去る決断をし、現在では日本とまったく関連のないキャリアを歩むことになったわけである。AD氏の関心を引き止められなかったことは、大げさでなく、日本の国益にとって大きな損失だったのであって、こういうことを積み重ねているうちは、日本はいつまでたっても国際社会に確固たる地位を築けない。
最後にAD氏はこう付け加えた。この奨学金のルールは毎年のように変更されるので、もしかしたら現在は、自分が経験した時と異なった運用がなされているかもしれない、と。AD氏は、日本人であるボクに、日本の制度の悪口をさんざんいったので、最後にさらりと礼節ある大人の発言をしたわけである。ボクとしては、AD氏の言を待つまでもなく、奨学金をめぐる状況が大幅に改善されつつあることを、強く願うばかりである。

2008年07月31日

Nowadays, they don’t date, but they hang out

もうすぐ16歳を迎えようとしているボクの娘に、同い年のボーイフレンドができた。
この夏参加したビーチバレーの合宿とトーナメントで、二人は仲良くなった。バレーでコンビを組む娘のパートナーが、このボーイフレンドの従兄のガールフレンドという関係である。そして、この従兄の父親が、ビーチバレーのコーチなのだそうだ。やっぱりこの世界は狭い。
娘のいうところによると、実は彼女は、ずいぶん前からこの彼のことを気に入っていた。彼女は、去年の夏、小さな子供たちに自転車の乗り方を教えるアルバイトをしていたのだが、どうやらそこで初めて知り合ったらしい。娘の友人たちの間には、彼女が彼を気に入っているので、「あの彼には手を出すな」という暗黙の了解ができあがっていたたようである。ところが、二人ともシャイで、なかなかきっかけがつかめず、ずるずるとこの夏まできてしまった。それがようやく最近になって、どちらもちょっとずつ勇気を出し合ったことで、一緒になれたということらしい。
初めて恋に落ちた娘の行動を観察していると、なんともいじらしい。
電話番号やメールアドレス(こちらではtextingという)を交換したあと、ずっと携帯を握り締めて、相手から連絡が来るのを待っている。そして、連絡が来たあとも、すぐ返事をすべきかどうか、ああでもない、こうでもないと自問自答している。ほかの友達たちから、「カップルになったのか?」というメールの問い合わせが殺到し、親友と「いったい誰が言いふらしているのか」と、これまたああでもない、こうでもないと詮索している。そうした「ああでもないこうでもない状態」が、一日中、延々と続くのである。
はじめて彼から「オヨバレ」がかかったとき、ボクは娘に「どこでデートするんだ?」ときいた。そしたら、最近の若い人たちは、二人きりのデートというのはあまりしないのだそうである。デートではなく、ハングアウト、つまり何人かの仲間たちと一緒にいる中で楽しむのである。二人だけでなく、仲間のネットワークの中で関係を築いていくということなのであろう。
というわけで、その最初のハングアウトは、ビーチバレーのコーチの家であった。
プールもあるし、テニスコートもあるし、ビリヤードテーブルもある。ハングアウトするには、まさに最高の環境らしい。
ボクが車でその大邸宅まで送っていくと、途上、娘はそわそわしはじめた。鏡で何度も化粧を直している。鏡を閉じたり開いたりして、「ああ、緊張してきた」とため息をもらす。
「緊張?何で?」
「だって、こんなに男の子のことを好きになったの、はじめてなんだもん」。
そうか、そうだよな、そうに決まっているよな。
そのピュアな心にうたれ、思わずほほえむ。そして「Good Luck!」と、送り出す。
娘の門限は、深夜の12時。
あとからきくと、彼はちゃんと彼女を家まで送り届けてくれたそうである。車を運転できる年齢ではないので、二人はバスを乗り継ぎ、歩いて帰ってきた。そして、彼は自分の家まで、またバスを乗り継ぎ、歩いて帰っていったそうである。

2008年07月17日

今どきジェネラリスト宣言

時はいま、スペシャリストの時代であるらしい。
何か特別な技能や資格を持っている人の方が、就職や再就職のとき強いといわれている。
逆に、ジェネラリストの評価は、著しく低い。
総合と名の付く業種、たとえば総合デパートとか総合メーカーとかは、日々血眼になりながら、生き残る道を模索している。いや、彼らは、しばしば「総合=ジェネラリスト」としての自らのアイデンティティを捨てることで、なんとか活路を見出そうとしているようにもみえる。
ボクは、時代とまったく逆を行くようだが、いつも自分の学生にはスペシャリストにならないでジェネラリストになりなさい、といっている。たしかに一見「何でもできる人」が、実は「何にもできない人」であることもある。しかし、一見ではなく本当に「何でもできる人」がいたら、それに越したことはないではないか。
スペシャリストに比べてジェネラリストの評価が低いというのは、どう考えてもおかしい。それは、部分集合の方が和集合よりもでかいと主張するのと同じで、まったく論理的ではない。
ボクの限られた人生経験からいわせてもらうと、趣味のいい人は、どのような分野においても趣味がいい。また、ひとつの分野で才能のある人は、結構いろいろな分野で隠れた才能をもっている。そういうものである。
たとえば、センスのよい音楽を聴いている人は、洒落たユーモアをもち、語彙も豊富で、クレヴァーな会話ができる人が多い(←具体的に誰って言われるとちょっと困るが、たとえば村上春樹とか)。美味しいレストランを知っている人は、オシャレな服を着ているし(←青木昌彦とか)、自分で料理をさせても一流である(←ジョン・フェアジョンとか)。ある競技で秀でたスポーツの才能を持った人は、別の競技をやらせてもたいていうまくこなしてしまうし、場合によってはプロ級の技術を身につけている(←ボクは、バスケットのスティーヴ・ナッシュがサッカーボールを一流のサッカー選手のように扱うのを実際この目で見たことがある)。
・・・というわけで、何がいいたいかというとですね、趣味の良さとか何かに秀でているとかということは、分野を超えて相乗効果を持つものだと思うのです。まったく関係のない分野だと思ってはじめから切り捨てるのではなくて、いろいろな分野で才能を磨いていこうとすると、結局すべて自分に財産となって返ってくる、そういう気がするのであります。
よく大学院へ進学が決まった学生が「先生、授業が始まるまで、何を読んでおいたらいいですか」とたずねてくることがある。そういう時に、ボクは決まって次のようにいう、「院の授業が始まったら、専門的な論文ばかり読むようになるから、まったく関係のない本をいまのうち読んでおきなさい」と。あるいは、映画や演劇を見に行けとか、スポーツをしろとか、いい恋愛を経験しなさい、とか・・・。
要は、何でもよいのであって、何でも真摯に一生懸命に経験することが、必ず、後に自分の専門とする分野にも生きてくる、そういうものなのである。

2008年07月13日

原理的に考えること、あるいは「主権」と「人権」と「権力分立」の話

日本では、小学生のときから民主主義と憲法とは不可分なものだと教えられる。しかし、いろいろな場面ですでに何度も述べてきたことであるが、民主主義と憲法というのは原理的に対立する。単純化していうと、民主主義とは少数派の暴挙によって多数派が踏みにじられないようにすることを保障しようとする制度であり、憲法(立憲主義)とは多数派の暴挙によって少数派が踏みにじられないようにすることを保障しようとする制度である。当然のことながら、この間のバランスをとることはむずかしい。
このように本来原理的に異なるということをさておき、日本の憲法は「民主主義憲法」であるとか、日本は「立憲民主主義」の国であるとかいう言葉だけを覚えたのでは、いったいどうやって「このバランスを実現していくのだろうか」という重要な問いにまったく答えられない。そう、まったく答えられない。
最近つくづく思うのであるが、日本のすさまじくヒドイ社会科教育のもとでは、このように、子供(というかわれわれ大人もふくめて)の想像力を奪ってしまうような常識がまかり通っている。実際、こうしたウソの常識の多さは、呆れるほどである。
たとえば、日本国憲法の三つの特色は、国民主権、基本的人権の尊重、そして平和主義である、と、これまた決まったように、小学生のときから教えられる。しかし、「主権」という概念と「人権」という概念は、原理的に相容れ合わない。そんなことは、すこし想像力を働かせれば、すぐわかることである。主権というのは、国民にせよ、君主にせよ、唯一で絶対的な権力をもつ「誰か」が存在する、という考え方である。これに対して、「人権」というのは、いかなる「誰か」からも犯されることのない崇高な権利をわれわれ一人一人が持っている、という考え方である。
主権と人権が原理的に相容れないからこそ、たとえば、「主権国家」である中国における「人権」が問題となるのである。民主主義と憲法の問題と同様、主権と人権の問題も、相対立する二つの考え方の間でいかにバランスをとるかという話であって、そのようなバランスのとり方を自ら真剣に考え抜こうとしない限りは、いつまでたってもわれわれの中国に対するスタンスが腰の座ったものにはならない。
もうひとつ、日本国憲法についてのウソの常識としては、権力分立というまやかしがある。立法府から人を送り出して行政府を構成する議院内閣制が、権力分立の制度であるわけはない。権力分立の大前提は、同一人物が二つ以上の権限を握るポジションに就かないということである。ゆえに、立法府から行政府に送り出された大臣たちが、議会内での議員としての身分を辞するということが制度化していない限り、権力分立が確立されているとは到底いえない。また、そもそも、権力分立という考え方と、先の主権という考え方とは、相容れない。主権というのは、前述の通り、君主であれ、国民であれ、「誰か」が唯一で絶対的な権力をもつという考え方である。それゆえ、原理的には、どうして「唯一」で「絶対的」な権力を、分けることなどできるのであろうかと問わねばならないはずである。
この疑問に納得する回答が得られない限りは、どのような統治機構の形態が望ましいかというような問題について、われわれはおよそ体系的に考えることはできない。議会は一院制であるべきか二院制であるべきかとか、首相公選制を採用すべきか否かなどといった、今日一部で論争をよんでいるいくつかの「憲法問題」なるものを考える前に、われわれは「原理的に考える」習慣をまず身につけなければならないのである。

2008年07月02日

ソックスの帳尻

銀行では、3時にシャッターがしまったあと、その日の金の出入りをとことん帳尻が合うまでチェックするのだと聞く。最後の1円まで計算が合わないと、銀行員さんたちは帰宅できないらしい。1円や2円計算が合わないだけだったら、自分の財布から出して、帳尻を合わせればよいではないかとも思えるが、たとえ金額が1円であっても、そこでちゃんとけじめをつけなければ、公私混同であることには変わりない。そうした行為を許すと、ひいては横領とか、架空名義口座とか、やってはいけないことへ道を開いてしまうことになるのかもしれない。
しかし、すごいと思うのは、1円まで帳尻を合わそうとして、毎日ちゃんと帳尻が合っているという、その事実である。朝起きて、テレビニュースで「横浜市の○○銀行は、昨日、入金と出金が一致しなかったため、やむをえず今日、業務を一日休むことになりました。お客様には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解ください、とのことです」なんて報道がなされたことは、もちろんいまだかつてない。つまり、世の中の銀行員さんたちは、目をサラのようにして金の出入りをチェックし、最後の1円まで探す努力を、来る日も来る日もけなげに続けておられるのである。
ひるがえって、我が家の話であるが、ウチではよくソックスの片方がなくなる。おかしいじゃんか、ソックスに足が生えて歩き出すことはない、どっかにあるはずだと、目をサラのようにして引き出しやタンスの中を探すのであるが、出てこない。
先日、勘定してみたら、そういう相棒なしソックスが4つもあることに気付いた。これは世の銀行とは大違いである。いつ頃からこうしてソックスの帳尻があってない状態が続いていたのだろうか、と自分ながら情けなくなってしまった。東証一部上場の大企業である銀行は、毎日1円まで、帳尻を合わす努力をしている。他方、はるか零細なウチはなんと4足も靴下がミッシングであっても、さして気にとめるわけでもなく、何事もなかったかのように生活が続いている。これはまずい・・・なんとかしなくてはいけない・・・、と、早稲田のちょいわるオヤジは思い立ったのでありました。
で、ふと思いついて、きのう、洗濯機をよいしょと前の方へ移動し、その後ろになにか隠れてないかなと見てみたら、いました、いました、片割れソックスの相棒たち。ホコリにまみれて、「ああ、見つかっちゃったか」という感じで、次から次へと出てきたのであります。そうなんですね、ボクは洗濯物を洗濯機にいれるとき、遠くから放り入れるクセがあるんですね。それで、もしやと思い、調べてみたのでした。こうしてようやく、我が家のソックスの帳尻を合わせることに成功したのでした。(面白いことに、そこには4足の片割れソックス以外は何もなかった。なんなのだろうか、このソックスの逃亡癖は??)
考えてみれば、このソックスの帳尻合わせに、ボクはかなりの時間と労力を費やした。結構頭脳も使って、あそこではないか、ここではないか、と考えもした。
こうした苦労をしたくないとすれば、どうすればよいか、もちろんわかりますよね。
そう、それは、持っているソックスを全部同じもので揃えればよいのであります。そうすれば、ひとつやふたつなくなったって、なんということはありません。

2008年07月01日

一緒に食事することの意義

ボクの大学院の指導では、修士と博士の学生を合わせて、2コマ続けて授業をしている。今年は、2限と3限にやっているので、その間には昼休みが入るが、ボクらは、弁当を配達してもらって、一緒に食べることにしている。食事を一緒にすることで、研究室の中の連帯感が強まる感じがしてよい。勉強以外のことでも、会話ができる場がそこに出来上がるからである。
友人から聴いた話だが、日本のある有名な二枚目男優さんはけっして自分が食事しているところを他人に見せないのだそうである。ロケでもスタジオでも、どこへいっても食べるときは一人きり。スタッフや共演者とも一緒に食べることはしないし、もちろんマスメディアはシャットアウト。なぜかというと、食べるというのは、その方にとってプライベートな行為だからだそうである。ま、そういわれてみれば、むしゃむしゃと音をたてて食べるクセがあることやどのおかずを食べ残しているかがわかっちゃったりしたら、男優としてイメージダウンにつながる可能性がある。ましてや、ホウレン草が歯の間に挟まっているところを必死で取ろうとしている表情が画像で報じられたりしちゃったら(←別にホウレン草でなくてもよいけど)、取り返しがつかない。食べるという行為の中に、本当は他人に見せたくない要素がいろいろと入っていることは、確かである。
だから、人と一緒に食事をするということは、プライベートな空間を共有することで、その人と親しくなりたいというメッセージを送っていることを意味する。院生たちへの指導においても、同じ弁当を食べることで、場の雰囲気がなごんでいることは疑いない。
しばしば、デートが食事を介して行われるのも、やはりそうした食事の効用があってのことである。もちろん、食事を介したデートには、いろいろな段階というかハイラーキーがある。それゆえ、どういう食事をするかによって、どういうデートにしたいのかについての重要なメッセージを相手に伝えることができる。
たとえば、午後のコーヒー&デザートに誘われたということは、相手はまだまだ「様子見」を決め込んでいるだけだ、と思った方がよい。コーヒー&デザートは、たとえそのようなデートがあったとしても、あとから「そういうつもりじゃなかったの」と平気でいえるような、デートハイラーキーの最下層に位置する段階でしかない。コーヒー&デザートに誘われたくらいで、舞い上がることは禁物である。
おそらくもっとも重要なのは、ランチデートである。はじめてランチに誘われたなら、準備は周到を尽くさなければならない。そこでは相手から、将来発展する可能性があるかを終始真剣に「テスト」されている、と思った方がよい。その場の成績次第ではさらにディナーへと発展するかもしれない。成績が悪ければ、もちろんそうした展開はない。ランチに誘われて、いつまでたってもディナーに誘われなかったら、それは「不合格」をもらったと思って、あきらめるしかないのである。
では、ディナーを一緒にするというのはどうか。これはもう完全に「脈あり」である。すくなくともディナーに誘った側は、その気満々にまちがいない。だからこの場合、問題は受ける側である。その誘いを受けてしまったら、それはあとから「そういうつもりはなかったの」というわけにはいかないような、デートである。だから、ディナーとは、誘うよりも誘われる方が、大きな決断を迫られていると思った方がよい。
悲しいことに、デートのハイラーキーは、登っていくだけのものではない。ときおり「ディナー」から「ランチ」への格下げが起こる、ということもある。あれれ、この前はディナーを一緒にしたのに、などと思ってももう遅い。それは、もう二人の間には将来がなくなりました、というメッセージを送られていると解さなければならないのである。

2008年05月08日

ペアレンティング

英語でparentは「親」という意味の名詞であるが、それを動詞扱いしてparentingという動名詞を用いることがある。直訳すると「親となること」。しかし、これではなんのことかわからない。日本語には「子育て」という言葉があるが、意味はちょっと違う。
「What are you doing this weekend?」
「Oh, I will be busy parenting」
たとえば、スポーツやピアノ教室への送り迎えは、自分の子供を直接的な対象にしたparentingである。しかし、自分の子供だけが対象でない活動もparentingであったりする。たとえば学校でバーベキューパーティがあり、ハンバーガーを焼く係を買って出るといった場合。あるいは子供が不在であっても、学校のPTAミーティングやボランティア活動に参加したりする場合。これらも、立派なparentingである。
思うに、parentingというのは、物理的に「(自分の)子供を育てること」に関わるだけでなく、より社会的なコンセプトであり、「親として責任を果たすこと」という意味をもつ。より正確にいうと、この場合の責任というのは、「社会で期待されている責任」という意味である。したがって、それはかなり広く捉えられる。
実は、先日、ボクはゴールデンウィークを利用して、娘のバレーボールトーナメントに行ってきた。場所は、バンクーバーから車で5時間ぐらいかかるケロウナという町。州のさまざまなバレーボールクラブチームが一同に会し、二つのレベルに分けられて、それぞれのグループで優勝を争う、年に一度の大きな大会である。州には何十という数のクラブがあるから、日程はまるまる2日間に及ぶ。そこで、われわれは2泊3日のちょっとした旅行を計画しなければならない。
大きなバンをもつ親が、何人もの子供を乗せて運転することを買って出る。そして、コーチたちと適度に連携し、彼らだけでは面倒みきれない部分を全般的にアシストすることを約束する。たとえば、試合と試合との合間をぬって、ランチの買出しをしたり、おやつやペットボトルを用意したりする。一日目の夜には、ユニフォームや靴下の洗濯もしなければならない。もちろん、試合のときは、声を枯らしてチームを応援する。中には、試合のスコアキーピングを任された親もいた。実際、こうしたさまざまなparentingに支えられて、トーナメント自体が成立しているのである。
2泊3日の行程をずっと一緒にすごすのであるから、親同士のあいだでは、親密でそれなりに突っ込んだ会話が取り交わされる。子供たち同士は、スポーツ活動を通してよき友人を得るが、自分の子供が所属しているクラブチームがうまく機能するためには、親たちの間でも一定の連帯感がなければならない。それは、ホテルで朝食を一緒に食べたり、子供たちのいいプレイをみて微笑みあったり、夕食時にワインを分け合ったり、というような共通体験を通してしか、生まれてこない。
そう、社会的に期待されているparentingの重要な側面のひとつには、ほかの親たちとのコミュニケーションをはかる、ということもあるのである。

2008年05月07日

フォーマルディナー

先日、ある方のお宅へ、フォーマルディナーに招待された。
フォーマルディナーなるものは、それ以外のふつうのディナーから明確に区別される。なぜなら、フォーマルな行事というのはさまざまなプロトコールによって成立しており、列席するものはそれらのプロトコールに従うことが期待されているからである。
たとえば、結婚式はフォーマルなイベントである。なぜなら、まず、このイベントのために特別に刷られた招待状がある。また結婚式では、会場に着くと同席者のリストが手渡される。リストには、社会的地位を格付けする肩書きが記されており、その地位にふさわしいように、席次やスピーチの順番が決められ、イベントが進行していく。
さて、先日のフォーマルディナーの主賓は、外国からのあるお客様であった。で、なぜボクが招かれたかというと、ボクはいちおう世間的には「現代日本政治の専門家」ということになっており、しかも英語に不自由しないことが知られているからである。そこで、そのディナーの席では、ボクはその主賓の方に、最近の日本政治について思うことをいろいろとお話することが期待されていたわけである。
時間通りに招待状を片手にお宅に伺うと、まずリビングルームに通された。飲み物を勧められたが、ボクはここでアルコールを断り、ジンジャーエールをたのむことにする。はじめから飲みすぎないよう、ここは慎重になる。そして、会話にさりげなく加わりながらも、頭をフル回転させ、その夜自分が置かれた状況を把握することにつとめる。そこには、ボクのほかにもうひとり、ボクより年配の日本政治の専門家の方が同席していた。ということは、自分ばかりぺらぺら喋るわけにはいけない。ボクはあくまで若手、プロトコール的には「2番手」なのだ、ということをしっかりと了解する。
いよいよダイニングルームに移り、食事がはじまる。会話も、だんだんと佳境へと入ってきた。ホストは、プロトコールに従い、まずその先輩先生の方に話を振る。期待通りの展開だ。その先生がお話になっている間に、ボクは目の前の皿にでている料理を急いで平らげる。これも作戦通り。自分の喋る番になった時、食べながら話すというわけにはいかないからである。そして、自分の番になったら、先輩先生の意見を立てながら、手短に自分の考えを述べる。これを、フルコースのメニューに従って、何度も繰り返す。メインに出てきたステーキは、ゆっくりと噛んでいる暇などなく、丸呑みするぐらいであったが、おかげでピタリとタイミングよくディナーを終えることができた。フォーマルディナーは、けっこう忙しいものなのである。
最近読んだある本によると、アメリカの第3代大統領トーマス・ジェファーソンは、ディナーパーティを開くことがとても上手だった。パーティでの会話から情報を得て、同士との連携を強めたり、支持を広げたり、政敵の弱みをつかんだりしたそうである。彼は、招待状を出すとき、「大統領」という肩書きを使わず、ただ「Th. Jefferson」とだけ記した。フェデラリスト党に対抗して、自分は人民によって選ばれたのだということをさりげなく(いや、あからさまに、か?)誇示しようとするのが目的だったのだそうである。

2008年04月07日

(続)一期一会

ずいぶん前に、レストラン版を書いたが、今度は「一期一会:人」バージョンを書いてみたい。歳をとればとるほど、一回しか会っていないのに、忘れることのできない人々が増えてくる。ボクの場合、嫌な想い出は記憶から早く遠ざかっていくようで、ボクの人生の中で忘れることのできない人々は、とっても素敵な人々が多い。
まずは、結構最近だが、ふとした偶然から出張先のホテルで朝食を一緒にした女性の話。すれちがうと誰もが振り返るようなブロンドの美しい方で、正直いって同席しているだけでドキドキしてしまった。で、その方の趣味は、旅行だそうである。仕事に疲れると2週間ぐらい休みをとって、どことなく出かける。もう世界中何十カ国と回っているらしい。そして旅行で何をするかというと、何をするわけでもない。宿泊先のホテルから当てもなく歩き始め、午前中はほとんど「どの店で昼食をとるか」を決めるためだけに、ぶらぶらするのだそうである。そして気が向けば同じところに何泊もするし、気が変われば次の目的地を選んで移動する。結婚する気などもちろんないし、ボーイフレンドもあえて作らない。若いのに(あるいは若いからこそ、か?)、現代社会でindependentに生きていこうという女性の強い意志を見せられて、魅了というか圧倒されてしまった。
次は、もう10年ちかくも前に、カナダから日本までの飛行機の中で隣り合わせた紳士。インド系の落ち着いた人で、電力関係の仕事に就いているとのことだった。出張で日本にはじめていくというので、公衆電話のかけ方(当時は携帯などなかった)や、成田から東京までの交通手段などについて教えることから話しが始まった。実は、その後は何についてしゃべったのかよく覚えていない。ただ、どちらもプライベートな部分に深く入り込まないながらも相手と真摯に接しようとし、しかもそのことをお互いappreciateしながら、さらにお互いがappreciateしているということをお互いappreciateしながら・・・、心地よい会話が続き、気がついたらあっという間に日本についていたという感じだった。節度をもって交わす他人との会話が人生を豊かに送る上でいかに重要なことであるかを、そのとき思い知らされた。
最後は、20年以上も前のこと。大学時代にバックパック旅行をし、ある事情でアメリカ北東部のニューロンドンという小さな町のあるカレッジにたどり着いた。そこで出会ったのは、そのカレッジで日本語を教える日本人の先生。背は小さかったが、口ひげをはやし、黒っぽいシャツをうまく着こなし、英語がぺらぺらで、とてもかっこよかった。残念ながら、その人の名前は聞いたのにもう覚えていない。もしかしたらいまでもそのカレッジで教えているのかもしれない。しかし、本当に大げさでなく、この人との出会いは、ボクの人生を変えてしまった。この人と出会ったことで、それまで大学を卒業したら日本で就職し日本で暮らすことを当たり前だと思っていたのに、そんな人生の送り方がまったく当たり前ではないのだ、ということに気づかされたからである。
国木田独歩の短編小説に「忘れえぬ人々」というのがあるが、そこで描かれているように、人生の中で出会った素敵な人々が忘れられないのは、出会ったときの風景や文脈がまざまざと自分の記憶に刻み込まれているからである。

2008年03月19日

エスカレーターに関する規範について

社会における規範とは何か、とか、なぜこの世の中に規範なるものが存在するのか、とか、なんともコムズカシイ問題を考える上で、われわれが日常利用するエスカレーターは、実に興味深い題材をいくつも提供してくれる。
ご存知の通り、関東では、エスカレーターに乗ると左側に寄り、右側を空けるという作法が成立している。この作法をみんなが守ることによって、急いでいる人が右側を通って追い越していくことができるようになっている(←関西ではこれが左右反対であるという話もよく知られているが、今日はその問題はおいておく)。
さて、こんな作法は、昔は存在しなかった。つまり、昔は、誰も、エスカレーターに乗っているときに人を追い越そうなどとは、思いもよらなかったのである。
ということは、この話は、エスカレーターについての規範がいまと昔とで、大きく変化したことを物語っている。ここでいう規範とは、「社会の中で、人々があまりに自明だと思っているので、知らず知らずのうちにそれに従ってしまうもの」、という程度の意味である。
では、なぜ「エスカレーターでは追い越すものではない」という規範から、「エスカレーターでも追い越してもよい」という規範へと、変化したのだろうか。ボクが思うに、その理由は日本人の社会生活が忙しくなったからとか、あるいは最近の日本人が前よりせっかちになったからということではなく、単純に、日本の平均的なエスカレーターの距離が長くなったことに関係している。
実際、一昔前までエスカレーターはどこにあったかというと、それはデパートの中にしかなかった。デパートの中のエスカレーターは、階と階とを結ぶ短い距離のもので、人は追い抜こうなどと考える余地もなく、あっという間に着いてしまう。
しかし、どこの駅にもエスカレーターが設置されるようになり、しかも地下鉄が増え、地下数十メートルから数百メートルにまで届くエスカレーターができるようになって、日本の平均的エスカレーターの距離はぐんぐんと長くなった。そうした中で、ずっと立ったまま、人を追い抜けないままでいると、急いでいる人にとってはなんとも効率が悪い。そこで、「追い抜いてもよい」という規範が自然と生まれ、それに従って上記の作法が確立されるようになったのである。
さて、ここまでだけなら、社会の規範には何らかの合理的根拠があるということを示唆するひとつの物語りとしてめでたく完結するのであるが、実は、話はここでは、おわらない。
たしかに、適度に長いエスカレーターであれば、人を追い越させるために片側を空ける作法は効率的であるが、最近一部の駅に設置されているような、気の遠くなるぐらい長いエスカレーターでは、いくら右側が空いていても、追い越そうとする人はほとんどいない(なぜなら、一度右側を選択すると、その人はずっとその気の遠くなるエスカレーターを登り続けなければならないからである)。実際、ボクのよく利用するみなとみらい駅の長いエスカレーターでは、作法が確立しているがゆえに、誰も右側には乗らないでいる状況が毎日毎日繰り返されている。
ここでわれわれが目の当たりにしているのは、規範の存在がちっとも合理的な結果を生んでいないという事実である。なぜなら、左側だけでなく、右側にも人が立てることが許されるとしたら、みなとみらい駅のエスカレーターはもっと効率的に、今よりも2倍の人を同じ時間内に運ぶことができるはずだからである。

2008年03月11日

レトロな食堂を定義する

ボクはレトロな食堂が大好きである。
レトロな食堂では、「ミックスフライ定食」とか「ハヤシライス」などを食べたい。
そう、レトロな食堂には、ミックスフライとハヤシライスがなければならない。
これがレトロな食堂を定義する上での、ボクの大前提である。
で、ミックスフライがあるということは、牡蠣フライもあるし、海老フライもあるし、鯵のフライもあるし・・・ということでなければならない(←これは単純な演繹的推論である)。ま、要するにフライ系はすべてカバーしている、ということでなければならない(これをレンマ=補助命題としておく)。
それから、ハヤシライスがあるということは、カレーライスも作っているということでなければならない(←これは演繹というよりは、アナロジー=類推だな)。
いずれにせよ、ということは、当然(上の「全フライカバー」命題と併せると)、レトロな食堂にはカツカレーもある、という結論が論理的に導けることになる。
                           ・・・・QED(←??)
・・・というわけで、ずっと前から一度入ってみたかった横浜の「セントラルグリル」に行ってきました。
場所は、本町通りと日本大通りの角。「ええっ、こんなところに?」という大きな交差点に、堂々と、このレトロな食堂はある。
入ってみると、フライ系だけではなく、サバ味噌煮定食とか金目煮付け定食とかもメニューに載っている。ゆで卵と納豆は、単品で注文できるらしい。うーん、これにはちょっと迷った。どうしようかな、フライ系高カロリー路線をやめて、こうした小物を従えての煮魚系に大胆に路線変更するかなとあたふたしましたが、ここは初志貫徹と思い返し、ヒレカツカレーを食べることに。そしたら、キャベツがチョコッと付いて、味噌汁まで付いてきました。そう、だから、正確には、ボクが食べたのは、ヒレカツカレー定食なのでした。美味しかった・・・。
ボクにいわせると、世の中には「レトロ風の食堂」はたくさんあるが、本当に「レトロな食堂」はそれらからきちんと区別されなければならない。本当にレトロな食堂というのは、食器や調度品の古さだけで決まるのではない。そこで働いている人たちも「レトロ」に徹してなければならない。だから、若いシェフやウェイトレスだけがやっているレトロな食堂というのは、ボクの定義上ない。レトロな食堂で働く人たちは、カッポウ着を身につけているとか三角巾のようなものを頭にかぶっているとか、あるいはかけているメガネが昭和の時代に流行したスタイルであるとか、どこかしら存在からしてレトロ性をかもし出している人々でなければならない。
もうひとつ、レトロな食堂というのは、(このセントラルグリルがそうであるように)「こんなところに」というような意外な場所になければならない。そして、それはそこにずーっとそのままの形で存在していたのでなければならない。オシャレな六本木や西麻布などに、レトロ風を売りにして新たに改装した店というのは、本当にレトロな店だとはいえない。
レトロな店は、年輪を感じさせる。それは、いろいろな人や事件に出会い、さまざまな経験をつんできた人間がそうであるのとまったく同じ理由で、とっても魅力的である。

2008年02月29日

志高き人は、応援せよ

少し前になるが、知り合いの学部生がアメリカの超一流の大学院に合格したという嬉しいニュースを知らせてきた。この学部生はボクのゼミ生ではなかった。また、必ずしもボクの専門分野のことを勉強しているわけでもなかった。しかし、彼の属するゼミの出身で、現在アメリカに留学しているある優秀な先輩が、「どうしても先生の指導を受けさせてやってください」とボクに頼んできたので、特別にこの一年間ボクの院ゼミに出席することを許可したのであった。もちろん、学部生だからといっても、リーディングを読んでくることも発表することも義務付けられていた。もちろん、彼はちゃんとそれらのことを(他の院生とまったく同じに)こなした。そして、実に立派な英語の卒業論文を完成させた。このたびこれ以上望めないようなキャリアアップの道が開かれたのは、本当によかった。おめでとう。
なぜボクがこの学生を特別扱いしたかかというと、彼がとても志高い若者のように思えたからである。ボクはおそらく、彼の先輩が間に入って紹介しなければ、この学生を特別扱することはなかったと思う。しかし、その先輩に可愛がられているということが、すでに彼のひとつの財産であった。その先輩も、きっと彼の志の高さを感じ取ったのにちがいない。そういうのは、自然と伝わるものである。そして、彼のこの一年間を見守り、その評価がけっして誤りでなかったということがよくわかった。
志の高いものは、応援しなくてはならない。
それが、他の人に比べて多少不公平になるような特別扱いをすることになったとしても、である。
なぜかというと、志の高さというのは、ほかの多くを犠牲にすることの上にしか成立しないからである。趣味や遊ぶ時間、あるいは金銭的な問題だけではない。家族とか、友人や恋人とかとの人間付き合いにおいても、志を高く抱いている人は、目に見えないところでさまざまに退路を断って暮らしているのである。だから、そういう人をみると、自然と応援してあげたくなる。そして、そういう人が自分の目標を達成すると、こちらも心が動かされるのである。
話変わって(いや実は変わらないのであるが)、昨日、富士通レッドウェーブが、WJBLのプレーオフで初優勝した。ボクは、ある友人の紹介がきっかけで、数年前からこのチームを応援している。きのう、代々木の体育館で、その劇的な場面を生でみることができて、よかった。
若い彼女たちは、ほかのことすべてを犠牲にして、バスケットボールに打ち込んでいる。このトーナメントで優勝することだけを目標に掲げて、身体もボロボロになるまで、頑張っていたのである。優勝が決まったときの涙は、彼女たちの志の高さをよく物語っていた。
こちらもおめでとう。
そして素晴らしい感動をボクらに与えてくれて、ありがとうございました。

2008年02月15日

ラジオと人生経験の外生性について

この前、昔カリフォルニアで聞いたラジオ局のことを書いたが、つい先日、出張先のカナダでCBCラジオを聞いていたら、次のような話題が語られていた。ウォータールー大学(オンタリオ州)には、学生たちが1970年代からやっている有名なラジオ局がある。このラジオ局は、毎年学生たちが授業料に11ドルを上乗せしていることによって運営されている。この局で働く多くの学生が、その後各地の民間ラジオ局に就職したりするのだそうである。しかし、最近このキャンパスラジオが本当に必要なのか、という議論が起こっている。だいたい、どのくらいのリスナーがいるのかは把握しようがないし、学生たちの利益になる情報ばかりをラジオ局が流しているわけでもない。ipodで音楽やニュースまで聞けるようになっている時代に、キャンパスラジオなんか時代遅れだ、などという極論もある。で、さんざん議論された結果、「レファレンダム」つまりは「全住民(=全学生)投票」をやって、このラジオ局を存続させるかどうかを決めようということになった。レファレンダムをやろうと言い出した学生がスタジオに来ていて、インタヴューに答え、「僕はどちらでもいいんです、とにかく学生たちの意思で決めればいいとおもって」といっていた・・・・。
ボクは、この話を、いくつかの点で興味深く聞いていた。まず、北米では、どこの大学のキャンパスにも、ラジオ局が存在する。そうした局は、結構その地元コミュニティーで、重要な役割を果たしている。このこと自体、とても面白い話である。北米におけるコミュニティーのあり方を、特徴的に物語っている気がする。ひるがえって、東京に一極集中している日本では、大学にひとつずつラジオ局があったら、東京ばかりにキャンパスラジオが多くできちゃって大変なことになる。それから、時代が変わって、こうしたラジオ局がいま存続の危機に立たされているというのも面白い話である。ウォータールーだけでなく、きっといくつかの大学のラジオ局も、似たような状況に追い込まれているのではないか、と思う。そして、レファレンダムをやって決着をつけよう、というのも、非常に面白い。北米では民主主義がよく根付いているなあ、とあらためて思う。日本の大学で、いま全キャンパスを通じてレファレンダムをやろうとしたって、おそらく学生組織も整っていなし、できない。
ボクは、ipodで音楽やニュースまで聞けるようになったから、ラジオは時代遅れになる、という議論には同意できない。ラジオの魅力は何かというと、自分が普段聴かない音楽、あるいは得ようとしているわけではないニュースを、向こうから(勝手に)流してくれるというところにある。つまり、自分にとって情報を収集する過程が、「ひと(ラジオ局)まかせ」になっている、それがラジオのいいところなのである。たしかに、ipodには自分のお気に入りの音楽や自分のお気に入りのpodcastからの情報がはいっている。しかし、そればかり聞いていたのでは、自分の「お気に入り」の範囲が縮小均衡してしまうのではないか。自分が選曲したわけではない音楽が流れきて「いいなこれ」と感動したり、自分が聞きたくもないニュースが流れてきて「なんだこれ」と不思議に思ったりする。そういう(専門用語をつかって申し訳ないが)一種の「外生性」が、われわれの経験を豊かにしてくれるものにほかならないのである。

2008年01月13日

正月に考える

みなさん、明けましておめでとうございます。
昨年は、ブログ更新が思うようにできませんでした。
今年は、何とか改善したいと思いますので、変わらぬご贔屓のほどよろしくお願いします。

・・・というわけで、正月を実家で過ごしました。
たまっている仕事を、まあはっきりいってすべてブッチぎり、同僚のT先生やS先生に迷惑をかけながら、原稿を待っているUさんにものすごい後ろめたさを感じながら、それでも今は家族と一緒に過ごすことがプライオリティだと自分にいいきかせて、有意義な時間を過ごすことにしました。
で、誰にでもそうであると思うが、正月という時期は、いろいろなことを考えさせられる時期なんですね。たとえば、ボクのような歳にもなると、強烈に「老いる」ということを意識させられる。自分の年齢を日本人の平均寿命から引いてみたり、働き盛りの男性が突然死をとげる確率はどのくらいだろうかと想像してみたりして、あと何回このような平穏な正月を迎えられるのかをおそるおそる心のどこかで考えている。
なぜ正月はものを考えるようになるのかというと、正月は、まあだいたいの人にとっては休みなので、普段より時間がゆっくり流れているんですね。だから、ついつい、いろいろ余計なことまで考えてしまう。初詣の電車の中で富士山を遠くに望むと、なんか特別な気分になったり、いつもと違った感慨を覚えたりする。あれっ、富士山ってこんなにでかかったっけとか、高層ビルのなかった昔の時代の人は毎日美しいこの富士山の姿を拝むことができたんだとか、だから日本には富士見町なんていう地名がたくさんあるんだとか、どんどんと想像が膨らんでいく。
なかには、ちょいと背筋を伸ばして、元旦には一年の計を立てなければいけないなどと気張っている人もいる。さて今年の目標は何にしようかとかと考えるのは、マットウなことではある。しかし、なかには、今年一年は親切な人でいようとか、今年こそもっといい人になろうなんて、本気で考えている人もいる。ま、そんなこと考えられるのは、そもそも時間に余裕があるからなのであって、正月休みがすぎれば、そんな目標はすぐに忘れ去られる。満員電車に揺られているサラリーマンさんや赤信号をハイヒールで必死で駆け抜けていくOLさんに、今年はもっと親切でいましょうとかいい人になりましょうとかいったって、無理に決まっている。
もちろん、だからって、立派な目標を立てることに意味がないなんていっているわけではないですよ。目標を立てるのなら、正月のような非日常ではなく、日常的世界にどっぷりと浸ってる中からやった方がいいんじゃないですか、と提案しているだけです。
あと、ボクは、正月にさまざまあるフォーマリティ、つまり儀式ばったところが好きですね。元旦には、家族に対しても「明けましておめでとうございます」と挨拶をいい、礼をつくす。毎年同じように、おせち料理をつつき、お雑煮を食べる。毎年行っている神社に、決まったことのように初詣に行く。
人間は変化を求める動物であるが、同時に「変化しない」ということに大きな心の安らぎを覚える。正月なるものを設けて、一年に一度お祝いするのは、そこに理由があるのである。

2007年12月20日

プリンシプルの孤独

先日、ある席である同僚から「河野さんは、プリンシプルの人だから」といわれた。
ボクはそれを褒め言葉であると解釈して、とても嬉しかった。
とくに、その発言をした人が、ボクの尊敬する同僚だったので、そういわれたときには思わずウキウキしてしまった。
しかし、である。
プリンシプルを貫くことは、往々にして辛い。
ときに、それは我慢できないほどの悲しみをもたらす。
プリンシプルを守り通すことは、非情なまでに孤独である。
外から見ると、プリンシプルを立てて守る人は、自信を持っている人のように見えるらしい。
たしかに、自分が何を求めているか、自分が何を大切だと思うかを確信できなければ、プリンシプルを貫き通すことはできないようにも思える
しかし、ボクの場合、実はまったく逆である。
つまり、ボクの場合、さまざまな場面に遭遇したときに自分で自分を律することに自信がないからこそ、あらかじめプリンシプルを立てて、それを行動の指針とするのである。
ボクは、自分が弱い人間だということを嫌というほど知っている。
だから、あらかじめプリンシプルを宣言して、あとから変な誘惑にかられないように、また後から悪い評判をたてられないように、自分の身を守ろうとしているのである。
ということは、すくなくともボクの場合、プリンシプルを立てて行動することは、小心者が人生を送る上での姑息な処世術であるとさえ、いえる。
プリンシプルを貫き通すことで、大事な友人や恋人を失うことがある。
それは、自分のプリンシプルを貫き通すことで、相手の自由が束縛される可能性が高いからにほかならない。
では、大事な友人や恋人を失うという大きな犠牲を払ってまで、プリンシプルを守る理由はなにか。
その理由は、自分が自分であることの証明を手にいれたいからである。
弱い人間であるがゆえに、ボクは、そのような証明がなくなったとき、自分がどのような自暴自棄の行動にでるか、見当もつかない。
それが恐ろしいので、弱い自分にだって世界に誇れるような自己証明があることを示す必要がある。
そのために、プリンシプルを立てて、それを守ろうとするのである。
プリンシプルを貫くことの孤独は、同じくプリンシプルを貫くことの孤独を知っている人にしか理解できない。
そして、その事実が、プリンシプルを守ることの孤独をより一層深めているのである。

2007年10月02日

最近のトンチンカン発言

時津風部屋で若い力士が亡くなった。相撲ファンとしては、大変悲しい。いまの相撲協会の後手後手の対応ぶりをみると、もしかして、このようなことがほかにも行われていたのではないか、ほかの部屋でも同じようなことに加担した力士がいて、そういうやつらが堂々とというかしらじらとというか、われわれの見ている前で神聖なる相撲の土俵に上がっているのではないかという疑念を抑えることができない。はっきりいって、もう相撲は見る気がしない。アンタ方は知っているのか、相撲が国技であることを・・・。あの愛子さまだって、楽しみにしてるんだってことを・・・。
で、今回の時津風部屋の事件について、多くのマスコミは、死んだ原因が「通常の稽古」とみなせる範囲だったか、それともそれを超える「暴行」だったか、という問題のたて方をしていた。ボクにいわせれば、この問題のたて方は、トンチンカンもいいところである。「稽古」であろうがナンであろうが、その結果としてひとりの人間の命が奪われた以上、傷害致死であり、「暴行」に決まっているではないか。相撲における稽古というのは、力士をいまよりももっと強くするため行われるものである。しかるに、ここには強くなった力士は存在しない。彼は、強くなるどころか、死んでしまったのである。だから、時津風部屋で行われた行為は、ことばの定義上、稽古ではない。そんなこと、あったりまえではないか。
さて、次。沖縄戦における「集団自決」での日本軍の関与についての記述が教科書検定で削除された問題で、文部科学省は、記述の修正の検討を始めたそうである。町村信孝官房長官いわく、「教科書検定には政治が関与しないということを踏まえないといけないが、沖縄の人たちの心や痛みをしっかりと受け止めて、何ができるか、文部科学省に考えてもらっている」。・・・???・・・。これって、ナニ???いまの教科書検定の制度自体、政治の関与であるということを、知ってておっしゃっているのか、それともまさか知らないでおっしゃっているのか。いずれにせよ、どうしようもなくトンチンカンな発言で、怒るどころか、笑ってしまった。
しかし、極め付きは、三番目。それは、海上自衛隊の給油に関連し、それがイラク作戦向け艦船へ転用されているのではないかという疑惑に対する政府の説明である。平たくいうと、転用された事実を認めつつも「どこに転用されているかは知りません」という主旨の開き直りであった。ボクは、こういうのを「悪意の善意性」と呼ぶことにしている。この論理が通るのであれば、最近社会問題化している「闇サイト」を運営している連中の論理だって、同じようにまかり通ってしまうことになる。つまり、「サイトでどういう情報が交換されているか、一切知りませんし、関知しません」という論理である。闇サイトでは、犯罪に関わる情報が提供されている。そういう事実があるかもしれないということを予感して、「善意」すなわち自分は「知りません」という態度をとる。しかしだね、ここには、善意を装う動機そのものが、悪意であるという構造が、疑いなくあるじゃあないですか。こんな論理を正々堂々と、あるいはしらじらと言ってのけて、それでもまあ大丈夫だろうなんて思っているところが、いまの日本の政治家たちの限界だね。

2007年09月05日

神話とジェラート

世の中には、自分がそう信じていたいがために、あえて真実をつきつめて明らかにしたくないような神話がたくさんある。それは、子供がサンタクロースを信じ続けるのと同じ論理である。サンタクロースがいると信じていた方が、いるわけないと冷静に考えるより、子供にとって圧倒的に得だし、家族全体も和やかになる。それゆえ、サンタクロース神話は、科学がいかに進歩しようとも、未来永劫ずっと引き継がれていくわけである。
ボクの場合、そのように信じている他愛もない神話としては、食に関するものが多い。
「酒は百薬の長である」(←これは神話ではなく諺だな)。
「赤ワインを毎日すこしずつ飲むと癌になる確率が下がる」(←これは神話でないという有力説あり)。
「エビスの黒ビールは健康によい」(←これはあんまり聴かないが、エビスってところがもう完璧な神話になっている)
・・・などなど。
なーんだ「食に関する」じゃなくて「酒に関する」じゃないか、という野次が飛んできそうであるが、ま、こういう神話を信じて中年オヤジは頑張っているものなのである。
さて、この夏をすごしたバンクーバーで、ボクがずっと信じ続けた神話がひとつありました。それは「ジェラートはアイスクリームよりも低カロリーである」というもの。夕食のあと、ほとんど毎日のように、ジェラートを食べに行ったので、もうこの神話がなかったら、ヤバイのなんの。一番小さなカップに1スクープしか注文しないのだが、それでも「大丈夫、低カロリーなんだから」と、自分に言いきかせていたのでした。
なぜそんなに毎日通ったかというと、ジェラートを食べるというのが、ボクにとっては夏のお決まりの光景になっているからである。お気に入りは、KerrisdaleにあるVivo Gelatoという店。ここには夏休みだけのアルバイトといった高校生ぐらいの店員さんがふたりいて、慣れない手つきで働いている。その様子がなんともういういしくて、とってもよい。そして、いつも家族連れ(たいていお父さんが短パンを履き、お母さんはノースリーブ)で適度に込んでいて、ちっちゃな子供たちがわいわいキャーキャーとにぎやかにしている。これらが、ボクにとってはほのぼのする光景として、目に焼きついているのである。
ところで、本当にジェラートはアイスクリームより低カロリーなのだろうか。
あはは、ジェラートっていうのはアイスクリームのイタリア語なの、だからそんなわけないでしょ、などという嘲笑(←なぜか女言葉)が聞こえてくるような気もするが、本当かな、とおもって、グーグルってみました。そしたら、ですね、なんと、ですね、日本には「日本ジェラート協会」なるものがあるんですね。で、そこには、ボクのような無知の人のために、「ジェラートとは」と説明書きがながながと書いてあるのであります。
「ほとんどのジェラートが乳脂肪5%前後で低カロリー、100g当りのカロリー量も120カロリーでショートケーキの340カロリー、食パンの260カロリーと比較して圧倒的に少なく、栄養価の高い健康食品です」
やったね。どうだ。ざまあみろ(←?)。
ただ、そう説得されても、どこか自分の中に「ホントかな」という一抹の疑問が残っている。おそらくそれが、神話の神話たる所以なのである。

2007年08月05日

世界は狭いか

ボクが最近興味をもっているのは、アメリカの独立前後の歴史であるが、この前ある本を読んでいて、いろいろ面白いことを知った。たとえば、アメリカの司法権の独立を確立した判決で知られる最高裁判所長官ジョン・マーシャル。この方は、トーマス・ジェファーソンの従兄弟にあたるのだそうである。ジェファーソンは、ご存知の通り、アメリカの第3代大統領であるが、ジェファーソンは、ワシントン、アダムスと続いてきた連邦党政権にかわって、はじめて共和党から大統領となった。しかし、一方のマーシャルは、連邦党の側の政治家で、躍進する共和党の政治的主張をにがにがしく思っていた。そのマーシャルが、(最高裁判所長官の役目として)ジェファーソンの大統領就任式を執り行わなければならなかったのは、なんとも皮肉なめぐり合わせであった。
また、ジェファーソンと大統領の座を争ったアーロン・バーという政治家。この二人のあいだで大統領指名をめぐって繰り広げられた政治プロセスは、それ自体、実に興味深い。で、結局、バーはジェファーソンの副大統領となる。しかし、その後の話はもっと面白くて、彼は酒場で決闘をすることになるのである。この決闘の相手が、なんとアレキサンダー・ハミルトン。ハミルトンはアダムスの後継として連邦党を盛り立てていかなければならない人物であったのに、バーはこの決闘でハミルトンに致命傷を負わせてしまうのである。当時の決闘のしきたりでは、一発目は空にむけて打つことが決められていた。銃の名手であったハミルトンはそれに従って打ったのであるが、バーは銃の扱いが下手で、狙いもしないのに一発目でハミルトンの心臓を打ってしまった。ハミルトンが死に、連邦党はついに命運が尽きることになる。そもそも、バーは、大統領の座をジェファーソンと争ったとき、連邦党の側に担がれていた人物である。そのバーが、連邦党の将来を託されていたハミルトンを殺してしまったのである。これも、なんとも皮肉なことであった。
こういう事実関係をいろいろ知ると、当時は誰もが誰もを知っていた、そういう時代だったんだな、と思えてくる。そういえば、日本でも、明治維新の前後に活躍した人たちも、ネットワークでつながっていた。吉田松陰の松下村塾人脈はもちろんのことだが、それ以外にも、たとえば道場つながりというのがあった。たとえば、それぞれが有力な人物となるはるか以前に、桂小五郎と坂本龍馬がどこかで一度手合わせをしたという話をきいたことがある。人的なつながりがいろいろな形で張り巡らされていたことが、革命を実現する大きな原動力になったことは間違いないのである。
しかし、このように狭い世界の中でいろいろなことが決まっていくのは、あながち遠い昔の話だけではない。というのも、ボクは、日本の若手エリートの集まりのような会合とかパーティに、一時期顔を出していたことがある。○○省で活躍されている方、将来が約束されている××社の御曹司、テレビで見たことのある新進政治家、そしてそうした人たちのネットワークをつくっている黒子のようなマスメディア関係の人・・・。で、そういうところにいると、こういうところに集まる人々が話し合う中から、日本という国家の大きな流れが、決められているんだな、と実感した覚えがある。
やはり、世界は狭いのではないか。その「世界」に入れないというかなじめない人間には、ちょっと苦々しいけど、そんな感じがするのである。

2007年06月24日

日本語になりにくい英語

最近論文を翻訳する機会が多く、そのたびに日本語になりにくい英単語に苦労している。で、いつかそういう単語をAからZまでひとつずつ集めて「訳しにくい英単語集」という本でも出そうかと思っているのであるが、まめにメモを取ることをしないので、いっこうにそのリストが完成しない。しかし、今日はそのリストの候補になると思われる単語をここにちょっといくつか並べてみようかと思う。あとで付け足していってもいいしね。
まず、Aはというと、これは結構候補を挙げることができる。たとえばavailable。あるいはその名詞形のavailability。これがどちらもなかなか訳せない。「ありえる」とか「手に取ることのできる」とか訳して通じるときもあるが、それでもピッタリ感がない。「利用可能な」と訳したりするときもある。Are you available on Sunday?は「日曜日、お暇ですか」とか「ご都合つきますか」と訳さなければならない。Is she available now?を「彼女って、いまカレシ募集中?」と訳さなければならない場合もある。
Aのもうひとつの有力候補はalternative。いつかゼミ生たちにからかわれたことがあるが、どうもボクは授業中にこの言葉を「オルターナティヴ」とカタカナ読みにして、すでに結構使っているらしい。これを「もうひとつの選択肢」とか「代替案」とか訳しても、ピンとこない。外国のCD店にいくと、「ちょっと変わった趣味の」とか「めずらしい」とかいうジャンルの音楽を指す場合にも、この言葉が用いられている。いい加減日本語にしてもいいのではないか、と思うくらいの単語である。
Cの有力候補はcool。もうこれはクールと訳すしかない。He is so coolは、「カッコイイ」や「素敵」では、全然通じない。日本語の「カッコイイ」とか「素敵」という言葉は、下から上へ見上げているような眼線にのっている。これに対してcoolは、対等な相手に対して「アイツいいやつだよ」という感じで使われるし、そのように自分も努力してなりたいというようにあくまで対等感が暗黙にこめられている。
Cでは、civilという言葉もある。政治学では「市民の」とか「市民的な」と訳されるが、これではまったく通じない場合がある。たとえば、喧嘩をしたあとの友人同士や離婚したあとの元夫婦の関係がcivil to each otherであるというのは、再び会う機会があっても取っ組み合いや引っ掻き合いに発展するのでなく、すくなくとも対話が成り立つ程度には穏やかである、という意味である。そうそう、これと似たような意味で使われるbehaveという言葉も、なかなか訳せない。そうした再会の場で「did he behave?」というのは、「わきまえた行動をとっていたか」という意味である。これを辞書通りに「行動したか」と訳したのでは、わからない。
Oblivious。これも、なかなかいい訳が浮かばない単語である。「忘却している」なんて辞書通りに訳したら、意味がまったく伝わらない。She is so oblivious to everyday lifeとかいうと、「世事に疎い」とか「浮世離れしている」とかいう意味(大学教授みたいに?)である。幼い子供たちが、まわりにある危険を顧みず、一心不乱に道路の真ん中で遊んでいたりする様子も、この言葉で表現できる。こういうと、純真さをイメージするかもしれないが、そればかりではない。とんでもないマイペースでまわりにまったく気を使わない人を、oblivious to others とかいうこともできる。電車の中でマナーのない人をみると、ボクは「ミスターオブリヴィアス」とか「ミスオブリヴィアス」とか呼ぶことにしている。これ、流行らせたいなあ・・・。

2007年04月04日

マーケット

この前ニューヨークを訪れたとき、リンカーンセンターの地下のホールフーズマーケットに行った。
当地の事情に詳しいある人から「とてつもなく広いスペースにホールフーズが出店したんですよ」と聞いていたので、セントラルパークを散歩したあと立ち寄ってみた。
そしたら、本当にここのホールフーズは、凄かった。
どどーんと、日本でならば有明とか幕張とかにあるコンベンションセンターぐらいの広い空間に、ありとあらゆる食材がアイルごとにきれいに整理されて並んでいる。壁際には、フィッシュとミートの陳列だなが、どこまでも延々と続いている。量り売りのセクションも、実に充実していた。
ご存知の通り、ニューヨークは人種や民族のるつぼである。だから、異なった人々の趣向や生活に合わせて、多種多様の品揃えがしてある。みたこともないような魚が眼を見開いていたり、「ナニコレ?」というような異様な形状の野菜が並んであったり、名前をきいても当然何だかわからないような食べ物が調理されて、売られている。
手にとったり、匂いをかいでみたり・・・。とにかく見てまわるだけで楽しい。
日本には、世界有数の「築地」という市場がある。しかし、一般の人々が日々の食材を調達するマーケットについて言えば、日本人に与えられている選択肢は、情けないほど貧弱である。コンセプトとして一番近いのは、いわゆる「デパチカ」ではないかと思われるが、なにしろ規模が違いすぎて、話にならない。すくなくとも東京近辺ではそうである。あそこでは「いかに早くこの息苦しい空間から抜け出るか」を優先してしまい、ゆったりと「さて今晩は何をつくって食べようかな」などと考える余裕が生まれない。
「Whole Foods Market」は、知っている人は知っているが、自然食にこだわった北米の(チェーンの)店である。スタンフォードにいたときにも近くにあってお世話になったが、そのようにこだわったマーケットであるにもかかわらず、大量の品揃えができてしまうところが凄いと思う。ボクが長く住んでいたバンクーバーにも、やはり自然食を重視した「Capers」や「Choices」という店があった。そういうこだわりに関しても、日本人に与えられている選択肢は限られているとしかいいようがない。確かに最近日本でも自然食の店がいろいろなところにできてきたが、どれも規模が小さくて「選んで買う」というまでにはなかなかいかない。
ボクがあこがれている究極の生活は、毎日仕事の帰りに品揃え豊富な自然食マーケットに立ち寄り、そこでインスピレーションを得て、晩御飯の献立を考えて、必要な食材を買って帰るという生活である。
しかし、いまの自分の生活パターンを振り返って考えてみると、そんな穏やかで豊かな生活からはほど遠い、という感じがする。どうして夜の10時半とか11時ごろまで、外で飲んだり食事したりする日々がこうも続いてしまうのだろうか。どう考えても、それはマットウな生活とは思えないのだが、いかにしてそこから抜け出せるか、いまのところうまく戦略をたてることができないでいるのである。

2007年03月15日

不自由を選択することの自由

ニューヨークのホテルからJFK空港まで、タクシーで行った。JFKから市内までは、均一料金で45ドルだが、その逆は必ずしもそうと決まっているわけではない。しかし、この運転手さんは、フラットにしてくれた。
人のよい、フレンドリーな運転手さんだった。
彼は、バングラデシュからの移民だった。
5年ほど前にアメリカに来て、帰化したのだそうである。「今度国へ帰るんだよ」と、嬉しそうにいう。こちらで結婚し子供ができたので、家族を連れて故郷へ帰り、両親に見せたいのだそうである。お父様が最近心臓の手術を受けられて、ここのところずっと心配しているのだ、ともいう。
いうまでもなく、タクシーの運転手としての稼ぎは、それほど大きくはない。
しかし、彼はいう。「子供二人連れてバングラデシュまで行ったら、とっても高くつくのはわかってる。帰ってきたら、破産みたいなもんだよ。でも、金は問題じゃない。金なんか後からどうにでもなる。でもオヤジが子供たちに会えるのは、今しかないかもしれない。そうだろ?」
「その通り。」
ボクは、このような考え方が大好きである。
そして、ボク自身、同じような生き方をしているように思うので、とっても共感した。
では、このような考え方、生き方とは、どういうものか。
それは、不自由を選択することの自由を大切にする、ということである。
・・・などというと、ちょっとコムズカシイので、もうすこしわかりやすくいうと、ですね・・・
現代人は、いつでもさまざまな選択肢を持って生きているわけですね。何を食べようか、何を着ようか、この人とデートしようか、あの会社に就職しようか、などなど。しかし、ボクには、それと同時に、人には、(このタクシーの運転手さんのように)その時々でやらなければならないことが与えられているようにも思えるのであります。
で、これは、倫理の問題とか道徳の問題とかではない。ここにあるのは、究極的には「いかにして自分が幸せでいられるか」という個人の(もっといえば個人主義的な)判断ではないか、と思う。
たとえば、この運転手さんは、今故郷に帰らないと決断した場合の、その後の自分の人生が(たとえ金に困らないでいられるとしても)どれくらい不幸せなものになるのかを、よくわかっているのである。だからこそ、たとえお金に困るという「不自由」が生じるとしても、それを自らよろこんで引き受けようとしているのである。今、故郷に帰れば、子供たちとお祖父さんとが会えたという記憶が残る。そしてその記憶は、当然、子供たちにもずっと長く残ることになるのである。
こうした考えは、幸せなるものを刹那、刹那に捉える限りでは、生まれてこない。しかし、ボクにいわせれば、幸せとは、時間を超えて、今日だけでなく10年先、20年先のことをも考えた上で、自分に与えられている最良の選択肢を選びとることに他ならないのである。

2007年03月10日

ローマの休日の共有知識

ニューヨークまでの飛行機の中で、「ローマの休日」を見た。
いうまでもなく、オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックが共演する古典的名作である。もう、何度見ても面白い。そして、もう何度見ても(オードリー・ヘップバーンが)可愛い。なんというか、ため息が出てしまうほど、可愛い。
彼女はこの映画でデヴューした。だから、最初の出演者の字幕のところで、「introducing Audrey Hepburn」と出る。ま、結構知られた話だが、最初、大俳優のグレゴリー・ペックは、自分主演の映画だと思って、この映画を作り始めた。ところが、撮っているうちに、これは大変な新人と共演しているのだと気づいた。それで、宣伝用のポスターの題字の大きさを、二人とも同じにしてくれと、彼から頼んだ、のだそうである。
この映画の最後のシーンは、一日中楽しいデートをしたものの大使館に戻らなければならず悲しいサヨナラをした翌朝に、ヘップバーン扮する王女さまが、大勢の記者たちと面会するシーンである。彼女はその中に、思いもかけず、ペック扮するアメリカ人記者が立っているのを発見する。いうまでもなく、この映画の最大のキモがここにある。なぜここがキモかというと、この場面は(ちょっと学術的用語を使ってしまって申し訳ないが)二人の間で「共有知識」がはじめて成立する場面だからである。
つまり、彼は、彼女が本当は王女であるということを知って(それを特ダネにしようという下心をもって)、前日デートをしていた。しかし、その段階では、彼女は彼が記者であるということは知らない。もちろん彼は、彼女が知らないということも知った上でデートしていたのである(←この辺に「やっぱりこの映画、ジェンダーバイアスがかかっているわよね」という批判が成立しそうであるが、ちょっとそれはおいておく)。で、この最後のシーンがキモであるのは、彼女が「ああ、そういうことだったの」と、状況をいまはじめて正しく理解したということを、表情ひとつでみせなければならないからである。このシーンにおけるオードリー・ヘップバーンの(表情ひとつだけの)演技で、この映画が素晴らしいものになるかそうでないかが決定する。そして、それが本当に素晴らしいので、われわれはこの映画を何度も何度も見ようという気になるのである。
もちろん、グレゴリー・ペックの方も負けていない。なぜかというと、この場面で、彼は、彼女がすべてを理解したんだということを理解したことを、こちらも表情ひとつでみせなければならないからである。そう、共有知識というのは、両方が知っているというだけでは成立しない。二人とも知っており、二人とも相手が知っているということを知っており、二人とも相手が相手が知っているということを知っているということを知っており・・・・(無限に続く)・・・という状況でなければならないのである。
ところで、いうまでもないが、ここにはもうひとつの共有知識がある。
それは、この映画を見ているわれわれ観客は、前日まで彼は知っているが彼女は知らない、そしてこの場面で初めて彼も彼女も知るようになるんだ、ということをすべて知っているということである。
映画の面白さは、登場人物のあいだで成立している(あるいは成立していない)共有知識と、観客のあいだで成立している共有知識のズレにあるといえるのである。

2007年02月26日

死について

最近、死について考えることが多かった。
そこで、今日は、死について、これまで聞いたり考えたりしたことの中から、すこし書いてみようかと思う。
・人間は、他人の死しか経験することができない。人間が自分の死を経験することは(「経験」なる行為が生きている間しかできないので)定義上ありえない。だから、「死とはなにか」というような哲学的思索をするとき、われわれはあくまで他人の死を念頭に置かざるを得ない。
・柄谷行人がどこかで書いていたが、人間は「死」と「不在」をうまく区別することができない。ある人が長い間不在であることと、ある人が死んだということがもたらす効果は、経験的には同じはずである。そうだとすると、「死」は社会的にしか定義することができないことになる。もっといえば、人間が死ぬためには、葬式という儀式がなければならない。つまり、人間は、その共同体の中で「○○さんは死んだ」ということをみんなが確認しあうことを通して初めて死ぬ、というわけである。
・肉体は滅びるけれども魂や精神は死なないという考え方は、世界のいろいろなところに共通してある考え方だそうである。そういう考え方をもっとも良く表しているのは、次のような社会である。その共同体社会の中で、△△さんが死んだとする。するとその共同体に次に生まれてくる子供に△△という名前をつける。そうして、魂や精神は循環し、決して去っていかないと考える社会がある。
・この前、タクシーに乗ったら、運転手さんが三浦半島のさきの三崎市にお住まいの方で、その地方での葬式に関して、興味深い話を聞かせてくれた。もともとその地元に住んでいる人たちは、葬式というのは、へべれけになるまで飲んで騒いで、陽気に行うものだと考えている。しかし、新しくこの地方へ移り住んだ人たちは、葬式というのは、しめやかにおごそかに行うものだと考えている。この考え方の違いが、けっこう頻繁に喧嘩のたねになるのだそうである。これも、人間の死の社会性を物語る、ひとつのエピソードのように思える。
・先日、ある知り合いが亡くなり、お通夜に参列した。その方の遺言が尊重されて、無宗教でとり行われ、献花するだけのとてもシンプルなお通夜だった。このように、花輪は固くお断りしますとか、身内だけで済ませますとか、生前からの本人の意思に従って通夜や葬式を行う人たちが多くなってきたように思う。これらは、社会的な死を自分の死として取り戻そうとする試みなのかもしれない。こうした傾向が強くなってきたことをどう考えればよいのか、ボクにはよくわからない。
・ただボクも、最近、自分の葬式のことを考えるようになった。ボク自身も、自分の葬式では、ボクが好きだった音楽をかけてもらいたいと思っている。オスカー・ピーターソンが弾く「Hymn to Freedom」。『Night Train』というアルバムの最後に入っている曲である。

2007年02月08日

夜食に何を食べるか

夜食に何を食べるか。
これは、ボクのような中年諸氏にとっては、大きな問題である。
学生時代、ボクは平気で、夜食にインスタントラーメンを食べていた。
そう、カップラーメンではなく、インスタントラーメン。
もちろん両者の違いは、第一には、料理するのに鍋が必要か、それともヤカンだけですむか、である。しかし、もうひとつの重要な違いは、カップラーメンには、ほんのチョコッとであるが、具らしきものが入っていることにある。カマボコのようなもの。浅葱のようなもの。卵のようなもの。まあ、全部「○○のようなもの」にすぎないのだが、この申し訳程度に入っている具のおかげで、カップラーメンは一応それ自体で自己完結的にできている。
他方、インスタントラーメンは、原則として、具が中になにも入っていない。具は自分で調達することが期待されているので、袋には麺が入っているだけである。
つまり、インスタントラーメンは、それだけ食べても、栄養価はおそらくゼロ。このインスタントラーメンを、ボクは学生時代、躊躇することもなく、罪悪感にかられることもなく、夜食として食していたのである。
時代が経て、いまボクの家ではさまざまな河野家諸法度が整備されつつあり、その第一条が「ラーメン類、夜10時以降に食するベカラズ」である。ボクぐらいの歳になると、カロリーを摂取する機会は、同時に栄養分を摂取する機会でなければならない。だから、朝昼晩の三食以外にラーメン類を食べることはもちろんダメ。ポテトチップとか、アイスクリームとかも禁止。クッキーの類も基本的にはダメ、ということになっている。
ところが、最近、このクッキーが、食べてよい夜食のリストとして復活した。
なぜかというと、ボクは、最近たんぱく質不足が心配になってきたからである。とくにミルクを飲む機会がめっきり減ったことが気になっていて、一緒にミルクを飲むことを条件に、クッキーを夜食リストとして復活させたのである。今のお気に入りはOreoのサンドイッチ。甘くて、まあ三つも食べると、カロリー的には本当は一大事なのであるが、そこんところは目をつぶって、「たんぱく質摂取も大事だから」と言い聞かせている。それにしても、クッキーとミルクはよく合う。実際、クッキーをたべると、ミルクが何杯でも飲めてしまう。アメリカの子供たちが、クリスマスの夜、煙突から入ってくるサンタクロースのために用意しておくという伝統もよく理解できる。
ところで、夜食を食べると、朝起きたときに身体が重たい。
それゆえ、夜食は翌朝、ジョギングに行くというインセンティヴを生む。
これが好循環を生み出しているかというと、そうでもない。
ジョギングに行くと、結局、また大きな朝食を食べたくなってしまうからである。今日なんかは、ジョギングの帰り道に、24時間開いているスーパーにわざわざ立ち寄って(現金を持って出るのである)、国産牛肉を買い、小松菜も買い、なんと朝から「焼肉」を食べてしまった。大根おろしと醤油につけて食べたので、白いゴハンももりもり食べてしまった。でも美味しかったッスよ。
あーあ、なんだかんだいって、やっぱりボクは食べることが大好きなのである。

2007年02月03日

プレゼントとしての花束

昨日ゼミ生たちが研究室へこぞってやってきて、ボクに卒業論文を手渡すという儀式が行われた。ひとりひとりから手渡されたボクは、ひとりひとりに「ご苦労さん」とねぎらい、ひとりひとりと記念撮影。去年も同じようなことがあったので、この儀式もわがゼミの伝統として確立されつつある。
みんな一生懸命書いたのだろう、ふっきれたというか「やることはやったもんね」という表情をしていた。その一方で、卒論を出し終わって、もう大学キャンパスとサヨナラしなければならないという実感がいよいよこみ上げて、ちょっぴり寂しそうであった。
そのとき、ゼミ生たちから、花束を頂いた。
じーんときた。疲れていたせいもあって、ちょっと涙がでそうになった。ピンクと黄色の花が多く入った花束であった。ついこの前のバースデーパーティの時にも、やはり彼らから花束を頂いたのであるが、そのときは紫の花が多かった。お、こいつら、結構細かいところまで、気を使っているな、と感心してしまった。
いうまでもないが、プレゼントとして、花束は最高である。
花束をもらって嫌な気がする人はいない。第一、花束は綺麗で目立つ。だから、もって歩いていると、必ずまわりから視線を浴びる。みんなこっちを向いて、「うん?なんだ、なんだ?なんでコイツ、花束なんか持って歩いているんだ?」という一瞥をくれていく。すると、こちらとしては「へっ、いいだろう」と、ふんぞり返りたくなる。「へへっだ。オレは花束をもらうぐらい、愛されてるんだからね」と、妙な優越感にひたれる。
とくにボクのような中年男性が花束をもらう機会は、めったにない。それゆえ、けっこう珍しそうに、そしてうらやましそうに、見られる。昨日の夜は、ボクは新幹線にのって新大阪まで行かなければならなかったのだが、実際、車中でいっぱいそうした視線を浴びた。となりに座った美人さんも、ちらちらと、花束とボクとを見比べていた(←というような気がした)。
花束がプレゼントとして最高なのは、短命だからである。花束は、もってせいぜい三日とか五日ぐらいである。つまり、ずっと後まで長く残ることがない。だから花束は、プレゼントとしてとても贅沢である、といえる。
そして、長く残らないものを贈るというのは、贈る側の心遣いをあらわしている。長く記念に残るものをプレゼントとして贈るのは、考えようによっては、「ずっと私のことを忘れないでね」ということを意味していて、押し付けがましい行為である。命はかない花束を贈る方が、ぜんぜん潔いし、大人だし、カッコいい、とボクは思う。
さて、ところが、昨日もらった花束は、新幹線の中が乾燥していたせいもあって、新大阪へついたとき、すでにちょっとシュンとしてしまっていた。このままでは、次の日までもちそうもない。そこで、どうしようかと迷ったが、ホテルのフロントでボクをチェックインしてくれた女性に、「これ頂いたものだけど、どこかに飾っていただけませんか」とお願いして、渡すことにした。そしたら、その女性はとてもとても喜んで、顔を赤らめていた・・・。
・・・↑というような気がした・・・
そう、一人で自己満足にひたれるところも、花束をプレゼントすることの素晴らしいところである。

2006年12月10日

愛することと愛されること

昨日ゼミのOB会があった。
一年に一度、年末恒例の行事である。
遠くから、忙しい1期生、2期生たちも参加してくれた。
いつの間にこんなに大所帯になったのだろうというくらいの人数であった。
ボクのゼミを通して、これだけ多くの人々が繋がっているのだという事実に、感動した。
すこしはボクも世の中の役にたっているのだと思えて、嬉しかった。
みんな、いい子たちである。
みんな、ひとりずつ、本当に可愛い。
みんな、ひとりずつ、自分なりに真剣に人生を歩んでいる。
人間だからそれぞれ悩みや嫉みや恨みを持っているに違いない。
まだ若いからそれぞれ自分の将来に不安を抱えていないわけがない。
しかし、みんな一生懸命、それらと格闘している。
その姿が、それぞれ輝いている。
知っている人は知っているが、ボクは最初から大学の教師になろうと思っていたわけではなかった。
大学の教師になったのは、ま、はっきりいって、偶然みたいなものであった。
しかし、いま、大学の教師になって、本当に、本当によかったと思う。
こんなにいい子たちにいつも囲まれて、これ以上を望んだら、バチあたりである。
損得のない人と人との付き合いは、社会に出てしまった後では、なかなか経験できるものではない。
大学のゼミとは、そういう付き合いが可能なのだということを実感できる、貴重な場である。
そういう付き合いがあることを知って社会にでて人生をおくる人と、知らないまま一生を終える人とでは、人生の豊かさに格段の違いがある。
一期生の一人がいっていたように、そうした付き合いこそ、人生において「いつも戻って来れる心の原点」にほかならないからである。
これからもずっと、ボクのゼミとそのOB会が、そうした原点を提供できればいいと思う。
もう14年も前に娘が生まれた時、遅まきながらボクが学んだことは、人を愛するということは、その人に対して無償の愛をささげることなのだ、ということであった。
無償の愛とは、いうまでもなく、損得勘定などが入り込む余地のない愛のことである。
人間だから、いつか見返りがあるのではないか、これだけの愛を注いだらきっと相手も愛を返してくれるのではないか、などと期待してしまうこともある。
ま、そういうこともあるかもしれない。
しかし、面白いことに、いや本当に面白いことに、無償の愛をささげると、無償の愛がちゃんと返ってくるのである。
人を愛するということがどういうことなのかを、ボクは娘に、娘の笑顔と仕草に、教えられたのである。
人を愛するということは、素晴らしい。
なぜなら、人を愛するということが、人から愛されること、だからである。

ゼミ生のみなさん、ゼミのOBのみなさん、また来年元気に顔を合わせましょう。

2006年12月08日

道路標識の謎

最近ずっと考えている問題に、道路標識の矛盾がある。
きっと同じような例は日本にもあると思うが、具体的にボクの頭を悩ましているのは、今年の夏バンクーバーでみた、二つの標識である。
それは、
1)月曜日から金曜日の3-6時まで、ここには駐停車してはいけない
という標識と
2)月曜日から金曜日、ここには2時間まで駐車してよい
という標識である。
道路標識とは法律の一種である。ということは、これは法律には二つの異なった方向性をもつものがあることを示唆している。ひとつは1)のようなネガティヴな法、つまりなにかを禁止している法であり、もうひとつは2)のようななにかを許可しているポジティヴな法である。
この辺までは、まあ当たり前の話かもしれない。
さて、実際にバンクーバーへ行ってみるとわかるが、この二つの標識は、ときどき隣り合わせに張られている。すると、どうしても一瞬頭が混乱する。これはどういう意味なんだろうか、と。あれ、いまここに車をとめてもいいのかな、と。
もし2)だけであれば、たとえば水曜日の4時にそこに駐車しても、罰金をとられることはない。もちろん4時から2時間以上駐車したら罰金をとられるが、2時間を越えなければ問題はないはずである。しかし、2)と1)の標識が両方あったら、これは4時に駐車してもよい、ということにはならない。おかしいことに、2)を字義通り解釈すれば4時にとめてもよいことになっているから、それをたてにとめてもいいではないかという議論もできそうな気がするが、そのような解釈にもとづいて駐車したらたちまち罰金を払わなければならないことになる。
これは、どういうことなのだろうか。ポジティヴな法とネガティヴな法があったら、かならずネガティヴな法の方が優越する、ということなのだろうか。これも興味ある問題だが、ボクにはもうひとつ重要なメッセージがこの先にあるように思えてならない。
それは、ネガティヴな法とポジティヴな法というのは、人間社会の基本的な見方として対抗関係にあるということである。ネガティヴな法というのは、3-6時以外であれば、何時間でもとめてよい、ということを意味する。ということは、一見とても規制的にみえるが、それはわれわれにより多くの裁量を与えるような見方を提供している。これに対して、ポジティヴな法というのは、2時間はとめられますというように、一見われわれに対して多くの特権を与えているかのように見えるが、それは逆に「2時間しかとめられない」ということをいっているのであるから、より規制的で、小さな裁量しか与えていない見方に立っているように思える。つまり、法が前提として考えている人間社会のあり方について、ネガティヴな法の書き方のほうが、われわれの自由をより大きくとらえる見方になっているのではないかと思うのである。
ご存知のとおり、現行の日本の憲法には、次のように書いてある。
第十九条【思想及び良心の自由】
 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十条【信教の自由、国の宗教活動の禁止】
 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
なぜ、19条はネガティヴに、そして20条はポジティヴに書かれているのか、謎はますます深まるのである。


2006年11月23日

コーヒーテーブルと写真と日本のプライバシー感覚の話

ボクのうちにはコーヒーテーブルがある。それは、ソファーの前に置いてあって、2段の透明なガラスでできている。ボクの家に招かれたゲストたちは、まずはそこへ案内され、コーヒーやお茶のもてなしをうける。時間帯によっては、ビールやワインということもあるが、我が家ではとりあえずそこが一服する場所、ということになっている。
前に北米に住んでいたとき、どこの家のコーヒーテーブルにも、コーヒーテーブル用の、趣味のよい本や写真集がおいてあった。ホストがコーヒーや紅茶の用意をしたり、あるいはディナーを料理したりするあいだ、ゲストが手持ちぶさたにならないよう、ぱらぱらとめくるために置かれているのである。それゆえ、なかなか手にはいらない有名な小説の初版本とか、面白いジョーク集とか、凝った写真集がおいてあることが多かった。
ボクはこの習慣はとてもよい気配りになると思っているので、うちのコーヒーテーブルにも常時いくつかの本と写真集を置くようにしている。現に今置いてあるのは、ひとつはカナダで買ってきたグレン・グールドの写真集。もうひとつは南アフリカで買ってきたサファリ(ボクが実際に泊まったリザーブ)の写真集。もうひとつは韓国で買ってきた、夭逝した現代芸術家の作品集。そしてもうひとつは卒業生たちがくれた吉永小百合の写真集。このように、ボクはボクなりに、おもしろい組み合わせを考えて、どのような趣味をもった人が来訪しても対応できるようにしているつもりなのである。
ところが、最近気付いたのであるが、ボクの家を訪れる日本人の友人や知人たちは、これらの写真集を手にとって見ることがまずない。(面白いことに、外国人は必ず手にとる。)どうもうちに来る日本人は、コーヒーテーブルにおいてあるそれらのものが、ボク自身がよく手にするパーソナルな品々で、覗いてはいけないものと思ってるらしいのである。そういえば、コーヒーテーブルの上の写真集だけではない。ボクの家にはいろいろなところに、自分や家族や友人の写真が飾ってあるのであるが、彼らはそれらについても、横目でちらちらみるだけで、お世辞のひとつも言わない。ましてや「ここに写っているこれ誰?」などと質問することもないのである。
こうした経験は、日本におけるプライバシー感覚のちぐはぐさを物語っていると思う。ボクにしてみれば、ある人を家に招待したということは、もうその時点で、その人に対して自分のプライベートな空間を見せる覚悟を決めたということを意味する。だから、ボクにいわせると、すでに家まで入り込んできているくせに、コーヒーテーブルの上の写真集を手にとらなかったり、壁にかかっている写真について何もコメントしないのは、むしろおかしい。もちろん、どうしても隠したいベッドルームとか洗濯物とかのある部屋は、ドアを開けてないので、そこではちゃんとプライバシーを守っている。しかし、こちらが共有するつもりでいた空間を共有してくれないのは、どこか手を差し伸べたのに拒絶された感じがして、寂しい感じがするのである。
もしボクがある人の家に招待されていくことになったら(そしてパーソナルな写真がそこに隠さず飾ってあったら)、そのホストはボクとプライベートな空間をある程度共有する心構えでいるのだなと解釈すると思う。そのとき、こちらが何も反応しなかったら、かえって相手に対して失礼にあたってしまう。なぜなら、それは、自分にはあなたとプライベートな空間を共有する心構えがありませんよと宣言しているととられても仕方ないからである。

2006年11月20日

本能と直感について

先日、ある人と話していたら、われわれ人間が普段の生活においていかに本能や直感に頼って生きているか、しかしそれにもかかわらず、いかにそうした能力を過小評価しているか、ということで意見が一致した。いうまでもなく、近代以降、人間社会においては、「理性」なるものが重んじられるようになった。また、喜怒哀楽といった「感情」も、人間にとってそれなりに大事であると、一般に考えられている。それに引き換え、本能とか直感はどちらかというと軽んじられ、むやみやたらにそれらに従ってはいけないと諭されることが多いように思える。しばしば、本能に従うことは、他の動物と同じレベルに人間を引き下げる、蔑むべき行為であるかのように語られる。そして、われわれは、学校選びとか結婚とか就職とかいった人生の岐路の重大な決定を、単なる直感によって決めてはいけないと、小さい頃から教えられて育つ。
しかし、人間も動物である。動物は、種の保存や身の安全のために、さまざまな鋭い感覚を発達させている。たとえば、動物は、すれちがいざま(あるいはすれちがうはるか以前から)、瞬時にして、相手が自分に対して危険な存在かどうかを直感で察知するようにプログラム化されている。同様に、動物は、膨大な選択肢の中から、子孫を残すためにはどの相手と生殖行為を行うのが適切かを、本能的に見きわめるようにプログラム化されている。当然のことながら、そうした感覚は、人間も身につけている。そして、実に驚くべきほどに、われわれは普段から、そうした感覚をおおいに使って生活しているのである。
たとえば、われわれは、電車に乗って席が空いていても、その空いている席の横に座っている人の目つきとか風体とかから何かを感じとって、「この人の隣りには座りたくない」と瞬時に判断する時がある。また、われわれは、暗闇を歩いていて向こうに人影が見えたとき、その人影の動きや雰囲気から、それが危険な人物かそうでないかを、やはり瞬時に判断することができる。さらに、われわれは、食事の席やパーティーの場で、ある異性が自分に対して関心を向けてくれているかどうかを、その人の視線とかボディランゲージのようなものを通して実感することもある。これらの感覚は、その根拠を示せといわれると、なかなか示せるようなものではない。しかし、こうした本能とか直感が働いているからこそ、平均的な人生の中で、われわれはそれほど多くの事故にもあわないし、またそれほど多くの事件に巻き込まれることもない、ともいえるのである。
それゆえ、コミュニケーション手段が文字媒体であるとき、しかも手書きの手紙ではなく、電子メールのような決められたフォントを使わなければならないとき、われわれは、多くの利用すべき感覚を利用できない状態のまま、意思疎通を図ろうとしているのだ、といわねばならない。電子メールのやりとりから、友情や愛情を育んだり、信頼や尊敬を構築しようとすることはきわめて難しい。電子メールは便利であるが、電子メールによるコミュニケーションが誤解や行き違いに発展しやすいことは、肝に銘じておかねばならない。
さて、近日中に、いよいよ新しいゼミ生候補たちとの面接が始まる。
ボクの直感と本能をフルに利用して、今年もまたよい学生たちにめぐり合えるようにしたい。

2006年09月30日

魅力ある人びと

久々に、先輩Mさんと、お気に入りの焼き鳥屋さんに行った。
このところ、Mさんと会うときは、この焼き鳥屋さんで、というのがパターン化している。
場所は、代々木上原。
ご承知の通り、代々木上原には落ち着いたオシャレな店がいくつもある。その中で、この焼き鳥屋さんは、いつ行っても混んでいる。昨日は6時半に予約をしていった。入ったときはだれもいなかったが、その後予約なしで入ってくるお客さんを全部断っていた。案の定、7時を過ぎた頃には、狭い店が満席状態になっちゃった。(そういうわけで、本当はみなさんにお店の名前を教えたいのですが、これ以上混んじゃってボクたちも予約がとりづらくなると嫌なので勘弁してください。)ボクは手羽先が絶品だと思う。それから、水餃子もおいしいし、ポテトサラダもなかなかである。
ところで、この店の若い女将さんは、とっても美しくて評判である。少なくともボクの中では大評判である。日本女性の美醜について、かなり厳しい眼をもっていらっしゃるMさんも、「ここの女将、本当に綺麗よね」と太鼓判を押す。で、しばらく、美しいとか綺麗であるとはどういうことか、ということでわれわれの会話が続いた。
Mさんもボクも、オーラというものを信じている。外見的に目鼻だちの整った人はたくさんいる。しかし、周りの目をひきつけるオーラは、やはり内側から湧き出てくるものである。内面が充実してないのに発することのできるのは、たかだか「光線」にすぎない。ワタシって綺麗でしょ光線とか、アンタなんかめじゃないわよ光線といった類である。光線を発しているような美人さんにも、たしかに1-2秒は目がいく。でも、すぐもういいやって感じになってしまう。しかし、オーラをもった人には、文字通り目が釘付けになる。こちらが意識的に目をそらさないと、ずっと見とれてしまう。ボクはとくに、ひたむき一生懸命吉永小百合風オーラと、純粋天真爛漫オードリーヘップバーン風オーラに、弱い。このお店の女将さんの場合は、優しさというか気遣いというか、客に出すひとつひとつの料理やサービスを丁寧にさせてもらってます、というオーラが自然に出ていて実に魅力的である。
では、オーラというのは何に基づいているのだろうか。よく、オーラは内面的な自信の現れである、というようなことをいう人がいるが、ボクは違うと思う。オーラは、自信があれば出る、というものではない。むしろ、自分自身をよく知っているという意味で、インテリジェンスに近いと思う。だから、面白いことに、オーラというのは、出したり引っ込めたりすることができる。一流の舞台俳優とかバレリーナとかは、そのことをよく心得ていて、ステージの上で自在に自分の出すオーラの量とか種類とかを操作している。
いうまでもないが、人生の良きパートナーにめぐり会えた人は、輝いている。ただ、その輝きはパートナーに出会ったこと自体から来るのではなくて、そのパートナーを選べば自分が輝くことができると知っていた自分自身のインテリジェンスに由来するのではないかと思う。人生の良きパートナーにめぐり合うことがむずかしいのは、相手のことをなかなか知ることができないからではない。自分自身をよく知ることがむずかしいからなのである。

2006年09月15日

財布という厄介

このあいだ財布を落としてしまった。一時肝を冷やしたが、幸運にも届けてくれた人がいたので助かった。
ボクの財布は、結構分厚い。分厚いといっても、現金で太っているわけではない。圧倒的に多いのはクレジットカードやポイントカードなどの類である。そのほかに免許証、教員証、診察券といったID系のカードがある。それから、おつりと一緒に手渡されるレシートがたたんで入っていることもあるし、突然貰った名刺などが紛れ込んでいることもある。
このように太った財布を持ち運ぶのは、結構厄介なものである。ランチに出るときに忘れるので、鞄やバックパックにしまっておくことはできない。上着の外ポケットにいれると、スリの被害にあうのではないかと心配である。上着の内ポケットにいれると、重いのでそちら側の肩だけ下がってしまって格好悪い。というわけで、ボクの場合は、ジーンズの左前のポケットにいつも入れている。右前のポケットには、鍵やコインがはいっているからそれでバランスがとれる。かつて、財布は左のお尻のポケットと決まっていたのであるが、あまりに分厚いので椅子に座ったときに財布がお尻に突き刺さるようで座り心地が悪かった。それで、左前ポケットに昇格(?)させたのである。(なお、そのあおりで、それまで左前ポケットと決まっていた携帯電話が行き場を無くしてしまった。今のところ鞄の中へしまうことにしているが・・・)
そう、今思えば、ここには、ひとつのシステムがしっかりと確立されていたのである。ボクの財布が左前のポケットに入っていることには、それなりの理由があったわけだ。
では、それにもかかわらず、なぜ今回、財布を落とすという失態を演じたのか。
実は、その日、ボクは新しく買ったジーンズをはじめてはいたのであった。ボクは、前にはいていたジーンズのポケットのところがちょうど財布の形に色あせているのが気になっていた。それで、きっと、すこしでも長く、そうした跡がつかないようにこの新しいジーンズをはきたいと無意識に思ったのだろう。ボクは、武蔵小杉駅で目黒線から東横線に乗り換える直前に、財布をジーンズの左前ポケットから上着の左外ポケットに移したのである。午後4時ごろで電車も空いているし、まあスリの心配はないだろうと思ってのことだった。
これが間違いであった。駅について座席から立ちあがったときに、ボクの財布は、上着のポケットにしっかりと収まっていなくて、ポロリと落ちた(らしい)。
ボクは、日吉の実家ですぐにそれに気付いて、東急の落し物係に電話をかけた。武蔵小杉から折り返し発車していた目黒線の車両を特定し、目黒駅で車内検査をしてもらうことになった。そしたら、ちょうどそのとき、目黒駅にボクの財布を届けてくれた人がいたのである。なんと幸運なのだろうと思った
その日のうちに、ボクは目黒駅まで取って返して、財布を受け取りにいった。
ボク「財布だから、もう出ないとあきらめていましたよ。こんなこともあるんですね。」
駅員さん「ま、世の中、変わった人もいますから。気をつけてくださいね。」(←??)
関係者のみなさま、ご迷惑をおかけしました。

2006年09月13日

幸せをめぐる連想ゲーム

Suppose you have a choice between a happy life with no money and an unhappy life with lots of money. Which do you think you will choose? 今、お金がないのに幸せな生活と、お金がたくさんあっても不幸せな生活という二つの選択肢があるとします。あなたなら、どちらを選ぶと思いますか。

Suppose, then, you have a choice between a happy life without a friend and an unhappy life with lots of friends. Which do you think you will choose? ひとりの友人もいないのに幸せな生活と、友人がたくさんいても不幸せな生活という二つの選択肢だったら、どちらを選びますか。

Further suppose you have a choice between a happy life without knowing much of the rest of the world and an unhappy life as a result of knowing different cultures and different ways of living in other parts of the world. Which would you choose? では、世界の他の地域のことをあまり知らないまま幸せな生活を送るのと、世界のいろいろなところの文化や生活を知ってしまったがゆえに不幸せな生活を送るのとでは、どうでしょう。

If you have a child, do you want your child to be happy, or do you want your child to be successful in life? もしあなたに子供がいた場合、あなたは、子供が幸せになることを望みますか、それとも人生で成功することを望みますか。

Do you yourself want be happy, or do you want to be successful? あなたご自身はどうですか、ご自分では幸せになりたいですか、それとも成功したいですか。

Do you want your child to be independent and strong, or do you want your child to be compassionate and kind to other people? あなたは、自分の子供に、ひとりでもたくましく生きていける強い子に育ってほしいと思いますか、それとも他人を気遣う心の優しい子に育ってほしいと思いますか。

And, do you want your child to be happy even though the child does not love you at all, or do you want your child to love you even though the child is unhappy? あなたをまったく愛してないのにその子供が幸せならばその方がいいですか、それともその子供が不幸せでもあなたを愛しているならばその方がいいですか。

Do you think you can find happiness in the freedom and fulfillment at each moment of your life, or do you think happiness is something that you discover just before you die, something that you can only judge whether your life was happy or unhappy at the very end of your life? あなたは、幸せは、そのときそのときを自由に精一杯生きることに見出せると思いますか、それとも幸せとは死ぬ直前になってはじめて発見するもので、自分の人生のいちばん終わりにならなければ自分の人生は幸せだったとか不幸せだったとかと判断できないものだと思いますか。

2006年09月04日

数独、あるいは趣味の兼ね合いについて

誰が考え付いたのか知らないけど、数独、楽しいですね。
いま、結構ハマッテおります。
第一に、数独は、とてもよい暇つぶしになる。ボクは日常生活のなかで別に暇をもてあましているわけではないけれども、電車や飛行機を待っているときなど、どうしても時間が余ってしまうときがある。そういう時に、手頃な余興になる。
第二に、数独をしていると、自分の頭がよくなるのではないか、ボケ防止によいのではないか、と思うことができる。なにしろ、論理的に考えないと解けない。ひとつ間違えると、必ず後になってその間違いが発覚する。「あちゃー」と、その瞬間、やり場のない怒りと悔しさがこみ上げてくるが、そのあと冷静になって、どこでどう間違えたのかをたどるのも、結構楽しい。
ただ、本当に頭の体操になっているかといわれると、ちょっと怪しいかも、とボクは最近疑っている。すこし続けてみるとわかるが、数独の解法にも、いくつかのパターンがあって、あるレベルまではそれらのパターンに従えば、すらすらとできてしまう。そのパターンさえ理解すれば、実はあんまり頭を使わないのである。もちろん、レベルの高い問題は、あまりパターン化されたやり方ではできない。ちょっとしたイノヴェーションを、その都度必要とするようである。「ようである」などという言い方をするのは、恥ずかしいかな、ボクにはまだそれほどレベルの高い問題を解くことができないからである。しかし、数独の道を極めちゃうと、もしかすると、やはりそこにもパターンが出てくるのではないか、と思っている。
レベルの高い問題をやりはじめると、ボクのような未熟者では1時間や2時間、あっという間にたってしまう。すると、手頃な暇つぶしのつもりでやりはじめたのに、そうではなくなってしまっていることに気付く。シャカリキになって数字とにらめっこしている自分を発見するのである。「そんなにむずかしい問題に挑まなければいいではないか」といわれるかもしれないが、すらすら解けてしまうような問題ばかり解いていたのでは楽しくない。なんというか、この兼ね合いが、非常にむずかしい。
これは、なにも数独の問題だけではない。ガーデニングも料理も、あるいは俳句作りもスポーツもみんなそうであるが、趣味を趣味として楽しむ、というのは結構むずかしいことである。毎年同じ花の球根ばかりを植えるのでは飽きてしまう…いつも自分と同じレベルの人とだけテニスをしていたのでは面白くない…などというように。
世の中には、多趣味の人がいる。そういう人は、きっと、ひとつのことばかりを趣味にしていると飽きてしまうので、いくつもの趣味を同時並行的に楽しむことで、飽きることから解放されたいと思っているのであろう。
そういえば、ボクの尊敬するある研究者が、「あなたの人生の目的は何ですか」ときかれたときに “not to be bored” と答えた、という逸話がある。その人は、学問上も、実に広い分野にわたって業績を残している。そして、その人は、学生と一緒になってバスケもするし、料理もうまいし、ジャズにも詳しいし、自分でサックスだって吹けちゃうのである。

2006年08月24日

勉強場所

どこで勉強するか、これはかなり大きな問題である。
ボクは、どちらかというと速読することが得意な方なので、授業や会議のためにどうしても読まなければならないものはたいてい電車で読むことができる。座れれば、答案やレポートの採点だって、電車の中でできちゃう。しかし、ボクは、じっくり読みたい本はじっくりと、しっかりノートをとりながら読む。そうした作業は電車の中ではできない。ましてや、執筆という作業は、短い時間しかない通勤の中ではやっぱりむずかしい。
「大学のセンセイには研究室ってものが与えられているんだから、そこで勉強すればいいではないか」と思われるかもしれない。たしかにそれは、正論である。しかし、実際にはこれはうまくいかない。いまのボクの研究室は、ごちゃごちゃいろいろなものが置いてあって、落ち着いて勉強する環境とはいえない。研究室はどちらかというと授業の準備をする場所という位置づけになってしまって、自分の勉強をする場所ではなくなってしまった。
「大学のセンセイは授業のない日は出講しなくてもよいのだから、自宅で勉強すればいいではないか」と言われるかもしれない。これもまた正論であるが、やっぱりそう簡単ではない。だいたい、最近は授業以外の用事が増えて、大学にでかけないでよい日がほとんどなくなってきた。それで、たまに自宅にいられる日があると、いろいろ誘惑のタネがあって仕方がない。たまにウチにいられるんだから、今日は長いジョギングにでもでかけるかとか、今日は凝った料理でもつくるかとか、どうも勉強とは違った方向に関心がいってしまう。
というわけで、ボクはカフェへいって、勉強することが結構多い。まわりの話し声が気にならないのかと不思議がられるかもしれないが、実は、会話の内容を聞き取れない程度の雑音のある方がよく勉強できる。昔のお気に入りは、アークヒルズのスターバックス。あそこは、天井が高く、広々とした感じがあってとっても気分がよい。そういえば、いつかばったりと、ゼミ生の福田さんに会ったことがあったっけ。最近のお気に入りは、横浜中華街の近くのブレンズコーヒー。朝から一日中勉強していることもある。
ボクらは、いつも複数のプロジェクトを同時並行的に抱えているので、ひとつひとつのプロジェクトに、それぞれの勉強場所があると集中できるような気がする。だから、本当は、お気に入りのカフェをいくつも用意しておいて、こっちのプロジェクトの場合はここのカフェ、あっちのプロジェクトの場合はあそこのカフェ、という具合にすれば一番効率がいいのではないか、と思っている。ただ、自宅からの路線が便利で、気持ちのよいカフェというのは、そうたくさんあるものではない。
昔から、小説家とかが「ホテルにこもって執筆をする」とよくきいていたが、なんてかっこいい生活なんだろうとずっとあこがれていた。ところが、この歳になると、自分もそんなことをやるようになってきたのである。数年前、『政治学辞典』(弘文堂)の項目を100以上も頼まれたとき、サンフランシスコのホテルニッコーにとじこもって、いっきに書き上げたことがあった。すでにインターネット時代だったので、書いては送り、書いては送り、という感じで片付けていった。これは、自分にとっては本当にうまくいった経験だった。だから、どうしても仕事を仕上げなくてはならないときの最後の手段として、大切にとってあるのである。

2006年07月12日

工事は終わらない

この前、南北線で帰ったら、南北線の乗り入れている東急目黒線の武蔵小山と西小山の駅が、ともに地下にもぐっていてびっくりしてしまった。一夜にして、地上から地下へと、路線が切り替わっちゃったのである。「こんなことができちゃうんだ」と、まずは日本のそうした工事技術の水準の高さに恐れ入ったが、それとともにボクの胸中では哀愁の感が溢れ出した。武蔵小山も西小山も、ともに下町的な商店街の残る情緒ある町である。いつも大売出しの赤札を掲げるふとん店、ダイコンを安売りしている八百屋、駅前の焼き鳥屋の暖簾とその向こうに見えるサラリーマンの影、昔ながらのキャバレーとその前で客引きする蝶ネクタイ男、山積みになった放置自転車、ちょっと入ると猫が出てくる路地があり、そこに町工場がひしめいている、などなど・・・これらがボクの持っている武蔵小山と西小山のイメージである。前までの(地上)駅は、どちらも小さくカワイク、また暗くて汚くて(←失礼!)、そういった町の雰囲気とピッタリ釣合っていた。しかし、どうも、地下化された新しいピカピカの駅は、似合っているとはいえない。
踏み切りを避けるためだか、地上に駅ビルを建てるためだか知らないが、ボクの馴染み深い東急沿線からは、昔のスタイルの駅がどんどん消滅している。東横線も、かつては、日吉とか新丸子とか田園調布とか、個性あふれる駅がたくさんあった。今では、それらが、画一化され、地下にもぐった駅に次々変身している。今では、田園調布と日吉と大岡山は、簡単には見分けられない駅になってしまった。酔っ払っていたら、日吉で降りるつもりが、田園調布で降りてしまうことも、十分考えられる。そして、これは、笑い事ではないのである。
ま、近代化や都市化の流れだからしょうがないねとあきらめることもできるが、ボクには、どうもしっくり来ないところがある。どうもボクには、近代化とか都市化とやらが、未来永劫、これからずっと続くプロセスなのだ、ということが、自分自身でよく理解できてないような気がするのである。
ええと、どういえばいいのかな。工事とは、ふつうわれわれは、始まりがあって終わりがあるもの、として理解している。建設現場などでよく「工事中、ご迷惑をおかけします」という看板を見かけるが、これは「工事が終わったら、元の静かな生活に戻れますから、それまでちょっとのあいだ辛抱してください」というような意味の看板である。しかし、実は、工事は終わることがない。近代化、都市化の流れのなかでは、工事は永遠に続くのである。
たしかに、今回、西小山と武蔵小山の駅は、地下にもぐった。しかし、東急関連では、現在、武蔵小杉までしか乗り入れていない目黒線を、日吉まで伸ばす別の大工事がすでに進行中である。それとは別に、渋谷では東急文化会館が取り壊され、そのスペースを利用し、うまく東横線が早稲田近辺まで地下鉄で乗り入れできるための工事が進んでいるらしい。そして、ご存知のとおり、その地下鉄のための工事で、明治通りはここ何年か常に工事中であり、昼から夜まで渋滞の温床となっている。つまり、ある工事が終わっても、次の工事、その工事が終わっても、そのまた次の工事・・・というように、ここには終わりのないプロセスがある。すべての工事がおわり、いつか安寧の地に至るということは、ボクらにはありえない。
「工事中ご迷惑をおかけします」などというのは、なんともしらじらしい感じがする。考えるとちょっとおぞましいが、そうした工事中の看板がひとつもない、静かな世界にわれわれが住むようになる時代は、絶対に訪れないと考えた方がよいのである。

2006年07月10日

似ている、ということ

先々週だったか、ゼミの途中で、あることに気付いた。
ボクと出村君は、似ているかも、と。
髪の長さもスタイルも、顔の形も結構似ている。かけてるメガネまで、似ている。
そう考えると、なんだか出村君の話し方まで、ボクの話し方に似ているような気がしてきた。
その瞬間、ボクの内部で衝撃が走った。いったい、このことについて、どう考えていけばよいのか、という自問が始まった。
まてよ・・・他人の空似というのは、よくあることではないか・・・そんなことで、いちいちうろたえるのはおかしいぞ・・・と、一応思ってみる。
しかし、まてよ・・・もしゼミ生の誰かが気付いちゃって、「出村君と先生ってサア、なんか似てない?」なんていいだしたら、どうしようか・・・いや、これは気まずいゾオ・・・いくらなんでも「おお、そうか、それは嬉しいねえ」なんて白々しくて言えやしない・・・かといって「いやそんなことないよ」なんていったら、出村君が傷ついちゃうかもしれない・・・さあて、どう、受け流せばいいんだろう・・・
出村君は、ボクのゼミ生である。ボクは、ゼミの教官である。これからも、ボクと出村君は、机を隔てて、何度も何度も、顔を会わせなければならない。そのたびに、お互いがちらちらと似ていることを確認しあうのは、なんとも気持ち悪い・・・まわりのみんなから、じろじろと見比べられるのも嫌だし・・・
でも、ですね、今日ですね、実は、ボクは、じっくり出村君を観察しました。
そしたら、それほど似ていない、という結論に達しました。
なあーんだ、よかった、よかった。めでたし、めでたし(?)。
というわけで、そのことを、この日記に書くことにしたのであります。
ところで、なぜ、血のつながりのない赤の他人同士が似ているなんてことがあるのか?ボクは、それは人間の認知力の問題ではないか、と思っている。
人間の顔とか表情は、DNAによって決まっている。おそらくは数え切れないコンビネーションがあるのであろうけれども、人間は生活上、そうした巨大な情報を自分にとって分かりやすい情報、処理できるぐらいの情報に圧縮して考えなければやっていけない。それゆえ、人間は、知らず知らず、顔とか表情とかの特徴をいろいろな(おそらくはそれほど多くない)カテゴリーに分けて考えるようになっている。まったく関係のない人同士のあいだにも、共通項を見出そうとする習性がついているのは、そのためだと思う。
人種や民族のステレオタイプも、同じ理由から起こるのであろう。それから、親と子が似ている(ように見える)のも、親子だと知っているから、見ている方が共通項を見出そうというバイアスをもっていることの影響が大きいと思う。それが証拠に、世の中には、言われてみなければけっして親子とわからないような、一見全然似てない親子もちゃんといる。
さて、中田英寿が引退することになった。ボクは、いろいろな人から中田に似ているといわれる。このあいだも、ボクの日記を読んでくれている学生から、「引退残念ですね。ところで、先生って、中田に似てますね」といわれた。もちろん、悪い気はしない。ボク、中田大好きだからね。しかし、そういう場合、それはチガウだろうと、次のように諭してやることにしている。「キミねえ、オレと中田とどっちが年上だと思っているの?オレが中田に似ているんじゃないの。中田がオレに似たんだからね。」

2006年06月29日

名前について(その3)

自分の書いた本や論文にどういうタイトルをつけるか、というのは、研究者に与えられているささやかな楽しみの一つである。ただ、著者だからといって、自由にタイトルをつけられるかというと、そんなことはない。本の場合は、出版社から、注文がつくことが多い。論文も、学術誌ではなく一般向けの総合雑誌に掲載する場合は、なるべく平易な言葉を選ぶようにと、圧力がかかる。そうしたいろいろな制約の中で、気の利いたタイトルはないかなと考えるのが、結構楽しい。
ボクがプリンストン大学出版会から出した最初の本のタイトルは、Japan’s Postwar Party Politicsという。それは、博士論文をほとんどそのまま出版したものであったが、博士論文の時は、A Microanalytic Reassessmentというコムズカシイ副題がついていた。出版会のエディターから、これはちょっと堅いので取りましょうよ、といわれ、ボクはその提案を喜んで受け入れた。その方が断然すっきりするし、日本に関心あるより広い読者が買ってくれそうな気がしたからである(←とはいってもたいして売れなかったが・・・)。
ボクが書いた論文のタイトルとして気に入っているのは、ちょっと前に発表したOn the Meiji Restorationという英語の論文と、昨年『中央公論』に書いた「なぜ、憲法か」という日本語の論文である。前者は、訳すと「明治維新について」ということになるが、これはとてつもなく大風呂敷を広げた感じがして、気に入っている。後者は、実はある人が書いた英語の論文のタイトル(Why constitution?)をそのまま訳して使わせてもらった。ボクはその論文をとても気に入っていたので、『中央公論』の編集長さんに自分の草稿を送るとき「タイトルは絶対変えないでください」とうるさく念を押したのを覚えている。
人が書いた本のタイトルでいいな、と思ったものをいくつかあげると、ボクの恩師であるS・クラズナーが書いた本にDefending the National Interestというのがある。これは、国益を国家が守るという意味と、国益を分析の中心にすえたリアリズム理論を自分(クラズナー)が擁護するという意味とが重なっていて、とてもうまいタイトルだと思う。
それから、ノーベル記念経済学賞を受賞したG・ベッカーの本に、Accounting for Tasteという本がある。たとえば、麻薬中毒のような奇異なものも含めて、ふつうは外生的に与えられ説明することのない選好の形成を経済学的に説明しちゃおうという野心作である。そのタイトルは、もちろん、No account for tasteという英語の熟語をもじったもので、これも技あり、といった感じである。
あと、S・ホームズの代表作にPassions and Constraintsという本がある。これは、立憲主義について書かれた本であるが、ここで使われているPassionsは、ジェームズ・マディソンが『フェデラリスト・ペーパーズ』の中で頻繁に登場するひとつのキイワードである。ホームズがそれを十分受け止めて書いているということが読んでみるとじわじわ伝わってきて、これもうまくつけたな、と思う。
まったくの畑違いであるが、ボクの知り合いが「You can’t always get what you want」という、ストーンズの曲のタイトルをつけた論文を、あるジャーナルに発表したことがあった。そのとき、ボクは、コイツかっこいいことやるなあ、とうらやましく思った。それ以来、ボクもいつか、(この前訳した)ディランの曲の一節を引いて、「I gave you my heart, but you wanted my soul」というタイトルの論文をどこかに発表したいと、ひそかに思っている。ただ、いまのところ、それが何についての論文になるのかは、自分でもさっぱり見当がついていないのである。

2006年06月28日

マンハッタン・トランスファーと青二才の人生論

先週、東京青山のブルーノートにマンハッタン・トランスファーを聴きに行った。ちょっとさすがに年取っちゃったかな、という感じの4人ではあったが、それでも持ち前のエンターテイメント精神を発揮し、最初から最後まで息をつかせることなく聴衆を楽しませてくれた。ボクの好きなYou can depend on meやBirdlandといった初期の曲目も歌ってくれて、感激した。
さて、その夜は、リーダーのティム・ハウザーが、いまレコーディング中だというソロアルバムから、一曲披露した。正直言うと、ボクは、あんまりその歌自体には感動しなかった。ただ、その紹介として彼が語った話がとても印象に残った。
彼によると、この曲(というかそのソロアルバム全体)は、もともと、数年前、日本に来たときにインスパイアーされたのだ、という。六本木ヒルズができる前、「WAVE」というレコード店があり、そこをぶらついていたら、知らないヴォーカルの曲が店内でかかっていた。プロである自分が、その声が誰だかわからないのが我慢できず、彼は店員に誰が歌っているのかと尋ねた。すると店員は、「ミルト・ジャクソン」と答えた。「ミルト・ジャクソン?あのMJQのミルト・ジャクソン?彼がヴォーカルとして歌うわけないだろう?」といったら、その店員がCDのジャケットを持ってきて、そのタイトルがなんと「Milt Sings・・・」というものであった。で、ティム・ハウザーは、そのCDを買って帰って、この偉大なビブラフォン奏者の音楽性と人間性を再認識し、それが彼の新しいソロCDの出発点になった・・・、というような話であった。
ボクは、なぜこの話が自分の中で印象に残ったのかなと考えていたが、きっとこういうことなのではないかと思うにいたった。つまり、この話は、プロの(しかもティム・ハウザーのような超一流の)音楽家でも知らないCDが世の中には出回っているという事実を物語っている。偶然そのときそのレコード店に居合わせなければ、もしかすると彼は一生、このCDの存在すら知らなかったかもしれない。それは、裏返せば、この世の中には良いCD、良い音楽が無尽蔵に存在するということである。ボクらはいかに長生きしても、一生のうち、そうした素晴らしい音楽の、ほんの一部分しか堪能することができない。これは、考えてみれば、きわめて悲しい現実ではないか。そして、もちろん、これは音楽に限った話ではない。この世の中には、よい絵画、心を打つ小説、美しい自然、素敵な人、美味しい料理・・・などなど、素晴らしいものが限りなく存在する。ボクらの人生は、そのホンの氷山の一角をなめるような経験に過ぎないのである。きっとそういうことを暗示する話だったので、印象に残ったのではないかと思う。
で、問題は、この先である。この話から、どのような人生の教訓を引くべきなのか。実は、ボクにはよくわからない。氷山の一角だから、いまある自分、これまで自分がすることができた経験を一期一会として、貴重なものと思い知るべきなのか。それとも、氷山の一角だから、いまある自分、これまで自分がすることができた経験をとりたてて特別なことと考えてはならないと思い知るべきなのか。とっくに不惑の歳を過ぎているが、何を隠そう、ボクは、人生のこうした基本的な姿勢さえ固められない、青二才なのである。

2006年06月19日

マイルス・デイヴィスと中田英寿

観客に背を向けてトランペットを吹く男、それがマイルスであった。
観客に媚を売ることなく、どこまでもよい音楽を追求した。ジャズに数々の革命を引き起こし、心に沁みる名演奏や美しいメロディーをたくさん残した。もちろん、そのレコーディングだけでも、歴史に名を残す大業績である。しかし、ボクは何より、多くの若手ミュージシャンの才能を引き出し育てたことが、マイルスのもっとも偉大な業績ではなかったか、と思う。彼の影響を受けた次世代の、そしてそのまた次世代のミュージシャンたちが、次々と音楽を進化させている。
マイルスについてのドキュメンタリーをみたことがある。その中に次のようなエピソードがあった。若いかけ出しの頃、マイルス率いるクィンテットに入ってサックスを吹いたことのあるミュージシャンの話しであったが、あるときそのミュージシャンがステージで、不注意にも、出してはいけない音を吹いてしまったのだそうである。本人いわく、それは、演奏の流れをぶち壊してしまうような、致命的なミスであった。しかし、マイルスは、その瞬間、絶妙な音を自分のトランペットで吹いて、そのミスをカバーしたのだそうである。それで、観客はそんなミスがあったことにまったく気付かなかった。「なぜ、あんな芸当が瞬時にできてしまうのか」と、そのミュージシャンはなかばあきれるように、マイルスの稀有な才能を褒めたたえていた。マイルスがジャズ界のトップに長く君臨していたのは、そうした確かな才能を誰もが認めていたからにほかならない。
さて、中田英寿の話。ボクの見るところ、彼は、日本のサッカーについての、数少ない健全な批評家である。ワールドカップ関連でテレビに出てくる解説者たちは、そのほとんどが、ことさら日本のサッカーについて好意的というか、楽観的なことばかり強調する。解説をするのでなく、「がんばってほしいですね」とか「勝ってほしいですね」とか、ボクらと同じ目線で、単に応援しているだけではないか、と思うような人もいる。しかし、批評家は、冷徹な批評をするのが本来の役割である。ある意味では、聞きたくもない批評をいう人、嫌われ者になることを引き受けるものがいなければ、日本のサッカーがこれからよくなっていくことはありえない。聞きたくもない批評がなされて、選手の側が怒って発奮し、それを乗り越えるべく努力するようにならなければ、世界で通用するようなサッカーは生まれない。そのような批評家が不在の中で、中田は自ら批評家の役割を買ってでている。彼を個人主義的とか孤高の人などと称するものがいるが、ボクはとんでもない勘違いだ、と思う。彼ほど真剣に、日本のサッカーを考えているプレイヤーはいない。テレビ局との契約を第一に考えて辛口な批評をすることを控える解説者たちこそ、自分勝手で個人主義的なのである。
昨日の試合を見てもわかるとおり、中田は、他のどの選手よりも運動量が多い。自分が先頭にたち、まず自分が範を示して、まわりの信頼を勝ち得ようとする。本当に素晴らしい。たとえ、決勝トーナメント進出はならなくても、中田の姿は、われわれの記憶に刻まれていくであろう。そして、彼のパッションは、まちがいなく、次世代の優秀なサッカープレイヤーたちへと、引き継がれていくであろう。

2006年05月18日

人生のニアミス

きのう帰宅途上の九段下駅で、東西線から半蔵門線に乗り換えるときに、ゼミ生の渡辺さんにばったりと出会った。ボクの早稲田からの帰宅経路は、ほかにもJR高田馬場経由、メトロ飯田橋経由、メトロ大手町―JR東京駅経由などいくつかあるので、これはちょっとした偶然である。ただまあこのぐらいの偶然なら、そんなに驚くこともないのかもしれない。しかし、この前の休日、横浜元町の喜久屋でお茶していた時、大島さんがご両親と一緒に入ってこられたときには、本当にびっくりした。えっ、これってどういうこと?という感じだった。人違いだったら嫌なので、ホンモノの(?)大島さんかどうか厳重に確認してから、声をかけた。そして、「おい、大島」と声をかけたら、「だれだ、オレを呼び捨てにするのは」といった表情でお父様がこちらを振り向いた。そりゃそうだよね。その節は、大変失礼いたしました。
思いがけないところで思いもよらない人に出会うことは、もちろん、それほど日常茶飯事に起こるわけではない。しかし、そうした偶然は結構起こるもの、という印象をボクはもっている。実際、ボクは、東京や日本のみならず、海外でも、こうした偶然の出会いを経験している。たとえば、昨日話題に上った西澤先生とボクとは、カナダの首都オタワのある橋の上でばったり出会ったことがある。また、ワシントンDCを歩いていたら、フーバー研究所時代に仲のよかった経済学者とはちあわせになったことがある。身近な東京や狭い日本だけならまだしも、世界的な範囲でこうしたことが起こるものなのである。
さて、このような人生における偶然を、どう考えればいいんでしょうかね。ひとつひとつの「偶然」になにか特別な意味が込められていると思い込むのは、モダンでロマンチストすぎる気がする。だからといって、ポストモダンニヒリストのように、こうした偶然が人間のあり方について示唆することが何もない、と断じるのも、ちょっと違うような気がする。ボクの考えは以下の通りである(←もしかしたら、こんなことはもう誰か(ヴィトゲンシュタインか?)がいっていることなのかもしれないが・・・)
思いもかけない偶然が起こる、それは何を示唆しているかいうと、もしかするとこの世界では、そうした偶然があとちょっとのところで起こったかもしれない「ニアミス」が無数に起こっている、ということではないだろうか。それらはニアミスであるがゆえに、ほとんど気付かれないで過ぎていってしまう。西澤先生とボクは、もうすでに、何回も、東京の山手線や京都の地下鉄で、隣同士の車両に乗り合わせたことがあったかもしれない。ボクと吉永小百合は、早稲田のラグビーの試合をごく近くの席同士で観戦していたことがあったかもしれない。偶然はわれわれの脳裏に記憶として刻まれるが、ニアミスはまったく記録に残らない。そして記録に残らなければ、それは世界の歴史上、起こらなかったことに等しいのである。
よく「運も実力のうち」という言葉を耳にする。ボクはその通りだと思う。なぜなら、ニアミスは、すべての人に平等に訪れているはずだからであり、この場合の実力とは、そうした「ニアミス」を「偶然」に引き寄せてしまう、その人の何らかの力にほかならないからである。

2006年05月17日

コラボについて

小学校からの友人M君は、ボクの日記を愛読してくれている。で、ある日、彼はボクの日記で扱ってほしいトピックのリストを送ってきた。リクエストにお答えしなきゃとずっと思っていたのであるが、なかなかいいアイディアが思いつかない。なぜかというと、そもそも彼の送ってきたトピックが難しいものばかりだからである。たとえば「日本の譲り合い文化」について書け、とおっしゃる。正義感の強いM君はそれが衰退していることを嘆いていて、オマエはどう思うか意見をのべろ、というわけである。あるいは「バント」について書け、とおっしゃる。草野球仲間であるM君はつねづねお客さんの観にくるプロ野球で4番バッターにバントをさせるのはおかしいと憤慨していて、オマエはどう思うか意見をのべろ、というわけである。
しかし、ボクは、こういう話題は、どちらの立場をとっても絶対に反対意見が出てくるものではないかと思う。そして、反対意見を持っている人をいくら説得しようとしても、そういう人が説得されることはまずない。「そうねえ、日本の譲り合い文化ねえ、そういえば希薄になっているようにもみえるけど・・・」と切り出しても、そのうち「でもさあ・・・」と反論がはじまる。「だって、今日地下鉄で若くて一見チャラチャラしたカップルがお年寄りに席を譲っていたぞー」などと、反対の事例を持ち出す(←実は本当にボクは東西線の中で今日そういう光景を目撃した)。厄介なのは、こうした事例というのは、どちらの立場からでも、いくらでも持ち出せるところにある。まさに、科学哲学でいうところの「データの理論負荷性」というやつである。人間は、もともと自分の思い込みの方が強いので、自分の立場と整合的な事例ばかりが目に付き、記憶してしまうものなのである。
さて、M君の送ってくれたリストには、ほかにもいくつかトピックがあったが、その中に「コラボ」というのが入っていた。ボクは、最初これが流行語だと知らず、「何それ?」と聞き返してしまった。M君「コラボーレーション、です、ご存じなかった?」ボク「それって、何と何のコラボレーションのことなの?」M君「例えば、ユニクロが企業とのコラボレーションで作っているTシャツや、吉田カバンとBEAMSとで作ったBagなど、いろいろ有ります・・・」そうか、知らなかった、そういうのをいまコラボっていうんだ・・・。それなら、われわれ研究者業界では、日常的に行われている。共著で本や論文を書いたりするのもそうであるし、ディシプリンの違う人々が協力し合って、あたらしい学問分野や研究テーマを立ち上げよう、などというのもコラボ、っていうことになる。
知っている人は知っているが、ボクの最初の業績は、現同志社大学法学部の学部長である(偉くなっちゃったなあ)西澤由隆氏との共著論文であった。もともとは英語の論文であったが、それを訳して日本のある学術雑誌に載せたとき、上の年代の先生たちから「共著なんですね」とめずらしがられたのを覚えている。その頃はまだ、日本の、すくなくとも政治学の分野では、共著論文というスタイルで研究成果を発表することがあまりなかった。もちろん、いまではそれは珍しいものではなくなった。そういう意味では、(エヘン)ボクは、もう15年も前に、コラボ流行の先端をきっていたわけなのさ♪
さて、M君、こんなもんで、どうかね。風邪、お大事にね。

2006年04月29日

賞味期限の哲学

誰が考えたのか、この世には賞味期限というコンセプトがある。
このコンセプトは、われわれの人生に緊張感をもたらしている。賞味期限があるゆえに、われわれはしなくてもよい意思決定を迫られる。しかし、賞味期限があるゆえに、われわれの存在は、大いに自立し、活性化されている。
たとえば、ボクは朝、よく牛乳とヨーグルトを口にするのであるが、どちらにも賞味期限が付いている。ある日、ふと自分が食べようとしていたヨーグルトの賞味期限が切れていたとする。すると、ボクは、賞味期限を守ってそのヨーグルトを捨てるか、それとももったいないから賞味期限を破って食べてしまうか、という選択を迫られているわけである。一日や二日ぐらい過ぎていたっておそらく大丈夫だろうと考えて食べてしまうのも自己責任。他方、これを食べてお腹をこわしたら嫌だなと、買ったヨーグルトを無駄にしてしまうのも自己責任。どちらにせよ、賞味期限が表示されていることで、自分で自分の行う行為に責任を取ることが強制されるようになっている。
賞味期限は、その商品を購入する時点においても、複雑な意思決定を迫っていることが多い。たとえば、ある人が明日の朝の牛乳がないことに気付き、近くのコンビニへ行くとする。そこにはあと3日で切れる小さな牛乳とあと一週間は持つ大きな牛乳とが置いてある。たいてい前者は後者より割高な価格設定になっている。すると、この人は、そこで即座に、自分の一週間分の行動を頭に思い描くことを迫られる。この一週間のうちに、出張などで家をあけることはなかったっけ、とか、今度友人が家に遊びにくることになっているがその友人はコーヒーにミルクを入れるんだっけ、とか、そうそう冷蔵庫にイチゴが買ってあったからイチゴにかけるミルクを余分に買っておかなければならないじゃないか、といった具合に、いろいろなことが頭の中をかけめぐる。そうしていろいろ考えた末に、自分の思考が及ぶ限りにおいて、適切な選択をしているのである。
もちろん、この世の中には、人生をぼやぼや生きてたり、あいまいに生きてたりする人もいる。そういう人は、賞味期限に由来するこうした複雑な意思決定をショートカットしがちである。しかし、そういう人の冷蔵庫の中には、賞味期限の過ぎた製品がワンサカ入っているものである。そして、ぼやぼやあいまいだから、その人はいつか賞味期限のとっくに過ぎていた牛乳やヨーグルトを口にし、おなかをこわすというしっぺ返しを食らうことになっている。ま、世の中、うまくできているのである。
賞味期限なるものは、毎日使うものだけに付いているわけではない。隠れてひっそりと(?)付いている場合がある。食卓用の醤油を大瓶で購入したりすると、すっかり忘れてしまって、いつのまにか期限が切れているということがある。サラダドレッシングや生パン粉にも、もちろん賞味期限があるが、これらもしばらく使わないでいると、いつのまにか切れている。しかし、一週間分の行動予定ぐらいなら頭に思い浮かべることはできるが、3ヶ月とか1年先まで考えて、ドレッシングや生パン粉を購入するわけにはいかない。だから、面白いことに、期限の過ぎたドレッシングや生パン粉は、牛乳やヨーグルトの場合と違って、以外にあっさりと、後悔の念に駆られず捨てることができるのである。

2006年04月12日

Decaffinated Coffeeその他の発明

Decaffinated Coffee、つまりカフェイン抜きのコーヒーを発明した人は、天才である。なんたって、コーヒーのコク深い香りや味を、カフェインの作用を気にせず楽しめるということを可能にしちゃったんだからね。ボクはこれでもけっこう繊細な神経の持ち主なので(←ほんとダヨ)、夜遅くなってからコーヒーを飲むと眠れなくなる。外食をするとレストランによってはデザートが登場するのが10時とか10時半を過ぎることもあるが、こんなに遅くなってからコーヒーを飲んで大丈夫かな、と心配になる。そういうときに、店の人からDecaffinated Coffeeもありますよ、といわれるととても嬉しい。
ところで、このDecaffinated Coffeeって、日本語で何というんですかね?英語ではこれを「De-Caf」(前方Deの方にアクセント)と略すのであるが、日本で「ディカフェ」といってもほとんど通じない。実は、昨夜も、夕食のあとに丸ビルの一階にあるカフェでデザートを食べようということになって、ウェイトレスさんに「ディカフェありますか」といったら、ぜんぜん通じなかった。そこで、「カフェイン抜きのコーヒーありますか」と聞き直すと、そのウェイトレスさんは不思議そうな顔して「カフェインだけのコーヒーですか」と聞き返してきた。ナイスボケ!キミねえ、ちょっとねえ、いくら若いとはいえねえ・・・、もうすこし勉強しなさい。
考えると、世の中の発明には、「ナントカ抜きカントカ」系と、「ナントカ入りカントカ」系との、正反対の方向性をもった二種類がある。前者の典型として、昔から名を馳せているのはなんといっても種無しブドウ、より最近では種無しスイカでしょうかね。これらを発明した人は、すごく偉いと思う。口にいったん入れてから出すあの「ぺっ」(スイカの場合は「ぺっ、ぺっ」)という、人間にとってなんとも醜い行為を、この世から消滅させた貢献はたいしたものである。それから、アルコール抜きのビールとか、アルコール抜きのシャンパンとかいうのもあるけど、これらを発明した人も、もちろん偉い。社会から悪酔い飲酒運転を減らすことに貢献しているんだから、もう表彰モンである。
これに比べると「ナントカ入りカントカ」系の方の発明は、あんまりぱっとしない。ちがうものを一緒にしようという発想には、効率性や利便性の追求というところもあるが、それらを通り越して、手抜き、馴れ合い、安っぽさ、などといった概念に通じるところがある。たとえば、安いホテルに泊まると、バスルームに「コンディショナー入りシャンプー」が置いてある。これをみると、ああ、このホテル経営努力をしてて偉いなと、たしかに一瞬思うが、次の瞬間とっても悲しくなってくる。シャンプーとコンディショナーもちがう容器に入れられないのかよ、そこまでするのかよ、そこまでするホテルにオレは泊まっているのかよ・・・、といった感じである。実際、コンディショナー入りシャンプーなるものの洗い心地は、よかったためしがない。
と、思ったら、今朝「ナントカ入りカントカ」系の発明で、毎日お世話になっているものがあることに気付いてしまった。あの、「野菜一日これ一本」とかいう類のドリンク。あれは、すごい。あれを飲むと、健康になった(心地よい)錯覚に陥るところがとってもよい。

2006年04月11日

原初記憶

今井美樹の歌に、「瞳がほほえむから」という名曲がある。ある事情により、ボクの歴代のゼミ生たちは、ボクがこの歌を大好きだということを、よーく知っている(クスクス笑)。で、この歌、「♪ねえ~この世に生ま~~れて、最初の朝に、何が見~えた~の…」って始まるんですね。しかし、この歌詞、やっぱりおかしい。
ちょっと人生幸朗的、「オーイ責任者出てコーイ」的ツッコミを入れるようですが、この世に生まれた日に、人間の赤ちゃんに何かが見えるなんてことは、あ・り・え・ま・せ・ん。生まれてすぐの赤ちゃんは、だいたい目を開けてないし、開けていても見えない。万が一、何か見えたとしても、何を見たか覚えているわけがないじゃないですか。覚えていたら、その人お釈迦様と肩をならべちゃうじゃないですか。だから、上の歌詞は「♪ねえ~この世に生ま~~れて、最初に覚えていることってな~に~?」ぐらいの意味に解した方がいいんでしょうね。
では、みなさん、この世に生まれて、最初に覚えていることって、何ですか。
あなたにとっての、原初記憶とでもいうのでしょうか、それはいったい何でしょうか。
ボクの中には、そうした記憶としては、幼稚園の頃の情景のいくつかが鮮明に残っている。机や椅子、一緒に遊んだ同級生のこと、担任(「梅組」)の先生の顔、これらがいまでもはっきり浮かんでくる。初恋の相手の顔も名前も覚えているし、運動会の徒競走で一番になってリボンをもらった記憶もある。ただ、その中で、自分が誰かと会話したことをしっかりと覚えているのは、次のような光景である。
ある日、トイレに入った。そしたら、隣でオシッコをしている同級生が、「こうの、何歳?」ときいてくる。実は、ソイツ(←名前覚えていない)、先ほど5歳の誕生日をみんなでお祝いしてもらったばかりである。で、ソイツ、ボクがまだ4歳だというのを知っていて、年上であることの優越感にひたりたいがために、わざとそういう質問をしてきたのである。そのとき、ボクは、とっさに嘘をついて、「5歳」といった。子供心に、コイツいやなヤツ、と思ったんだろうね。これが、ボクの記憶の中にある自分のはじめての言葉である。もちろん、それは(覚えている限りで)ボクが人生でついた最初の嘘、でもある。そして、それは、ボクがオシッコしながらついたはじめての嘘、でもある。
さて、自分にとってのこうした原初記憶が、最近の子供たちのあいだではどうも曖昧になってきているらしい。なぜかというと、ビデオカメラなどが流通し、ビデオテープで繰り返し見て覚えてしまった光景が、自分の本当の(生の)記憶とごっちゃになってしまうからのようである。もっとも、ボクらの世代でも、親とか親戚のおばさんとかからしつこく聞かされたことが、記憶として定着しちゃっていることもある。ボクの祖母は、「あんたは、小さい頃、庭の柿の木を見上げて『モモ』っていってた」といって、ボクをからかった。ボクは、そんなこともあったかもしれないという気にもなっているが、浮かんでくる情景は、祖母がボクを抱きかかえて庭の木を見上げている姿である。しかし、考えてみれば、祖母に抱きかかえられたボクを傍観しているもうひとり別のボクがいるわけはない。だから、やっぱりこれはあとから「作られた記憶」なんだろうな、とボクは思っている。

2006年04月07日

大学教授と似た職業は何か

大学教授と似た職業は何か。それは、ずばり、落語家です。
だって、そうでしょう。まず、どちらも、大勢の人の前で長い時間にわたって、ひとりで話をする商売である。最近は、凝ったパワーポイントやビデオというような「鳴り物」が入ることもあるけど、ほとんどしゃべることだけで観客をひきつけなければならない。話がつまらなければ、観客はすぐに寝る。ホント最近の客は、遠慮も恥らいもなく、グーグー寝る。それで、こちらが寝させないよういろいろ「くすぐり」を入れるところもよく似ている。どちらも、時間がきたら話をきりあげて、高座からさっさとおりなければならない。それから、同じネタを、違う観客相手に何度も繰り返して話すところも、実にそっくりである。
逆に、大学のセンセイと似ても似つかない職業は、この世の中にたくさんある。歌舞伎役者と大学教授との間に共通点がありますか?マツモトキヨシの売り子さんと大学教授との間に共通点がありますか?消防士と大学教授、タクシーの運転手と大学教授、ペット犬のブリーダーと大学教授…ね、どうです、こうして思いつくままにいろいろ職業を挙げていっても、どれもほとんど似てないでしょう。
もちろん、大学教授にも、落語家と同じようにいろいろなタイプの人がいます。たとえば、ですね、もちネタの数は少ないけれども、ひとつひとつをとことん極めていく人。落語家でいうと、先代桂文楽。その反対に、ぶっつけ本番でも客を魅了しちゃう、天才肌の志ん生タイプ。いるいる、それぞれにそういう感じの人。そのほかにも、古いネタを掘り起こして現代へ適用しようとする米朝のような人、地味だけどクロウト受けする仕事をする八代目可楽みたいな感じの人、研究熱心で多くの分野から知識を吸収しようとする小朝のような人、既成概念をハチャメチャに破ってやろうという枝雀や円丈、ウケればいいじゃんと割り切る三平、時事問題を軽いノリで滑っていく文珍、などなど…。あはは、どのセンセイがどのタイプかを考えていくと、これ結構面白いな…。
大学教授の生態というのか習性というのか、これも落語家のそれと非常によく似ている。大学のセンセイたちはふつう学会なるものに属している。ところが、この学会なるものが、いま日本では分裂、乱立状態なんですね。学会という組織の理事とか理事長とかになると何かいいことあるのかどうか知らないけれども(←ボクはなったことがない)、落語家たちの団体も東西に分かれ、さらにいろいろな協会が独立してある。三遊亭円生たちが落語協会から追い出されたり、立川談志が柳家小さん一門から「破門」されたりしたことがあったけれども、そういえば似たようなことがわれわれ学者の世界にもあったっけ、とおかしくなってくる。
いっておきますが、「落語なんて、ただの娯楽にすぎないじゃない、学問のためにある大学の授業と同じわけないわよ」(←なぜか東京女言葉)なんて、いまどき野暮な反論をしたらいけませんよ。落語にも、歴史物や人情話のように、ためになる話がいっぱいある。一方、大学にも、何の役にもたたない講義もたくさんあるんですから。

2006年03月31日

続・名前について

ほぼ20年ぶりにアメリカのニューヘブンにあるイェール大学を訪れ、前に住んでいた寮Hall of Graduate Studiesの周りをうろついていたら、ボクがよく朝食をとっていた店がまだ健在だったのでとてもうれしくなった。その名はEducated Burger。昼以降はハンバーガーやフィッシュ&チップスなどのメニューになるが、基本的には典型的なbreakfast placeである。ボクは朝食をしっかりとらないとうまく機能できない方なので、当時、目玉焼きとかフレンチートーストとかを注文していた。卵料理には、トーストとホームフライドポテトがついてきて、それでも安かった。
で、このEducated Burgerという店の名前なんだけど、なんか面白いでしょう?もちろんここのハンバーガーを食べたからといって、頭がよくなるわけではない。また、この店のオーナーや料理人たちが、店のお客さんであるイェール大学の学生たちと同じぐらいインテリで学があるというのでもない(と思う)。この命名の発想は、おそらく逆なんだね。俺たちはイェールの学生さんたちに自分たちの料理を食べさせている、その中には将来有名になる人もいれば、大成功する人もいる。もしかしたらアメリカの大統領になっちゃう人もいるかもしれない。そういう人たちにこの場所でずっと料理を出し続けてやってきた、それをうれしく思うし、そのことは俺たちの誇りだ・・・そんな思いがこの店の名前の裏にあるのではないか、という気がする。
そういえば、北米には、気のきいた名前のついた店がよくある。センスいいなあ、と本当に感心してしまう。ちょっと、いくつか紹介すると・・・・
ワシントンDCを訪れたとき、ホワイトハウスのすぐ近くに、Off the Recordというバーがあった。ね、面白いでしょ?もちろんこの命名は「今晩、オフレコで話そうじゃないか」なんていう政治家やジャーナリストたちの会話を考えた上での洒落である。
バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学行きのバス停の横には、Grounds for Coffeeというコーヒーショップがある。コーヒーを「挽く」というときの動詞grind(の過去分詞ground)と、「○○の根拠」というときの「根拠」にあたるgrounds、さらには単に場所という意味でもこのgroundsをかけて使っている。
女性のアパレルのお店で、Wear Else? という店もどこかで見たことがある。「ほかにはありえないでしょ?」ということを意味する「Where Else?」をもじっているんだね。ソファーを売る店で、sofa so goodという店。「so far, so good」という慣用句とかけている。ネクタイの店で、Ties Я Us。これは、もちろん、おもちゃ屋「Toys Я Us」をもじったもの。
日本でも、気をつけてみれば、こういう風に気の利いた命名があるのかもしれない。でも、なんか、日本だと、単なる駄洒落になってしまうのではないかなあ。あの毎週電車のつり広告でみる、AERAのコピー。はっきり言って、あれは、無い方がいいんじゃないでしょうかね。
ちなみに、うちの学部長である藪下先生は、とんでもない駄洒落王です・・・・一度スイッチがはいってしまうと、ホント手がつけられないです・・・・

2006年03月29日

コーヒー文化について

飛行機の中での食事のあと、コーヒーにしますか、ティーにしますか、ときかれる。それでふと思ったのだけれど、この選択をわれわれは一生のうちでいったい何度行っているんだろうね。世の中には、強情頑固なコーヒー党、純粋一途な紅茶派という方々もおられる。しかし、いたって優柔不断なボクは、両方好きだし、その時々の気分によって選ぶことになる。それどころか、ボクは、その時々の気分によって、コーヒーに砂糖やクリームを入れるときもあるし、まったく入れないときもある。紅茶だって、ミルクで飲むときもあるし、レモンのときもある。最近はハーブ系も好きだし・・・という具合に、ま、要するに、ここら辺のことについては、あんまりポリシーがないのですね。
ところで、コーヒーとティーとは、やっぱりどうも永遠のライバルらしい。ま、単純化していうと、昔からあるのがティー、コーヒーはそれに挑戦する新参者という構図である。それゆえ、各国のコーヒー文化の発達には、いろいろと歴史があって面白い(ということが、このたび機内でみたドキュメンタリーでよくわかった)。
たとえば、イギリスでは、昔から紅茶をよく飲むが、18世紀初頭に一時期爆発的にコーヒーが流行ったときがあった。当時は、政治家ご用達のカフェ、証券マンご用達のカフェなどというように職業別にカフェが流行っていた。中には、海運関係の方々のカフェなどもあって、そこで航海の安全についての情報が交換されていたことからあのロイズという有名な保険会社が生まれたらしい。さて、このように一時期流行っていたコーヒー文化がなぜ持続しなかったかというと、ロンドンの女性たちがコーヒーをよく思わなかったからなのだそうだ。なぜか。昔のカフェには売春婦たちがたむろしていて、カフェに通う男性たちは家に帰るとなかなか奥さんを満足させることができなかった。しかるに、イギリスの女性の間では、「コーヒーは性力を減退する」ということが信じられるようになっちゃった。実際、当時の女性たちは、多くの署名を集めてコーヒー輸入に反対アピールまでしている。イギリスでティー文化が繁栄した裏には、もちろん東インド会社が茶の取引を独占し莫大な利益をあげていたという事情もあるけど、ティーのライバルであるコーヒーに対する一般の人々のあいだの根強い不信感も関係していたらしい。
一方、フランスでは、コーヒーは、ティーだけでなくワインのライバルでもあった。どちらも社交のためのドリンクだけど、ワインと違って酔わなくてすむので、ある時期からみんながこぞってコーヒーを飲むようになっていった。フランス革命は、コーヒー文化の発達がなかったら、起こらなかっただろうとさえいわれている。当時パリのカフェは、政治を語る重要な場だった。きのうあたりのニュースをみていると、きっと、いまでもそうなのだろうと思う。
一般に、ヨーロッパでは、カフェやティーハウスへ行くことの社交的側面がよく理解されている。「カフェに行くのは、人を見るため、そして人から見られるため」といわれる。それに比べると、北米大陸のコーヒー文化は、それはそれで独特である。こちらでは、起きぬけのボサボサ髪やシャワーから出たばっかりのビショビショ頭で、若い人が平気でスタバへ立ち寄る。かく言うボクも、いまイェールのキャンパスをジョギングした帰りに、汗だくのまま、マフィンとコーヒーを買ってしまったもんね。

2006年03月22日

メガネの選び方

みなさん、メガネフレームをどのようにして選んでますか?
藪から棒にそんな質問をしたら、「あんた、ナニゆーてんねん、そんなの、眼鏡店で試着して、似合うかどうか見て選ぶに決まってるやろ」(←なぜか関西弁)という答えが返ってきそうである。しかし、話しはそう簡単ではないんですね。もう、お気づきのことと思いますが、この質問には「メビウスの輪」みたいなネジレがある。上のような答えを即座に返してくる人は、メガネを必要としない、視力のよい人ではないかな。だって、そうでしょう、もし視力が悪かったら、試着したメガネが似合っているかどうかさえ、本人には見えないはずなんだからね。視力のよい人がサングラスやファッショングラスを選ぶのであれば、何の問題もない。しかし、視力の悪い人が自分に必要なメガネを選ぶときには、何らかの仕掛けがいるのです。
で、オプションは三つ。ひとつは、目をできる限り細くして視力を最大化し、なんとか無難にメガネ選択を乗り切ろうという方法。ボクのみるところ、中年以上の方を中心として世の中の半分ぐらいの人が、この方法を採用している。しかし、ボクに言わせれば、このメガネ選びは必ず失敗する・・・というか、絶対後悔すると思う。第一に、ですね、この方法によるとメガネを選ぶときは、目をホソークホソークしようとしているわけでしょう?ということは、もうその時点で、その人の素顔ではない顔になっているわけですね。目を細くしようとすると口がとんがるようにもなるし・・・だから、そんな歪んだ顔に似合うメガネが、目を細めないときの素顔に似合うメガネであることはありえない。第二に、このような方法では、メガネと顔のフィットは判断できても、身体全体のバランスとか服装とかとの兼ね合いを判断することがむずかしい。第三に、そんな窮屈な顔をしてメガネ選びをしていると、必ず顔の筋肉が疲れてくる。で、疲れてきて、「この辺でいいか」と妥協してしまう。妥協は後悔の母ですからねえ。
では二つめのオプションは何かというと、自分で選べないから、他人の感覚を頼りにしようとする方法。ま、恋人や家族の人を一緒に連れて行って、「これ、どう?」って聞くパターンですね。若い人を中心にして世の中の3割ぐらいの人がこれをやっているけど、ボクの意見では、この方法もやめた方がよい。これはですね、はっきりいって喧嘩のもとです。メガネを選ぶのは、服などの装飾品を選ぶのとは、全然ワケが違う。メガネは装飾品ではなく必需品なのです。服であれば気に入らなければ着なければすむけど、メガネというのは常時かけていなければならない。だから、他人の意見を聞き入れてメガネを選んでしまい、もしそれが気に入らなかったら、そのカップルや夫婦には、大いなる亀裂が走ることになる。
というわけで、メガネ選びの方法は、最後の第三のオプションしかない、とボクは思っている。それはですね、メガネを選ぶ日には、コンタクトをいれていく、もうこれしかないのです。コンタクトが入っていれば、素顔のままだし、顔とのフィットも身体全体とのバランスも無理なく判断できる。長いこと時間をかけたって、顔の筋肉が疲れることもない。だから、「メガネをかけてる人はコンタクトも併用すべきである」という命題は、ボクの中ではしっかりと確立された一つの「マーフィーの法則」みたいなもんなんだな。ためしに、似合うメガネをかけている人に聞いて御覧なさい。きっとその人は、コンタクトを併用しているから。

2006年03月12日

人間にとって罪(sin)とは何か

先日西欧式ディナーパーティの話をこの日記に書いたが、ボクが人生のある一時期大変お世話になったカナダのご夫妻は、よく難しいトピックを選んで夕食時の会話の題材とするということをしていた。別に正しい答えを出そうとか、相手を論破しようということが目的ではない。難しい問題をどういう風に考えるか、各人おのずと異なる考え方の多様性とでもいうものを、彼らは純粋に知的に楽しんでいる風であった。もちろん英語で行われるのでついていけないときもあったけど、ボクも、できるだけ会話に加わろうと、いつも一生懸命がんばった。
ある日、そのご夫妻のうちに遊びにいったら、その日のお題は「人間にとって最も重い罪は何か」であった。ここでの罪は、英語でいうと、crimeではなく、sinの方ですね。ご夫妻はキリスト教信者ではない。しかし、ボクは、このトピックだとどうしても宗教的な方向へ会話が流れてしまうのではないかな、と思った。そしたら、案の定、嘘をつくこと、他人を軽蔑すること、モノやお金を無駄使いすること、などなど、聖書のどこかに書いてありそうな、ま、はっきりいってありきたりな、項目が次々と挙げられて、「そうだね」、「でもそれはそんなに悪くないんじゃない」というように、議論が展開していった。
彼らの話が一段落したところで、ボクに水が向けられ「マサルは人間にとって何がもっとも悪いsinだと思う?」と聞く。ボクは、そのとき「taken-for-grantedness」ではないか、と答えた。それは面白いねと、ご夫妻は褒めてくれた。実は、ボクは、いまでも、この答えが大そう気に入っている。
take it for grantedは、うまく日本語にできないけど、当たり前と思う、あるいは自明視する、といったような意味である。それを無理やり名詞形にしてしまって、当たり前だと思うこと、あるいは自明視すること、それが人間にとっての最大の罪、というのがボクの考えである。だってそうじゃない、われわれのまわりには、いま自分が享受できていることへの感謝を忘れてしまうようなものがたくさんあるでしょ。健康や才能、与えられた資産や仕事、友人や同僚からの信頼、家族や恋人からの愛・・・などなど。本当は、われわれは、これらのものを自明視することなく、日々守っていく努力をしていかなければならないのですね。
ところが、というか、やっぱり、というか、われわれか弱い人間は、つい、そうした努力を忘れる。そして、これらのものを失うと、自分が不幸になったと思ってしまう。しかしね、実は、これは勘違いなんだね。健康や豊かさ、信頼や愛などという大切なものは、それらを失う不幸を憂うのではなく、それらをいま享受できることを幸福だと思わなくてならない。いつもそんなものが当たり前のようにあると思っては、人生の荒波をなめてることになる、そんな気がするのであります。

さて、最近ボクの教え子の二人が入籍しました。
本当におめでとう。
若いお二人に、心から「お幸せに」という言葉を贈りたい。

2006年03月08日

西欧形式ディナーパーティ

ご存知のとおり、西欧社会では、自宅で人をもてなすということが頻繁に行われる。日本ではナンノカンノ理屈をつけて「飲み会」なるものが開かれるが、向こうでもナンノカンノ理屈をつけて「ディナーパーティ」なるものが開かれているのである。もちろん、パーティといっても、家庭のダイニングテーブルに座れる人数はおのずと限られている。大人数立食バイキング形式の場合もあるが、より一般的なのは、4~8人ぐらいがひとつのテーブルを囲んでわりと親密に会話をしようとする、パーティである。小規模形式、親密濃厚空間、礼儀作法結構重要、品目結構少数然熱烈美食、目的即相互理解促進也的、宴席である。
ボクは、長い間北米に住んでいたけれど、この手のパーティがあまり得意ではなかった。おそらくこういうパーティでのエチケットというのは、向こうでは成長していく過程で自然に身につくものなんだろうけど、はるか遠いアジアの国からやってきたボクに、そんなのわかるわけないよね。
たとえば、ですね、招かれたからには、何かギフトをもっていくのが礼儀ですよね。しかし、いったい何をもっていけばよいのか、またいくらぐらいのものを持っていけばよいのか、こんな基本的なことすら、よくわからない。やっぱりワインかな、白ワインだと冷やさなきゃならないから赤にしようかな、いやでも、そもそもアルコールを飲まないひとたちだったらどうしようかな・・・などと、いろいろと考えてしまうわけですね。それから、ディナーでの会話。これについていくのが、実に大変。こういう席では、みんなよくジョークをいう。本当に、ある意味競い合うように、ジョークを飛ばしあっている。しかし英語に不自由なこちらはジョークなのかどうなのか一言も漏らさないように一生懸命聴いてなければならない。で、みんなが笑うと、あわててとりつくろうに笑う(←だって笑わないと失礼だ思われるでしょ)。この、真剣に聴き耳をたてている自分の顔と、みんなにあわせて一テンポ遅れて笑っている自分の顔の、なんというのか、落差、とでもいうのかな、自分で気付いているんだけど、まあ、なんとも情けない・・・
食事での会話は、いつもジョークやお軽い話ばかりではない。こちらの知的レベルが問われるようなこともよく行われた。たとえば、ある誕生会では、ひとりずつ即興で詩をつくって朗読しよう、ということになっちゃった。詩?・・ポエム?・・即興で?・・嘘でしょ?・・・だよね。それから、よく行われるのは、トースト(乾杯)。ワイングラスをスプーンでちんちんとならし、”I propose a toast to Mr.○○・・・” と言い出すと、みんな黙ってそれを聞く。みんながグラスを上げるとき、乾杯の対象とされている人は飲まないのが、礼儀である。この誰かさんに乾杯は、会話をはさみながらひとまわりおこなわれる。つまり、宴が終了する頃には、みんな一回ずつは乾杯の対象になっている、というわけ。ということは、ボクも一度は誰かのために、ちんちんとならして乾杯の音頭を取らなければならないわけ、です。パーティに同席している人でも、よく知らない人ももちろんいるから、あまり最後まで、この音頭とりしないでいると、その日まであったことのない相手のために乾杯の辞をのべなければならない状況に追い込まれることになる。むこうの人たちのすごいのは、それでも、なにかでっち上げるところなんだよね。なるほどそういう風にするのか、うまいもんだなあ、と感心してしまうように辻褄をあわせた祝辞を、みんなでっちあげている。
ボクは、パーティに招かれると、人がやりだす前に、いつも自分から、ちんちんをやるようになった。「ええ、みなさん、今日のこの素晴らしいディナーを作ってくださったシェフ○○さんに乾杯しましょう」。最初に乾杯の音頭をとれば、パーティを開いてくれたホストに対してすればいいので、簡単だからね。

2006年02月19日

名前について

アメリカの高校に初めて一年間留学したとき、ボクの名前Masaruを正確に発音できる人がなかなかいなかった。カリフォルニアの小さな町で、日本人と接するのがはじめてというごく普通のアメリカ人高校生ばかりだったから、ま、しょうがないといえばしょうがない。マサルの「マ」にアクセントがついて「サルゥ」と尻つぼみになったり、「サ」をヤタラに強調する結果「マサールー」とかなったり・・・「そうじゃない、そうじゃない、どこにもアクセントをおかずにフラットに言ってみてヨ」と、最初はそのたびごとに修正してたんだけど、こちらも面倒くさくなり、しだいに「覚えてくれたんだから、なんでもいっかぁ」と思うようになってしまった。それにしても、英語以外喋ったことのないアメリカ人の語学に関する不器用さといったら、ひどいもんだ。ボクの名前のように、母音が三つ入っているだけでもうお手上げという人がたくさんいた。なかには、「Masa」と省略して「私はあなたをそう呼ぶことにしたの」と勝手に決め込む人までいたんだからね。
だいたい、一般のアメリカ人たちの名前って、ありふれてるのが多すぎると思いませんか?男だとデーヴィッドとかスティーヴとか。女だとステファニーとかリサとか。学校で30人ほどのクラスだと、必ず、二人ぐらいずつデーヴィッドとリサがいる。よくもまあ、混乱しないものだ、と思う。
さて、先日、バークレイで再会した友人K・K君のパートナーは、フィリピン出身で、名前をシェリルという。ボクは、ずっと、彼女にはフィリピンの名前があって、でもアメリカに来たらみんなにそれをうまく発音してもらえないので、シェリルという呼び名をつけたものとばっかり思っていた。イタリア人でもマルコをマークと言い換えたりする人もいるし、似た発音の元のフィリピン名前に由来したニックネームなのかな、と思い込んでいたわけだ。そしたら、フィリピンでは、アメリカの植民地統治時代の影響で、生まれたときから英語の名前をそのまま付ける場合があるんだってね。(←これ、本来は考えさせられる重たい問題を含んでいるわけだけど、今回はそれ以上深く突っ込まないことにして、話しを進めることに。)「へぇ~、で、なんでシェリルなの?」ときくと、その答えが面白かった。お父さんがテレビで放映されていたチャーリーズエンジェルの一人シェリルラッッドのファンだったから、だって。「えっ、ホントカよ」って、感じでしょ。フィリピンでは、今では、「マイケルジョーダン」とか「タイガーウッズ」とかいう名前をつけられる子供たちがいるんだそうです。彼女の子供時代には「ベートーベン」と名付けられた男の子が同級生にいた、といっていた。ファーストネームで、ですよ。いくらなんでも、それは可哀想だなあ、と思いながら、それでもボクは笑ってしまった。
ちなみに、シェリルには妹さんがいるそうです。しかし、その名前はジャクリンではありませんでした。ファラフォーセットでもありませんでした。残念でした。