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ピザの想い出

日本ではじめてピザを食べたのは、高校生のとき、渋谷の公園通りにあったシェーキーズだった。だいたい当時の日本には、シェーキーズぐらいしか、ピザの専門店がなかった。どこの学校も文化祭シーズンで、その休みを利用し、ある女の子とどちらも制服のまま店に入っていった。長テーブルに赤と白のテーブルクロス(といっても紙)が引かれていたのが印象的だった。その「デート」で気に入って、シェーキーズはそれから何度か利用した。たしかその頃は、お昼に行くとピザが食べ放題。焼きたてのピザがカウンターに出てくるとはそれを取りにいってガツガツと食べた。横にガーリック味のポテトもおいてあった。
アメリカにはじめて留学したときには、ホストファミリーの弟と教会の帰りに、ピンボールマシンのおいてあるピザ店へよく行った。そこは、教会のユースグループのたまり場になっていて、必ずみんなペッパローニを注文した。そして、ペッパローニをかじりながら、ピンボールの腕を競っていた。でも今思うと、そこのピザはおいしくはなかった。
ピザの良し悪しがわかるようになったのは、スタンフォードに行ってからである。まだ着いて間もない頃、先輩たちが新入生歓迎の集まりをOasisというスポーツバーのようなところで開いてくれた。実はピザの専門店ではなくハンバーガーが旨いということで知られていたらしいが、そこで出てきた焼き立てのピザを食べたとき、ボクは自分の中でのピザの概念が変ってしまった。薄いクラストの上にチーズがふんだんにのっていて、それまで食べてきたピザとはまったく次元の異なるピザであった。そこ以外にも、スタンフォードのキャンパスの周りには、旨いピザの店がたくさんあって、しかもいろいろ個性のあるピザを楽しむことができた。
スタンフォードでは、友人たちと集まって宅配ピザもよく取った。ただ意地でも注文しなかったのは、今や日本でもチェーンを展開しているドミノであった。当時の噂では、ドミノのオーナーが中絶反対のキャンペーンに巨大な寄付をした、ということだった。女性が中絶する権利をもつのは当たり前だとボクも思っていたので、そういうことならとボイコットに加わった。ボクの大好きなコメディーSeinfeldに、ドミノとは名指ししていないが、あるピザのチェーン店が中絶反対派であることをたっぷり皮肉ったエピソードがある。面白いので、よかったら見てください。
さて、2年ほど前には、全米でも有名なあるピザ店を訪れることができた。イェール大学でシンポジウムを行ったとき、日本からお招きした慶応の阿川尚之先生と京都の待鳥聡史先生たちが、(主催者のひとりであった)ボクを慰労するという名目で、ある有名なピザ店に連れて行ってくれたのである。そこはクリントン元大統領も気に入っている店というだけあって、さすがにおいしかった。
最近、バンクーバーでピザを食べるときは、だいたいいつもブロードウェイのNat’sである。ニューヨークのイタリア人街をイメージした小さな店で、通りがかりにスライスを一枚買っていく人もいれば、小さな子供を連れた家族がディナーを楽しんでいることもある。ここでは、なんといっても、the 5th Avenueという、ほうれん草、オニオン、トマトとたくさんフェタチーズがのっているピザが最高においしい。この命名がこの店独特のメニューなのか、それとも「フィフスアヴェニュー」といえば、どこのピザ店でも通じるものなのか、ボクはいまだに知らない。いずれにしても、同じようなピザを、日本ではまだ見たことがない。
海外でしか食べられないおいしいものが残っているということは、われわれに人生を豊かにしてくれる貴重な経験を与えてくれる。それはまた、俗にいうグローバル化なる現象がいかに表層的なものであるかをよく物語っている。