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2008年06月15日

合宿風景2008

前期合宿を菅平で挙行した。5期生の間にはちらほら欠席者があったが、6期生は全員という素晴らしい参加状況であった。行きの車は、飯塚君が運転する車に、古條、飯田、今井君と一緒に乗った。場を盛り上げるため、ボクの取っておきの「西麻布接待話」をしたら、車内での会話が弾むようになった。今井君、飯田君も続けて結構面白い話しをしてくれた。こういうネタをいくつかもっておくのも、会話の場の雰囲気を悪くしないために大切なのだ。とくに幹事長の古條君、そこんとこよろしく。
その日は、着いたのも遅かったし、早く寝た。
翌朝は6時半に起床。朝飯の前に、西山君、上河君、俣野君とジョギングした。俣野君は、自分でも言っていたが、オーバーウエイト気味。いまからそんなことでは、大変だぞ。上河君は、見晴らしのよい丘が見えると、突然ワケのわかんないダッシュで駆け上がって、一気に疲れたなどといっていた。相変わらずペースを考えない生き方をしているなあ。
スポーツのメニューは、ソフトボール、サッカー、ドッジボール、バレーボール、それにバトミントン。ソフトボールでは、4年生チームが勝った。ボクがボックスに入ったとき、ピッチャーの垣阪君は気を使ってか甘く見てか、ちょっとゆるい球を投げてきた。そしたら、センターへうまく打てて、逆転のランニングホームランになった。人生、下手な情けをかけると痛い目に合うものである(←ちょっと大げさ)。休み時間に、軟式のボールでキャッチボールをして、尾崎君の投げる球を受けるのがとっても心地よかった。調子にのって、ボクも投球したら、右肩を壊してしまった。
サッカーは、3年生チームが勝った。手を怪我しながらも小田切君の体の強さはさすがだった。それからムッツリ関口君が得点したのには驚いた。その関口君をマークしているポジションのはずの上河君は、いつもそこにいなかった(←相変わらずだ)。4年生では、西山君の守備が光っていた。ボクは、去年と同じく、たいした活躍もできなかった。足を怪我しているという清水さんの足首を蹴ってしまったのは、申し訳なかった(本当にごめんなさい)。
それから、バレーボールでは、飯塚君がとってもよい動きをしていた。おっと、バレーボールといえば、佐藤さんも忘れてはいけない。?佐藤さん?って、もちろん「カツラ」のことです。佐藤さんと呼んでも、どうもピンとこないねえ。
今年も入ってきたゼミ生たちには女子が多いので、スポーツメニューで大丈夫かなと思ったが、彼女たちもぜんぜん楽しんでいるようであった。ファールにもかかわらず、全力でボールを追い返球していた境さん、よかったすよ(でも野球のルールぐらい知っておいた方がいいかも)。そうそう、ボクの知らない間に、川地さんと板村さんの間で、壮絶な卓球バトルもあったようで、次回は卓球も新たにメニューに入れなければならないと思った。
さて、余興および宴会も楽しかった。楽しかった?・・・うん、楽しかった(汗)・・・。ボクは、企画されたゲームで結構上位に食い込み、景品をもらった。藤田さん、いや「サヤ」が、とっても大事に選んでくれたクッキーの詰め合わせが、ボクにあたった。ところが、ボクはそこで大失態を演じることになる。その企画の後、流れで飲み会になり、ちょっと酔ってしまって、部屋に引き上げる際、そのクッキーの詰め合わせを、食堂にそのまま置いて引き上げてしまった・・・。翌朝になり、朝食の席で、サヤがジロリとこちらをみていう。「先生、とっても、・・・とっても大事なものを、お忘れになってはいませんか?」
ギクリ。うわー。
うーん、こういうキャラは、去年まではいなかったなあ。
あと宴会の席では、とうとう、ボクも山口さんに手相を見られてしまった。「生涯現役ですね!」うーん、うまいことをいう。これって「短命」ということかもしれないし、「あなたはいつまでも落ち着いた人生を送ることがない」ということかもしれない。(←ちょっとネガティヴすぎるか)
最後になるが、今年の合宿では、車を運転する責任があったにもかかわらず前の晩飲みすぎでつぶれ、帰りに思わぬ「バチあたった」男がいた。ま、迷惑かけたことをよく反省しているみたいだし、今回だけは大目に見てやろう。そう、今回だけは・・・。
みなさん、お疲れさまでした。また後期も楽しい合宿にしようね。

2008年02月06日

Falling in love with沖縄

同僚の久米先生を中心としたあるプロジェクトが今年で最終年度をむかえ、沖縄の琉球大学にて、仕上がった論文をみんなで発表し合う研究会が開かれた。
というわけで、ボクも沖縄へ行ってきた。沖縄の地に足を踏み入れるのは、これが初めてである。一言でいうと、何から何まで、本当に素晴らしい沖縄初体験となった。
まず着いた日の夜は、国際通りの公設市場まででかけていって、いくつか魚介類を注文しその場でさばいて貰って食べよう、ということになった。お刺身の盛り合わせのほか、グルクンの唐揚げ、伊勢海老の味噌汁などなど。どれも、文句なく新鮮でおいしい。みんな「おなかいっぱい」と腹をさすっているのだが、ボクはどうしてもご飯ものを食べないと気がすまなくて、ボクだけ「ラフティー丼」を追加注文した。これがとろけるようなやわらかさだった。それで「うまい!うまい!」を連発し、みんなから白い視線を浴びてしまった。
泊まった大学の宿泊施設もよかった。安いし、広いし、綺麗だし・・・。朝食サービスはなかったが、ボクは、歩いて10分ほどのところにモスバーガーがあると聞いていたので、次の日の朝そこへ向かった。そしたらですね、そこでですね、ががーん、遭遇してしまいました・・・。(古今亭志ん生風に)「そうだなあ、歳の頃といったら、十七、八ってところだな・・・」、とっても可愛らしい女性の店員さん。この方の笑顔、ホントか・ん・ぺ・きでした。なんというべきか、「混ざりもののない笑顔」とでもいうのだろうか。いやー、マイリマシタ。うーん、沖縄・・・、いいねえ・・・。
さて、研究会が始まった。ホスト役である宗前先生のホスピタリティーも、これまた実に完璧だった。コーヒー、紅茶、さんぴん茶などは当たり前のようにそろっている。そのほか、「これ、絶対美味しいですから」と持ってきたシークワーサージュース。本当にメチャメチャ美味しかった。あとは、長丁場になることを予期して、数々のチョコレートやキャンディーの類。実際、連日8時間ぐらいぶっ通しで会議をしていたので、これらの甘み成分補給には助けられました。
宗前先生の学生さんたちと一緒に話す機会もとても楽しかった。ぜんぜんスレてなくて、人生に直角に向き合い、すがすがしく生きている。礼儀正しいし、ボクら中年オヤジたちの話しを真摯に聞いている。というか、彼らは、本当にボクら(の話)に興味があるのである。それだけ、心がきれいなのである。
とくに、YさんとKさんには、ちょっとだけ沖縄を案内していただき、お世話になった(Yさん、Kさん、ありがとうございました)。前からどうしても訪ねてみたいと思っていた平和祈念公園を地元の若いお二人に案内していただいたことで、いっそう思い出深い経験となった。石碑に刻まれた白い名前の数々、その先の崖、打ち寄せる波、水平線。その光景は、一生忘れることがないと思う。
その後、ランチに「くるくまの森」の中にあるアジアン・カフェへ連れて行ってもらった。ここのチキンカレーは、絶品です。そして、そこでは、日本人に混じって、多くの外国人観光客が、打ち寄せる波と水平線の素晴らしい眺めを、楽しんでいた。なんとも穏やかな空気が流れていた。

2007年09月13日

夏の収穫

バンクーバーで過ごした楽しい夏が終わってしまった。この夏の収穫は、というと・・・

音楽:Edith Piafの3枚組。いわずと知れたシャンソンの歌姫である。どこの国にも歌姫はいる。アメリカだとBilly Holidayだし、日本だと美空ひばり。イタリアならMaria Callasか。おっと、カラスはニューヨークで生まれたんだったね。それからMichael Bubble。バブルでなく、ブブレイですよ、もちろん。向こうのラジオでは嫌というほどかかっていた。あとGordon Lightfootのベスト。どうしてもIf You Could Read My Mindを聴きたいと思って買った。そして、そして、最大の収穫は、なんといってもSuba。ブラジリアン・エレクトロニカというジャンルの音楽へ、ボクをはじめて導いてくれた。ダウンタウンのHMVには、ホントよく通いました。

DVD:Bob Dylanの「MTV Unplugged」というのとJerry Seinfeldも出ている「Comedy Club Greats」というのを合わせて2枚で20ドルで買った。どちらもまだ見ていない。それからNYPD BLUEのシーズン4のセット。アンディの相手役がボビーの時代のものである。

本:Gordon S. Wood, Revolutionary Characters。What Made the Founders Differentという刺激的な副題がついていて、ピューリツァー賞に輝くと書いてあったのでつい買ってしまった。グランヴィルとブロードウェイの角にあるChaptersという本屋は、ボクらのお気に入りです。

レストラン:onlyUcafe。大学の近くにあるヴィレッヂの中にある。一週間のうち3回ぐらいはランチを食べに行った。サンドイッチ類がなんでもおいしい。とくに中でチーズがとろけているパニーニが旨いとおもった。しかし、ですね、ここへいったら絶対に食べなければならないものがあるのです。それはハッシュブラウンです。人生の中で最高のハッシュブラウンでした。あとは、イヴ君のすすめで会議の後でみんなでいったSandbar Seafood Restaurant。グランヴィルマーケットのそばにあって、雰囲気がとてもよかった。久々に村松先生とお話しできたのも想い出になった。それから、ある(中華系の)友人に、リッチモンドまでいって、北京ダックをご馳走になった。このダックは、ボクの中でのダックのコンセプトを変えてしまった。やわらかくて、臭みがなくて・・・。なんと二人で一羽を平らげてしまった。

ショッピング:ロブソン通りの南側。バラードから西へ向かって2ブロックめ。Lululemonではバッグを、B2という靴屋さんではナイキを買いました。それから、よく行くアルマ通りのRunning Roomでジョギングシューズを新調しようとしたら、サイズが合うのがなく、残念でした。

公園:McGee、Trimble、Douglas Park。特に眺めのよいトリンブルでは、いろいろ忘れられない想い出ができました。

夏の収穫

バンクーバーで過ごした楽しい夏が終わってしまった。この夏の収穫は、というと・・・

音楽:Edith Piafの3枚組。いわずと知れたシャンソンの歌姫である。どこの国にも歌姫はいる。アメリカだとBilly Holidayだし、日本だと美空ひばり。イタリアならMaria Callasか。おっと、カラスはニューヨークで生まれたんだったね。それからMichael Bubble。バブルでなく、ブブレイですよ、もちろん。向こうのラジオでは嫌というほどかかっていた。あとGordon Lightfootのベスト。どうしてもIf You Could Read My Mindを聴きたいと思って買った。そして、そして、最大の収穫は、なんといってもSuba。ブラジリアン・エレクトロニカというジャンルの音楽へ、ボクをはじめて導いてくれた。ダウンタウンのHMVには、ホントよく通いました。

DVD:Bob Dylanの「MTV Unplugged」というのとJerry Seinfeldも出ている「Comedy Club Greats」というのを合わせて2枚で20ドルで買った。どちらもまだ見ていない。それからNYPD BLUEのシーズン4のセット。アンディの相手役がボビーの時代のものである。

本:Gordon S. Wood, Revolutionary Characters。What Made the Founders Differentという刺激的な副題がついていて、ピューリツァー賞に輝くと書いてあったのでつい買ってしまった。グランヴィルとブロードウェイの角にあるChaptersという本屋は、ボクらのお気に入りです。

レストラン:onlyUcafe。大学の近くにあるヴィレッヂの中にある。一週間のうち3回ぐらいはランチを食べに行った。サンドイッチ類がなんでもおいしい。とくに中でチーズがとろけているパニーニが旨いとおもった。しかし、ですね、ここへいったら絶対に食べなければならないものがあるのです。それはハッシュブラウンです。人生の中で最高のハッシュブラウンでした。あとは、イヴ君のすすめで会議の後でみんなでいったSandbar Seafood Restaurant。グランヴィルマーケットのそばにあって、雰囲気がとてもよかった。久々に村松先生とお話しできたのも想い出になった。それから、ある(中華系の)友人に、リッチモンドまでいって、北京ダックをご馳走になった。このダックは、ボクの中でのダックのコンセプトを変えてしまった。やわらかくて、臭みがなくて・・・。なんと二人で一羽を平らげてしまった。

ショッピング:ロブソン通りの南側。バラードから西へ向かって2ブロックめ。Lululemonではバッグを、B2という靴屋さんではナイキを買いました。それから、よく行くアルマ通りのRunning Roomでジョギングシューズを新調しようとしたら、サイズが合うのがなく、残念でした。

公園:McGee、Trimble、Douglas Park。特に眺めのよいトリンブルでは、いろいろ忘れられない想い出ができました。

2007年06月15日

続・合宿でのスポーツ三昧

この前の週末、軽井沢へゼミ合宿に行ってきました。
いやー、すばらしい合宿だったね。今年は2泊したせいでスポーツも勉強も充実しまくり。3年生と4年生の親睦も進んだし、ボク自身、普段あまりしゃべる機会の少ない学生たちと話すことができて、本当に楽しかった。(以下は楽しかったことの抜粋です。)
まず、一日目(土曜日)。朝7時に、木村君、上河君、西山君の3人がジョギングへ行こうと、グリーンハウスまで迎えにきてくれた。小雨が降っていたが、すがすがしい緑ときれいな空気の中を走って、とても気持ちよかった。
朝食を済ませて、午前中はテニス。かねてから「先生とテニスしたいんです」といっていたプリンス小林君はゼーンゼンたいしたことなかったが、小兵茶髪マイペースの森田君の変則サーブにはチトてこずった。雨宿りのつもりで「体育館」へ行ったら、お世辞にも「体育館」とは呼べない小さな建物で、ちょっとがっかり。ところが運良くその時雨が小降りになったので、すぐさまサッカーをすることにした。ボクは4年生チームに入った。しかし、長髪をピンで留める(ところがどうしても気になる)風間君のめざましい活躍などで、負けてしまった。
午後は、バレーボールをした。これが、最高におかしかった。声だけはイッチョマエに出すくせに、何度やっても勝てないチームがひとつあった。このチームは、他チームが試合をしているときにも、影練をしている。その時も「ヘイヘイー」とか「おーいいね、いいよー」とか、うるさいのなんの。そして、土下座して「もう一回」と他チームに懇願してまわり、ようやっと相手にしてもらっていた。ところが、この「声だけ」チームは、それでもさっぱり勝てなかった。
夜の飲み会の前には、大貧民ゲームをやった。ボクは、大富豪になったら勝ち続けないとその座を追われるというルールがあることを知らなかった。そのルールのせいで、誰も3回以上大富豪の地位を守れない。しかしボクは着々と貧民から平民、平民から富豪、そして大富豪へと出世し、そのあと最後までその地位から引きずりおろされることがなかった。(このことを後で友人に自慢したら、学生たちが気を使っていただけだといっていたが、そんなことはなかったと思う。)
二日目(日曜日)は、ソフトボール。この時も3年生チームが4年生チームを圧倒した。それで、4年生たちが、どうしてもサッカーでリベンジをしたいということになって、もう一度サッカーをすることになった。この試合は本当に緊張感あふれるいい試合となった。結局、この日から参加の山下君の華麗なプレーなどで、4年生チームが一矢を報いた。
合宿では、面白い発見がいろいろある。去年はまったく猫をかぶっていた細谷君が、アメリカ帰りのせいか、自分が上級生になったせいか、今回は異様に溌剌としていた。奥村君が、自分とキャラがかぶっているのではないかと、後輩の山内君を妙に警戒していたのも面白かった。飲み会の席では、男子学生たちが女子学生たちから女の行動心理についての、そして女子学生たちが男子学生たちから男の行動心理についてのアドバイスを、それぞれいろいろ聞きだそうとしていて、微笑ましかった。
今年もいい学生たちに出会え、またひとつ輪が広がった。感謝したい。

2006年11月03日

ある日の出来事

アムステルダムで21COE-GLOPE主催の国際会議が無事終了した。以下は、日本へ帰る日に起こったいくつかの出来事である。
―――――&―――――&―――――&―――――&―――――&―――――
12時にチェックアウトしてロビーで待ち合わせすることになった。しかしアシスタントとして連れてきた(ボクの院生の)仁木君が現れない。部屋に電話してもでないし、ドンドンとドアをたたいてもいない。部屋には「Don’t Disturb」のサイン。
COE事務局の鈴木さん:「実はきのう、チェックアウト12時、ピックアップ12時50分と念を押したんですけど、そういえば仁木さん、ちょっと反応がにぶかったんです」
ボク:「もしかして、『チェックアウト』の意味がわからなかったんじゃないですかね」
清水(和巳)先生:「いくらなんでも、それはないんじゃないですか」
ボク「だって、アイツこれが初めての海外経験ですよ。国内でもホテルに泊まったことがなければ、チェックアウトっていわれても、なんのことかわからないんじゃないですかね」
一同:「・・・」
そこに、仁木君登場。頭をかきながら、「いやー、道に迷ってしまいました。スミマセン」
―――――&―――――&―――――&―――――&―――――&―――――
空港までのタクシーの中での会話。
清水先生:「・・・しかし、英語をしゃべっている河野さんって、カッコイイですよね」
ボク:「いや、清水先生がフランス語をしゃべれる方が、全然カッコイイと思います」
藪下(史郎)先生:「そんなこというと、河野君はいつも変に取るんだ。『それって、英語をしゃべってないときの自分はカッコよくないんですか』とかなんとか・・・」
ボク:「そ、そ、そんなことないですよ」
藪下先生:「そうじゃないか。この前も青木(昌彦)さんが河野君の英語はうまいって褒めてたと伝えたら、君は『なんだ、褒めてくれたのは英語だけだったですか』とかいって、残念がっていたじゃないか」
ボク:「そんなことありましったっけ。でも、いいんですよ、もう・・・。最近、自分でもいいと思うのは、英語しゃべることぐらいしかないかな、と思うようになってきたんで・・・」
鈴木さん:「いや、河野先生、声がホント素敵ですよね。講演なさっているときも、電話のときも・・・」
藪下先生:「ほら、そういうと、彼また『素敵なのは声だけですか』って、いじけちゃうよ」
―――――&―――――&―――――&―――――&―――――&―――――
飛行機の中で、鈴木さんがお金の精算のため、搭乗券の半券を回収しにくる。
鈴木さん:「いまのうちに回収しちゃいます」
ボク:「それは、用意がいいですね」
鈴木さん:「実は、もうなくしちゃった人が居るんです、足立さんです」
ボク:「それは、ヒドイね」
鈴木さん:「・・・あら、先生の隣の方、とっても美人さんじゃないですか」
(ちらりとそちらを確かめたものの)ボク:「・・・」
鈴木さん:「先生、こんなところで、ナンパしちゃだめですよ」

2006年09月09日

スタンレー公園

バンクーバーを代表する公園は、スタンレー公園である。ダウンタウンのはずれの、三方を海に囲まれているように突き出たところにある。背の高い木が多く、きれいな空気を吸える。公園の中を突っ切る道を進むと、ライオンズゲート橋に出て、隣町ノースバンクーバーとつながっている。
スタンレー公園の中には、バラ園も遊園地も小さな動物園もあるが、なんといっても素晴らしいのは海を見ながら公園を一周できるSea Wallという遊歩道である。公園は一周10㌔弱。近くには、貸し自転車や貸しローラーブレードの店がたくさんあって、多くの観光客はそれらを利用して楽しんでいる。ボクも、何度か自転車でまわったことがあるし、またローラーブレードも一度だけやったことがある。
最近は、バンクーバーにくると、1時間ぐらいかけて、この公園の周りを走ることを楽しみにしている。Sea Wallは、ちゃんと自転車・ローラーブレード用のサイドと、ジョギング・歩道用のサイドとにわかれていて、ぶつからないようになっているから安心である。ジョギングの途中では、水面から首だけだしているアシカに出会うこともある。大きな鶴が岩に舞い降りてきて、ここはオレの場所なんだと、あたりにいるカモメたちを蹴散らす場面に遭遇することもある。
夏のバンクーバーは、ほとんど雨が降らない。来る日も来る日も、心地よい快晴が続く。日の入りは、8時頃。だから、8時半ごろに走り終わるようにジョギングを開始すると、とんでもないくらいに美しいサンセットを、走りながら満喫できる。
ウェスティンホテル前のマリーナからスタートして、ライオンズゲート橋ぐらいまでで、ちょうど半分。それまでに日が沈んでいると、橋をくぐって復路にさしかかったとたん、海の向こうのオレンジ色に染まった空に山々の陰がくっきり浮かび上がる光景が目に飛び込んでくる。それは、「こんなきれいな光景がこの世にあってもよいのか」と思うくらい、きれいな光景である。カモメが鳴き、ゆったりした波が打つ。散歩する人、ベンチに座っている人。若いカップルもいるし、年配のご夫婦もいるし、大家族もいる。むこうからジョギングしてくる人と挨拶を交わすこともある。「きれいな夕陽だね」という言葉が、お互い自然に出る。
10㌔は、自分でペースを設定して走ることのできる、気持ちのよい距離である。日常のことを忘れて、ストレスを発散するために一生懸命走ることもできるし、逆に日常のなかで考えを整理しなければならないことに、ゆっくり思いをはせながら走ることもできる。
ボクは、この夏はじめて、14歳になった娘と、Sea Wallを走った。娘の方から一緒に走りたいと言い出した。スポーツが大好きとはいえ、10㌔もの距離を走るのは初めてで、走り出すまで緊張していた。しかし、たわいもない世間話を続け、ジョークを飛ばしあいながら、ゆっくりとゆっくりと、肩を並べて走った。そして、ついに、10㌔の距離を、休みをとることもなく、走りきった。この上ない幸せを感じた。

2006年07月23日

総武線幕張駅

まったくもって、忙しくて、しばらく日記を更新できないでいました。この日記を楽しみに読んでくれている全国のみなさん(←最近急増しているらしい)、申し訳ありませんでした。
さて、今日のお題は、JR東日本総武線の幕張駅。なぜ、このお題になったかというと、この前、幕張のちかくにある放送大学に、来年度から始まるラジオの授業(「現代日本の政治」)の収録のため行ってきたからです。
実は、行くときは、総武線の幕張駅ではなく、京葉線の海浜幕張駅から行ったのでありました。しかし、東京駅の中で、京葉線の乗り場はスンゴイはずれたところにある。帰りも同じ道を通るのは嫌だなと思っていたら、放送大学の門番さんが、京葉線の海浜幕張ではなく、総武線の幕張にでたらよいではないか、と親切に教えてくれた。総武線なら、飯田橋まで一本で出られる。どちらも同じくらいの距離だというので、帰りは総武線にしようということになりました。そんなわけで、総武線幕張駅に、早稲田のちょいわるオヤジは、生まれてはじめて降り立ったわけなのでありました。
で、この幕張駅。結構面白い。
まず、京葉線の海浜幕張駅との、好対照。これに気付かないわけにはいかない。オレッチは幕張メッセの玄関口なんだからねと、なんか堂々と威張っている海浜幕張駅に対して、幕張駅の方は、なんとも見るからにしょんぼりしている。キレイ風ぴかぴか系の海浜幕張。それに対して、幕張の方は、イナカ風さびれさびれ系。駅前には高層ビルがひとつもなく、目立つのは緑色の看板の「千葉信用金庫」ぐらいしかない。ちょっと、アータ、「幕張」っていうぐらいだから、アータの方が本家ホンモノでしょう、向こうは「海浜幕張」って、分家に過ぎないわけでしょう、しっかりしなさいよ、って肩をたたいてやりたくなる(←?って、誰の?駅長の?)。
で、幕張駅のホームへ入ったら、いたるところに次のような看板がでていた。
「幕張メッセは幕張本郷下車です」
「社会保険事務所は幕張本郷下車です」
「運転免許センターは幕張本郷下車です」
「千葉マリーンスタジアムは幕張本郷下車です」
ご存知のとおり、幕張本郷というのは、同じ総武線の、となりの駅である。つまり、幕張駅は、降りてきた乗客に、「ここで降りてほんとうにいいんですか。となりの駅で降りた方がいいんじゃないですか。」というメッセージを、これでもかこれでもか、と送っているのである。あのさあ、じゃあ、いったい、この駅の近くには、何があるのよ、って、聞き返したくなるではありませんか。
幕張本郷からは、メッセまでのバスがでている。距離的には、幕張の方が近いのに、こちらには、バスのためのロータリーのスペースがない。いやー、なんとも悲しい話である。新興分家の海浜幕張だけでなく、幕張駅は、同じ総武線内でも本家としての地位と威信を脅かされているのである。
ここまでくると、もうあきらめの境地にはいっているのかもしれないね。それだから、この駅は、「本当にここで降りていいんですか」というような、自虐的メッセージにあふれているんだね。

2006年06月25日

神戸のタクシーはなぜ黒いか

研究会がおわり、ボクらは神戸大学の前のバス停でバスを待っていた。すこし待ち時間が長かったので、ボクは、行きのタクシーの中で運転手さんから仕入れたネタをみんなに披露しようと思った。
ボク「ねえねえ、どうして神戸のタクシーって、みんな黒塗りなのか、知ってます?」
みんな「いや、知らない」
ボク「どうもそれは震災と関係あるらしいんですよ・・・」
行ってみればわかるが、新神戸の駅へ降り立つと、黒色のタクシーがずらりと並んでいる。ボクは、随分前から、このことが気になっていた。ま、はっきりいって、ちょっと怖い感じがするほどである。神戸といえば、「その筋」でも有名だからね。だが、その運転手さんによると、黒いタクシーが多いのは、「その筋」とはあんまり関係ないのだそうである。彼は、神戸のタクシーがみな黒くなったのは、震災の後だったという。なぜかというと、震災の後、沢山の葬祭があった。そういう場では、緑やオレンジや黄色のタクシーでは人を送れない。それで、会社も個人タクシーも色つきをやめていった、というのである。
ボクは、この説明にとっても納得したので、得意になってバス停でそれをみんなにしゃべっていた。そしたら、久米先生が横から口を挟んできた。「それ、キミ、よそもんと思われて、調子ようだまされたんヤデ。どうせ、タクシーん中で、東京弁でペラペラとしゃべっとったんとチガウ?」
久米さんにいわせると、神戸にも、カラフルなタクシーはまだたくさんあるという。震災後の葬儀のせいでタクシーがみな黒塗りになったなんて話は、聞いたことがない。ボクがつまらないことを尋たんで、運転手はからかうつもりでそのまことしやかな説をとうとうと述べたのだ、と・・・きっと、今頃どこかの飲み屋で、運転手仲間の「今日の面白い客」として、笑いのネタになっているだろうと・・・
ボクは、久米さんにいわれて、そうかなあと思い返してしまった。たしかに葬儀に黒のタクシーでなければならないなんてことはないかも・・・そういえば自分は騙されやすい方かも・・・ああ、自分はとんだお人好しかも・・・。
そしたら、久米さんが追い討ちをかけるようにいう。「そうそう、ここのバス停って、イノシシの家族が毎日通るんで有名なんやって、知ってた?」ボクは、これにはアッタマにきて、「イノシシ?あのねえ、どこまで人を騙されやすいと思っているんですか」と噛み付いた。ところが、である。実は、このイノシシの話は本当で、神戸大学周辺では有名だということがわかった。さてはて、いったい人の話というのは、何をどこまで信じてよいものか、まったく自信を無くしてしまった。
ちなみに、帰りのタクシーでも、ボクは運転手さんに「新神戸の駅前って、黒いタクシーばかりですよね、あれって、なんか震災と関係あるんでしょうかね」と、すっとぼけて聞いてみた。そしたら、その運転手さんはいう。「ああ、それは駅のそばに神戸オリエンタルホテルが開業してからですね。最初、ホテルが黒塗りのタクシーしか、中に入れなかったんですわ。色つきだと、お客さんが途中で降ろされちゃって、評判悪かったんですわ」
ヘン、そう簡単に騙されるものかと、ボクは、腹の中でしっかり思っていたのであった。

2006年05月21日

合宿でのスポーツ三昧

今年度第一回のゼミ合宿を挙行した。
場所は菅平。長野の上田市にあるセミナーハウスに一泊二日の日程で行ってまいりました。
ボクの場合、前期のゼミ合宿は、親睦を目的としている。3年生と4年生とがうちとけることができれば、それで大成功であると思っている。一日目の飲み会と、二日目のスポーツで、緊張がほぐれ、みんなの性格がしだいに露呈してくる。そうすると、それからのゼミの運営が断然やりやすくなる。どこで誰に、どのように話しをふれば、どう反応してくるかの予想がつくと、ゼミのディスカッションがスムーズで楽しくなる。それゆえ、合宿は一年間を通した教育上、とても重要な一こまであると思っている。
さて、今回は、両日とも、野球経験者である村尾君とキャッチボールをすることができた。ボクの荒球をちゃんと座って受けてくれて、ありがとう。一日目は結構ボールが走っていたし、コントロールもよかったが、さすがに二日目は肩が張って、思うように投げれなかった。「先生、フォームがダイナミックでなくなってきましたよ」というコメントを途中でもらったが、いやその通りでした。お恥ずかしい。
河野ゼミ恒例となった感のある3年対4年のドッジボール対抗戦は、面白かったね。ボクは4年に入り、結構活躍したのではないかと思う。女の子だけでなく(←ここ強調)、男の子も仕留めた。あれは、盛り上がるね。
ソン君に卓球で勝ったのも嬉しかった。ソン君はなにかというと卓球で勝負をしようとしてくるからね。あ、そうそう、吹出さんにも、左手でプレイするというハンディを負いながらも、勝てたんだからね。(このあたり、ちゃんと記録にとどめておかなくちゃ。)
しかし、サッカーは、マイッタ。最近全然フットサルをしていないので、もうサッカーのやり方をまったく忘れてしまった、という感じであった。最初の方こそ、コーナーキックとかフリーキックとかから、結構よいクロスを上げたりしていたが、後半はまったく見せ場がなかった。三浦君と山下君の華麗なプレイをみながら、いいなあ、と指をくわえるしかなかった。そうそう、木村君もなかなかいい動きをしていたし、中西君も2得点していたね。みんな、なかなかのもんである。
今回の反省点は、人数がたくさんいたのに、フィールドを小さく区切ってしまったことにあった。ボクは、スタミナでは、いまの大学生に負ける気がしない。小さい中でコマゴマやられると、テクニックの点で歯が立たないが、長い距離を走らせて疲れさせれば、彼らと今でも対等にできるのではないか、と思っている。しかし、どうも、(5分も走るとゼイゼイしはじめる)三浦君が、故意にフィールドを小さく区切ったのではないか、と思う。うーん、これで、ボクの持ち味が発揮できないまま、終わってしまった・・・。
ゼミ合宿では、思いがけない、いろいろな発見がある。食堂に早くきて、献身的にみんなの食事を並べる人がいたり、なるべく知らないひとと交わろうと目立たない努力をしている人がいたり、またボクに対してさりげなく気を使う人がいたり・・・ボクの(教師としての)役回りは、そういうことに気付いてちゃんと評価してあげることだと思っている。ボクなりに、ちゃんとみていたつもりですよ。
最後に、だれも怪我なく、東京に戻ってこれてよかった。
また、明日から張り切っていきましょう。

2006年04月01日

スターバックスのマフィン

ボクは、カナダのバンクーバーをよく訪れるのであるが、そこでの朝食は、たいていスターバックスで、と決まっている。バンクーバーは、スターバックスの発祥地であるシアトルから近く、ロブソン通りの第1号店をはじめとして、本当にたくさんの店が展開している。石を投げればスタバに当たる、犬も歩けばスタバに当たる、すべての道はスタバに通じる、渡りに船ならぬ渡りにスタバ…、まさにそんな感じである。
一般に、北米のスターバックスは、日本のスターバックスよりも、ペイストリー系メニューが充実していて、いろいろな種類のマフィンやスコーン、ケーキなどがおいてある。ところが、ですね、すべてのスタバがすべて同じメニューかというと、そんなことはけっしてないんですね。ボクのお気に入りのマフィンは、Low-fat Banana Wild Blueberry Muffin with Soy Milkという舌を噛みそうになるくらい長い名前なんだけど、バンクーバーでも、これを置いてあるところとないところがある。行き当たりばったりに入った店で、ウィンドーを見わたし、このマフィンがおいてないとがっかりする。で、そこでは、コーヒーだけ買って、行き着けの違う店に、わざわざこのマフィンを買いに行ったりしたこともある。このマフィンは人気があって結構早く売り切れてしまうので、一軒、二軒と、なんと「スタバのハシゴ」までして、このマフィンを探したことさえある。ホント、それほど、おいしいんですね。
さて、このマフィン、名前があまりにも長いので、日本人のボクには注文するのが結構大変である。最初の頃は、律儀に「ロゥファットバナナワイルドブルーベリーマフィンウィズソイミルク、プリーズ」と全部いっていた。いっぺんにいおうとすると、絶対どこかでつまる。朝の混雑時には、後ろにお客さんがずらりと並んでいるから、ついあせる。で、あせればあせるほど、つまっちゃって、何度も言い直さなければならない。ところが、次第に、店員さんたちがこのマフィンの名前を縮めて、呼んでいるのに気がついたのですね。店員さんたちだって、こんな長い名前をいちいち全部復唱していたら、時間がかかってしょうがない。で、ボクの観察では、その省略の仕方には、いろいろなパターンがあることがわかった。「バナナブルーベリーウィズソイ」がまあ一番一般的なんだけど、「バナナウィズソイ」とか「ロゥファットバナナ」だけの人もいる。
というわけで、それ以来、ボクも省略形でこのマフィンを呼ぶことにしている。一時期は、毎回違う省略形のパターンを使ってみて、どこまで省略したら店員さんに通じなくなるかを試すというのが、ボクの中で朝のひとつのエンターテイメントであったこともあった。ボクの経験からすると、「バナナブルーベリー」や、「ロゥファットブルーベリー」は、ぜんぜん通じる。「ブルーベリーウィズソイ」や「ワイルドブルーベリー」もオッケー。しかし、「マフィンウィズソイ」や「ウィズソイ」だけだと、やっぱりダメ。いくら何でも、それは横着って感じかな。ただ、ウィンドー越しに指さして、これこれ、って感じのジェスチャーをすれば、どんなに省略しても結局大丈夫でした。以上、どうでもいいような、体験レポートでした。

2006年03月31日

続・名前について

ほぼ20年ぶりにアメリカのニューヘブンにあるイェール大学を訪れ、前に住んでいた寮Hall of Graduate Studiesの周りをうろついていたら、ボクがよく朝食をとっていた店がまだ健在だったのでとてもうれしくなった。その名はEducated Burger。昼以降はハンバーガーやフィッシュ&チップスなどのメニューになるが、基本的には典型的なbreakfast placeである。ボクは朝食をしっかりとらないとうまく機能できない方なので、当時、目玉焼きとかフレンチートーストとかを注文していた。卵料理には、トーストとホームフライドポテトがついてきて、それでも安かった。
で、このEducated Burgerという店の名前なんだけど、なんか面白いでしょう?もちろんここのハンバーガーを食べたからといって、頭がよくなるわけではない。また、この店のオーナーや料理人たちが、店のお客さんであるイェール大学の学生たちと同じぐらいインテリで学があるというのでもない(と思う)。この命名の発想は、おそらく逆なんだね。俺たちはイェールの学生さんたちに自分たちの料理を食べさせている、その中には将来有名になる人もいれば、大成功する人もいる。もしかしたらアメリカの大統領になっちゃう人もいるかもしれない。そういう人たちにこの場所でずっと料理を出し続けてやってきた、それをうれしく思うし、そのことは俺たちの誇りだ・・・そんな思いがこの店の名前の裏にあるのではないか、という気がする。
そういえば、北米には、気のきいた名前のついた店がよくある。センスいいなあ、と本当に感心してしまう。ちょっと、いくつか紹介すると・・・・
ワシントンDCを訪れたとき、ホワイトハウスのすぐ近くに、Off the Recordというバーがあった。ね、面白いでしょ?もちろんこの命名は「今晩、オフレコで話そうじゃないか」なんていう政治家やジャーナリストたちの会話を考えた上での洒落である。
バンクーバーのブリティッシュコロンビア大学行きのバス停の横には、Grounds for Coffeeというコーヒーショップがある。コーヒーを「挽く」というときの動詞grind(の過去分詞ground)と、「○○の根拠」というときの「根拠」にあたるgrounds、さらには単に場所という意味でもこのgroundsをかけて使っている。
女性のアパレルのお店で、Wear Else? という店もどこかで見たことがある。「ほかにはありえないでしょ?」ということを意味する「Where Else?」をもじっているんだね。ソファーを売る店で、sofa so goodという店。「so far, so good」という慣用句とかけている。ネクタイの店で、Ties Я Us。これは、もちろん、おもちゃ屋「Toys Я Us」をもじったもの。
日本でも、気をつけてみれば、こういう風に気の利いた命名があるのかもしれない。でも、なんか、日本だと、単なる駄洒落になってしまうのではないかなあ。あの毎週電車のつり広告でみる、AERAのコピー。はっきり言って、あれは、無い方がいいんじゃないでしょうかね。
ちなみに、うちの学部長である藪下先生は、とんでもない駄洒落王です・・・・一度スイッチがはいってしまうと、ホント手がつけられないです・・・・

2006年03月20日

フランス語とヨーロッパの歴史について

ヨーロッパにいって、風邪を引いて帰ってきました。高熱が続くので、インフルエンザだろうね。帰りの飛行機では、咳がとまらず、きっと周りの乗客に自分に移ったら嫌だなと心配させてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。
さて、ヨーロッパにいくといつも思うことが二つある。ひとつは、フランス語ができるといいなあ、ということ。今回の出張では、オランダとベルギーを訪ねたのだが、とくにベルギーのブリュッセルでは、圧倒的にフランス語だった。ブリュッセルはベルギーでも北部の方だからオランダ語圏かと思いきや、ホテル、レストラン、タクシーまで、ほぼみんなフランス語だった。ま、英語も通じるのでぜんぜん問題ないのだけど、まわりがフランス語で会話していると、自分のしゃべっている英語の音感がいやに堅苦しく耳についてしまう。「イエス、トゥー・コッフィー」ではなく「ウィ、ドゥ・カフェ」などとさらりといって、注文してみたいものだ。ちなみに、ブリュッセルのレストランは本当に美味しかったです。
もうひとつは、ヨーロッパの歴史をもっとちゃんと勉強しておけばよかった、ということ。飛行機や電車で移動中に、ガイドブックにある短い紹介文を読んで理解しようとするのだが、その短い紹介文すら、複雑すぎてなかなか頭に入ってこない。封建諸侯の群雄割拠、スペインやフランスの覇権拡張、宗教対立、そして他国による占領など、とにかくいろいろあったんですな、この地方は。で、すこし詳しい概説書になると、もう大変なことになる。フランク王国のシャルルマーニュ、ハプスブルグ家のマクシミリアン1世、カール5世、フェリペ2世、カルロス5世、フェリペ5世・・・などなど、名前さえ覚えきれない多くの人々が登場する。そのそれぞれがどういう関係になるのかなんて、一夜漬け式に覚えられるわけないよね。
でも、今回、ひとつだけよくわかったことは、ブルージュとアントワープとアムステルダムの関係。この三つの都市は、それぞれ国際的商業都市として発展したのだが、それぞれの関係がどうなっていたのかは、ボクはまったくわかっていなかった。で、ボクの今回仕入れた泥縄的知識によると、ですね、最初栄えたのはブルージュ、だったんですね。ところが、ブルージュは沈泥によって港が使えなくなってしまう。そこで、代わってアントワープが栄えるようになった。しかし、オランダが台頭し、ベルギー地域を支配していたスペインに対して強硬な要求ができるようになると、ベルギーの方へ流れている河口を閉鎖することに同意させてしまった。それで、アントワープが衰退し、代わりにアムステルダムが栄えるようになった・・・と、どうもそういうことらしい。
こう考えると、この三つの都市は、時代はかなりずれるけれども、ライバル関係にあった、ということもいえる。そういうライバル意識みたいなものを、今でも引きずっているのか、ちょっと興味あるところだ。ただ、そういうのは、短い滞在ではなかなか感じることができないかもしれない。すこし長期に滞在して、それぞれの街にすむ人々の生の声を聞くと、きっとヨーロッパの歴史ももっとすっきりと頭にはいってくるようになるんだろうね。

2006年02月17日

ノースビーチ

出張から帰ってきましたので、日記再開します。
さて、サンフランシスコが大好き、ということは前にこの日記にも書いたけど、その中でもとくにボクのお気に入り、それはノースビーチです。そう、ここは、イタリア人街。一時、さびれて、ストリップクラブが軒を連ねるちょっと危ないところというイメージだったのだけど、いまではもうすっかりその汚名を返上した。夜遅くまでにぎやかで、歩いていてもぜんぜん安全で、快適。ユニオンスクエアーから中華街を突っ切って10分もすれば、コロンバス通りにでる。それを左の方へ上がっていく。City Lightsという屋根裏部屋のような本屋さんがあり、そこで一服するもよし。音楽をききたければ、Pink Pearlsという結構レベルの高いジャズクラブもあるし、そのほかにもライブ演奏しているバーも数多くある。裏通りには、いくつか凝ったインテリアの店もあって、ホントウに楽しい。
ノースビーチで食べるなら、もちろんイタリアン。今回は大きな一軒家を改造したような店、Bocce Caféに行きました。店内は、天井が高くて気持ちがよい。暖かければ、外のバルコニー席も選べる。混んでいるときは、カウンターで一杯飲んでからドリンクをもって椅子席に移動する。運がよければ、ソファー席にゆっくり座ることもできる。ここは、値段が手ごろで、かつ膨大な量の料理が出てくるので、とりすぎ食べすぎにご注意ください。
軽くピザでもというときには、コロンバス通りに面している小さな店、Osteriaへどうぞ。夜いくといつも並んでいるので、昼にいくといいかもね。コーラを注文すると、缶ごとストローと一緒にでてくるという感じで、まったく飾りのない店。でも、味も雰囲気も申し分ない。
絶対はずせないのは、プッチーニというカフェのデザート。コロンバス通りには、いくつもカフェがあるので、分かりにくいかもしれないけれど、ここのチーズケーキは絶品です。他にも、ティラミスとか、日替わりのケーキがあっておいしそうなのだけれど、ボクはあるとき偶然出会ってしまったここのチーズケーキの味が忘れられず、いつもそればかり注文してしまう。今回も行きましたが、以前とまったく変わってなくて、安心しました。店には、いつも見習い風の若い衆がいて、彼らが一生懸命なのも、とても好感がもてる。
ところで、ノースビーチには、ちょいわるオヤジたちがたくさんいるのです。夜、食事もデザートも済ませて、もう一杯だけ飲んで帰ろうかと、その辺のバーに入るでしょ。すると、いるいる、アメリカ版ちょいわるオヤジたち。結構お腹もでて頭も禿げ上がっているのに、どういうわけか、若い綺麗な女の子を連れて、ゆったりと構えて座っている。で、ライブ音楽が始まると、二人で踊りだすのです。それがセクシーで、格好いいんだな。ラテン系の強みなのかなあ。ああいう腰の動きは、われわれ日本人のオヤジたちには、真似できませんね、ちょっと練習してみたけど・・・

2006年02月09日

サンフランシスコ

明日からサンフランシスコへ出張です。なので、しばらくこの日記を更新できなくなると思う。ここまで快調に書いてきたので、中断するのはちょっと残念だけど、ま、しょうがないね。帰国したら、出張のご報告がてら、またペースを戻していくことにします。

さて、サンフランシスコ。ボク、大好きなのです。だから、どうも、「出張」なのに心がウキウキと踊ってしまう。♪I left my heart~~~in San Francisco~~♪目をつぶると、ほんとに、いくつもの坂が空につづいている光景が浮かんでくる。
世界のどこに住みたいかと聞かれて、自由に選べるんだったら、ボクの場合は間違いなくサンフランシスコと答える。人種や民族が多様で、活気があって、オシャレで、海に囲まれていて、料理が美味しくて、文化が栄えていて・・・、と、良いところをあげればキリがない。物価がちょっと安ければ、もう、いうことないんだけどね。
人生のある一時期、ボクは毎年、サンフランシスコを訪問することにしていた。その頃はまだ向こうに友人が多く住んでいたので、彼らを訪ねていったり、母校のスタンフォードに戻ってみたり、あるいはたまった仕事(執筆)をこなすために気分転換にいく、ということもあった。すると、どういうわけか、東京ではできないような面白い経験をすることができて、それが自分にとってかけがえのないエネルギーとなっているのが感じられた。
たとえば、ある年、友人に連れられて、飲茶ブランチへいったことがあった。そこには6~7人、ボクにとっては初対面の人たちがいて、紹介されることになった。新しくフランス料理店を開くことになったというご夫妻。サンフランシスコという街でレストランを開くことの苦労話をいろいろ聞かせてくれた。そのとなりには、香港からきているというご夫妻。ここで何をしているのですか、と聞いたら、「いや別に。この街を楽しんでいるだけ」という。会話をしているうち、ベンチャーに出資して大当たりして、もう働かなくてもよいくらいのお金持ちだということが判明した。「いまは、いろいろなところに半年ぐらいずつ住んで、最終的な居住地を決めているところなの」。へぇー、世界には、いろんな人がいるもんだなあと、そのときつくづく思った。そして、ボクの友人。スタンフォードの政治学博士号をもっているのに、政治学をさらりとすてて、画家になる勉強をしていた。で、その彼氏。シリコンバレーにある、会社の社長。彼氏というよりも、そのスポンサーかな。ね、面白いでしょう?こういう(日本ではそうお目にかかれないような)人たちと会うと、なんか日本の生活の中で溜まっていたストレスが、すーっと抜けていったのですよ。
当時、ボクはホテル日航を定宿にしていて、ボクの顔をみるとスタッフたちは「お帰りなさい」という挨拶で出迎えてくれた。もちろん、「ただいまー」って入っていくわけには、いかなかったけどね。
では、行ってきます。おみあげ(話)を期待していてくださいね。

2006年02月06日

関西

関西方面へ出張していて、日記更新が遅れてしまった。今月と来月にわたり、めまぐるしく海外へ出張しなければならないのでこれからもたびたび更新できないことが予想されるのだが、やっぱり、やろうと思い立ったことが途切れてしまうのは、あまり気分のよいものではないね。ま、気を取り直して。
ええと、今日は、その関西について。
まず、関西へ行っていつも思うのは、人が少ない、ということ。そういうと、すぐさま反論その①「ええっ、そんなことはない、梅田とか三宮とか、人がウジャウジャいるじゃん」(←なぜか横浜弁)が返ってきそうだが、ちがうんだな、コレが。どんなに混んでいても、首都圏のラッシュアワーのような混雑ぶりは、関西の電車ではいまだに経験したことがありません。やっぱり、東京の混み方は、ちょっと尋常ではない。「夜11時ごろの山手線、あれ、異常やでェ」と(関西弁丸出しの)久米先生がおっしゃるとおりだと思う。
今回は、神戸大学へ行ったのだが、そのキャンパスも昼間から閑散としていた。まだ試験期間中(みたい)だったので、学生たちがいなかったというわけではけっしてない。ただ単に、人口密度が低い、それだけのことなのです。ゴミゴミした早稲田からすると、実にうらやましいほど。大きな木も多いし、遠くに海は見えるし、あんなところで勉強できる学生さんたちは、まちがいなく恵まれている。ただ、夜になるとちょっと寂しいのではないかな、とも思うけどね。
それから関西へ行っていつも思うのは、関西人は背が低い、ということ。これに対しては、反論その②「はあッ?なにィ?それは偏見やでェ、関西バカにしたらアカンでェ」(←こちらはなぜか地元弁)が返ってきそうだが、関西の電車に乗ると、ホント、東京で電車に乗るより自分の身長がひときわ高くなった気がするのですよ。はて、でも、なぜだろう。東京では、ボクよりも背の高い若い男性の人口の比率が高いのかな。あるいは、東京周辺で、最近、外国人人口が激増しているせいかな。
あと、関西人、基本的に楽しい人が多いですね。新大阪駅の新幹線からの出口では、声の大きな女性駅員が元気に案内係を務めていて、もうそれだけでこちらの気分も明るくなってくる。お店に入っても、タクシー乗っても、フレンドリーな人多いしね。電車でも、結構、他人の子供や赤ちゃんに話しかけている場面を見かける。
実は、研究者たちについても同じことがいえて、ボクは、関西出身の政治学者たちが好きですね。なにせ、みんな、プレゼン能力が高く、面白い。久米さんもそうだけど、京都大学の待鳥さん、大阪市立大学の北村さんなど、発表のどこかで絶対笑いをとってやろうといつも(真剣に)考えている。そういえば、以前、ある学会のパネルでこの強力トリオと一緒に発表しなければならないときがあって、彼らのしゃべくり技術にまったく太刀打ちできず、悔しい思いをしたことがあったなあ。ま、しょうがないか、彼らには、吉本興業の血が入っているんだからね。