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フランス語とヨーロッパの歴史について

ヨーロッパにいって、風邪を引いて帰ってきました。高熱が続くので、インフルエンザだろうね。帰りの飛行機では、咳がとまらず、きっと周りの乗客に自分に移ったら嫌だなと心配させてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。
さて、ヨーロッパにいくといつも思うことが二つある。ひとつは、フランス語ができるといいなあ、ということ。今回の出張では、オランダとベルギーを訪ねたのだが、とくにベルギーのブリュッセルでは、圧倒的にフランス語だった。ブリュッセルはベルギーでも北部の方だからオランダ語圏かと思いきや、ホテル、レストラン、タクシーまで、ほぼみんなフランス語だった。ま、英語も通じるのでぜんぜん問題ないのだけど、まわりがフランス語で会話していると、自分のしゃべっている英語の音感がいやに堅苦しく耳についてしまう。「イエス、トゥー・コッフィー」ではなく「ウィ、ドゥ・カフェ」などとさらりといって、注文してみたいものだ。ちなみに、ブリュッセルのレストランは本当に美味しかったです。
もうひとつは、ヨーロッパの歴史をもっとちゃんと勉強しておけばよかった、ということ。飛行機や電車で移動中に、ガイドブックにある短い紹介文を読んで理解しようとするのだが、その短い紹介文すら、複雑すぎてなかなか頭に入ってこない。封建諸侯の群雄割拠、スペインやフランスの覇権拡張、宗教対立、そして他国による占領など、とにかくいろいろあったんですな、この地方は。で、すこし詳しい概説書になると、もう大変なことになる。フランク王国のシャルルマーニュ、ハプスブルグ家のマクシミリアン1世、カール5世、フェリペ2世、カルロス5世、フェリペ5世・・・などなど、名前さえ覚えきれない多くの人々が登場する。そのそれぞれがどういう関係になるのかなんて、一夜漬け式に覚えられるわけないよね。
でも、今回、ひとつだけよくわかったことは、ブルージュとアントワープとアムステルダムの関係。この三つの都市は、それぞれ国際的商業都市として発展したのだが、それぞれの関係がどうなっていたのかは、ボクはまったくわかっていなかった。で、ボクの今回仕入れた泥縄的知識によると、ですね、最初栄えたのはブルージュ、だったんですね。ところが、ブルージュは沈泥によって港が使えなくなってしまう。そこで、代わってアントワープが栄えるようになった。しかし、オランダが台頭し、ベルギー地域を支配していたスペインに対して強硬な要求ができるようになると、ベルギーの方へ流れている河口を閉鎖することに同意させてしまった。それで、アントワープが衰退し、代わりにアムステルダムが栄えるようになった・・・と、どうもそういうことらしい。
こう考えると、この三つの都市は、時代はかなりずれるけれども、ライバル関係にあった、ということもいえる。そういうライバル意識みたいなものを、今でも引きずっているのか、ちょっと興味あるところだ。ただ、そういうのは、短い滞在ではなかなか感じることができないかもしれない。すこし長期に滞在して、それぞれの街にすむ人々の生の声を聞くと、きっとヨーロッパの歴史ももっとすっきりと頭にはいってくるようになるんだろうね。