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テニス

ラケットを持って大学のキャンパスを歩いていたりすると、同僚や学生たちから「もうテニスは長いんですか」と聞かれたりすることがある。
そういう時は、「ええ、結構長いんです。でも、ちっともうまくならなくてね」と答える。
ボクが最初にテニスをしたのは、高校時代にアメリカに留学したときである。ホストファミリーの弟がかなりの経験者で、彼に手ほどきを受けたのが最初であった。その後、スタンフォードに留学していた時代に、かなりやった。テニスメートがいたので彼女と毎週水曜日に時間を決めてやっていたし、日本人の留学生仲間と週末遊ぶことも多かった。スタンフォードではキャンパスのいたるところにテニスコートがあって、気軽にできたのが本当によかった。
そして、日本に帰ってきてからは、すでに7―8年続いている。
日本では、毎週テニスをする仲間たちがいる。テレビ関係者、音楽家、サラリーマン、アパレル関係の人、サーファー・・・などなど、実に多彩な人たちが集まって、土曜の夜遅くから、ある場所でやっている。ボクも都合のつく限り、行くことにしている。いや、都合がつかなくても、無理に行くこともある。このあいだの土曜日もそうであった。いまのボクの生活は、無理に都合をつけないと仕事で首がまわらないくらい忙しいので、気分転換のためだと割り切って、参加することにしているのである。
仲間内のテニスといっても、のんべんだらりとやっているわけではない。大学時代に体育会でやっていた二人がコーチの役割をしてくれて、ミニテニス、ストローク、ボレー、サーブ、サーブアンドリターンの一連の練習を、まずみっちり約1時間15分ぐらいする。全身汗まみれになり、はあはあ息が切れるまでやらされる。そして、そのあと45分ほど、パートナーを代えてダブルスで試合をする。われわれの2時間の練習は、本当にうまくなるように組まれている。それに比べると、ある有名なテニススクールに入ったこともあるが、はっきりいって、ああいった類いは、時間の無駄、お金の無駄だと思う。
仲間うちでボクは一応「センセイ」と呼ばれている。しかし、もちろん大学教授だからといって、容赦はない。厳しい「愛のムチ」がどんどんくる。「センセイ、足動いてないよー」、「センセイ、かまえてかまえて」、「センセイ、よくボールみてー」、「センセイ、足、足」・・・などという指導が、次々に大声で飛んでくる。どうもボクに対しては特に厳しいのではないか、と思うこともある。このコーチの二人は、大学教授という職業に対して恨みでもあるのではないか、大学時代、教授の先生にいじめられたのではないか、とかんぐりたくなるほどである。
仲間うちでは、ボクが一番下手である。下手なりにうまくはなっているのであるが、ほかのみんなも同時にうまくなっているので、いつまでたっても彼らに追いつかない。しかし、テニスの上達というのは、語学の上達に似ている。日々努力しても、短期的にはその向上はなかなか目に見えないが、たとえば一年前と比べたら、確実に格段によくなっていることに気付く、そういうものである。
娘が日本に来ると、この仲間たちはいつも暖かく彼女を迎えてくれる。ボクはそのことに、大変感謝している。ふた月後、彼女が日本にやってくる。日本で何をしたいかときくと、娘は必ず「テニス、それからテニス」と答えるのである。