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      <title>早稲田のちょいわるオヤジ日記</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>談志師匠のマクラのように語る</title>
         <description>なんかねえ、新しいもの、好きになれないんですよ、この頃。ぜんぜん。ま、歳とってきたっていうのも、あるんですけどね、うん。うち帰ると、古いものばっかり見たり、聴いたりしてんの。ほら、ユーチューブっての、あんだろ？　あれでね、うん、ダイマルラケットとか、いとしこいしとか、見る、うん、見ちゃうんだな、これが。この前は、コント５５号にはまった。見出すととまんないよ、あれ。まちがいなく傑作ですよ。よくもまあ、このネタでこんだけ引っ張るよねって、涙流して笑いながら、感心して見てるわけ。うん、そう、古いよー、オレ。もう、だって、もっと古いんだって見ちゃうんだから。素浪人花山大吉って、知ってる？え、知らない？オカラの旦那？あの近衛十四郎と品川隆二の掛け合い。関西のノリじゃない江戸前のっていうのかな、ボケとツッコミのひとつの典型だな、あれは。むかしはねえ、ああいう品のいいコメディーがちゃんと成立してたんですよ、日本でも。それがなくなっちゃったねぇ。吉本の影響かなんか、知らないですけどね。
ええとさあ、それからさ、新しいスポーツもねえ、好きになれないんだな、やっぱり。オリンピックオリンピックってさわいでっけど、なんだあの、カーリングっつーの。あれは、スポーツなのかね。あれがスポーツなら、メンコだって、サケ蓋だって、みんなスポーツになるじゃねーか。メンコなんか、いまの若い人はやったことないから分かんないかもしれないけど、結構体力つかうんですよ。サケ蓋だって、ねえ、え？サケ蓋ってなんですか、だって？まあいいよ、別に分かんなきゃ分かんないで。別に全員に分かってもらおうと思って、ブログ書いてるわけじゃないんだから、こっちは。
ええと、まったく、うん、それからそう、フィギアスケート。あれさあ、アナウンサーが叫んでたぞ「会心の演技でした」って。なんだそれ。芸術点とかって、それはアートの世界でしょうがぁ。オリンピックっていうのはスポーツの祭典だったんじゃないの？いつからアートの祭典になっちゃったんだよ。
それから、あのスノボってのも、どーも気に入らないね、うん。なんでさ、あれ、競技中に、うしろででっかい音で音楽流さなきゃいけないわけ？自分たちだけの自由なカルチャー持ってますっていうのが、ガンガン前に押し出されてる感じがする。うん、わざとらしく。ぃやっだねぇー。カルチャーが違うっていうこと主張したいんだったら、オリンピックなどというメインストリームにのらなきゃいいんだよ、最初っから。だからさ、あのナントカいう勘違いした若いやつがでてきちゃうんでしょ。
あのね、これも古いけどさ、ボブディランにね、有名な言葉があるんですよ、A hero is someone who understands the responsibility that comes with his freedom.　別にオリンピックに出ないっていう選択肢だってあったんでしょ？そう、つまり出てくださいって請われても、いいっすって断れたんでしょ？その方が、ずーっと自分を貫くことになったし、ずーっとかっこ良かったと思うけどね、オレは。
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         <category>コンセプト</category>
         <pubDate>Sat, 20 Feb 2010 02:09:37 +0900</pubDate>
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         <title>ある気まずい午後</title>
         <description>先日、行きつけの横浜スタジアム前のスターバックスに入ったら、お気に入りの窓側の席が空いてなかった。とっくにお昼過ぎで普段ならガラガラなはずなのに、外が雨模様だったせいかもしれない。仕方なく、ボクは店の一番奥の方の席に陣取ることにして、勉強を始めた。
なぜボクが窓側が好きかというと、明るいからである。はずかしい話だが、最近ボクは目がすっかり悪くなって、太陽の自然光が入ってくる場所でないと、小さい字が読みにくいのである。
というような事情があるもんで、ボクは勉強を続けながらも、窓側の席が空いたらいつでも移動しようと、それとなく様子をうかがっていた。しかし、その日に限って、なかなか空かない。
そうこうしているうちに、ボクのすぐ隣のテーブルに、ひとりのオジイちゃんが座った。お洒落で、あか抜けている。二言三言、若い女性店員さんと、会話さえかわしている。気負いも気後れもなく、若い女性と会話すること自体、この歳の男性にしてはめずらしい。「やるじゃん、オジイちゃん」と、ボクはひそかに感心していた。
店では、その日、古いジャズがずっと流れていた。ほとんどが、ボクも聴いたことのある心地よいメロディーばかりである。そしたら、驚いたことに、オジイちゃん、そのひとつひとつを英語で歌い出すではないか！それも、低音で、ハーモニーをつけるようにして！ほんの小声だから隣にいるボクにしかきこえなかったが、見事にジャズになっている。・・・なんだ、この人。横浜でずっとバンドで演奏してきた人なのかな。カッコいいなあ、と、ボクは思わずその鼻唄に聞きほれてしまった。
さて、しばらくして、窓側の席がようやく空いたことに気づき、ボクは席を移ることにした。ただその時ボクは、隣のオジイちゃんに「あなたの鼻唄が気になるんで、席を変えるんですよ」というメッセージが伝わってしまうのは嫌だな、と思った。にっこり笑って「お上手ですね」とか、「ボクもジャズ大好きなんですよ」とか言ってから移動しようか、とも考えた。でも、むしろそうする方がわざとらしいと受け取られるのではないかと思い返し、結局何も言わないで、荷物をまとめて移った。
窓側の席にうつってからほどなくして、ボクの肩をポンと叩いて、オジイちゃんが通り過ぎていった。「あっちの席に、傘、忘れてますよ。」突然肩を叩かれた上に、席を移ったという後ろめたさがあったせいで、ボクは「あ、はい、ありがとうございます」とどぎまぎしながらいうのが精一杯であった。もちろん、彼は、ボクの方を振り返ることもなく、そのままさっそうと店を出て行ったのであった。
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         <category>コンセプト</category>
         <pubDate>Fri, 12 Feb 2010 22:53:51 +0900</pubDate>
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         <title>ピスタチオがとまらない話</title>
         <description>最近、ピスタチオがとまらない。
　　♪やめられない♪とまらない　ピスタチオ・・・。
ビール、ワイン、日本酒、泡盛・・・と、ピスタチオはなんにでも合う。
キッチンにいようが、リビングのソファーにごろんとしてようが、水戸黄門をみながらであろうが、小宮悦子さんの時間であろうが、いつでもどこでも合う。
　　♪やめられない♪とまらない　ピスタチオ・・・。
ピスタチオは、健康によいらしい。だって、袋にそう書いてある。「ビタミンEを豊富に含む」。
しかし、ピスタチオはカロリーも高い。「エネルギー（可食部100gあたり）607カロリー」。そうも書いてある。
うーん、ヤバイ。ボクはたいてい一日一袋ぺろっとたべてしまう。一袋約110g。これでは、せっかく成功しかけていたダイエットの成果が、水泡に帰してしまうではないか・・・。まてよ、「可食部」というとあの外側の殻は入らないから大丈夫かな、いやいや、それでも400から500カロリーぐらいか、うーん、やっぱりヤバイ、ヤァーバイ・・・。
実は、ついこのあいだまで、ボクは、ラーメンが止まらなかった。
高田馬場、実家の近くの日吉、神楽坂などで、二日連続、いや三日連続で味比べをするなどという無謀もした。12月に訪れた旭川のラーメン村では、ラーメンのハシゴまでしてしまった。
しかし、おいしいラーメンは、そもそも、おいしいラーメン店まで行かなければ食することができない。だからラーメン止まらない病には、おのずと内在的な限界がある。それと比べると、困ったことに、ピスタチオははるかに手軽に手に入ってしまう。スーパーはもちろん、最近はコンビニでも売っている。
なぜ、ピスタチオが止まらないのか。この話をすると、ボクの周りでも結構、ピスタチオ止まらない病にかかったことのある人が多いことが分かった。
その中のひとり、院生の山崎君は「あの殻を剥くという作業工程にその秘密があるのではないか」という仮説を立てている。指先感覚快感仮説である。
これは結構説得力があるが、ボクはついきのうある対抗仮説を思い付いた。
それは、量的幻覚仮説である。
ボクもそうだが、人はピスタチオを食べるとき、たいてい剥いた殻を別の容器に移し替えない。殻とまだ食べてないピスタチオとが、ひとつの容器の中で混在することになる。すると全体の量はまったく変わっていないように見えるので、人は自分の食べたピスタチオの量を正確に実感できないまま、ついつい食べ過ぎてしまうのではないか。
　♪やめられない♪とまらない　ピスタチオ・・・。
さてみなさんは、どちらの仮説が正しいと思いますか。あるいは別の仮説が思い付きますか。
どちらにせよ、仮説を証明しようとするあまり、ピスタチオ止まらない病にかからないように、くれぐれもご注意くださいね。

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         <category>グルメ</category>
         <pubDate>Sun, 31 Jan 2010 13:18:35 +0900</pubDate>
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         <title>2010年１月マイケルとの夕食</title>
         <description>娘の親友アダの父マイケルからメールが来て、たまたま日本に来ることになったので、夕食を一緒にできないかというお誘いを受けた。彼が日本を訪れるのは、３度目。東京あたりの路線マップにはもう慣れたもので、渋谷のハチ公前で待ち合わせて、再会した。何を食べたいかと訊くと、「鰻」というので、勝手知っている店ののれんをくぐった。
ボクは、アダを生後９ヶ月ぐらいの頃から知っている。だから、マイケルとの付き合いも１７年近くということになる。どちらも、今年高校を卒業し大学へと独り立ちをしていく子供を抱えている身である。しみじみ、これまでのこと、これからのことをいろいろ話した。
まず、自分の娘も相手の娘も本当にうまく育ったと、お互いに「健闘」を讃え合った。そして、娘たちの間に切っても切れない友情が堅く結ばれていることを、うれしく思うと、感謝し合った。二人はそれぞれ違う大学へ進学する。ともに１８年ずっと育ったバンクーバーを離れることになる。でも、きっと二人はこれからも変わらぬ親友であり続けるだろうし、その安心感が二人の人生にとってはかけがいのないものだ、と思う。ということで、よかった、よかったと、酒も食も進んだ。
その後、子供を育てあげた親なら誰もがくぐり抜けることになる熟年人生の変化について、語り合うことになった。奥さんは、アダを独り立ちさせることを受け入れるのが難しいのではないか、と訊くと、やはりそうらしい。「なかなか手綱を離したがらない、離さなきゃいけないとはわかっているんだけどね」、と。
マイケルは、ニューヨーク出身である。奥様もどちらかというと都会派。「どうするの、今の家は引き払うの」と訊くと、いずれそうなるかもしれないが、夏のバンクーバーは過ごしやすいので、両方で暮らすことを考えている、という。アダにとっては、バンクーバーが故郷であるし彼女がいつでも帰ってこれるところがあった方がよい、ともいう。
いうまでもないが、人は子供をもってはじめて親になる。だから、人は、親としてなにをどのようにすればよいのかを、実は子供を育てながら実地に学んで行く以外にない。同じことは、子供が育ったあとの付き合い方についてもいえる。大人として育った我が子とどのようにして接するか、これも、大人になった子供と実際にコンタクトを取り続けながら、実地に学んでいく以外にない。そして、もうひとつ。人は、子供を育て終わったあと、自分の人生をどのように再設計するかも、人生を実際に歩みながら考えていく以外にないのである。
その夕食を通して、ボクとマイケルは、そうしたあたりまえのことを自分たちなりに受け止めて、それぞれ自分に納得させようとしていたにすぎないといえる。
最後に、今年の前半のお互いのスケジュールを確認し合った。卒業式や卒業ディナーなどで会いましょう、と。そして、よかったらいつか娘とニューヨークに遊びにきてくれと誘われたので、ボクもいつでもまた日本に来てくれと返して、別れた。そのようにして、我々は、子供を育て終わった後の人生の中にお互いがちゃんと入っているんだよ、ということをメッセージとして伝え合ったのであった。
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         <category>ごあいさつ</category>
         <pubDate>Sun, 24 Jan 2010 00:01:35 +0900</pubDate>
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         <title>ゼミ旅行in北海道</title>
         <description>ゼミで北海道を旅行してきた。公式日程は２泊３日。総勢２７人の大所帯が貸し切りバスで、札幌、小樽、旭川と移動した。とっても、とーっても、楽しかった。
実は、北海道では、北大の学生たちと交流をしたいと思って、前々から宮本太郎先生にコンタクトをとっていた。ところが、先生曰く、北大の学部ゼミは早稲田のような濃密な人的ネットワークに根ざしているわけではなく、しかも少人数なので、釣り合わないかもしれない、ということだった。で、ゼミ交流は断念することになったのだが、そのかわりに（ゼミ生たちが到着する前夜）ボクが宮本先生とサシで飲むという濃密な場を設定していただいた。お忙しく活躍していらっしゃる中、快くお時間を割いてくださり、ありがとうございました。
さて、ゼミ生たちが到着した一日目は札幌市内観光のあと、サッポロビール園で宴会となった。もちろんビールその他飲み放題。ジンギスカンも食べ放題。そしてわれわれは騒ぎ放題に騒いでいた。となりの席にいた中年女性４人組に悪いなあとヒヤヒヤしていたら、気を利かせたリョウマがちゃんとケアーしていた。宴たけなわ、ボクは「都の西北を歌ったらどうだ」と言いそうになったが、ソーやヨシオが本気にして肩組んで歌いだしちゃうぐらいに酔っ払っていたので、やめた。
次の日は、朝早くから小樽方面へ。雪の降る中、運河のあたりを散策したあと、みんなで寿司を食べた。それから余市のニッカ工場を見学。その待ち時間に雪遊びがはじまり、ナチやアンちゃんがキッタたちにつかまって雪の中に倒されていた。でも二人は（Mなのか）立ち向かっていき、見事にまた返り討ちにあうということを繰り返しながらもキャーキャー騒いでいた。ボクは傍で、彼ら、この光景を一生忘れられないのだろうなあ、と思いながら見ていた。
その日の夕食は札幌にもどって食べることになったのだが、その場に知り合いの宮本融氏を招き、いろいろお話していただいた。官僚時代のこと、北大で教えていらした時のこと、そして前回の選挙に立候補した時のこと。相変わらずパワフルで、学生たちには多いに刺激になりました。ありがとうございました。
最終日は、旭川。まずラーメン村で腹ごしらえ。その後旭山動物園へ。リョウタは孤高のヒョウにいたく感心していたようであった。フルジョウはオオカミのじゃれ合いにことさら感動していた。ボクは、シロクマのもぐもぐタイムで、バシャーンと飛び込んだところがよかったと思った。最後は、お目当てペンギンの行進をみんなで見て、締めくくった。
旅行中には、ボクの記憶に残ることになるゼミ生たちの言動や表情にいくつも出会えた。いつでもどこでも（とくに月夜の晩には？）肉食系なヨウヘイと、大学院に進学して勉強しようとしているイイクニが、意外にもめっぽう熱くなって大貧民ゲームに夢中になっているところ。一途まっすぐに告白したテル君が、その解放感からかちょっと飲んだだけですぐ寝てしまったところ。周りから銀行口座が赤になったとからかわれたオダギリが自分の財布を覗き込んでいるときの仕草。料理の話で盛り上がり｢ロ—レルって、日本語だと月桂樹っていうんですか｣と納得していたカナちゃん。２泊３日だというのに海外旅行用の大きなスーツケースを引きずってきたサヤ。寒いよ、雪が降るかもしれないよ、とさんざん警告したのに、ヒールをはいてきたケイコ。いつも気を利かせて「先生も入ってください」とボクを写真に入れてくれようとするハルカ。
ボクは、君たちのことを忘れない。
本当に、楽しい旅を、すばらしい想い出を、ありがとうございました。

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         <category>旅行</category>
         <pubDate>Fri, 25 Dec 2009 00:32:03 +0900</pubDate>
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         <title>それでもボクがいまの日米関係に楽観的な理由</title>
         <description>普天間基地問題をめぐる対応をめぐって、鳩山首相が批判されている。オバマ大統領に「トラスト・ミー」といいながらその信頼を裏切り、日米同盟にひびが入ったとか、両国関係はいまや危機的状況にあるとかいった悲観論がメディアにあふれかえっている。しかし、これらはメディア特有の悪しきセンセーショナリズムである。ボクは、（先日出演したテレビ番組の中でもいったことだが）日米関係に、基本的に楽観的である。今日は整理して、その理由を述べたい。
まず第一に、現代における国家と国家との関係は、リーダー間の個人的信頼や感情によって左右されるものではない。外交官出身の専門家（を称するひと）たちは、国際関係における外交の役割を重視したがるが、個々の政治家や官僚の手腕が国家と国家の関係に影響を及ぼしたのは、はるか昔、メッテルニヒの時代である。現代における国家間関係は、構造的な（＝非個人的な）要因、すなわち地政学的状況とか経済相互依存、さらには文化・人的交流の程度といったものによって決定付けられているのであって、そうした要因が鳩山政権になったからといって一夜にして変わったわけではけっしてない。
もちろん、国家と国家との関係だから、自分の側の交渉立場を有利にしたいという思惑は日米どちらにもつねに働いている。たとえば、先日ギブズ報道官が、コペンハーゲンでオバマ大統領は鳩山首相に会わないといったとき、彼はそれを「オバマが会談を拒否した」と日本側が解釈してくれれば儲けものという計算のもとに、いったのである。彼の発言を素直に受け取れば、時間がないから、またこの前会ったばかりだから、会う必要はないといっているに過ぎず、その発言のどこにも、日米関係が損なわれたなどと解釈しなければならない要素は見当たらない。にもかかわらず、日本のメディアは、「門前払いを受けた」などと悲観し、騒ぎ立てている。まんまとアメリカ側の交渉術中にはまっているようなものである。
もうひとつ、これもきわめて基本的なことだが、日米の相互に対する関心のレベルには、ギャップというか、非対称性がある。日本では毎日のように「日米」が取りざたされているが、アメリカでは「普天間」が何たるかを知っている人はほとんどいない。アメリカにおいて、日米関係が悪くなったとことさら強調し、（ボクからいわせると）必要以上に日本の悲観主義を煽っているのは、アメリカで「例外的存在」である知日派、とりわけオバマ政権になって居場所をなくした共和党系の知日派である。日米関係の危機をセンセーショナルに語ることが自分たちのメシのタネになるという構図がここにあることは、いうまでもないであろう。
いつも授業でいうことだが、社会科学には、予測するという行為自体が予測の対象そのものに影響を及ぼしてしまう、というやっかいな自己言及性がある。かつて日本に深刻な石油危機が襲ったとき、多くの経済学者は悲観論を唱えたが、あるひとりの評論家だけは楽観論で押し通した。当時の日本は企業も消費者も涙ぐましい努力をして、石油ショックをなんとか乗り切ったわけであるが、このとき正しい予測をしたのがこの評論家であったとはいえない。やはり正しかったのは、悲観論を唱えた学者たちの方だったというべきである。なぜなら、もしすべての専門家がこのとき楽観論を唱えていたら、おそらく誰もが油断して、日本経済はそのまま泥沼に陥っていただろうからである。
石油ショックのときは、本来正しかった悲観的予測が、（予測の対象である）経済に影響をあたえ、結果として、その予測がはずれるという幸運な展開を生んだ。ボクは、今回の日米関係は、ちょうどその反対ではないか、と危惧している。つまり、本来正しくない悲観的予測が、日米関係に影響をあたえ、結果としてその予測が当たってしまうという不幸な展開を生んでしまうのではないか、というように。
だからこそ、いま必要なのは、正しい楽観的予測なのである。
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         <link>http://kohno-seminar.net/blog/2009/12/post_166.html</link>
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         <category>コンセプト</category>
         <pubDate>Wed, 16 Dec 2009 23:56:13 +0900</pubDate>
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         <title>密なることとは</title>
         <description>日米の間に核の持ち込みや沖縄についての密約があったそうである。自民党政権は長年そんなものはないと否定してきたが、政権交代を成し遂げた民主党の岡田外相がそれを肯定することになったと報じられている。
また、官房機密費なるものについても、最近のニュースのなかで、よく取り上げられている。こちらも、民主党政権になり、その額とタイミングが平野官房長官によって明らかにされていた。ただ、官房機密費は、新しい政権もこれから使っていくのだそうである。平野さんは「（費用の）性格上、使途をオープンにすることは考えていない。私が責任を持って適切に判断していく」と述べ、民主党政権でも使途を非公開とする意向を示した、と伝えられている。
ボクは、個人的には、民主主義という政治体制を選択している限りは、外交や政治については、すべてのことを公開していくべきだと考えている。もしそうでないならば、主権者である国民をさしおいて、「特権的に」情報をもっている人がいてもいいと認めることになる。そのような政治体制は、定義上、エリート主義的もしくは権威主義的であって、民主主義的ではない。ただ、ボクは、別にいますぐに公開しなければならないと思っているわけではない。いつか年月がたったら、すべてを公開する、すべてを淡々と公開するということにしておけば、それでよいと思っている。
こういうことを主張すると、必ずといっていいほど、一部の外交専門家とか政治評論家とかを自称する人たちから、「外交や政治というものには、秘密がつきものだ」という反論が返ってくる。こういう人たちは、自分自身が外交官や官僚出身のエリートだったりするので、たいていしたり顔というか、上から目線で、「外交や政治は専門家にまかせておいた方がベターなんだよ」という言い方をする。ま、こういう人たちはまともに国際関係論とか政治学を勉強したことがないのだろうけど、「秘密」外交を展開した方が国益に適うかどうか、あるいは情報をオープンにし「観衆費用（audience cost）」を高めることで相手に対する信頼性を高めることになるのではないか、といった点については、すでに膨大な理論および実証の学術的蓄積がある。そして、今日までのところは、公平にいって「どちらともいえない」というのが結論である。つまり、必ずしも情報公開をした方がよいともいえない代わりに、秘密を保つことが外交や政治にとっては必要であるなどと単純に考えることはけっしてできないのである。
さて、ボクが今日いいたいことは、実はこの先にある。百歩譲って、外交や政治には秘密が必要だというエリート主義的立場にも一理あるとしよう。それでも、やっぱり、いまニュースで話題になっている日米密約や官房機密費については、すべてさらけだして公開すべきだ、とボクは思う。なぜか。それは、秘密であるということは、単にその内容が秘密であるだけでなく、そのような秘密が存在するという、もう一段高次のメタレベル情報も秘密でなければ、意味がないからである。たとえば、（あんまりいい例ではないが）夫が妻に隠れて浮気をしているとする。この時、夫は「誰といつ、どのように浮気しているか」ということだけを秘密にするのでは意味がない。夫は、そもそも「浮気をしている」などということを妻に予想だにさせないぐらいに、秘密にしておかなければならないのである。たとえ「誰か」を特定できなくても、「誰かと浮気している」と思われた瞬間に、その秘密はバレタと思わなければならない。
だから、「官房機密費」などという名前自体、滑稽な定義矛盾であるというほかない。「機密費」という項目のついた費用が予算に計上されていることが、機密であるわけがないのである。
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         <category>コンセプト</category>
         <pubDate>Sat, 21 Nov 2009 17:21:52 +0900</pubDate>
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         <title>コンファメーションについて</title>
         <description>
チャーリー・パーカーが残した名曲のひとつにConfirmationというのがある。テンポが速く、音階も広くてJazzの難曲のひとつとされる。コンファメーションというのは、英語で「確認する」とか「確約する」とかいう意味である。ボクはこの曲になんでそのようなタイトルが付いているんだろうと、気になってネットでいろいろ調べたことがあった。しかし、結局答えはみつからなかった。マンハッタン・トランスファーがジョン・ヘンドリックスの付けた歌詞でこの曲を歌っていて、それは「ジャズっていいねえ」ということをこの曲でチャーリー・パーカーが確認したかったんだというような内容になっているが、どうもその解釈は違うような気がする。それよりは、この曲があまりにむずかしいので、「これがちゃんと吹けたら、一人前として認めてやる」というメッセージを、彼が送りたかったのではないか、と、ボクは一応のところ解釈している。
ところが、この前ふと、もしかしてこのConfirmationというタイトルには、もうひとつ別の意味が隠されているのではないか、と思うにいたった。それは、人間の行動についての、深層的というか哲学的というか、そういうレベルの話である。そして、それはボクの研究している政治学とか政治経済学とかと、根本的なところでつながっている、と空想が広がってしまった。
ボクらの業界では（←つまり研究者のあいだでは、という意味）、一般に、人間は自分の満足を高めたり効用を最大化したりする存在だ、と考えられている。たとえば、同じ金額を払うのであれば、質の悪いB社の製品よりは、質のよいA社の製品を手に入れたいと思うであろうし、同じ質の製品であれば、価格の高いB社よりは価格の低いA社を選ぶだろう、というわけである。もちろん、世の中には自分ではいかんともしがたい（たとえば給料とかの）制約がいろいろある。だから、無制限に自分の欲望を満たすような選択をすることはできない（そんなことをしたら法律という制約に引っかかって刑務所に入れられることになる）。ただ、すくなくとも既存の制約の範囲内では、人間は自分にとってもっとも良い（と思える）合理的な選択をしている、と考えられているのである。
しかし、ボクの経験では、どう考えても自分では合理的とは思えないような行動をしているときが多い。おそらくボクだけでなく誰もがそういう経験をしたことがあるのではないかと思うが、たとえば、何度いってもあの店のカレーライスは不味いなと思いながらも、どういうわけかその店にいってカレーライスを注文してしまうとか、あるいは、どう考えてもこういうタイプの異性と付き合ったら傷ついて破局をむかえるだけだとわかっているのに、なんども同じタイプの異性を好きになってしまう、といったように、である。このようなわれわれの行動を、満足や効用の最大化原理によって導かれていると考えることは、なかなか（かなりのこじつけをしない限り）むずかしい。
そこでボクがふと思いついたのは、人間の行動というのは、すべてわれわれのConfirmationへの欲求によって突き動かされているのではないか、ということなのであった。つまり、不味いカレーライスを食べにいくのは、そういう行動をとることで「ああ今日もやっぱり不味かったなあ」と、自分の評価が正しかったことを確認したいからなのではないだろうか。同じタイプの異性と付き合ってしまうのは「ああ今回もやっぱりだめだったなあ」と、自分の見通しが正しかったことを確認したいからなのではないだろうか。そうすると、こうしたネガティブで自己破壊的な行動のみならず、一見合理的だと考えられる行動も、同じ論理で説明できることに気づく。つまり、おいしいカレーライスを食べたいと思い、おいしいカレーライスを出してくれる店にいくのも、「ああここはいつ来てもおいしいなあ」という、自分の（ポジティブな）評価が正しかったことを確認したいからなのではないか、ということなのである。
Confirmation。そのようなことを考えつつあらためてこの曲を聴いていると、うーん、やっぱりオレの発想も捨てたもんじゃない、と自己満足的に自らの才能を再確認している自分がいるのである。
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         <link>http://kohno-seminar.net/blog/2009/11/post_164.html</link>
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         <category>コンセプト</category>
         <pubDate>Sun, 01 Nov 2009 20:46:38 +0900</pubDate>
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         <title>小三治の厩火事を聴く</title>
         <description>鈴本の夜の部に小三治師匠が出ていると知ったので、時間をやりくりして聴きに行った。
生で見るのは、初めてである。プロフェッショナルという番組で彼の特集を見たとき、やはりこの人の噺は一度ちゃんと寄席で聴いておきたいと思うに至り、今回それがようやく実現した。
上野広小路に着いたのは、開場30分前。しかし、雨の中もうずらりと行列ができている。ふつうの日だからすいているかと思ったら、大間違いであった。そんなことで、弁当も買い損ねて、中で海苔せんべいとミックスナッツとビールを買い込み、着席。それがその日の夕食代わりとなった。
大看板が登場するまでには、まだ3時間もある。しかし、その3時間のあいだ、すべての観客が彼の出番を待っていた。それは誰の目にも明らかであった。他の出演者も「あと少しで出てきますから」などといって、客が自分ではなく柳家小三治を聴きに来ているのだということを素直に受けとめていた。楽屋に師匠がいるということを意識してか、舞台は最初から最後まで緊張感に包まれ、非常に引き締まっていたように思う。
マクラが面白かった。「昨日は、マクラで乾電池の話をしたんです」と始まり、結局その日のマクラも、その乾電池の話の発展系に終始した。師匠は、マクラでの客の反応をみて、演目を決めるらしいので、ボクは「いったいこの反応だと、どういう噺になるのだろう」と、自分たちの笑いのレベルがどんなものなのか気にしながら聴いていた。一段落したところで、「じゃあ、この辺で、落語でもやりますか」と、彼らしく笑いを誘っておいて、「厩火事」が始まった。
「落語には、面白くない噺も多いんです、今日の話もそのひとつです。」
たしかに、厩火事は、人情に訴えるところもある。夫婦関係を考えさせるという、かなりシビアなメッセージもある。またあまりに有名な最後のサゲは、ブラックユーモアの極限みたいなもので、「滑稽」という意味での「面白い」とは程遠い。しかし、それでも師匠は、細かなところで笑いをとりつつ、絶妙に（ホント、肘の使い方ひとつで）人物を演じ分けて、われわれを髪結い女房とその亭主の世界に引きずりこんでいった。ボクは、大満足であった。
家にもどって、もう一度プロフェッショナルという特集番組をyou-tubeで見た。彼は、悩んでいたとき、「落語を面白くするには、面白くしようとしないことだ」という志ん生の言葉に活路を見出し、自分をありのまま出そうとすることを心がけようとすることで境地を開いたのだそうである。そして、彼は「笑わせようとするんじゃなく、つい笑ってしまうのが芸だ」という。
志ん生の言葉も、師匠自身の言葉も、どちらもとてつもない逆説を含んでいる。
ボクが、文章を書くことを職業にしたときに、自分の中で大きく響いていたのは、村上春樹がむかしあるインタヴューで語っていた言葉で、それは確か「うまい文章を書くためには、うまい文章を書くことをあきらめることだ」というような内容であった。ここにも、同じような逆説があるが、それをボクはボクなりに、「よい文章とは、すべてを捨て去ったまっさらな中から自然と生まれてくるもの」と理解してきた。
小三治師匠には遠く及ばないながらも、ボクも仕事の中で、もっともっとうまく自分のありのままを出せるように、と願うばかりである。
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         <category>my favorites</category>
         <pubDate>Wed, 07 Oct 2009 00:41:46 +0900</pubDate>
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         <title>夏目雅子さんの番組とプライベートな空間について</title>
         <description>ボクが中学生の頃、週末にFM東京で夏目雅子さんがパーソナリティをつとめていた番組があった。彼女が大女優としての道を歩み出す前の、まだ素人っぽさが残るういういしい時代のことである。世の中にこんな美しい人がいていいのか、と誰もが思うほど美しい方だったのに、とっても気さくな感じが伝わり、まさしく「パーソナル」な感じでとりとめのないおしゃべりをし、送られてくる葉書を読み、自分の好みの音楽をかけていた。
ボクは、この番組が大好きだった。夏目さんとボクとの間にラジオを媒介としてひとつの空間がつくられ、ボクのような（女の子と縁のない生活を続けていた）男子中学生にとっては限りない癒しとなっていた。彼女の声を聴いている間は、その癒し空間がボクの部屋をすみからすみまで包みこんだ。いうまでもなく、それはとてもプライベートな体験であった。彼女の番組を聴いていた人は、それぞれに、（公共の電波でありながらも）そうしたプライベートな体験を心地よく感じていたのである。
さて、この前ある方からうかがったところによると、京都の地元の放送局では、いまでもこのようにひとりの人が語り続けるラジオ番組がたくさんあるのだそうである。その方は、東京のラジオ番組は対話形式になっていてホストがいてゲストがいる、あるいはホストとアシスタントがいる設定が多い、という印象を持っておられる。なぜだろう、というので、ボクは単純に「東京に比べて、京都のその放送局は予算がないんじゃないですか」と、その時は答えた。
しかし、ボクにはこの違いがずっと頭に引っかかっていた。
ひとりの人がパーソナリティである番組と違い、対話形式の場合、ラジオ体験はプライベートなものには絶対にならない。なぜなら、そこにはすでに、対話をしている人たちの空間が出来上がってしまっているからである。われわれ一般の視聴者は、その空間の当事者となることはできない。あくまで第三者的な傍観者あるいは傍聴者なのである。それゆえ、そうした形式のもとでは、ボクが夏目さんの番組に対してはぐくんだようなパーソナルなアタッチメントは、生まれようがない。
実は、対話形式の番組においても、ちょっとしたことで、つくられる空間が異なる趣を呈する。これは、ラジオに限らず、解説の声だけがきこえてくるテレビのスポーツ番組などでも最近よく遭遇することであるが、解説者が実況のアナウンサーにいわゆる「タメ口」で対話をしていることがある。「この力士は稽古が足りないんじゃないですかね」という代わりに「この力士は稽古が足りないんじゃないの」とか、「私だったらここで代打を送るところなんですがね」という代わりに「ぼくだったらここで代打だな」とかいった具合である。これは、親近感というか、親しみやすさをかもし出そうとしているのかもしれないが、そうだとしたらとんでもない誤解である。対話形式の番組では、この解説者は視聴者とではなく、対話の相手であるアナウンサーと空間をまず共有しているのである。それはいってみればアナウンサーとのプライベートな空間に過ぎないのであって、それをいくら親しみやすいものとして演出したとしても、視聴者との空間が親しみやすくなるわけではないのである。
夏目さんは、あるときには笑い転げ、あるときには涙ぐみ、自分の感情を惜しみなく番組の中で出していた。しかし、それでもボクが彼女の番組をこよなく愛したのは、それが自分にとってのプライベートな空間を作ってくれていたからである。夏目さんは、彼女が他の誰かと作った自分だけのプライベートな空間を、ボクらに押し付けていたのではなかったのである。
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         <category>コンセプト</category>
         <pubDate>Sun, 27 Sep 2009 14:47:35 +0900</pubDate>
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         <title>人は死に、夢は生き続ける</title>
         <description>エドワード（テディ）ケネディーが亡くなった。
いつも夢を追い、語っていた。夢は、どこに由来し、どのようにして受け継がれてきたのか。

Declaration of Independence：We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal, that they are endowed by their Creator with certain unalienable Rights, that among these are Life, Liberty and the pursuit of Happiness.

Martin Luther King：I have a dream that one day this nation will rise up and live out the true meaning of its creed: &quot;We hold these truths to be self-evident: that all men are created equal.&quot;

John F. Kennedy：The problems of the world cannot possibly be solved by skeptics or cynics whose horizons are limited by the obvious realities. We need men who can dream of things that never were.

しかし、兄ジャックも、キング牧師も暗殺されてしまう。そして、もうひとりの大切な兄ボビーも。
声を震わせて弔辞を読んだテッドは、その最後をボビーが好んで引用した言葉で締めくくった。

Some men see things as they are and say, &apos;Why&apos;? I dream of things that never were and say, &apos;Why not&apos;?

なお、これはアイルランド人の演劇家George Bernard Shawからとったもので、それはまた1963年に長兄ジャックがアイルランド議会での演説でも引用した言葉でもあった。

一人残されたテッドは、それでも夢を追い続ける。

1980年、カーターに敗れ民主党大統領候補になれなかった時の演説の最後の一節。
For me, a few hours ago, this campaign came to an end.　For all those whose cares have been our concern, the work goes on, the cause endures, the hope still lives, and the dream shall never die. 

そして、2008年民主党の大統領候補がオバマに決まったときの演説。病をおして駆けつけて、11月の選挙でオバマが大統領になることを確信し、28年前とちがって、前向きに、次のように締めくくった。
And this November the torch will be passed again to a new generation of Americans, so with Barack Obama and for you and for me, our country will be committed to his cause. The work begins anew. The hope rises again. And the dream lives on.

彼の熱のこもった名演説はもう聴くことができないが、彼の夢はわれわれの心の中に生き続けている。
ご冥福をお祈りします。
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         <category>ごあいさつ</category>
         <pubDate>Sat, 29 Aug 2009 07:00:12 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>モントリオール初体験</title>
         <description>用事でモントリオールを訪れた。
モントリオールは、カナダのケベック州でもっとも大きな街である。
最初のうちは、飛び交うフランス語に戸惑い、誰かに話しけるとき自分が英語しかしゃべれないことに罪悪感をもってしまった。しかし、本国フランスと違って、ここでは英語で話しかけてもあからさまにいやな顔をする人は少ない。だんだん慣れてきて、この町の魅力を堪能することができた。
まず行ったのは、McGill大学のキャンパス。丘のようになっていて、どこかカリフォルニアのバークレーと似ている。といっても、夏だからで、もちろんここの冬の寒さは、温暖なバークレーとは比べ物にならない。その証拠に、McGillのキャンパスの主要な部分は、（外気にふれないで移動できるように）地下トンネルでつながっているのだそうである。冬訪れたら、まったくちがった印象をもっただろう。
それから、セントキャサリン通りでショッピング。その脇道の、上から通りを見下ろすように立ち並んでいる、にぎやかなバーやカフェなどを見物。古くからあるといった感じのベイカリーでパンを買って食べたり、教会や美術館などの古い建築物を眺めたりして、ぶらぶら歩いた。
モントリオールでは、いくつかのレストランで食事をした。「はずれがない」と人からいわれていたので、ネットで調べるまでもなく、気の向くまま入った。ただ、日本食だけは、チェーンのsushi shopのようなところはさけて、ちょっと調べて日本人シェフ・オーナーがいる店を選んで行った。サーモンのにぎりがとってもおいしかった。大西洋のサーモンだなと思った。
洗練された東部の都会だからなのか、モントリオールの人々はそれほどフレンドリーではないなとも感じた。カフェやレストランなどでは、ひとつひとつのテーブルが小さく、隣りのテーブルとの距離が近い。だから自然発生的に隣りに座った人たちと会話がはずむのかと思いきや、そんなことはまったくない。しかし後から、もしかすると、これはフレンドリーさに欠けているわけではなく、ある種のエチケットが確立されているからなのではないか、と思うようになった。否応なく隣りの人たちの会話が耳に入ってきてしまうので、無視しているかのように振舞わないと、興味本位で聞き耳を立てていると思われてしまうかもしれない。だから、わざと冷淡に、「あんたたちのことなんか、ぜんぜん気になんないんだから」みたいな態度をとっているのではないか、と。
それにしても、モントリオールには、美男美女が多い。ウェイトレスさん、バリスターさん、自転車に乗っているひと。横断歩道を歩いているひと。みんな垢抜けて、おしゃれである。人にこびるところなく、それでいてツッパリすぎているわけでなく。
前に、ボクの教え子でこの街に育った人が、モントリオールほどよいところはない、と愛国心ならぬ、愛街心にあふれて、熱く語っていたのを思い出した。古い伝統を大切にし、多くの文化が融合し、それでいて寛容である。何より、エネルギーがあふれていて、すばらしいと思った。
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         <category>旅行</category>
         <pubDate>Tue, 25 Aug 2009 14:44:26 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>When We Met Jake</title>
         <description>We met Jake on Lane 13 of Arbutus Bowling Club.
Well, we did not meet Jake, to be exact. We simply saw him.
He was with his mother, his sister, and sister’s friend (seemingly). 
They were playing their game of 5-pin bowling on Lane 14, right next to ours.
All happy and cheerful, one summer afternoon.
Jake looked about five years old. 
He could not lift the bowling ball with just one hand. So, he used two hands and threw the ball underhand; just as many other five year olds would do.
And, often, his mother helped him carry and release the ball; just as many other mothers of five year olds would do.
He sometimes uttered: “Am I winning? …Mom, am I winning?”
The mother always replied, “you are at the top.”
Certainly, his name appeared at the top of the players’ list on the screen.
But, his score was certainly not the highest.
Even as he tried hard, his ball usually missed the pins. Often completely. 
So he uttered, too: “Am I still the number one? … Mom, am I still the number one?”
The mother replied, “well, not quite, but the game is not over yet.”
What makes wonderful mothers is universal in the world: 95 % patience and 5% wisdom.
By this point, my daughter, her two cousins visiting from Toronto, and I were all in love with Jake; with his untidy blonde hair and T-shirt too short for him, too. 
“Mom, am I still winning? Am I the champion?”
“Well, you are still at the top, Jake. You are still at the top.”
We left the bowling place first, so we do not know what prize Jake got for finishing as the “top.”
We could not stop talking about Jake for the rest of the day.
Indeed, for several days.
And, finally, we saw Jake again.
We were in a car driving back from lunch or something, and he was walking with his family on West 12th street.
“That’s Jake! That’s Jake!” 
Everybody in the car screamed at once.
He again made our day. 
All happy and cheerful, another summer afternoon in Vancouver 2009.</description>
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         <category>my favorites</category>
         <pubDate>Sun, 23 Aug 2009 23:46:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ランチタイムのミニサラダ</title>
         <description>昼時にレストランに入ると、「今日のスペシャル」とか、「今日のサービスランチ」というのがどこにでもある。そうしたメニューは、安いところでは650円ぐらい、高くても1000円ぐらいが相場で、だいたい「ミニサラダ、ドリンク付き」ということになっている。昔ながらの洋食屋さんだとメインは揚げ物でそれにライスかパン、今風のカフェだとメインはパスタやサンドイッチで、それらのほかにミニサラダと、食後のコーヒーか紅茶がつく、ということになっているのである。
しかし、ボクは、このランチのミニサラダ、あまり好きではない。
まず第一に、ランチに出てくるミニサラダは、本当に文字通りミニチュアの、まったく食べた気がしない程度の量しかでてこない。ボクぐらいの歳になると、サラダというのは、普段からの野菜摂取不足を補うために、モリモリ、ザクザク食べたい。そう、サラダとは、いろいろな種類の野菜が大盛りに盛られていて、それを食べたら「あ、オレ、今日は健康になったかも」という幻想にかられるようなものでなければならない。しかし、である。ランチのミニサラダは、こうしたサラダの概念からは外れている。それはいつもちっぽけな透明のボールにでてくる。しかも、たいていはレタスかサラダ菜だけ。たまに玉ねぎのスライスが1－2枚、あるいはプチトマトがひとつ、あるいは缶詰コーンが8－9個、上にのっかっているときもあるが、それはラッキーな方で、基本的にはランチタイムのミニサラダは数枚の葉っぱでしかない。あのねえ、こういうの、サラダっていわないんだってば。「ミニサラダ、ドリンク付き」なんて宣伝するの、誇大広告だってば。
第二に、ランチタイムのミニサラダには、ドレッシングがあらかじめかかっているのが多い。それも、たいていかけすぎぐらいにかかっている。これがまたボクは気に入らない。その日、ボクはサラダをドレッシングなしで食べたいと思っているかもしれないじゃないですか。じゃぶじゃぶのフレンチじゃなくて、ゆずゴマドレッシングをほんのちょっとたらして食べたいと思っているかもしれないじゃないですか。いや、そんなことないですよ、ちゃんと「ドレッシングは何になさいますか」と訊くレストランだってありますよ、とあなたは反論するかもしれない。うん、たしかに、ところによってはドレッシングに選択肢が与えられる場合もないわけではない。しかしだね、キミ、そもそも、葉っぱしか入っていないサラダごときに、「ドレッシングは何になさいますか」もなにも、ないんじゃないの。ドレッシングを選べるぐらいなら、もっと中味の方を充実させる方がよっぽど先決なんじゃないの。
第三に、ランチタイムのミニサラダは、もうかれこれ数時間も前に作られ冷蔵庫の中にいれておかれたものが出されている、という感じがしてならない。たしかに、ランチ時、お客さんでごった返しているときに、サラダをいちいちつくって出すわけにはいかない。だから、流行っている店であればあるほど、ミニサラダはずっと前に作りおきされていたものである可能性が高い。しかしだね、アンタ、2時間も前に切った野菜、いや葉っぱ、がみずみずしいわけがないでしょうが。だからって、ドレッシングをじゃぶじゃぶぶっかけてごまかそうなんて、見え透いてるってもんでしょうが。
あ、そうそう、名誉のために言っておきますが、ボクがよくいく「高田牧舎」では、「ミニサラダ」というメニューが別にあり、葉っぱだけではないサラダを注文することができます。残念ながら、ドレッシングは選べないけどね。
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         <category>コンセプト</category>
         <pubDate>Wed, 29 Jul 2009 23:40:47 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>政治寸評</title>
         <description>“A politician&apos;s words reveal less about what he thinks about his subject than what he thinks about his audience”　（George Will）

まず東国原さんと古賀さんとの会談について。「出馬依頼」が目的なら電話ですれば済むこと。にもかかわらず、二人が仰々しくまた公然と会談を設定したということは、その会談をテレビに映されることがどちらにとっても利のあることと判断したからにほかならない。もちろん会談中に、会談の後お互い何をぶらさがりや記者会見で話すかについては、合意ができていたはず。だから、会談について東国原さんがテレビカメラを前にしていったことを、古賀さんはあらかじめ知っていたし了解していたはず。古賀さんは、この爆弾発言が何らかのポジティヴな効果をもたらすと確信していた。さて、ではその効果とはいったい何だったのか。これを考えはじめると、かなり面白い。いま古賀さんは「浅はかだった」と反省しているが･･･。

サミットを終えた後での麻生さんの記者会見。質問しているイタリア人記者が流暢に話す日本語を、麻生さんが褒めていた。そのようなお世辞をあの場でいうことがプロフェッショナルでないし、失礼に当たるということを、麻生さんはわかってないようであった。軽いジョークのつもりだったのかもしれないが、そうだとすれば大失敗。しかし、まてよ、麻生さんは、自分自身の日本語がおかしいということを自覚して、自虐ネタとしていったのかもしれない。もしそうだとすれば、これは結構手の込んだジョークだということになる。いやしかし、記者の方はそうは受け取ってなかったようだから、いずれにしてもこれは失敗だな。さて、その会見の中で、麻生さんは、インドの「大統領」とカナダの「大統領」に言及していた。あー、やってしまった。やっぱりなあ、やれやれ。「外交の麻生」なんて、誰が言ったのか･･･。

橋下さんが、「知事会」で政党支持を打ち出そうとしたことについて。これはおかしい。橋下さんを含め知事のみなさんだって、国政をあずかっていらっしゃる政治家とまったく同じに、ひとりひとり、選挙で選ばれていま公職にある方々である。その選挙で選ばれた時点で、有権者に「自分は○○党を支持する」といっていたのか。そうしていたならともかく、そうでないなら、いまさら政党支持を打ち出すのは自分たち自身の公約に違反しているのではないか。そういう人が、マニフェストの重要性を訴えるなどというのは、論理的に矛盾している。

オバマ大統領が、ガーナを訪問し、奴隷貿易の遺跡を訪れた。どうしても自分の子供たちに、黒人たちが乗り越えてきた歴史の重みを感じて欲しいからと、サーシャとマリアも連れて。冒頭引用したジョージ・ウィルは、「政治家の言葉」といっているが、実は「政治家の一挙一動」も、見ている観客に何かを伝えているのである。
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         <category>コンセプト</category>
         <pubDate>Tue, 14 Jul 2009 23:39:48 +0900</pubDate>
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