キング牧師とオバマ議員のスピーチ
アメリカのエール大学にいたとき、民主党の大統領候補にも名乗りをあげたことのあるジェシー・ジャクソン牧師が演説をするというので、聴きに行った。会場に入ったら全然空いている席がなく、うしろの方で立ち見というか立ち聴きするしかなかった。残念ながら、遠くのほうで、しかもかなり強いアクセントでしゃべっていたので、正直言って、ボクの当時の英語力では、その内容をほとんど理解することができなかった。しかし、それでも、ジャクソンさんがいかに演説の名手であるかはよくわかった。聴衆は、まるでロックコンサートにでも来ているかのように、酔っているという感じであった。
その時思ったのは、こんなに演説のうまい政治家は日本にはいない、ということであった。その印象は、それ以来今日までずっと変わっていない。日本では、心を動かされる演説というものを、聴いたためしがない。
よい演説には、リズムがある。いくつかの重要なフレーズを繰り返す。あるいはちょっとずつ違うフレーズを畳み掛ける。拍手と歓声に波乗りするかのように、自分の声の抑揚を合わせて、聴衆の関心を一点に集中させていく。ところどころに、ハッとさせるような寓話やコンセプトを入れて、ほんの一瞬、聴衆が自分の人生や考え方を振り返るように仕向ける。しかし、すぐ手綱を引き締め、重要なフレーズを繰り返しあるいは畳みかけて、集中をまた自分の方へ向けさせていく・・・。
ボクがこれまででいちばん感動した演説は、なんといってもマーティン・ルーサー・キング牧師のI Have a Dreamである。アメリカでは、1月に彼の誕生日を祝う休日があるが、スタンフォード時代、ボクら院生たちは毎年この日になると、この演説のビデオを借りてきて一緒に見るということをしていた。この演説は、英語もわかりやすくて、ボクでもよく理解できた。はじめて聴いたとき、力強いのであるが、その一方でキングさんの声がなんとなく震えているような気がして仕方なかった。そして、そのことと、キングさんが後に暗殺されることになるということとがイメージとしてボクの中でかぶってしまって、ジーンとした。(おそらくもうすでに何度となくこの演説を聴いたことがあったであろう)アメリカ人の友人たちが、真剣に、尊敬というか畏怖の念をもって、この演説にそろって耳を傾けている姿は、忘れられない。自分の国を愛するということは、実は素晴らしいことなのである。
最近、YouTubeなるものを利用して、このI Have a Dream演説をいつでも好きなときに聴けるのだということを発見した。このYouTubeには、ほかにもいろいろな演説がおさめられている。I have a Dreamについで、ボクがかねてから聴いてみたいと思っていたのは、2004年の民主党大会での、バラク・オバマ上院議員の演説であった。彼は、この演説で一躍全国的に有名になり、ご存知のとおり今ではヒラリー・クリントン上院議員と民主党の大統領候補の座を争っている。もちろん、YouTubeにはちゃんと、この演説も入っている。聴いてみたら、評判通りの、すごい演説であった。そして、聴いてみればわかるが、オバマさんの演説の最後の部分は、明らかにキングさんの演説を意識して書かれている。そうした細工も、もちろん、オバマさんの演説を感動的なものにしているひとつの要素なのである。