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マンションベランダでの禁煙をめぐる討議

管理組合理事長ソクラテス:では議題に入りましょうか。当マンションでは共有部分でタバコを吸ってはならないことになっていることは、みなさんご承知だと思います。しかし、最近、他の階のベランダから流れてくるタバコの煙で迷惑をこうむっているという苦情を、私ども管理組合で何件か受け取っております。ですので、理事長としまして、この件について、どう対処するべきかみなさまのご意見をうかがえれば、と存じます。
アリストテレス理事:タバコを吸うことは、百害あって一利なしで、そもそもその人ご自身の徳に反することであります。タバコを吸うことで、住人のみなさまに、すなわちこのマンション社会全体に迷惑をかけているわけですので、今後は自制して頂くように求めていくべきでしょう。
ミル理事:小生には、徳とか社会とかよりも、タバコを吸いたい人たちの権利がタバコを吸いたくないという人たちの権利、あるいはタバコの匂いをかぎたくないという人たちの権利を犯しているかがどうかが、最も重要だと考えます。で、この場合は、前者が後者を侵害しているので、禁煙というルールが正当化されるのである。こう考えればよろしいのではないでしょうか。
ノージック理事:ジョン君、いつもながらだが、君の意見はどうも中途半端で、半分までは同意できるが、あとの半分は賛成しかねる。だいたいベランダがマンションの「共有部分」という定義がおかしいんですよ。ベランダは各部屋についていて、それはそこに住んでいる人が占有している部分ではないか。だから、そこで何をしようと、他人からとやかくいわれる筋合いはない、と考えるべきです。他の階のタバコの匂いが権利を侵害するというのなら、外の排気ガスや隣の焼き肉屋から流れてくる匂いだって、同じことになる。一日中タバコの匂いがするわけではあるまいし、気にする方が窓を閉めればよい、それだけのことだと思いますよ。
ロック理事:私は、どうも皆さんとは違う角度から、この問題を考えてみたいと思うんですが、よろしいでしょうか・・・。私自身は喫煙しないんですが、ここの住人の中には愛煙家の方もおられて、このマンションを購入する時、ベランダで喫煙してはならないというルールがないことを確かめた上で、購入を決断したという人もおられると思うわけですね。そういう方々からすれば、原初のルールに入っていなかった条件をあとから入れるというのは、それこそ契約違反ではないか、とお感じになるでしょうね。私は、その感覚は正しいと思います。そのような契約違反は許されないのではないでしょうか。
ハバーマス理事:はあ?まったくナンセンスですな。そんなことをいったら、技術の進歩や社会の変化、そうしたことにともなう価値観の変容が、いつまでたってもルールに反映されない、ということになってしまいます。いま、このように管理組合の理事会で熟慮をつくして議論していればこそ、原初の時点での契約に反していても新たにルールを付け加えることは正当化される、と考えるべきです。
ヒューム理事:ま、ロック理事のお考えの浅はかさは、本当に救いようがないですな。そんな原初契約などというものを金科玉条のように守って成り立っているマンションがどこにあると思いますか。もし原初契約などというものがあるとする、ならですよ、当然のことながら、そこには、時代遅れになったルールはおのずと変わっていくべきものだという合意も含まれていたと考えるべきでしょう。だから、当初の契約に「ベランダでタバコを吸ってはならない」という規則がなかったにせよ、否、たとえ「ベランダでタバコを吸ってもよい」という規則があったにせよ、それはいまの時点でのルールの根拠にはまったくならんのですよ。