ソフトクリームの世代論
はじめてソフトクリームを食べたのは、まだ小学生の時であった。
今でもよく覚えているが、ある日突然、ボクの住んでいた日吉(東急東横線沿い)の駅を降り立ったすぐ目の前に、ソフトクリームを売る店が登場した。いまちょうど文明堂の売店があるあたりである。ボクをはじめとして、当時遊び盛りの日吉のガキンチョたちは、「なんだ、なんだ」という感じで、最初遠巻きに、その店を眺めていた。そのうち、大人たちがおいしそうに、そこでソフトクリームを買って食べているのをみて、食べたくなった。それで、親にねだって買ってもらった。それが最初であった。
たしか、当初その店で売っていたソフトクリームの種類は、バニラしかなかった。そのあと、チョコレートとバニラのミックスが出て、それから薄ピンク色のストロベリーも出た(と記憶している)。ボクのお気に入りは、なんといってもチョコレートとバニラのミックスであった。
ソフトクリームは、当時の日本では贅沢品であった。その当時ボクらガキンチョがふつう食べていたのは、定価30円とか50円とかの、カップに入ったアイスクリームであった。お小遣いが少ない時は、定価10円とかのアイスキャンディーで我慢した。
しかし、ソフトクリームは、当時150円とか、桁外れの値段がした。だから、もちろんそう頻繁には食べられない。ソフトクリームを食べるのは、なにか特別なときだったのである。
ソフトクリームはすぐにとけてしまうので、そのまま立って食べたり、歩きながら食べたりしなければならない。ところが、当時ソフトクリームはまだ身近な商品ではなかったので、大人たちの食べ方は、みなどことなくぎこちなかった。実際、ボクの父親などは、立ってそのまま食べるのは「はしたない」ということで、挑戦しようともしなかった。しかし、ボクらガキンチョはそんなのは平気なやんちゃ少年少女で、みな、あんぐりと口をあけ、ぺろぺろと舌を出し、くるくるとコーンを回しながら食べた。
考えてみれば、ボクの父親の世代は、彼らが子供の時にソフトクリームを食べたことがないので、一生ソフトクリームの食べ方がぎこちないままで終わった世代であった。そこへいくと、ボクらの世代は、日本でソフトクリームの食べ方を子供の時に身につけた、最初の世代である。ソフトクリームを食べることに関しては、パイオニア、ないし草分け的存在なのである。
ボクは、いまでも週一回、ソフトクリームを食べることにしている。それは、毎週土曜日、テニスへ行く前に、エネルギー補給と称して、食べるのである。
テニスコートの近くのフードコートで買って、そのまま食べながらコートまで歩いていく。自分のような中年のオヤジでも、ソフトクリームを食べて歩いていると、子供の時のあのやんちゃな気分に戻ることができる。だから、まわりを歩いている同世代の人たちに対してこれみよがしに、「ほらほら、オレ、まだこんなにやんちゃなんだぜ、若いんだぜ」と、いうシグナルを送りながら歩く。ソフトクリームを食べて歩いていると、ボクよりもはるかに若い人からも、羨望の視線を浴びる。一番うれしいのは、こっちを見た子供たちが「あ、ボクもたべたーい」と親にねだっている声が、どこからかきこえてくるときである。