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落語から学ぶ

大学生の頃、よく立川談志さんの独演会を見に行った。国立小劇場とか何とかホールとか、それほど大きくない場所で開かれていて、その頃はまだチケットを取るのもそれほど大変ではなかった。当時は山藤章二さんがプロデュースしていて(←いまでもそうなのかもしれないが)、落語に入る前に、最初に立ったままで長~い「時事ネタ」のトークがあった。これが本当によく考えられていて、楽しみだった。もちろん、その後の落語も、素晴らしかった。落語というものが、可笑しいだけでなく、構成やプレゼンテーションがよく練られていて、知的に面白いものなんだと思うようになった。
いまでも目に焼きついているのは、談志さんの絶大なるオーラである。彼の前に、二つ目とかが演じていても、観客はざわついていたり、なんとなく集中していない。ところが、談志さんが御囃子にのり舞台の右袖から出てくるだけで、観客はシーンとなる。深々と頭を下げ、ゆっくりと顔を上げると、その瞬間、観客の目は彼一点に集中している。この「出方」は、本当にすごい、と素人ながらに思った。
かつて、山藤さんとの対談の中で、春風亭小朝さんが談志師匠の出方を勉強するために、大阪の花月まで聴きに行ったことがあるという話しを読んだことがある。関西では、演者に対してへつらうようなところがなく、観客が「とっちらかっている」ことがふつうなのだそうで、そういう場で談志さんがどうサバクかを見たいと思ったからだという。そしたら、談志さんは、いつもよりも倍丁寧にお辞儀をし、観客のほうに媚をうりまくって、まずツカミをしっかりしておいて、それから自分のペースへもっていったのだそうである。
こういうことは、当然のことながら、教壇にたつボクとしても大変勉強になる。いったいどういう出方をすれば、学生たちの集中を引き寄せることができるか、そしてどうやったらそれを持続させることができるか、本当は毎日もっと意識してやらなければならない。話しのテンポとか、メリハリとか、目配りとか、大学の教員は、もっともっと落語を聴きにいって、勉強すべきなのである。
というわけで、このあいだ、新宿末広亭に行ってきました。土曜日だったので満員、立ち見もでるほどの盛況でした。末広亭ははじめて行ったのであるが、上野の鈴本と違い、中でお酒が飲めないんですね、ちょっとがっかりでした。サキイカでビール、と思っていたのに・・・。
橘家円蔵師匠の「道具屋」が聴けてよかったでした。

寄席に一緒に行こうといっていた知り合いの方がご病気になられてしまいました。
一日も早くご回復するよう、心よりお祈り申し上げております。