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2010年12月30日

ラーメン隊

われらがラーメン隊を結成した。
・・・というと、若干語弊があり、すでに結成されていたラーメン隊にボクが加わったという方が正確である。隊のオリジナルなメンバーは、早稲田の同僚のH先生と、H先生がかつて同僚だったI先生。I先生はこのところ何年か早稲田に非常勤で来てくれていて、二人ですでに界隈のラーメン店をいろいろ探索していたのだそうで、それを聞きつけてボクが便乗したいとお願いしたのである。
はっきりいって、このHとI両先生は、ボクよりもはるかに若い。そんでもって、この二人はどちらもイケメンで、いつもファッションが決まっている。
そんな中、ちょっと先輩格にあたりジーンズしか履かないボクが加わるのを、彼らは本音では「やりにくくなったな」などと思っているのかもしれない。
しかし、そんなことを気にしていたら、おいしいラーメンにはありつけない。ラーメンに、歳は関係ないのである。ましてや、イケメンもファッションも関係ないのである。ラーメンをすするときは、美男美女であろうが、誰だって「ズズーッ」とすするものなのである。そして、ラーメン店の暖簾をくぐるときに、アルマーニを着ていったからって、順番を先にしてくれることなどありえないのである。
われらがラーメン隊の第一回遠征は、12月28日昼に決行されることになった。ウキウキ、うん、明日は朝食を抜いていこう、うん、一軒だけでまずかったら嫌だから、ま、2軒は行かないとな、ウキウキ、などと一人ではしゃいでいると、前日、律儀なH先生からメールが送られてきた。
《前もって、河野先生の好みを「測定」すべく、以下のごく簡単な質問にお答えください》。
さすがは、世論調査を専門にしているH先生である。この「測定」ってところが、まさに社会科学になっている。
《次にあげるリストの中から、行ったことのあるお店のみを美味しいと感じた順番に並べかえてください。○メルシー(早稲田高校の向かい)○武道家(早稲田駅出口横)○ほずみ(南門通り)○一風堂(早稲田通り沿い)○天下一品(早稲田通り沿い)○麺屋KAZU(大隈通り商店街)○えぞ菊(早稲田通り沿い) ○七福家(早稲田駅エレベータ出口横)》
すごい。この用意周到さ。おいしいラーメンをたべることへのこだわり。先輩格のボクをたてようとする心配り。いやー、これは本当にすごい。明日のラーメン隊への期待が一気に膨らむ・・・。
というわけで、12時に教員室に集合。高田馬場方面に向かって歩き始めました。一軒目は、明治通りをすぎたあたりのちょっと隠れ家的な店。魚介系スープだが、コクがありうまかった。店を出た後、「残ったスープがちょっとこってりし過ぎてたかな」といったら、I先生がすかさず「それはですね、ネギを最後まで残しておくんです。すると、ネギがうまい具合にスープをすって、なじんで、うまかったですよ」と言っていた。なるほど、ボクのネギ消費に計画性が足りなかったのか、と反省した。二軒目は、高田馬場を過ぎたところの塩ラーメンの店。ちょっとあっさり過ぎたかな、と思ったが、「グデングデンに酔っぱらったあとだったら、おいしいかもね」ということで、3人の意見はみごとに一致しました。

2010年12月16日

Stephanie Nolen

カナダの全国紙であるGlobe and Mailは、世界各地に特派員を送り続けている、いまでは希少なメディアのひとつであるが、その記者Stephanie Nolenさんのお話をラジオで聞いた(CBC “Ideas” Nov. 25)。彼女は、アフガニスタン、イラク、コンゴ、ルワンダなど、数々の戦争や内戦などをカバーし、優れたジャーナリストとして何度も表彰されている。
その番組(ジャーナリストを目指す大学生を対象にして行われた記念講演 “Dalton Camp Lecture” の録音)は、ジャーナリズムの心構えを自分の経験に則して語るというものであったが、そこで語られている経験はハンパではなく、圧倒的な説得力をもっていた(日本で、質問も取材もせず、政治家の言ったことをただただパソコンでメモることがジャーナリズムだと勘違いしている人たちの心構えや経験とは大違いである)。たとえば・・・
ジンバブエでは、いつも不正な選挙をやっており、野党支持者に対する暴力的弾圧などを伝えようとする外国人特派員も、いつも危険にさらされていた。2008年の大統領選挙が始まったとき、Nolenさんは、最初、どうせ同じ不正が繰り替えされるだけと思い込んで現地に行かないことにしていた。ところが、選挙の数日前、ヨハネスブルグの彼女のオフィスにファックスが届き、選挙管理人から正式な取材許可がおりることが知らされる。それでは、と、行ってみたところが、なんと、彼女は歴史的事件を目撃するだけでなく、歴史的事件を作る人となる。選挙管理人たちが勇気をもって彼女に本当の選挙結果を伝え、彼女はその結果をただちに、つまり政府が結果を改ざんしようとする前に、Globe and Mailのウェブサイトにアップロードして世界に発信したのである。このことが、それ以降のムガベ大統領による独裁を大きく揺るがせることになった。
あるいは、コンゴの内戦の話。女性に対する性的暴力が武器であることを取材にいこうとしたところ、現地の援助機関の人たちは「会いに行った所で、誰もあなたに話しをするわけないでしょ」と諭す。それでも、Nolenさんは「私が行かなければ、(しようと思ったって)私に話しをすることはできない」と、ジャングル奥深くへと入っていく。ガイドが用意した建物で「誰も話しをしてくれないとすると、さてはて、どういう記事を書けばいいのだろうと」と考え込んでいると、そこに4人の女性が現れる。「あなたが私たちに起こった話しを聴きたいと、聞いてきた」という。木に一ヶ月のあいだ縛り付けられ、7−8人の兵士たちに毎日レイプされ続けた16歳のアンニャ。自分の夫が銃口を突きつけられるなか、10人の政府軍兵士にレイプされた55歳のイファ。7ヶ月になる自分の子供がすぐそばで泣き叫ぶ中、棒と銃口でレイプされた21歳のシャミ。自分の義父の上に乗っかれと命令され、その上でレイプされた52歳のレオニ・・・。コンゴのどの村へいっても、こうした話しを女性たちが語り、語り続け、Nolenさんの3冊のメモ帳はたちまちいっぱいになる。雑誌の切れ端や航空券チケットの裏にまで、話を書き留める。なぜ、女性たちはこれほどまでに、語したかったか。「それは、私が、彼女たちに話しを聞きたいといった、最初の人間だったからである。彼女たちには、警察もない。裁判所もない。政府もない。」
Nolenさんは、女性の方がジャーナリストに向いていると断言している。それは、世の中に起こっていることの半分は女性が関わっているが、女性には女性にしか打ち明けない真実があるからである、と。その通りだと思う。
彼女の講演を聴くと、いったいジャーナリストは自らが抱える「怒り」をどう処理するのだろうか、と誰もが思う。しかし、彼女はその疑問に対する素晴らしい答えを、質疑応答の中で述べていた。興味がある人は、どうか彼女の講演を聴いてみてください。