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知っているようで知らないアメリカ建国の話シリーズその④~アメリカ大統領は何と呼ばれるか?~

アメリカ大統領に呼びかける時、何と呼びかけるか知っていますか?
ふつうに、ミスター○○と、実名で呼んだのでは、失礼に当たるのです。
正解は、「ミスター・プレジデント(Mr. President)」。
この呼称は合衆国建国のときに採用されたものであり、それ以来今日まで使われている。
まあ考えてみれば当たり前のことだが、ひとつの新しい国家が誕生するということは、大変なことなのである。憲法制定や首都建設だけでなく、議事進行のルールとか、さまざまな儀式的慣行とか、何から何まで新しく作らなければならない。
たとえば、1789年4月23日のこと。ワシントンが上院に入り、そこで大統領就任の宣誓を行うことが計画されていた。しかし、ワシントンが入場してきたとき、はたして上院議員たちは座ったままでいいのか、それとも尊敬の意味をこめて椅子から立ち上がるべきなのか。イギリスでは、君主を迎えるのに貴族議員たちは席をたつが、すると同じような行動はせっかくできたアメリカの共和制を君主制のようにしてしまうのではないか。そういえば、ワシントンの前に、事務員を議場に入場させてもいいものなのだろうか。それとも、彼らは入り口のドアのところで待たせておくべきなのか。こんな細かなことまで、ひとつひとつ決めていかなければならなかったのである。
さて、「ミスター・プレジデント」という呼称を考案したのは、ジェームズ・マディソンだった。ところが、この呼称に落ち着くまでには、実は長い議論があったことが知られている。
議論の火付け役は、副大統領のジョン・アダムズだったようである。
アメリカの副大統領というのは、憲法上は上院の議長すなわち「プレジデント」である。そこで、アダムズははたと考えてしまった、「上院で議長としての役割を果たしているときに、ワシントン大統領がその議場に入ってきたら、自分の立場はどうなっちゃうんだろう?」と。
それで、(大統領)ワシントンをなんと呼ぶか、という議論が、上院をあげて大真面目に行われることになった。たとえば「His Excellency」はどうだろうという提案がなされるが、それはすぐに却下される。すでに、州の知事たちが、そう呼ばれていたからである。
ニューイングランド出身で気位の高いアダムズは、アメリカの大統領にも、威厳のある、貴族を思い出させるような呼称が適当と思っていた。そこで、彼は「His Highness」とか「His Most Benign Highness」などの名称を考案した。ちなみに、これを聞いた人民派のトーマス・ジェファーソンは、ただただ呆れかえっていたらしい。ちまたでも、太ったアダムズを馬鹿にするように、「Your Rotundity」などと、陰口がたたかれようになった。
ワシントン自身はどうだったかというと、彼も最初は、長ったらしい「His High Mightiness, the President of the United States and Protector of Their Liberties」という、あたかも貴族のような呼称を気に入っていたようである。ところが、ちまたの評判がいまひとつ芳しくなく、そのような呼称が君主制を想起させるという批判を耳にして、考えを変えるのである。それで、マディソンが考案した、なんともシンプルな「ミスター・プレジデント」がよい、と決心したのである。