カツサンドの売切れ
ボクはサンドイッチのなかで、カツサンドが特に大好きである。コンビニや駅の売店で、たくさんの種類のサンドイッチが並んでいても、カツサンドがあると、ついそこに手が伸びてしまう。カツサンドは、他のサンドイッチよりも、存在感というのか、インパクトというのかが、断然大きい。
別に、中味がトンカツである必要はない。チキンカツであってもよい。ボクの住んでいる近くの横浜元町では、海老カツサンドやカジキカツサンドなるものを売っている店があるが、それらもボクのストライクゾーン内である。要するに、揚げコロモとパンに甘いとんかつソースがジワリとしみ込んでいれば、それ以上、あんまりうるさいことはいわない。
ただ、世の中で売られているカツサンドに、キャベツが入っていない場合がある。キャベツの代わりにレタスが使われていることも、ときどき見受けられる。これらは、なんとも理不尽な話である。カツにキャベツ。本来、このふたつは、切っても切れない縁で結ばれている。トンカツ店へいって、キャベツの付いてないロースカツ定食やヒレカツ定食が出てくることは絶対にありえない。だから、キャベツの入っていないカツサンドなるものも、絶対にあってはならない。
カツサンドについては、子供のときの、ある想い出がある。
昔、ボクの家族は、毎年夏休みになると友人家族と連れ立って、山中湖に遊びに行くことにしていた。向こうでは、ボートに乗ったり(←怖かった)、魚釣りをしたり(←結局一匹も連れなかった)、花火をしたり(←よく覚えていない)、夜トランプしたり(←とっても楽しかった)して遊んだ。山中湖へ行くのに、われわれはいつも新宿から小田急ロマンスカーに乗った。現在では通勤にも使われるようになったが、当時ロマンスカーはまだ文字通りロマンに満ちていて、ボクら子供にとっては、遠足とかこうした家族旅行の時にしか乗らない特別な電車だった。
で、ロマンスカーでは、昼食を車内で注文できた。メニューには、カツサンドと書いてある。たしか、350円だった。ミックスサンドは300円。ボクは毎年、迷わず、カツサンドを注文した。しかし、不思議なことにカツサンドはいつでも売り切れだった。なので、ボクは、毎年仕方なく、ミックスサンドで我慢しなければならなかった。ミックスサンド・・・卵とかトマトとかハムとかが入っていて、バラエティに富むが、どこかインパクトに欠けるサンドイッチ・・・。ボクは、しぶしぶそれを食べながら、毎年、来年はきっとカツサンドを食べられるな、と信じることにした。それでも、翌年も、その翌年も、やっぱり、カツサンドはないのであった。
小学校高学年になり、すこし生意気になったボクは、ある年「申し訳ありません、カツサンドは売り切れです」と言われて、「あのぉ、去年も、おととしも売り切れだったんですけど、メニューに書いてあっても、本当はないんじゃないですか」と、イヤミったらしく販売員さんに文句をつけたのを覚えている。もちろん、その販売員さんは、そんなことはない、ちゃんとあります、といっていた(ように記憶している)。
でも、本当に、カツサンドは、毎年毎年、売り切れだったのかな。ボクは、新宿から発車するとすぐ販売員さんを見つけ出して注文するようにしていたから、どうしても最初からなかったんじゃないかという疑いをぬぐいきれない。それとも、ボクは、このカツサンド事件を、いつか夢かなにかで見ただけなのだろうか。大人になってから、ある小田急の関係者の方にこの話をしたことがあるが、その人もそんな昔のこと分かるわけないし、困っただろうね。というわけで、このミステリーは迷宮入り、真相が解明されることは、きっともうないのである。