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久々の浅草、初めての浅草

ある方に誘われて、浅草演芸ホールへ行った。
お目当ては柳家さん喬師匠。その誘ってくれた方が師匠とお知り合いで、ボクはぜひご一緒させてください、とお願いして実現した。
ボクは、観音様によく初詣に行くのだが、正月はいつも歩けないくらいに人が多い。ゆっくりと浅草を訪れるのは、久々である。そこで、まず乾物屋「熊野屋」を冷やかし、雷門を過ぎてオレンジ通りから新仲見世通りのアーケードをぶらぶら歩く。それから、ここのを食べたらほかのは食べられないという絶品のフリカケの店「薬研彫(ヤゲンボリ)」――世間的には七味唐辛子の店ということになっているが、皆さんここのフリカケも一度お試しください――を右手に見て進み、有名な「ヨシカミ」の前を通って、ホールに到着した。
そしたら、なんと、込んでいる。日曜でどうも団体さんがたくさん入っているらしい。ボクらは、待ち合わせを開演時間ぎりぎりにしたので、立ち見になるかなと心配して中へ入ったのであるが、二つ続きの空席をようやくみつけて、なんとか座ることができた。
さて、その日はなかなか豪華な顔ぶれであった。漫才ののいるこいるは、なんど聴いても可笑しく、ボクは大好きである。中とりが金馬。正蔵(というより、やっぱりこぶ平というイメージが強い)は威勢がよかったし、つなぎに徹した志ん駒も味わいがあった。さらにもうひとつ色物をはさんで、いよいよ、さん喬師匠の出番となった。
師匠は紋付を着て登場、演目は「八五郎の出世」だった。「妾馬」ともいうのだそうだ。八五郎の傍若無人さで散々笑わせてから、妹お鶴を思う愛情でホロリとさせる。でも、最後は(将来の出世の様子を想像させるように)すがすがしい後味を残して終わった。拍手大喝采。みんな満足して帰っていった。
いやー、それだけでも素晴らしい一日だったのに、実はその日はオマケがついてきた。
ボクらは、楽屋前でご挨拶をするつもりで師匠を待っていた。するとそこへ威勢よく師匠が飛び出してきて、おお、おお、と、こちらをみて声をかけるやいなや、「ちょっと何か食べていきましょうよ」ということになった。
で、ボクら三人に、お弟子さん二人が加わり、雷門まで歩いて戻って、大きい方の尾張屋に入った。席に着くなり、どうぞ、どうぞ、と師匠がおっしゃる。どうしようかと迷っていると、お弟子さんたちが二人とも親子丼を注文した。お弟子さんたちはこの辺の店で何がおいしいかをつぶさに知っているに違いない、と思い、ボクも同じものを注文した。初めて尾張屋の親子丼を食べたが、これがメチャクチャおいしかった。
師匠は、自分はまだ仕事があるからといって飲まないのに、ボクらにはビールまでご馳走してくれた。とくに初対面のボクに対しては、申し訳ないぐらい気を使い、いろいろ教えてくださった。それで、ボクはすっかり感動した。いやもう、舞い上がって感動しまくり、だった。一番印象に残ったのは、ボクが「寄席で主任をつとめられて、これからもうひとつお仕事へいらっしゃるなんて、大変ですね」といったときに、「いや、寄席は仕事じゃなくて、修行の場ですから」とおっしゃったことだった。そうかあ、「修行」かあ。ボクは、最近自分はいったいどこで「修行」しているんだろうと、考えさせられてしまった。
久々の浅草。しかし、さん喬師匠とお会いするのは初めて。もちろん、そんな大看板の噺家さんと一緒に尾張屋の親子丼を食べるのも、まったく初めての浅草体験であった。