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ベルリン再訪

わが「現代日本社会システム研究所」(←なんと、ボクはこの研究所の所長なのである)とベルリン自由大学の研究者グループとが共催した国際ワークショップに参加するため、ベルリンを訪れた。
ベルリンに来るのは、2回目。
前に来たのは、1983年、まだ「壁」があった時代である。
チューリッヒの空港でEUへの入管審査を受けたとき、「ベルリンには前にも行ったことがあるのか」と聞かれたので、「83年、まだ壁があったときにね」と答えた。すると、その若い係官はとても意外そうな顔をしていた。「そういや、そんな時代があったんだっけかな」とでもいうような表情にも見えたし、「あんた、ずいぶん歳くってんだね」とでもいいたげな表情にも見えた・・・。ま、おんなじことなわけだ、どっちも。
西側に古くからあるサヴォイホテルに着く。明日の朝食をどうしようかと、チェックインしてくれた女性に「ベルリンにも、スターバックスなんて、あるんでしょうかね」ときいたら、2ブロック先にあるという。
もちろんである。スターバックスがベルリンにないわけがないのである。時代は変わったのである。
ただ、翌朝、結局ボクは、ホテルでビュッへ形式の朝食を取ることにした。そしたら、ソーセージとスモークサーモンが、ことのほかおいしかった。
午後、少し時間ができたので、タクシーをつかまえて、ブランデンブルグ門を超え東側のミッテ地区まで行ってくれと頼む。かつてチェックポイントがあったあたりを過ぎ、「壁」の後をなぞる煉瓦敷の線を横切った。
昔は、一日限りのビザをもらって、東側に入った。ビザは市内しか有効じゃなかったのに、ボクはポツダムまで電車に乗って行ってしまった。ポツダム会談が行われた建物を見学していたら、そこで英語を話す綺麗な女性に出会い、彼女がボクを案内してくれた。その方とは、日本に帰ってからも、しばらく文通が続いた。そう、文通。その頃は、メールもフェースブックもなかった。
・・・などと、想い出に浸りながら、東からブランデンブルグ門をめがけて歩く。門のすぐ手前に、ピカピカのスターバックスがあった。それは、EU議会だかEU委員会だかのオフィスのある建物の一階だった。
もちろん、昔はEUなどというものもなかった。そんなものが実現するなどと、誰も思っていなかった(多分)。やっぱり、時代は変わった。
門を超えて、帰りのタクシーをつかまえる。運転手に「どうしても、ブランデンブルグを歩いてくぐりたかったんだよ」と話かけたら、その人はなんとイギリス人だった。へぇー、ベルリンでタクシーを運転するイギリス人って、ほかにもいるのかと聞くと、3人ぐらい知っている、という。彼は、壁が崩壊したときすでに、この町に住み着いていたのだそうだ。「次の日は、大変だったよ、東ベルリンから自動車がたくさん入ってきちゃってね。」
時代は変わったのである。多分、そう、多分、よい方向に、変わったのである。