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2008年01月23日

最後のゼミとアフター

今年最後のゼミが終わった。
たまたま、前日がボクの誕生日だったので、ゼミ生たちが祝ってくれた。
アフターの飲み会の席では、いつのまにか店に忍び込ませたケーキが登場。
イチゴがいっぱいのっていて、美味しいケーキだった。
そして、去年に引き続き、とても素晴らしいプレゼントも頂いた。
それは、アルバムつきのカレンダー。1月から12月まで、それぞれの月にちなんだ想い出の写真が選んで貼ってある。後ろのページには、ひとりひとりからのメッセージが書いてある。もう卒業が近い4年生からは、2年間のボクの指導に対するお礼とかが、3年生からは来年もまたよろしくという趣旨の言葉がちりばめられている。
みなさん、心のこもったプレゼントとメッセージ、本当にありがとうございました。
つくづく思うのであるが、早稲田の(政経の?)ゼミのシステムは素晴らしい。
それは、3年生と4年生が2年間一緒に過ごすことが期待されているからである。
この2年を通して、ゼミ生たちはみな「後輩」としての一年と「先輩」としての一年を過ごすことになる。社会へ出たときに、目上の人とどう接するか、また目下の人とどう付き合うかということの予行演習をしているわけである。歳のちがいを越えて、友情を結ぶことができるのだということも実感できる。そして、前にも書いたが、ここでの関係が、まったく仕事とか給料とかという利害にまみれた関係でないところがよい。
もう周知の事実であるが、ボクは来年からサバティカル(国内での特別研究期間)をもらえることになっている。でも、ゼミだけは、ボランティアで来年も続ける。もし続けなかったら、今の3年生たちが「先輩」の立場を練習する機会を失ってしまう。一度、伝統が途切れると、それをまたつなぎ合わせるのも大変である。
そういえば、ちょっと前に挙行した、来年入ってくるゼミ生(今の2年生)たちとの初顔合わせも、とても楽しかった。みんな最初から元気で、すぐに馴染んでいた。よき先輩たちを見習い、自分たちの立場をわきまえながら、臆することなく活躍してほしい。
さて、ゼミ生たちに誘われて、最後のアフターの二次会はカラオケにいくことになった。ボクも何曲か歌わせてもらった。しかし、だんだん、みんな何かにとり憑かれたようにはしゃぐようになった。気がついたら、3年生と4年生が入り乱れてステージで踊っていた。中には、足がふらふらになっているものもいた。
あまりの熱気に圧倒されて、「いつもこんなはしゃぐのか」ときいたら、細谷君が「みんな、先生にハッピーだっていうところを見せたいんですよ」といっていた。
この言葉には、ジーンと目頭が熱くなった。
今度会うのは、ゼミ論の提出日。
そのあとは、卒業スキー旅行と追いコンが控えている。
まだまだ・・・。うん、まだまだ・・・。

2008年01月13日

正月に考える

みなさん、明けましておめでとうございます。
昨年は、ブログ更新が思うようにできませんでした。
今年は、何とか改善したいと思いますので、変わらぬご贔屓のほどよろしくお願いします。

・・・というわけで、正月を実家で過ごしました。
たまっている仕事を、まあはっきりいってすべてブッチぎり、同僚のT先生やS先生に迷惑をかけながら、原稿を待っているUさんにものすごい後ろめたさを感じながら、それでも今は家族と一緒に過ごすことがプライオリティだと自分にいいきかせて、有意義な時間を過ごすことにしました。
で、誰にでもそうであると思うが、正月という時期は、いろいろなことを考えさせられる時期なんですね。たとえば、ボクのような歳にもなると、強烈に「老いる」ということを意識させられる。自分の年齢を日本人の平均寿命から引いてみたり、働き盛りの男性が突然死をとげる確率はどのくらいだろうかと想像してみたりして、あと何回このような平穏な正月を迎えられるのかをおそるおそる心のどこかで考えている。
なぜ正月はものを考えるようになるのかというと、正月は、まあだいたいの人にとっては休みなので、普段より時間がゆっくり流れているんですね。だから、ついつい、いろいろ余計なことまで考えてしまう。初詣の電車の中で富士山を遠くに望むと、なんか特別な気分になったり、いつもと違った感慨を覚えたりする。あれっ、富士山ってこんなにでかかったっけとか、高層ビルのなかった昔の時代の人は毎日美しいこの富士山の姿を拝むことができたんだとか、だから日本には富士見町なんていう地名がたくさんあるんだとか、どんどんと想像が膨らんでいく。
なかには、ちょいと背筋を伸ばして、元旦には一年の計を立てなければいけないなどと気張っている人もいる。さて今年の目標は何にしようかとかと考えるのは、マットウなことではある。しかし、なかには、今年一年は親切な人でいようとか、今年こそもっといい人になろうなんて、本気で考えている人もいる。ま、そんなこと考えられるのは、そもそも時間に余裕があるからなのであって、正月休みがすぎれば、そんな目標はすぐに忘れ去られる。満員電車に揺られているサラリーマンさんや赤信号をハイヒールで必死で駆け抜けていくOLさんに、今年はもっと親切でいましょうとかいい人になりましょうとかいったって、無理に決まっている。
もちろん、だからって、立派な目標を立てることに意味がないなんていっているわけではないですよ。目標を立てるのなら、正月のような非日常ではなく、日常的世界にどっぷりと浸ってる中からやった方がいいんじゃないですか、と提案しているだけです。
あと、ボクは、正月にさまざまあるフォーマリティ、つまり儀式ばったところが好きですね。元旦には、家族に対しても「明けましておめでとうございます」と挨拶をいい、礼をつくす。毎年同じように、おせち料理をつつき、お雑煮を食べる。毎年行っている神社に、決まったことのように初詣に行く。
人間は変化を求める動物であるが、同時に「変化しない」ということに大きな心の安らぎを覚える。正月なるものを設けて、一年に一度お祝いするのは、そこに理由があるのである。