ピスタチオがとまらない話
最近、ピスタチオがとまらない。
♪やめられない♪とまらない ピスタチオ・・・。
ビール、ワイン、日本酒、泡盛・・・と、ピスタチオはなんにでも合う。
キッチンにいようが、リビングのソファーにごろんとしてようが、水戸黄門をみながらであろうが、小宮悦子さんの時間であろうが、いつでもどこでも合う。
♪やめられない♪とまらない ピスタチオ・・・。
ピスタチオは、健康によいらしい。だって、袋にそう書いてある。「ビタミンEを豊富に含む」。
しかし、ピスタチオはカロリーも高い。「エネルギー(可食部100gあたり)607カロリー」。そうも書いてある。
うーん、ヤバイ。ボクはたいてい一日一袋ぺろっとたべてしまう。一袋約110g。これでは、せっかく成功しかけていたダイエットの成果が、水泡に帰してしまうではないか・・・。まてよ、「可食部」というとあの外側の殻は入らないから大丈夫かな、いやいや、それでも400から500カロリーぐらいか、うーん、やっぱりヤバイ、ヤァーバイ・・・。
実は、ついこのあいだまで、ボクは、ラーメンが止まらなかった。
高田馬場、実家の近くの日吉、神楽坂などで、二日連続、いや三日連続で味比べをするなどという無謀もした。12月に訪れた旭川のラーメン村では、ラーメンのハシゴまでしてしまった。
しかし、おいしいラーメンは、そもそも、おいしいラーメン店まで行かなければ食することができない。だからラーメン止まらない病には、おのずと内在的な限界がある。それと比べると、困ったことに、ピスタチオははるかに手軽に手に入ってしまう。スーパーはもちろん、最近はコンビニでも売っている。
なぜ、ピスタチオが止まらないのか。この話をすると、ボクの周りでも結構、ピスタチオ止まらない病にかかったことのある人が多いことが分かった。
その中のひとり、院生の山崎君は「あの殻を剥くという作業工程にその秘密があるのではないか」という仮説を立てている。指先感覚快感仮説である。
これは結構説得力があるが、ボクはついきのうある対抗仮説を思い付いた。
それは、量的幻覚仮説である。
ボクもそうだが、人はピスタチオを食べるとき、たいてい剥いた殻を別の容器に移し替えない。殻とまだ食べてないピスタチオとが、ひとつの容器の中で混在することになる。すると全体の量はまったく変わっていないように見えるので、人は自分の食べたピスタチオの量を正確に実感できないまま、ついつい食べ過ぎてしまうのではないか。
♪やめられない♪とまらない ピスタチオ・・・。
さてみなさんは、どちらの仮説が正しいと思いますか。あるいは別の仮説が思い付きますか。
どちらにせよ、仮説を証明しようとするあまり、ピスタチオ止まらない病にかからないように、くれぐれもご注意くださいね。