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2012年01月29日

中毒患者は屁理屈をこねる

何を隠そう、ボクは、マクドナルド中毒患者の一人である。
毎日食べなければ気が済まない、というわけではない。
毎週食べなければ気が済まない、というわけでもない。
しかし、月に一度ぐらいは、どうしても食べたいときがやってくる。そうなるともう、いてもたってもいられない。食べるまで、食べたいという衝動がおさまることがない。
ボクの場合、その衝動は、たいてい夜にやってくる。どういうわけか、さあ寝ようか、という時間に、突然、やってくる。それゆえ、衝動は、どうしたって次の日まで持ち越される。で、次の日の午前中は、文字通り中毒患者のように、「ああ食べたい」「うーん食べたい」と、念じ続けることになる。
マクドナルド中毒にかかる原因の一つは、「犬も歩けば、マクドナルド」という感じで、実に多くの店舗が展開されていることによる。これが東京に一店舗しかない店だったすれば、「食べたいな」と思っても行くのが面倒くさかったりして、すぐさま諦めがつく。ところが、とくに首都圏では、どこにいようとも、マクドナルドで昼食を取ろうと思えば、取ることができてしまう。だから、食べたいなと思ったが最後、食べるまで、衝動はおさまらない。
実は、つい先日(今年になって初めてのことであったが)、とうとう禁断症状がでてしまった。で、妻に、「ごめん、そういうことなんで」と説明し(←?)、買い出しにいった。
ボクは、マクドナルドでは、かならずビックマックセットを注文する。
その日も、そうすることにした。ただ、その日は、ちょっとした事件が起こった。
かつて、マクドナルドでは、セットのドリンクでジンジャーエールを選べた時代があった。コーラやコーヒーだとカフェインが入っているし、オレンジジュースとビックマックでは、相性がよくない(と、ボクは勝手に思い込んでいる)。ところが、その日、ボクは店員さんに「すみません、もうジンジャーエールはやってないんです」といわれてしまった。
そうか、じゃ、しょうがない、「コーラでいいです」、ということにして、代金を払い、紙袋をさげ、ルンルンと引き返してきた。
さて、家に戻り、ポテトをつまみながら、そのジンジャーエールの話を妻にしたところ、「あら、この前の時も、まったく同じこといわれて、コーラにしてたわよ」と、彼女がいう。
「?」
「物覚え、悪くなってきたんじゃない?」と、彼女は心配そうである。
「ちがう、ちがう。こういうのってのは、いらない情報を、なるべく覚えないようにしているだけのことなんだよ。」
「いらない情報?」
「そう、世の中のどうでもいい情報を、覚えないように、ボクの脳はトレーニングされているのさ。」
「いらない情報ってことはないでしょ?だって、この前のこと覚えてたら、カウンターで同じ間違いをしなくてすんだんじゃないの?」
「いや、いや、そんなことはない。だってだよ、マクドナルドは、もしかしたら、将来、ジンジャーエールのサービスを再開するかもしれないじゃないか。もしそうなったら、ジンジャーエールがないと思い込んで注文すると損した気分になる。だから、この場合、情報を覚えないようにするという方が、よっぽど合理的なんだよ。」

2012年01月14日

梅香亭

好きだった梅香亭が閉店してしまいました。
長い間、本当にご苦労様でした。
想い出のブログ(2008年12月27日付け)を以下に再録します。

横浜にある、有名な洋食屋さんにいった。
その名は梅香亭。横浜スタジアムのすぐそばにある。レトロの中のレトロ、というお店。その雰囲気にふれるだけでも、行く価値があると思う。なにせ創業は大正時代である。
ストーブが真ん中にドテッとおいてある。椅子や長椅子には、アイロンがぴんとかかった真っ白な布がかけてある。電話のベルも、あの「ジリリーン」という、レトロな響きがする。
ランチ時をさけて、1時半ごろに行ったのだが、ボクのお目当てはハヤシライスであった。ボリュームがあって、コクがあって、そしてアツアツで出てくる。
ところが、ですね、その日、どうもボクには運がなかったようです。
フロアーを仕切る方が、メニューを持ってきて、律儀に説明する。
「いまはカレーはやっておりません。それから、ハヤシは、おそらく、先ほどのお客様でおわってしまいました。」
?「おそらく」?
しかし、「おそらく」であろうとなんであろうと、「おわってしまった」といわれたものを注文するわけにはいかない。ボクは方針転換を強いられて、メニューをじっくり眺めることになった。
そこに、やってきたのは近くで働く(と思しき)サラリーマン。常連らしく、席につくなり「ハヤシライス」と頼んでいる。そしたら、その律儀なフロアーさん、「あの、もしかするとハヤシは先ほどのお客様でおわってしまったかもしれないので、いま聞いてきます」といって、キッチンに入っていった。ところが、出てくるなり「あの、もう一皿できるそうです」と、ニコニコしながらその客に報告している。
オイオイ、それはボクのハヤシライスでしょうが・・・。
ボク、わざわざ15分も歩いてここまで来て、ハヤシライスを食べようとしたのに・・・。
ボクは、一瞬、ボクもハヤシを食べたかったんだけどな、とボソッと言おうかと思った。でも、そう言ったところで、その客とフロアーさんを困らせるだけだし、と思い返し、メニューをさらにじっくりと検討して、結局エビフライを注文することにした。
狭い店なので、そのとき中にいた周りのお客さんたちは、だれもが起こったことの一部始終を見届けていた。だから、もしボクが、自分もハヤシを食べたかったのになどと言っていたら、ボクには「ハヤシが食べたかったのに、食べられなかった人」というレッテルが貼られてしまうはずであった。いや、もしかすると、みんなは、ボクをバツの悪いヤツとして笑いもの扱いするかもしれない・・・。
だから、ボクは、わざと平然を装い、「ハヤシなんて、別に食べたかったわけじゃないからね」というような顔をして、エビフライを頼んだのである。
さて、ボクがエビフライを食べ始めると、そこにもう一人、今度は若い女性のお客さんが入ってきた。この方も常連らしく、入ってくるなり「ハヤシライス」と注文している。
そしたら、再びその律儀さんは、「あの、もしかするとハヤシは先ほどのお客様でおわってしまったかもしれないので、いま聞いてきます」といって、キッチンに入っていった。
そして、彼がまた嬉しそうにいったのである。
「あのもう一皿、できるそうです、これが最後です。」

2012年01月05日

2011年はどういう年だったか

みなさま、新年おめでとうございます。

年末や年始に「どんな一年だったか」ということを考える人が多かったと思う。
テレビでもラジオでもそのような放送をしていたし、雑誌でもそのような特集をしていた。
「どんな一年だったか」ときかれて、それを一言で表現することなど、なかなかできない。震災もあったし、ボクの場合は結婚もしたし、いろいろな記憶と感情が混ざり合ってしまって、ううっ、と考えてしまう。
しかし、ちょっと専門的な観点からすると、過ぎ去った去年という一年は、とても特徴ある年だったように思う。それは、エネルギーはあるんだけど、それが組織化されなかった年、とでもいうのだろうか。
たとえば、エジプトなど、中東の民主化。世界史的にみると、これは間違いなく、去年起こった事件の中で、圧倒的に最も重大な事件だった。そして、そこには、莫大なエネルギーが垣間みられた。次から次への国境を超え、そのエネルギーが旧体制を追い込んでいった。リビアのカダフィも殺されたし、シリアのアサドが追われるのも、もう時間の問題だろうと思う。しかし、エネルギーはあるんだけど、それが結晶化していかない。いったいどういう新しい体制ができるのか、どういうリーダーがでてきてどのように仕切るのか。組織化の行方が不透明であり、いまでもそうした状態が続いている。
あるいは、ニューヨークのウォールストリート占拠を皮切りに、世界にまで拡大した反体制、反市場主義の運動。結局、警察などによって占拠は排除されたが、最後まで、だれがリーダーとなり、何を目指しているのかが、わからなかった。ただ、エネルギーだけが充満し、組織化されずに終わった。これは、いま、アメリカの共和党の中にある、ティーパーティ運動についても言える。反体制、反ワシントン、反オバマで、ものすごいエネルギーがたまっているのに、それをまとめる組織としては、何もない。
そして、日本における、震災からの復旧や復興にむけた取り組み。多くの善意があり(もちろん多くの悪意もあるが)、たくさんのボランティアが動き、莫大な予算が投入され、文字通り、国家をあげたエネルギーが、そこにつぎ込まれている。しかし、ここにも、命令系統や意思疎通がはっきりしないという問題、いってみれば組織化の未熟さの問題がある。
われわれは、携帯電話やsocial networkなどによって、人々を動員することが前よりも安価にできることになった。その反面、組織をつくるという能力を失ってしまったのかもしれない。これは、結構卑近な問題である。どのようにして、ゼミをまとめるか。そしてゼミOB会を、みんなが楽しく意義あるものと思ってもらえるようにしていくか。